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わたくし、魔法少女になります! ~伯爵令嬢セフィーナは魔法で世界を救いたい~  作者: 犬柳


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7 新たな脅威

「……え? アダム様が?」


 それは突然の事だった。

 ある日の午後。セフィーナが私室で読書をしていると、使用人が慌てた様子で声を掛けてきたのだ。


「はい。先触れも無く申し訳ないと仰った上で、急ぎお伝えしたい事があると」

「そう、分かったわ。すぐに行くわね」


 アダムは礼節を重んじる性格だ。セフィーナに用事がある時は前もって使いを寄越すし、それも予定の数日前には必ず知らせるようにしていた。

 このように約束も無く突然セフィーナの元を訪れるというのは初めての事だった。


 セフィーナは足早に玄関ホールへ降りて行く。

 そこには数日ぶりに会う婚約者の姿があった。


「アダム様、お待たせいたしました」

「セフィーナ……。突然の来訪となってしまってすまない」

「いいえ、お急ぎのご用件だったのでしょう? こちらへ。すぐにお茶を用意しますわ」

「いや」


 客間へ案内しようとするセフィーナを、アダムは制止した。


「申し訳ない。実はすぐに現場に戻らなければならないんだ。手短に要件だけ伝えさせてほしい」

「まあ……本当にお忙しいのですね」


 確かに、ここ数日アダムは多忙を極めているようだった。

 アダムから『仕事が忙しく、暫く会う事が出来ない』と手紙が来たのは数日前の事。

 『どうかご無理はなさらず』と返事を送ったセフィーナだったが、聞くところによると彼はここ数日自宅に帰る事すら出来ていないらしい。


 セフィーナは向かい合ったアダムの顔を見上げる。

 多忙な中でも身だしなみはしっかりと整えられていたが、その目元にはうっすらとクマが浮かんでいた。

 疲れがありありと顔に出ている様子を見ると、流石のセフィーナにも心配な気持ちが募る。


「実は、王都に魔獣が出没したんだ」

「……っ!」


 アダムの言葉に、セフィーナは息を飲んだ。


(まさかそれって……)


「ま……魔獣が? 王都には出ないはずじゃ……?」


 セフィーナは俯き、狼狽した様子で尋ねた。

 彼女は知っている。それがただの魔獣ではない事を。

 

「本来であればそうだ。だが先日、第三十地区で魔獣が出没したと通報があった。私の部隊の隊員もその姿を目撃している」

「第三十地区……」


 やっぱり、とセフィーナは心の中で呟いた。

 手のひらにじっとりと汗が滲む。視線が忙しなく動き回る。

 まさか、魔術師団もあの奈落獣を追っていたなんて。


「幸い魔獣は消失したようだが、他にも魔獣が居ないとは限らない」

「え、ええ……そうですわね」


 心臓が逸る。今のところ、セフィーナの正体がバレているという訳ではない。それでもセフィーナは内心大きく動揺していた。


「それに……」

「……? アダム様?」


 アダムはそこで不自然に言葉を切る。

 そして言葉を探すようにわずかに逡巡していたが、やがて首を横に振った。


「……いや、なんでもない。それより出来る限り遠出は控えた方がいい。次に外出する予定は?」

「ええと、四日後。ジェイル侯爵夫人のお茶会に招かれておりますわ」

「ジェイル侯爵邸か。ここからはそう離れていないし、それならば大丈夫だろうか……。しかし出来る事なら護衛を増やしてほしい。可能だろうか?」

「ええ。父に相談します」

「ウェストン伯爵には私からも伝えておこう。どうか用心するようにと」


 セフィーナは心のざわめきをなんとか抑えながら、アダムに礼の姿勢を取った。

 おそらく彼は今、魔獣の対応に追われて多忙を極めているのだろう。そんな中でも、婚約者としてセフィーナを慮ってくれている姿勢が見える。

 素直にありがたい。そうセフィーナは思った。


「アダム様……お忙しいのに、わざわざ心配して来てくださったのですね。ありがとうございます」

「いや、婚約者として当然の事だ」

「いえ、でも……」

「君の身は君一人のものじゃない。君はランドール家にとって大切な存在なのだから」

「え……」


 その一言が、胸の奥にすっと沈んだ。

 アダム自身ではない。ランドールの『家』にとって大切な存在。

 黒いインクが一滴、また一滴と真水の中に落ちるように。セフィーナの心に黒いもやが広がっていく。


「君の力は貴重な物だ。無用な危険に晒す訳にはいかない」

「そう……です、わね」


(わたくしの『力』……ね)


 セフィーナは俯き、アダムに見えないようにして唇を噛んだ。

 彼の言葉が、セフィーナの心を凍り付かせる。


 その後アダムと何を話したのか、ほとんど覚えていない。

 急ぎ仕事に戻るというアダムを見送り、いつの間にかふらふらと私室に戻っていた。

 

 セフィーナは柔らかなベッドに沈み込み、ぼんやりと天井を見つめた。

 夜着に着替えないまま寝台に寝そべるなんて、行儀の悪い事をしてしまった。けれど今はただ、何も考えたくなかった。


(……アダム様があんな言い方をするなんて、いつもの事じゃない)


 そうだ、いつもの事。

 なのに、なぜだかいつも以上に空しい。


『むぅ……セフィーナ』


 胸元のペンダントが震える。

 

「プー……」


 セフィーナが呼びかけると、ポン、と音を立ててペンダントからプーが飛び出して来た。

 その表情は、どこか憮然としている。


「ねえ、さっきの人がセフィーナの婚約者なの?」

「そうよ。アダム様。プーは初めて会ったわね」

「むぅ……ボク、あの人のこと好きじゃないな」

「えっ?」


 プーの言葉に、セフィーナは一瞬まばたきを忘れてしまう。


「あんな酷い言い方、絶対ナシだよ! あいつはセフィーナの事をなんだと思ってるの!?」

「プー……」


 プーは唇をムッと尖らせ、憤ったようにその場で地団駄を踏んだ。

 一瞬呆気に取られたセフィーナだったが、やがて「ふっ」と小さく息を漏らした。


「……ふ、ふふっ……プーったら」

「あっ、ゴメン……! セフィーナの未来の結婚相手なのに、ボク、酷い事言っちゃった……」

「いいの、いいのよ。そうよね、絶対にナシよね……ふふっ」


 アダムとの婚約は、祝福されたものだった。

 由緒あるランドール侯爵家との婚約。相手は将来を約束された一級魔術師。

 誰もがセフィーナを羨んだ。誰もがセフィーナを幸福だと、そう決めつけていた。 

 いつだって、セフィーナの心だけが置き去りにされてきた。


 けれどまさか、あのランドール侯爵令息との婚約を「絶対にナシ」と言ってくれる人が居るなんて。

 セフィーナの心が、ふわりと軽くなった。


「むぅ……セフィーナはあのアダムって人の事、好きじゃないの?」

「……そうね」


 彼の事を好きかと問われれば、首を横に振るだろう。けれど嫌いかと問われれば、首を傾げてしまう。


「あの方にはね、良いところも悪いところもあるの」


 婚約者として最大限の配慮をしてくれている。心からセフィーナを心配してくれている。

 けれど、セフィーナ自身ではなく、セフィーナの『力』を殊更慮っているのも事実だ。


「あの方の良いところには好感を持っているし、悪いところには嫌気が差してしまうの。……人って、そういうものなのよ」


 セフィーナは眉を下げて、悲しげに笑った。

 





 揺れる馬車の中、アダムは目を閉じた。

 思い返すのは、数日前に受けたとある報告の事だ。



「ランドール部隊長、失礼いたします。第三十地区の魔獣案件についての報告です」

「手短に頼む」


 報告者は例の魔獣案件を取り仕切っていた二級魔術師だった。

 彼はコホンと咳払いをしながら、報告書を読み上げる。

 

「昨晩十二時頃、第三十地区の魔獣の消失を確認しました。報告者は第五部隊所属の三級魔術師二名。対象は、教会跡より東に位置する遊閑地にて消失した模様です」

「消失というのは?」

「対象は何者かの攻撃を受けた後、空気に溶けるようにボロボロと霧散したとの報告です。その後、他の部隊員らと共に明け方まで辺りを捜索しましたが、魔獣の姿が確認出来なかったため、完全に消失したものと判断しました」

「……何者かの攻撃?」


 アダムはピクリと眉を吊り上げた。

 明確な言葉が並ぶ報告書の中で、そこだけがひどく曖昧だ。


「……それに関しては、現場を目撃した当人達に聴取を。正直なところ、その件に関しては私も信じがたいと思っております」

「ならば当該部隊員を早急にこちらへ。直接報告を聞こう」

「はっ」


 それから間もなく、二名の三級魔術師がアダムの元に招集された。

 彼らは昨晩、魔獣が消失する現場に居合わせたという。


「現場で見た事をすべて報告してくれ。手短に、明確に」

「は、はっ!承知いたしました」


 二人組の片割れは、上ずった声で返事をする。ただでさえ凄みのあるアダムに圧をかけられ、尋常ではなく緊張しているようだった。

 仕方なく、もう片割れの方が言葉を続けた。


「我々は当該現場付近で不自然な光球を目にしました。異常事態が発生していると思い現場に向かったところ……その……」


 何故だか歯切れが悪い。何かを言いづらそうにしている様子だった。

 アダムは苛立ちを隠すように、額に手を当てた。


「続けろ」

「は、はい、その……我々が現場に到着したちょうどその時、魔獣は攻撃を受けてその場に倒れ込んでいました」

「魔獣を攻撃していた人物は? 魔術師団の者か?」

「はい、ええと……攻撃者はその……」


 男はそこで言葉を切ると、息をひとつ吐いた。

 そして決心したように、再び口を開く。


「少女、でした」

「……少女?」


 瞬間。アダムの周囲が騒めいた。


「少女だって……!?」

「そんな事がある訳ない……」

「女が魔法を使うなど、禁忌ではないか」


 第五部隊の舎内が大きくざわつく。

 有り得ない、幻でも見たのではないかと、部隊員達は口々に漏らす。


「……」


 そして、いつも冷静なアダムでさえ僅かに目を見開き、驚きの様子を見せていた。

 部隊長専用の大きなデスクに肘を付き、こめかみを強く手で押さえた。

 ふぅ、と大きく呼吸する。それからゆっくりとまばたきを繰り返す。

 平常心を保つためのルーティンなのだろうか、アダムは何度かその動きを繰り返したのち、厳かに口を開いた。


「……第五部隊は魔獣の消失を確認した。当該地区の警備および魔獣の捜索に当たった部隊員の皆はご苦労だった」


 アダムの言葉に、ざわついていた室内がぴたりと静まり返る。


「ひとまずの脅威は去った。しかし魔獣が例の一体だけとは限らない。今後も引き続き魔獣対策を続ける事とする」

「……はっ!」

「そして新たな脅威が現れた」


 アダムは立ち上がり、舎内をぐるりと見回す。

 部隊員達ひとりひとりの目を見るようにして視線を巡らせながら、アダムは言葉を放った。


「禁忌とされている、魔法を使う少女……」


 それはこの世界で定められた理。

 女性は魔法を使ってはならない。

 それは禁忌。禁忌を侵す者は、排除しなければならない。


「看過出来るものではない」


 部隊員達は頷く。そのまなざしは、アダムをまっすぐに捉えていた。


「引き続き王都での魔獣の捜索。そして魔法を使用する少女の捜索。これらを我ら第五部隊の任務とする!」

「はっ!」 

 

 セフィーナの知らぬところで、事態は大きく動き出していた。



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