13話(日常)
13話(日常)
学校に戻ると、運動場に見慣れない濃緑色の大きなミサイル車が1台、鎮座していた。信太が軽トラの荷台から、自衛隊の小銃をテキパキと降ろしている。
理奈が学の横で、少し不安そうに尋ねた。
「……こんな武器、どうするの?」
「自衛用に持っておく。俺たちはこれまで、いろんな人たちを見てきたから」
理奈はそれ以上何も言わず、ただ静かに銃を見つめていた。
その日の夜、体育館に全員が集まった。
「3、2、1……」
パチッ、とスイッチを入れると、真っ暗だった体育館に眩いばかりの蛍光灯の光が灯った。
「「「やったあぁぁーーー!」」」
子どもたちの歓声が響き渡る。
「学、マジでやったな!」信太が肩を叩く。
「ああ、信太も基地の件、ありがとうな」
秋が理奈の横で嬉しそうに笑っている。
「これで、今日からお風呂に入れるなぁ」
「ほんまやね」
みんなの顔に、笑顔が咲いていた。食卓には、みなとたちが川で釣ってきた新鮮な鮎の塩焼きが並んでいる。
花穗が学に言った。
「学、米の収穫までちょうど1ヶ月だよ。明日からは、子どもたちにも少しずつ田んぼの手入れを手伝わせるよ」
「ああ、花穗に任せる。古賀の田んぼは、全部俺たちのものにしよう。信太、数、駅周辺の町へ遠征しよ」
「石油と食料の回収やな。了解!」
その夜、村の民家でお風呂を沸かし、みんなで順番に温かい湯船を堪能した。
数日が過ぎた。
田んぼの稲はまだ青い実をつけ、夏の風にサラサラと揺れている。学校の校庭では子どもたちが元気に走り回り、数豊はそれを眺めながら、冷たい赤いジュースをのんびり飲んでいた。
いつも校庭に停めてあるはずの、あの赤いワゴン車の姿がない。
その頃、例のキャンプ場の川のほとりでは、信太と学がのんびりと釣り糸を垂らしていた。
「学、釣れたか?」
「全然。ピクリともせんわ」
コテージの木陰に椅子を並べ、秋と理奈は読書を楽しんでいる。時折、澄んだカワセミのさえずりが聞こえる、平和な昼下がり。
『ブゥーーン』と、静寂を破って赤いワゴン車が鈍いエンジン音を響かせて入ってきた。
秋が本を置いて立ち上がる。
「花穗ちゃん、おかえりー」
ワゴンの窓がウィーンと下がり、花穗が満面の笑みを覗かせた。
「見てよ、これ!おっきいスイカ!」
理奈が川辺に向かって叫ぶ。
「学ー! 信太ー! スイカ持ってきてくれたよー!」
「今行くーー!」
学は釣り竿を放り投げるようにして走ってきた。
「花穗、ありがとうな。子どもたちの分は?」
「みんなもう食べたよ。数豊は残ったやつをジュースにしてた」
信太が、水に浸けてあった冷え冷えのスイカを重そうに持ち上げる。
「スイカと言えば、スイカ割りやろ!」
「棒探そ、棒!」
その辺に落ちていた手頃な枝にタオルを巻きつけ、目隠しをした信太がその場でぐるぐると回る。
「右! 右! あ、行きすぎ!」
「そこや! ストップ、叩け!」
賑やかな声の中、綺麗に真っ二つに割れたスイカを、年長の五人で並んで口に運んだ。
「へぇ、花穗ちゃん、スイカに塩かけるんやね」
理奈が興味深そうに覗き込む。
「関東の一部では、こうやって食べるんだよ」
「へー、今度やってみよ」
木漏れ日が揺れる中、辺りにはいつの間にかヒグラシのカナカナカナという涼しげな鳴き声が響いていた。
「信太、学、なんか懐かしいな。京都にいた頃も、こうやってたまに息抜きしたやん」
秋がしみじみと呟く。
「そうやな……やっと、落ち着けた気がするわ」
学はスイカを片手に、眩しそうに夏の青空を見上げた。その様子を見て、理奈がふと口を開く。
「学たちのグループって、本当にみんな仲が良いよね」
花穗が目を丸くした。
「え?理奈ちゃんは、最初から学たちと一緒じゃなかったの?」
理奈が微笑みながら首を振る。
「うん。途中で合流させてもらったんやよ」
パンデミックが起こる前のような、穏やかな時間がゆっくりと流れていった。
学校の職員室を、正式に彼らの「作戦会議室」と定めた。
学が黒板の前に立ち、チョークで文字を書く。
「『北船木』の地元民グループと良い関係を築きつつ、いずれは彼らと合流したいと考えてる」
数豊が、隣の理奈に小さな声で尋ねた。「北船木って、どこですか?」
「安曇川を下っていくと、デルタ地帯になっていてね……」
「デルタって何ですか?」
今度は花穗が地図を指差して教えてやった。
「デルタは三角州のこと。安曇川が琵琶湖に注ぐ場所が、川と湖に囲まれた地形になってるの。自然の要塞みたいになってるから、地元の生存者が自然と集まった場所、それが北船木だよ」
信太が手を挙げる。
「なぁ学、合流って、具体的にどうするん?」
「『民主主義政治』をやろうと思ってる。生き残るには集団をある程度大きくしなあかん。集団を広げるには民主主義が一番公平で確実な方法やろ」
信太は腕を組み、怪訝そうに言った。
「何でそんなに合流を急ぐんや?」
学は黒板の図をトントンと叩いた。
「これからの稲刈りには、大量の石油がいる。いつかは町のガソリンスタンドの石油も底を突く。そうなったら、必ず奪い合いの争いが起きる」
信太手を「とん」と叩く。
「そうなる前に、お互いが資源を均等に分け合えるように、一つの組織として統合するってことやな」
「……まぁ、俺らは自衛隊の基地を抑えてるしな。とりあえず、交渉は有利に進められる」
理奈は真っ直ぐに学を見上げて、つぶやいた。
「そんな考え方……」
学たちが暮らす下古賀の集落は、家焼きを終えて16軒の安全な家屋が残った。
生存者は全員で15人。ちょうど一人一軒ずつ、均等に家を分けることができた。
学が割り当てられたのは、学校のすぐ前にある、少し古い平屋の一軒家だった。玄関先には拾ってきた植木鉢を並べ、キュウリとトマトの苗を植えた。元の住人の名札を外し、新しく『三浦』と彫った手作りの木札を掲げる。庭には、どこからか回収してきた大きなソーラーパネルが無造作に立てかけられていた。




