15話(田んぼの手入れ)
15話(田んぼの手入れ)
これまででは考えられないほどゆっくりとした日々が過ぎた。
ある日、学は全員を体育館に集めた。入り口の扉には、一枚の看板が立てられている。
『多数決を取ります。8月10日』
ガヤガヤと床に座りながら喋る一同の前に、学が立った。
「決めたいことが2つある。まず1つ目は、北船木の人たちとの合流。そして彼らの上古賀への移住を認めるかどうかや」
信太と秋が手元のノートを見ながら付け足す。
「電力にはまだ余裕があります」
学が地図を指さした。
「俺は、高島市役所近くの町に残っている石油や食料を、この古賀に集めようと思う」
すかさず花穂が手を挙げた。
「それじゃあ、北船木の人ともめるよ」
「そう。だから合流したいんだ」
子どもたちは静まり返り、真剣な目で学の話を聞いている。
「分離したままだと、町の物資を巡って必ず争いになる。だから合流して、均等に分け合えるようにしたい」
信太がノートをめくりながら言った。
「田んぼが多すぎて、北船木の人たちと力を合わせても収穫しきれへん。どうしても人がいる」
学は一口水を飲み、本題へと切り替えた。
「2つ目は――京阪神から高島市への入り口である、線路とバイパスを防衛し、封鎖すること」
その言葉に、理奈が勢いよく立ち上がった。
「そんなことしたら、それこそ京阪神から逃げてくる人たちと争いになる!」
その場がにわかに騒がしくなる。ざわめきの中、学が声を張った。
「でも、何でもかんでも入れていたら略奪が起こる! 一人も入れないとは言ってなくて……」
「封鎖はやりすぎじゃない!?」
理奈が言葉をかぶせ、体育館内は完全に口論の渦に巻き込まれた。「僕もやりすぎな気がする」という小声も聞こえる。
見かねた信太が周りを見渡し、メガホンを口に当てた。
「静かに! ひとまず、北船木の人たちとの合流は賛成やろ? 封鎖のことは、また日を改めて話そう」
結局、結論は出ないまま解散となった。体育館からぞろぞろと出ていく列の中で、理奈と花穂が並んで歩いている。
「花穂ちゃん……学は最初から、このために武器を持ってきたんじゃない?」
「さぁ、どうかな……」
花穂は困ったように苦笑した。
誰もいなくなった体育館で、学は信太の肩にぽんと手を置いた。
「いつもありがとうな、信太」
「……賛成せん人が多い。俺らでなんとかせんとな」
学は小さくうつむいた。
あくる日。学と北船木の大地は、黒煙が立ち込める上古賀を背に握手を交わした。
「電気が使える生活は本当に助かります」
「これからの会議、ぜひ参加してくださいね」
上古賀の集落へと、パンパンに膨らんだ風呂敷包みを背負った人々が次々と入っていく。それに伴い、石油や食料といった物資が古賀に集められた。役所近くに放置されていた車は、すべて給油口がこじ開けられている。町は空っぽの建物だけが残され、完全に骨抜きとなった。
琵琶湖のほとり。かつてグランピングリゾートだった場所には、コテージや白いテントが並んでいる。傾いた看板だけが往時の姿を留めていた。
ビーチでは、秋と信太が並んで座り、楽しげに話している。そこへ、大地と花穂が軽トラの荷台に学を乗せて走ってきた。
ハンモックに腰掛けて分厚い本を読んでいた理奈が、立ち上がって近づく。
「学、遅い」
「ごめん、上古賀の柵を立てるの手伝ってた。これ、持ってきたで」
学が荷台から重そうな段ボールを持ち上げた。花穂が助手席の窓を下げる。
「上古賀の人たちが、お礼にってくれたよ」
運転席の大地が、いつもの優しい笑顔を覗かせた。
「うちの畑で採れてな」
理奈が段ボールを開けると、そこには淡い色の桃と、水滴を弾く真っ赤なトマトが詰まっていた。
「えーっ! ありがとう、大地くん!」
学が荷台から飛び降りた。
「秋ー、信太ー! 大地が桃くれたぞ!」
理奈が軽トラのドアに手をかける。
「花穂ちゃん、大地くんも一緒に遊ぼうや。今日は週に一回の休みやん?」
「どうする、大地?」
「花穂が行くなら、俺も行くよ」
大地は穏やかに微笑んだ。
女子三人がお喋りをしながら昼食の支度をする間、ビーチには大地、信太、学の三人が並んだ。学が静かに口を開く。
「大地。そっちは、高島市の入り口を封鎖する件、どう思ってる?」
「……正直、賛成は少ないな。こっちはずっと地元にいて、今まで争いがなかったから。でも、ほんまはやらなあかんやろ?」
信太が砂浜に寝転び、空を見上げた。
「そうやねん。もっとちゃんと考えんとな」
学は琵琶湖の奥、うっすらと霞む山々を見つめていた。(民主主義、か……)
「ご飯できたよー!」
「今日はトマトパスタやで!」
弾んだ声が、波の音に混ざって響いた。
田んぼの間の道路に年長組が歩いている。その後ろに、子供たちも崩れた列を作ってついてくる。
太陽がギラギラと照って誰の首にも汗がたれた。
花穗が田んぼに張った水を焦げた手で軽く触る。
「ぬるっ」
そう言って花穗が後ろの子供たちに声をかける。
「みんなー、ちょっとだけ排水するよー!」
子供たちは各々、担当の田んぼへと駆けていく。
学は花穗に質問した。
「なんで排水するん?」
「日の光で田んぼの水の温度が上がる。稲を弱らせないためにぬるい水を流すんだよ」
学は腑に落ちた顔をして、自分の田んぼへ走った。
花穗は北船木から引っ越してきた上古賀の人たちにも農業を教えているようで、出会った時よりもほんの少しだけ茶色が増したようだ。
学は田んぼの水路に置いてある土のうを持ち上げて排水をした。タガメが水流に乗って流れていった。
遠くで花穗が指示を出している。
「水の量は変えへんようになー」
花穗の後ろ姿は心強かった。




