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16話(新しい集団)

16話(新しい集団)

 学、信太、理奈の三人は空っぽになった町を歩いていた。理奈が地図を広げる。

「あっちの家、まだ雑貨が残ってるって言ってた」

「行こう」

手分けして集めた日用品をリュックに詰める。帰り道、小高い人工の丘の上を走る線路に登り、町を見渡した。

「学、あれ……」

信太が鋭く指さした。はるか先、公園の木々の隙間から、細い白煙が立ち上っている。

三人はとっさにその場に伏せた。

「今日は俺たち以外、誰も来てないやんな」

「うん……」

そこへ、数豊が身を低くして走ってきた。

「学、あれ、上古賀でも下古賀の人でもない」

信太が腰のトランシーバーを手に取る。

「学、あいつらと話してみるか?」

「……うん。稲刈りにはどうしても人がいる。できるだけ合流したい。線路を琵琶湖沿いに北上した先にある近江今津おうみいまづの町は、まだ俺たちも食料を回収してない。そっちに行ってもらおう」

数豊が「さすまた」を強く握りしめる。

「学、争いにはならんよな……?」

「兵器はこっちが持ってる。向こうから仕掛けてはこんと思うけど……」

「そういうやり方、気に入らないな!」

理奈が学の言葉を遮った。

「戦争はあかんよ?」

学は深く眉をひそめた。

「するわけないやろ。……理奈、下古賀に帰れ」

「何で!?」

「数、理奈を連れて帰って」


 学は信太を促し、ゆっくりと線路を降りて公園へと近づいた。

公園の前には、数台のバスや車が停まっていた。二十人ほどの集団が、即席のコンロで鍋を煮立てている。

見張りの男に挨拶をすると、奥から誰かが呼ばれてきた。信太と同い年くらいの若い男が、鉄の棒を手に歩いてくる。その後ろでは、怯えた様子の女の子たちが、男たちの服の裾を握りながら学たちを睨みつけていた。

学が右手を差し出す。

「こんにちは。学です」

男は少し間を置き、警戒しながらも手を握り返した。

「……大和やまとです」

「ここらへんの食料はもう残っていません。でも、線路を北上して近江今津駅の方に行けば、まだ残っていると思います」

大和と名乗る男の目の鋭さは緩まなかった。

「……ありがとうございます」

「俺たちは古賀にいます。また情報交換をしましょう」

大和はそれには答えず、ただ静かに引き返していった。奥で武装した男たちと何か話し合っている。

これ以上刺激しないよう、学たちは下古賀への帰路についた。

「学、一件落着とはいかんな」

「うん。でも、悪いやつらではなさそう」


 その夜、年長メンバーが職員室に集められた。学が椅子に座り、ノートに鉛筆を走らせながら口を開く。

「都市部の食料がいつ底を突くかわからん。これからはどんどん人が流れてくる。やっぱり、高島市の入り口は警備すべきや。安全やと確認できた人だけを入れる」

理奈が再び立ち上がった。

「30万人の食料を自給できるこの高島市で、そんなことをしたら、外の飢えた人たちと戦争になるよ」

信太が学をフォローするように言葉を重ねる。

「理奈、学はその先のことを心配してる。日本は石油を完全に外国に依存してた。国全体の潜在的な石油の備蓄が減っていけば、いつか他国や他の地域から買わなあかんくなる。余分に米を残して、その代金代わりにせんと石油は手に入らん」

学が頭を抱え込んだ。

「人が増えすぎたら、コントロールできなくなる……。食料もエネルギーも水も、無限にあるわけじゃない」

大地が困ったように苦笑する。

「学が言うことも、理奈ちゃんが言ってることも、どっちも正しいよ。でも、市の境で争いが起こるのは、ちょっと……」

秋は何も言わず、黙って推移を見守っている。

窓の外、校庭に停められたミサイル車を見つめていた数豊がつぶやいた。

「そもそも、稲刈りにも警備にも、圧倒的に人員が足りませんよ」

学がノートをめくる。

「計算した。この土地で今維持できるのは、最大でも1万人。それ以上は、まだ無理や」

 重苦しい沈黙が職員室を支配した。理奈は自分の腕をきつく抱きしめ、夜の校庭を見つめている。

信太が場を和ませるように声を張った。

「まあまあ! ひとまず、近江今津の新しい集団とは、合流に向けて仲良くやっていくってことで決まりやな。人手が足りんのやから、何人かは受け入れよう。な?」

「……異議なし」

「よし、みんなお疲れ様! 解散!」

一同が去った後も、学はスマホでグラフを確認しながら、右手で鉛筆を動かし続けていた。

「いつも助かる、信太」

「……なぁ学、このままの政治体制じゃ、いつか限界がくるな」

「あぁ。人口が100人を超えたあたりが境目やと思う。どうせ他の集団と合流するなら、こっちが民主主義をやってないと信用されへんしな」


 その後も、学たちは何度か近江今津へ足を運び、大和たちの集団と対話を重ねた。交渉の席につくのはいつも大和だった。

「何か困ったことがあれば、遠慮なく言ってください」

「ありがとうございます。では、また……」

大和たちは決して目を合わせようとせず、どこかよそよそしい雰囲気を崩さなかった。そのくせ、見送りだけは奇妙なほど丁寧だった。

帰り道、信太がぽつりと言った。

「早く合流したいのになぁ……」


 8月下旬。稲の穂はぷっくりと膨らみ、夜にはマツムシの鳴き声が心地よく響くようになった。

 古賀の古い寺の境内を使い、夏祭りを開催することにした。信太が大和たちを誘ったのだ。

夜、下古賀のメインストリートには、提灯の淡い光が灯っていた。赤と白の簡易テントで作られた露店が立ち並び、桃ジュースや冷凍スイカを売る店からは賑やかな声が上がっている。

「へい! いらっしゃい!」

上古賀の住人たちも、服や雑貨を出店で売っていた。信太は下古賀の境界に立ち、近江今津の方角を見つめている。

 月明かりに照らされたメインストリートを、学と理奈が並んで歩いていた。理奈は朝顔があしらわれた紫の着物を、学はシンプルな浴衣を着ている。

「なぁ、学。まだ近江今津の人たちとは合流できへんの? 政党政治をするって言ったんでしょ?」

「うん……それでこんな祭りを企画したんやけどな。何かあるんやろな」

「それを調べるんでしょ?」

「調べてるよ。……理奈、せっかくの祭りや。こんな話やめよう。ほら、かき氷ある!」

学は無理に笑ってみせた。

「新札しか使えへんよー!」

ねじり鉢巻きを巻いた秋が、威勢よく声を上げている。

 高島市役所近くにあった銀行では、パンデミックが起こる前に、新札が供給され、あと何ヶ月かすれば使えるようになるところだった。パンデミックが起こってから、旧紙幣は有り余るようにどこにでも落ちている。だから、ちょうど発行されていた新札を紙幣として使うことにした。

「秋ちゃん! 1個ください」

「1個でいいん?」

「うん、2人で食べるから」

理奈が笑って答えた。

「桃のシロップで」「はーい!」

「――こんばんは」

後ろから声がした。振り返ると、大和を筆頭にした近江今津の男たちが4人ほど立っていた。女性の姿はない。大和が野太い声をだした。

「お招きいただき、ありがとうございます」

学が右手を差し出し、握手を交わした。

「楽しめていますか?」

「もちろんです。我々も、このようなことをゆくゆくは……」

「兄弟として、とても頼もしいです」

「ありがとうございます」

そう言う大和の手の力は強く、なかなか握手が解かれなかった。

 寺の広い境内に集まり、みんなで盆踊りを楽しんだ。その後は信太が真ん中に出てきて一発芸を披露し、大和たちも、古賀の住人たちも大笑いした。

並べられたパイプ椅子に座り、学と理奈はその様子を眺めていた。

「理奈、信太ってみんなに好かれてるよな」

「人懐っこいもんね」

「……俺、ずっとあいつに支えられてる」

(俺にないものを、あいつは持ってる)

 その頃、秋は出店の裏側で、大和たちが固まって何かを密談している声を偶然耳にしていた。

 祭りの締めくくりに、みんなで線香花火をした。夜も更け、お開きになると、下古賀の入り口で大和たちが足を止めた。学が見送りに立つ。

大和が学の目をまっすぐに見据えた。

「今週、外から新しい人間が10人、高島市に入っています」

「ええ。その件は、私たち古賀が引き受けます」

「これからも増えるでしょう。考えるべきことは、考えておかないと」

「同感です」

大和は、少し意外そうな目で学を見た。そして、もう一度学の目を覗き込む。

「……大衆が、常に正しいとは限りませんよ」

「分かっています。ですから、あなたたちと手を合わせたい」

大和の口元が、ニヤリと歪んだ。

「同志がいてくれるのは心強い。……では」

「お気をつけて」

校庭に停められた巨大なミサイル車が見える場所だった。


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