11話(近江舞子)
11話(近江舞子)
軽く息を吐き、砂を蹴って理奈のもとへ走った。数豊が理奈のチームでビーチバレーに興じていた。
「数、ちょっと見張り代わって」
「うん、わかった」
交代した数豊が、じっと学を見つめてくる。
「どうしたん?」
「いや、学がこうやって遊ぶの、珍しいなと思って」
「……そうやな。あ、数、秋に『この人たちの分の飯も用意して』って頼んできて」
「はーい!」
数豊は弾むような足取りで道路の方へ走っていった。
理奈が飛んできたボールをレシーブし、胸元でしっかりと留めた。
「私たちの分も、いいんですか?」
「ええ。あなたたち、これまで他の生存者と争ったこと、ないんでしょ?」
「はい、そうですけど……」
理奈はぽかんとした顔で学を見つめた。
少し離れたビーチでは、信太と秋が腰掛けてその様子を眺めていた。
「ねぇ信太。学って、女の子と話すの上手じゃないんやなぁ。甘い顔してるのに」
「まぁな。俺はあいつとやりやすいねんけどなぁ」
「学って信太と数豊としか、ろくに話せてないやん」
「いいやつなんやけどな、不器用やから」
信太は照れ隠しのように頭をボリボリとかいた。
反対側のコートでは、三月とみなとがチームを組んでいる。三月がボールに飛びつこうとして、砂浜に派手に転んだ。
「なぁ、がくー!そっち大人二人でずるいやん。何でそっちに入ったん?」
理奈はクスリと笑い、学を横目で見た。
「私、ちょっと休みますね」
理奈が秋を誘ってホテルへ戻っていく。三月が言った。
「じゃあ、学、一人のチームな!」
「はぁ!?」
それからは理奈の連れてきた子どもたち三人を含む、即席の交代制バレーやかけっこが始まった。
「はぁ……もう無理……」
学はついに砂浜に大の字に倒れ込んだ。すかさず三月とみなとが、冷たい海水を容赦なくかけてくる。
「学、疲れるの早い!」
「もうギブ。こんなに遊んだの、久しぶりやわ」
「みんなー、ご飯にしよー!」
聞き覚えのある声に学が振り向くと、秋と理奈が歩いてくるところだった。理奈は水色の水着の上に、薄手のシャツをさらりと羽織っている。その姿を見た瞬間、学は先ほどの疲れが嘘のように、ヒョイッと立ち上がって駆け出した。
「あ、学、まだ体力残ってるやんかー!」
後ろからブーイングが響いた。
ホテルの食堂での昼食。理奈は子どもたち四人とテーブルを囲んでいた。学がその肩をトントンと叩く。
「年長組でこれからの会議をしたいから、ちょっと来てくれませんか?」
「分かりました」
理奈が立ち上がると、すかさず三月たちが理奈の席に滑り込み、子どもたちと賑やかにご飯を食べ始めた。
理奈、数豊、学、秋、信太の五人が大鍋を囲む。今日のメニューはそうめんだ。氷なんかはないから緩かった。
学が使い込まれたノートを取り出した。
「明日は、ここからすぐの高島市に入って、『古賀』っていう村を目指そうと思ってます」
「ズズッ……」
静まり返った室内で、理奈だけがのんきにそうめんをすすった。全員の真剣な視線が集まり、理奈はハッとする。
「え、あ、ごめんなさい……」
学は表情を少し引き締めて言った。
「僕らは大阪からここまで来ました。その道中、何度も人と食料を奪い合ったり、仲間をさらわれそうになったりしたんです」
「そんなことが……」
理奈はそうめんをすする手を止め、深刻そうに考え込んだ。
「旧世界のようなルールは通用しない。それを、しっかりと理解しておいてほしいんです。あなたたちは、これからどうするつもりですか?」
「いえ……私たちはただ、食料を求めて京都の南から滋賀へ流れてきただけで」
「これから、どうしますか」
学の問いに、理奈は食堂の奥で楽しそうに食事をしているちびっ子たちを振り返った。そして、真っ直ぐな目で学を見た。
「私たちも、ついていきます」
食事を終え、警戒の監視を交代で置きつつ、残りの時間は自由に過ごした。
客室では、信太と学がノートを広げて話し込んでいた。
「高島市のここが古賀や。ノートに情報をまとめてるから、読んどいて」
「うん、わかった」
ひと段落した夕方、学と信太は近江舞子の周辺を歩き回り、残された石油と食料を回収した。
夕焼けがビーチを真っ赤に染め上げ、心地よいさざ波の音が聞こえてくる。しかし、夜になってもまとわりつくような蒸し暑さは消えなかった。
「よし、風呂にするぞ!」
みんなで琵琶湖とホテルの大浴場を繋ぎ、バケツリレーを始めた。十二人もいれば、大きな浴場もあっという間に満タンになる。さすがに全員で水着を着て入るには手狭だったが、水風呂に歓声が上がった。
全員が堪能し、最後の一人が上がる頃には、浴槽の水は半分以下に減っていた。
その夜、この旅で初めて男と女で部屋を分けて眠ることになった。
信太、数豊、学、みなとの部屋。みなとはすでに泥のように眠っている。ベッドに寝転がると、数豊が目を丸くして天井を見上げた。
「学、信太。やっと明日は高島市に着くんやな」
信太がノートを片手に、ニヤニヤしながら答える。
「高島市には安曇川が東から西に流れてて、その少し上流に古賀がある。山と川に囲まれてるから、ゾンビの襲撃を受ける心配が少ない地形なんや」
学が身を乗り出すようにして言葉を重ねた。
「しかもやで!古賀には水力発電施設と牧場もある!」
「航空自衛隊の基地もあるぞ」
数豊が不思議そうに首を傾げた。
「こんな山奥やのに、飛行機が飛べるん?」
信太が人差し指をチッチッと振る。
「ミサイル基地やから飛行機はない。防衛の要所ってことや」
学がページをめくった。
「去年の高島市の米の生産量は、データによると1万4500トン。一人当たりの一年の消費量を50キロと仮定すれば……」
数豊が瞬時に答えた。
「一年で、三十万人分の食料を作れる計算になる」
「数豊、計算、早っ!」信太が驚嘆の声を上げる。「これなら十分、現地の人にも食料を分けてもらえるな」
学が強く拳を握りしめた。
「やっとや。やっと、ここまで来た……」
信太が笑顔で手を差し出す。
「こういうときは、これやろ!」
全員が手を重ね合わせる。
「これからも生き残るぞー!」
「おー!」
蒸し暑い夜の部屋に、静かで熱い誓いが響いた。




