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わたくし、魔法少女になります! ~伯爵令嬢セフィーナは魔法で世界を救いたい~  作者: 犬柳


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4/10

4 創る者

 セフィーナは朝日と共に目覚めた。


「ん、んん……」


 ぱちぱちと何度か瞬きをする。

 寝台に横たわったまま、手のひらを目の前にかざす。

 傷ひとつない、白くつややかな手のひらだった。


 昨晩の戦闘で得た負傷は、自らの治癒魔法で綺麗に治した。

 石畳に転んで負った擦り傷も、慣れない靴で動き回ったせいで出来た靴擦れも。

 まるで昨日の事が夢だったかのように、セフィーナの身体は傷ひとつない状態だった。


「でも、夢じゃないのよね」


 胸元のペンダントを握りしめる。

 目を閉じて思い返すのは、プーとの出会い。初めての変身。奈落獣との戦闘。


「そうだわ、プー! プーはどこ?」


 ベッドから起き上がり、あたりをキョロキョロと見回す。

 プーの気配はどこにも無かった。


『む! おはようセフィーナ。ボクはここだよ』

「ここ……?」


 プーの声が聞こえる。声の出どころは、セフィーナが胸に下げたペンダントだった。


「プーったら、こんな小さな所に入れるのね」

『精霊体になればどこにでも入れるんだ。普段はペンダントの中に居るようにするよ。そしたらいつでもセフィーナと一緒にいられるでしょ?』

「それは心強いわね」


 確かに、お茶会や夜会など外に出る機会は少なくない。

 そうなった時、小動物の見た目をしたプーを連れ歩くのはなかなか難しいだろう。


 コン、コン。

 寝室の扉が外からノックされる。


「お嬢様、お目覚めでしょうか」

「おはよう、ジナ」

「おはようございます。お嬢様」


 侍女のジナが朝の支度にやって来た。

 分厚いカーテンを開くと、部屋に朝の光が差し込む。


「まあ、昨日の嵐が嘘のようですわね」

「本当ね。気持ちの良い朝だわ」


 眩しい朝日を全身に浴びながら、セフィーナはふふっと小さく微笑んだ。

 セフィーナとプー以外は誰も知らない秘密。

 二人が人知れず街の平和を守った事は、この太陽すらも知らない事だ。


 セフィーナがこっそり笑みを浮かべている事などつゆ知らず、ジナは手慣れた様子でセフィーナの着替えを手伝った。


「お嬢様、本日は午後にリッチェロの方がいらっしゃる予定です」

「そうだったわね。新しいドレスの仮縫いが出来上がったみたいなの、楽しみだわ」


 リッチェロとは、ウェストン伯爵家に出入りしているドレスメーカーの名だ。

 ブランドとしての歴史は比較的浅く、従業員も若い者が多い。だがそれゆえに、伝統的なドレスメーカーとは一線を画していた。

 瑞々しい感性で作られたドレスは、若い貴族女性たちに絶大な人気を博している。セフィーナもそのセンスに惚れこんだうちの一人だ。


「……あら?」

「どうしたの?ジナ」

「いえ、ここの絨毯ですが」


 ジナは言いながら窓際に近づく。


「びしょ濡れですわ。どうしたのでしょう」

「……!」


 思わずセフィーナの顔が引きつる。

 昨晩の嵐の中、テラスに墜落してきたプーを助けるために窓を開けたのだ。そのせいで窓際の床はしっとりと湿り気を帯びていた。

 特に分厚い絨毯など一晩で乾くはずもなく、ぐっしょりと濡れそぼったままだ。


(まずいわ……)


 あのひどい嵐の中、窓を開けたなんて不自然な事だ。

 何故窓を開けたのかと理由を問われたら、上手く誤魔化せる自信もない。

 セフィーナは内心焦っていた。


「水差しの水でも零されましたか?」

「……そう、そうなの。昨日の晩、水を注ごうとしたら手を滑らせてしまって」

「あら、そうだったのですね。お声がけくださればすぐに綺麗にしますのに」

「遅い時間だったもの。夜中に呼びつけるなんて悪いわ」


 うふふ、と淑女の笑みで誤魔化すとジナは納得したようで、それ以上追究してくる事はなかった。


(危なかったわ……)


 セフィーナが魔法少女である事は誰にもバレてはいけない。もちろんプーの存在も。


 秘密が多いのもなかなか大変ね。

 セフィーナは心の中でそう呟くと、小さなため息をついた。





 リッチェロの女店主とその助手がウェストン家を訪れたのは、その日の昼下がりだった。


「こちらがご依頼頂いていたドレスでございます」


 店主が衣装ケースから取り出してきたのは、大人びたシルエットのドレスだ。

 膨らみの少ないすっきりとしたシルエットは、最近の若い貴族女性の間で流行しているデザインである。全体的なシルエットはシンプルに抑え、素材や柄、装飾で特徴を出すのがトレンドであった。

 まだ仮縫い状態のため装飾が成されていないが、ドレスの裾や袖口には細やかな刺繍が施される予定だ。


「先日見せていただいたデザイン画、わたくしとっても気に入ったわ」

「有難いお言葉、光栄でございます」

「特にあの刺繍のデザインが素敵で。繊細な意匠に目を惹かれたわ」

「あのデザインは、弟子のホリーが手がけたのですよ」

「まあ、そうなの?」


 店主のナディアは、後ろに控えていた助手の女性を指し示す。

 ホリーと呼ばれた女性は、肩口で揃えられた赤髪が特徴的な、まだ年若い女性だった。

 

「ホリーと申します。お嬢様にお褒めの言葉を頂き、嬉しい限りでございます」

「彼女は今やリッチェロに欠かせない存在ですよ。特に刺繍の繊細さにおいて、彼女は老舗のドレスメーカーにも負けない程の腕前を持っております」

「店長、褒めすぎですよ」


 照れたように顔を紅潮させるホリーを見て、セフィーナはふっと頬を緩めた。


「ホリーさん。わたくしのドレスにも素敵な刺繍を入れてくださいね」

「はい!」


 ホリーは力強く答える。快活なその声に、セフィーナは好印象を抱いた。


「ところで店長、こちらのトワルですが」


 セフィーナが身にまとった仮縫い用のトワルを一瞥すると、ホリーは目をすっと細めた。

 「失礼します」と断りを入れながら、裾の布をほんのわずかに整える。


「裾はあと5ミリ上げましょう。それから脇も3ミリ詰めた方が、お嬢様の美しいウエストラインが際立ちます」


 ホリーは仮縫いしたドレスをてきぱきと整える。ほとんど一瞥しただけで、ミリ単位の修正が成された。


「そうね。ああ、それとここのダーツも気になるわ。角度が浅すぎるかしらね」

「はい、すぐに調整します」


 ナディアが指示すると、ホーリーは心得たとばかりに即座にトワルの形を調整した。


(職人だわ……)


 呆気にとられるセフィーナを見て、ナディアは楽しそうに言った。


「見ての通り、彼女は腕利きの職人なのですよ」

「ええ……本当に素晴らしい腕前ね」

「本当はすぐにでもホリーに店を任せたいと思っているんですよ」

「まあ! ナディアさん、引退なんてまだ早いわ。でもいつかホリーさんが後を継いでくれるなら、リッチェロの未来は安泰ね」

「いいえ、私なんてまだまだ若輩者です! ……でもそうですね。いつかは店を任せてもらえるよう、頑張りますね」


 ホリーは謙遜しつつも、セフィーナのドレスを整える手を止めなかった。

 ほんの少しだけ丈を詰める、気持ち程度に幅を狭める。

 素早い手つきでそれらを繰り返していると、わずか数分でドレスのシルエットが見違えるように変化した。


「凄いわ、ほんの少し調整しただけなのにさっきとは全然違う。スタイルが良くなったように見えるわ」

「ご不快なところはございませんか?胸元などが苦しいようであれば、もう少し調整いたします」

「大丈夫よ、完璧だわ。ホリーさん、ありがとう」


 細部まで調整したトワルを元に、本番のドレスが作られる。

 完成はまだまだ先だが、ホリーの手掛けるドレスがどのような形になるのか。セフィーナは期待に胸を膨らませた。


「ナディアさん、ホリーさん。素敵なドレスが出来上がるのを楽しみにしているわ」

「はい、お任せください」



 玄関ホールでナディアとホリーを見送っていると、胸元のペンダントがふるりと震えた。

 ペンダントの中のプーが、何かに反応しているようだ。

 セフィーナは後ろに控える使用人に不審がられないよう、ペンダントに向かってひっそりと呼びかけた。


「プー、どうしたの?」

『む。さっきの赤毛の女の人……』

「ホリーさん?」

『そう。あの人、魔力の香りがしたよ。強い魔力の香り』

「そうなの?」


 珍しいわね、とセフィーナは思う。

 一般的に、庶民は貴族よりも魔力が低い事が多いのだ。


『ボクは魔力のにおいが分かるんだ。さっきの女の人、魔力のいい香りがしたの』

「匂いで判別してるのね。じゃあ、わたくしの魔力はどんな匂いがするの?」

『えへへ、セフィーナの魔力はね、あまーい香り! ボクの大好きな、魔力のいい香りがするよ』


 プーはペンダントの中でころころと笑っているようだった。

 なんだかくすぐったい気持ちになって、セフィーナも思わず顔を綻ばせた。



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