12 騎士の誓い
アダムがガーデナー児童愛護院に到着したのは、セフィーナが立ち去ってからしばらく後の事だった。
「失礼、エディという少年は居るだろうか」
出迎えた院長にアダムが尋ねると、彼女はたじろぐような様子を見せた。
「ああ……魔術師団の方ですね。エディが何か……?」
「彼の魔力解析をさせてもらいたい。失踪事件の捜査に必要なのです」
「は……はぁ……」
「ランドール隊長、威圧するのは止めてくださいよ。院長先生が怖がってるじゃないですか」
二人に口を挟んできたのは、大きな丸眼鏡をかけた瘦せぎすの男だ。
「……威圧などしていないが」
「立ってるだけで威圧感があるんですよ、隊長は」
「……」
「すみませんね院長先生。エディ君に少しだけお話を聞かせてもらいたいんです。手短に済ませますので」
アダムは『解せない』とでも言いたげに丸眼鏡の男を睨むが、彼は気にも留めていない様子だ。
男のへらへらとした軽い口調に、院長も警戒心を解いたようだ。
「こちらへどうぞ」と、二人を招き入れた。
丸眼鏡の男は、トーラス・ジェミニと名乗った。
事件調査のために第八部隊から駆り出された解析官だ。
「……そんなに威圧感があるだろうか」
院長の後を続きながら、アダムがぽつりと呟く。割と気にしているようだ。
「ランドール隊長は上背がありますから、それだけで威圧感がありますよ。女の人とか子どもによく怖がられません?」
「少なくとも婚約者には怖がられた事はないな」
「まあ確かに、年頃の女性は怖がるよりも黄色い声を上げるでしょうね。なんせその美貌ですし」
アダムと年のころは変わらないが、隊長職のアダムとは違い、ジェミニは役職など持たないヒラの隊員だ。まして、任務を共にするのは今日が初めてである。
だというのにアダムにもこの調子で軽口を叩けるのは、彼の飄々とした性格ゆえだろう。――怖いもの知らずとも言うが。
院長に案内されたのは、寝台と最低限の家具だけが置かれた小さな部屋だった。
ベッドには七、八歳ほどの、癖毛の少年が横たわっていた。
「エディ、起こしてごめんなさいね。具合はどう? 少しだけお話できるかしら?」
院長が少年――エディを優しく揺り起こす。
エディはゆっくりと瞼を開き、何度か目を瞬かせた。
「ああエディ君、ゴメンね。横になったままで大丈夫だよ。君の身体をちょっとだけ調べさせてもらいたいんだ」
ベッドサイドの椅子に座ったジェミニは、エディに警戒心を抱かせないように柔らかく声を掛けた。
「お医者さま……?」
「ううん、医者じゃないよ。お兄さん達は魔術師。君の仲間を助けるためにやって来たんだ」
「魔術師……」
寝ぼけ眼のエディを横たえさせたまま、ジェミニは解析用の魔道具を取り出した。
両手に余るほどの大きさのガラスである。
そこに魔力を込める事で、ガラスに映し出された対象の魔力を解析する事が可能となるのだ。
ジェミニが魔道具に魔力を込めると、ガラスが淡く発光し始めた。
「ん……なんだこれ?」
ジェミニは解析を始めた途端、不審げな声を上げた。
「何か分かったのか?」
アダムが尋ねると、ジェミニは頭を搔きながら「いやぁ……」と歯切れの悪い答えを返した。
「おそらくエディ君は、魔術的な外部干渉を受けています」
「何か魔法をかけられているという事か」
「はい。魔力耐性が低い体質みたいで、そのせいで体調を崩しているんでしょう。ただ……」
「ただ?」
「かけられた魔法の正体が全っっ然読めないんです。なんだこれは……見た事がない魔術構成だ……」
「ふむ……」
ジェミニはガリガリと頭を掻いた。
アダムも口元に手を当て、考え込んでしまう。
(あの時セフィーナが言っていた『魔力』……やはり鍵だったか)
「ここから手掛かりを掴む事は難しいだろうか?」
「そうですね。まずはこの魔術構成を解読する事から……なので膨大な時間がかかります。それにたとえ解読したところで、それが事件の手掛かりになるかは分かりません」
「なるほど……。だが、この事件には正体不明の魔術が関わっているのは確かという事か」
ジェミニが頷く。
アダムは額に手を当て、首を横に振った。
「王都に現れないはずの魔獣。未知の魔術。それに……禁忌とされている魔法を使う少女。ここ最近、常ならば有り得ない事ばかりが起きている」
「まさかとは思いますが……全部、繋がってるんですかね」
「否定は出来ない」
何か得体の知れないものに日常を浸食されていく――その様を想像し、アダムは思わず身震いしてしまう。
だが、人を守り、国を守るのが王立魔術師団の責務だ。一級魔術師の名に懸けて事件を解決しなければならない。
「……みんな……もどってくる?」
その声にハッとして、アダムはベッドに横たわるエディを見遣った。
エディは眉を下げて不安げな表情を浮かべている。
「みんなも、おねえちゃんも……いなくならないよね?」
言いながら不安な気持ちが大きくなってきたようで、エディの目はみるみるうちに潤んでいった。
まさか泣かれると思わなかったのか、ジェミニは「大丈夫、大丈夫だよ! 泣かないで!」と慌てた様子でエディを宥める。
「……大丈夫だ」
アダムはベッドサイドに跪いてエディに目線を合わせると、穏やかな声でそう告げた。
「私たち魔術師団が必ず君の仲間を助ける。約束しよう」
アダムはエディの頭を優しく撫でる。
柔らかな癖毛を、節くれ立った大きな手が包み込んだ。
エディは温かな手に安心したのか、「うん……」と小さく呟きながら涙を拭いた。
(……しかし、『お姉ちゃん』というのはまさか)
「エディ、『お姉ちゃん』というのは?」
「金髪の……優しいお姉ちゃん。みんなに絵本を読んでくれた……」
(金髪……やはりセフィーナか……?)
エディの言葉に、アダムはなかば確信する。
昨日セフィーナが慰問でここを訪れていた。絵本を読んでくれたというのは、その時の事だろう。
「あと……これをみんなに作ってくれたの」
エディは左腕をゆっくりと掲げた。細い手首には、麻紐で編まれたブレスレットが付けられていた。
「これは、護り石?」
貴族が愛護院の子ども達に護り石を寄贈するのは、稀な事ではない。
おそらくセフィーナが贈った物なのだろう。
「そのようですね。この鉱石から魔力反応が……ん?」
「どうした?」
「これ、護り石にしては随分と大きな魔力が込められていますね。普通の護り石なら、お祈り程度の魔力しか込めないのに」
「妙だな。それにこの石、かすかに震えて……」
アダムはそこで言葉を切ると、ハッと瞬きを止めた。
「エディ、『お姉ちゃん』はみんなに護り石を作ってくれたと言ったな?」
アダムの問いに、エディは小さく頷いた。
「おそろいの護り石……みんなで、腕に付けたの」
エディが答えると、ジェミニも何かに気付いたように再び解析用魔道具に目を向けた。
魔道具を注視するジェミニの目が、驚いたように大きく見開かれる。
「……なるほど。この護り石の振動……何かと引かれ合ってるように見えますね」
「他の護り石と共鳴しているという可能性はあるか?」
「その可能性が高いです。おそらく、護り石に込められた加護の効果かと」
アダムとジェミニは顔を見合わせ、同時に頷いた。
暗闇の中、一筋の光が差し込んだような心持ちだった、
「他の護り石がどこにあるのか、特定出来るだろうか」
「ええ、これだけ大きな魔力なら追跡出来るかと。ただ……そのためには、エディ君の護り石を借りる必要があります」
「……え……」
ジェミニの言葉を聞いたエディは、愕然とした表情のまま動きを止めた。
当然だ。エディにとってこの護り石は、ただのお守りではない。
親から与えられなかった護り石という形の愛情を、セフィーナという他人から授けられたのだ。
まして今となっては、失踪してしまった仲間達との唯一の繋がりである。
エディにとってはおいそれと他人に渡せるような物ではない。
「もちろん一時的に借りるだけだよ。事件が解決したら、ちゃんと君に護り石を返す。約束するよ」
ジェミニはエディの前に小指を立てて指切りをしようとするが、エディは顔を歪めて首を横に振るばかりだ。
頑なな少年の様子に、ジェミニは「ダメかぁ……」と肩を落とした。
「……エディ」
アダムはエディの瞳を真っすぐに見つめる。
「必ず君の仲間を救うと約束する。だがそのためには、君の護り石の力を借りなければならない。君の護り石が、私たちを君の仲間の元に導いてくれる唯一の鍵なんだ」
エディを子ども扱いするでもなく、ただひたすらに真摯に、誠実に。アダムは言葉を重ねた。
初めは警戒する様子だったエディだが、強張った表情は徐々に解けていく。
左手首に結ばれた護り石のブレスレットをギュッと握ったまま、エディは上目遣いでアダムの顔を窺った。
「……じゃあ、『騎士の誓い』、やってくれる?」
「騎士の誓い?」
突然エディから告げられた突拍子もない言葉に、アダムは一瞬呆気に取られてしまった。
「お姉ちゃんが読んでくれた絵本……王様の前でね、騎士が大事な約束をするんだよ」
「騎士の誓い……って、ああ。もしかして『呪われた騎士の物語』?」
合点が行ったという様子で、ジェミニはポンと手を叩いた。
『呪われた騎士の物語』は、この国の子どもであれば一度は読んだことのある絵本だ。
もちろんアダムやジェミニも、幼い頃に読んだ記憶がある。
騎士になった青年が王様の御前で誓いを立てる場面は、挿絵として描かれている事もあって印象深いシーンだ。
エディは懇願するように、アダムの顔を見つめた。アダムはそれに答えるようにゆっくりと頷く。
そしてその場に片膝をついて跪くと、ベルトに差し込んでいたワンドを取り出した。
アダムは恭しく首を垂れ、ワンドを掲げる。
まるで本物の騎士が主君に誓うかのように静かに息を整え、淀みない口調で宣言した。
「エディに誓う。君の仲間を必ず救ってみせると――そして、大事な護り石を君の元に返すと」
それは、清廉な誓いの言葉だった。
「うん……! 絶対に絶対に、みんなを助けてね……!」
エディはその言葉を、祈るように胸の奥に抱きしめた。




