11 調査開始
「魔術師団に向かってくれ」
ウェストン伯爵邸から引き上げたアダムは、馬車寄せで待機していた馭者にそう告げた。
「このまま直接愛護院に行かなくてもよろしいのですか?」
馭者が尋ねると、アダムは淀みない口調で答える。
「一旦戻って体制を整える。まずは必要な人員の確保だ」
アダムは馬車の座席に沈み込むように座ると、長いため息を吐いた。
魔獣、魔法を使う少女、更には集団失踪事件。頭を悩ませる事が多すぎる。
それに加えて――。
『わたくしの価値ですか……それは、魔力の高い子を産む事でしょうか?』
強い意志を持った瞳。強い抗いを込めた言葉。
初めて婚約者からそのようなものを向けられ、アダムは思わず言葉を失ってしまった。
(いつも大人しく、口ごたえなどしない……至って理想的な貴族令嬢だと思っていた)
セフィーナと婚約を結んだのは、アダムの父であるランドール侯爵の意向だ。
その決定にアダムは否もなく、決められた通りに婚約を結んだ。
初めて挨拶を交わした時から、セフィーナは大人しくて柔らかな雰囲気の令嬢という印象があった。
何度逢瀬を重ねても、その印象が変わる事はなかった――これまでは。
(認識を改めなければいけないな……あの子はおそらく、流されるだけの人間ではない)
アダムは目頭をぎゅっと押さえた。目を閉じれば、瞼の裏に先ほどの彼女の顔が蘇った。
彼女の抗うような強い目を思い出すと、胸の奥から複雑な感情が湧いて来る。
(それにしても、先ほどのセフィーナはどこか様子が変だった)
何かを言いかけたと思ったら、慌てて口を閉ざしていた。
あからさまに何かを知っていて、それを敢えて隠している様子だ。
彼女は一体何を言いかけていたのか?
『エディは魔力が……』
セフィーナはそう言っていた。
エディ。体調不良で看病されていた事が幸いして、一人だけ無事だった少年。
彼の魔力が何か関係しているのだろうか。
そこに何か手掛かりがあるのか――それは分からない。
けれど、何か少しでも掴める可能性があるのなら。
「……第八部隊に人員を要請する」
王立魔術師団第八部隊。
それは、魔力・魔道具・魔術式……魔法に関するあらゆるものを体系的に調査する部隊だ。
事件や事故が起こった際、現場に残された魔術的痕跡を解析するために第八部隊が動員される事がある。
「一人残された少年――エディの魔力を解析するんだ」
アダムに先んじて、セフィーナはガーデナー児童愛護院に辿り着いた。
昨日は門の外まで聞こえていた子ども達のはしゃぎ声が、今は何も聞こえない。
その事実にセフィーナの胸は締め付けられる。
(みんな……お願いだから無事でいて……!)
静かに門を開けてドアノッカーを叩くと、ややあって院長が顔を出した。
その顔色は悪く、どこかやつれているように見えた。
院長は扉の前に立つセフィーナの顔を見止めると、驚いたように目を見開いた。
「お嬢様……! 何故こちらに!? まさかお一人で……」
「あの、子ども達が失踪したと聞いて、わたくし居ても立ってもいられなくて……! 家の者には内緒で来たのです。どうかご内密に……」
セフィーナが悲痛な面持ちで告げると、院長は目を潤ませながら首を横に振った。
「ああ、そうなのですね……本当に、どうしてあの子達が……」
「院長先生、どうかお心を強く持ってください……きっとすぐに見つかりますわ」
院長を宥めるように背を摩ると、院長は真っ赤になった目元を拭い、顔を上げた。
「そうですね……ありがとうございます。私が一番あの子達の無事を信じてあげなければいけませんものね」
「ええ、一緒に無事を祈りましょう。……ところで、エディは大丈夫でしょうか?」
「あの子は今は眠っています。他の子ども達が居なくなったと知って、さっきまで大泣きしていたんですが」
(エディ……)
ずっと一緒に暮らしてきた仲間が居なくなったと知り、どんなにつらかっただろう。想像するだけでセフィーナの胸は張り裂けそうになった。
「エディに会う事は出来ますか? 眠っているのであれば、顔を見るだけでも……」
「ええ、もちろんです。エディはあちらの部屋で休んでおります」
院長から案内された先は、院長室の隣にある小さな部屋だった。
部屋に入り、ベッドですやすやと寝息を立てているエディを見た瞬間、セフィーナはホッと胸を撫でおろした。
(エディ、あなただけでも無事で良かったわ)
先ほどまで泣きはらしていたという院長の言葉どおり、エディの目元は真っ赤になっていた。
昨日に続きまだ熱もあるのか、頬が赤い。
「プー、出てきてもらえる?」
呼びかけると、プーは待っていましたとばかりにペンダントから飛び出して来た。
「よし! 早速調査開始だね」
プーはすやすやと寝息を立てるエディの周りをぐるりと回る。
エディの頭に手を当てたり、くんくんと匂いをかいだりしてみるが、「むぅ……」と考え込むような声を上げた。
「ダメだ。やっぱりエディにかけられた魔法の正体、ハッキリしないな……」
「かけられたのが弱い魔法だったから、痕跡があまり残ってない……って事かしら」
「ううん、それなりに強い魔法がかけられてるみたいなんだ。ただ、その痕跡がモヤモヤしてるって言うか……グチャグチャしてるって言うか……」
「形が掴めないって事?」
「うん。もしかしたら……隠匿魔法なのかもしれない」
「隠匿って……痕跡がばれないように、あえて魔法の形を変えているの?」
「あくまで可能性だけどね。だからエディにかけられた魔法の痕跡から手掛かりを掴むのは難しいかなぁ……」
プーはうんうん唸りながら、頭を悩ませている様子だ。
何か、他に手掛かりがあれば。
「……あら?」
ふと、目に付いたのはエディの左腕だ。
正確に言えば、左腕に付けられた護り石のブレスレット。
「この護り石、なんだか震えてるように見えるわ」
「え? 本当だ……これは、何かに反応してる?」
プーはエディの左腕に近寄り、僅かに震える護り石に手をかざした。
小さな手が白い光を放ち、護り石を照らした。プーはハッとしたように目を見開く。
「これは……他の石に反応してる……?」
「他の石って事は、もしかして子ども達にあげた……」
「たぶんそうだ。セフィーナが石に込めた魔力が引き寄せあってるんだ!」
プーの目がきらりと輝く。
まさに暗闇に光明が差したような気色だった。
「プー! その魔力を辿る事は出来る?」
「うん。護り石に込められた魔力が強いから、きっと出来るはず!」
「早速行きましょう」
そう言って、セフィーナが立ち上がった瞬間だった。
「ん……」
それまで安らかに寝息を立てていたエディが、もぞもぞと動き出した。
瞼がゆっくりと開き、つぶらな瞳が現れる。
「エディ!」
思わず声が弾んだ。
「んぅ……おねえ、ちゃん?」
「わ、わわっ! 起きちゃった」
エディの突然の目覚めに驚いたプーは、あわあわと慌てた様子でセフィーナの背に隠れる。
セフィーナはエディに手を差し出し、まだ熱の残る額を撫でた。
冷えた手が心地よいのか、寝ぼけまなこのエディは再び目を瞑った。
「大丈夫よ、エディ」
「……お姉ちゃ……みんな……」
「うん、必ずお姉ちゃんがみんなを助けるわ。約束する。だからあなたはゆっくりおやすみなさい」
セフィーナの手がふわふわとした癖毛を優しく撫でると、安心したようにエディはまた夢の世界へと落ちていった。
静かな部屋に、エディのすうすうという寝息の音だけが響く。
「……さあ、行くわよプー。エディの元にみんなを帰してあげましょう……必ず!」
「うん、急ごう!」




