14話(北船木の地元民)
14話(北船木の地元民)
静かな室内で、学はカタカタと小気味よい音を立ててそろばんを弾いていた。左手にはスマホを持ち、バッテリーや消費電力のグラフ画面を確認している。
「がくーー」
外から、聞き慣れた声が聞こえた。
二階の窓を開けて顔を出すと、玄関の前に小さな手提げ鞄を持った理奈が立っていた。
「理奈か。どうしたん?」
「花穗ちゃんがな、北船木の人たちと話し合いをつけてくれた。役所の近くにある服屋さんの衣類は、私たちが来る前に、北船木の人が集めてたんだって」
「へぇ、分けてもらえるん?」
理奈は少し上目遣いになって、嬉しそうに頷いた。
「こんな薄汚れた服、もう嫌やん? 可愛い服、残ってるかもって!」
学は机の上のノートをパタンと閉じ、笑顔で階段を駆け下りた。「よし、行こうか」
「秋ちゃんと信太も、車で一緒に行くって」
『プップー』と、信太の運転する軽トラがやってきた。
「信太、乗せて!」
「悪い、助手席は埋まってるから、荷台で勘弁!」
学と理奈は、軽トラの荷台に並んで腰掛けた。
「軽トラを出すってことは、子どもたちの服も大量に貰えるんやな?」
「おう! 花穗が北船木と話しつけてくれてるわ」
快晴の空の下、軽トラは緑の田んぼ道を爽快に駆け抜ける。水路には、琵琶湖へと続く豊かな水がなみなみと流れていた。
荷台から、助手席の窓越しに女子たちの賑やかな声が聞こえてくる。
「理奈ちゃん、可愛い服あったらええなぁ」
「ほんまやね! 下古賀の家のタンスも漁ったんやけど、おばあちゃんの服しか出てこんくて……」
「そうそう! うちのところも開けたらさぁ……」
遮る風の音にも負けず、秋と理奈はペチャクチャと楽しそうにお喋りを続けていた。
やがて、コンクリートの高架線路と、少し開けた街並みが見えてきた。放置された街路樹からは、青々とした草が生命力強く生い茂っている。駅の周辺には、銀行やスーパー、洋品店などが静かに佇んでいた。
(平和堂っていうスーパー、滋賀でよく見かけるな)
安曇川の大きな堤防を登り、橋を渡る。その対岸で、花穗ともう一人の若い男が大きく手を振っていた。
「花穗、その人は?」車を降りた信太が尋ねる。
「僕は高校3年の、山田大地といいます。よろしくお願いします」
「よろしく」
学たちは順番に握手を交わした。大地は穏やかで、優しそうな顔立ちの青年だった。
「あそこに車を停めてください。案内します」
北船木のメインストリートを歩き、大きな倉庫へと案内された。
「ここにあるものは、どれでも自由に持ち帰ってください」
大地が重い扉を開けると、そこには大量の衣服が山積みにされていた。
「うわぁ……! すごーい!」
理奈と秋、そして花穗の目が一瞬で輝き、さっそく楽しそうに品定めを始めた。信太もその後ろを荷物持ちがてら、ニヤニヤしながらついていく。
その間、学は大地を誘って、北船木の町を少し歩くことにした。
「北船木には、今どれくらいの人が暮らしてるんですか?」
「ざっと20人くらいですね」
「20人か……。僕たちの発電所の電気は余ってますよ。こっちに来れば使えますよ」
大地の目が驚きで丸くなった。「本当ですか!?こっちはずっと電気が届かなくて、困ってたんです……」
二人が堤防に上がると、川の中に竹で組まれた半円形の不思議な仕掛けが見えた。
「あれ、何なんですか?」
「あ、あれは『やな漁』です。鮎がたくさん獲れるんですよ」
「へぇ、すごい……」
そんな他愛のない世間話を交わしながら、二人は倉庫へと戻った。
倉庫の中では、理奈がすでに一着のコーディネートを完成させていた。
フレアパンツに、綺麗めのシャツをタックインしている。スタイルの良い理奈には、まさにうってつけの着こなしだった。彼女は服の端をつまみ、自分の身体に合わせながら、戻ってきた学に見せた。
「これ、どう? 悪くないんじゃない?」
「……うん、色使いが上手いな」
学が少し見惚れながら褒めると、理奈は自慢げに笑い、倉庫の古い窓ガラスに自分を映して角度を変えて眺めていた。
学も自分用の服を探そうと、山を漁ってみたが、首を傾げた。
「理奈、これ……おばあさん向けの服が多くない?」
「うん。今風の良いデザインのは、ここの女の子たちがとっくにもらっちゃってるからね」
(残り物の中から、さっきのコーディネートを作ったのか。凄いな)
後ろから大地がやってきて、申し訳なさそうに苦笑した。
「すみません、本当に。こんな田舎に、こんなにも早く外から人が来るなんて思っていなくて。あ、でも、ここの女の子たちが、服を『売ってもいい』って言ってましたよ」
「ホントですか!?」
理奈と秋がすかさず食いついた。倉庫の外を覗くと、地元の女の子たちが恐る恐るこちらを伺っている。
学は、とりあえず普段着と、一着のスーツを手にとった。
理奈と一緒に倉庫を出ると、女の子たちが「これ、安くしとくよー!」と、状態の良い小綺麗な服を広げ始めた。
理奈は目の色を変えて品定めを始める。
「学、ちょっとこれ持ってて」
たくさんの服を押し付けられながら、学はふと、洋服を真剣に観察している理奈の横顔に目を奪われていた。真剣な瞳が妙に鮮明に見えた。
その時、理奈の手がピタリと止まった。
「あ……これ……」
それは、美しいアジサイの柄があしらわれた、気品のある紫色の着物だった。
理奈が女の子に尋ねる。「これ、ください」
「物々交換になりますけど……何か良いものあります?」
「え……」
理奈はハッとして、自分のポケットを探ったが、何も持っていなかった。急に悲しそうに俯いてしまう。
隣では、秋が「これ買ってー!」と信太に無茶なおねだりをして困らせていた。信太はニシニシと笑っている。
理奈がすがるような、切ない目で学の瞳を見つめてくる。
学は一瞬ドキリとしたが、すぐに観念したように小さく笑った。
「……分かったよ」
学はズボンのポケットの奥深くを探り、一つの小さな包みを取り出した。
「これで、いいですか?」
差し出されたのは、太陽の光を浴びて青くきらめく、見事なサファイアの首飾りだった。
女の子の目に、美しい青い輝きが反射する。
「……わぁ、きれい…………。うん、まいどあり!」
女の子は嬉しそうに首飾りを受け取り、着物を理奈に手渡した。
理奈は信じられないといった様子で、大事そうに着物を抱きしめ、学に向かっての笑顔を咲かせた。
「ありがと、学!」
彼女が嬉しそうに笑うのを見て、学はぜか安心した。




