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わたくし、魔法少女になります! ~伯爵令嬢セフィーナは魔法で世界を救いたい~  作者: 犬柳


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13/13

13 巣穴

 時は少し戻り、セフィーナが愛護院を後にした頃。


 門を出たセフィーナは後ろを振り返る。そこには愛護院の建物が静かに佇んでいた。

 子ども達の元気な声は、もう聞こえない。悲しい静寂だけがあたりを包み込む。

 まるで音だけがこの場所から切り取られてしまったかのような、不自然な静けさだった。


「……またここに、子ども達が帰って来れるように」


 セフィーナはひとり誓うように、胸のペンダントをぎゅっと握りしめた。

 ――その瞬間、微かにペンダントが輝いたような気がした。


「セフィーナ、こっちだ! こっちから魔力の気配がするよ」

「ええ、行きましょう!」


 セフィーナは強く地面を蹴って駆け出す。

 この先に、子ども達が待っていると信じて。




「奈落獣は闇を好むんだよ。あいつらは、暗い所だと力を増すんだ」

「なるほど……今まで戦った奈落獣は、みんな夜に出現してきたものね」

「そう。だから奈落獣の住処を探すなら、洞窟みたいな暗い場所に当たりを付けた方がいい」

「王都に洞窟なんて無いわね……一体どこに……?」


 プーは魔力の気配を辿りながら、あたりをきょろきょろと見回す。

 時折足を止め、目を瞑って鼻をくんくんと鳴らす。以前も言っていたとおり、プーはにおいで魔力の気配を探っているらしい。

 路地裏を進み、徐々に街の外れの方へ進んで行く。

 

「ねえ、プー。失踪事件の犯人が奈落獣だとしたら……奈落獣は子ども達を一体どうするつもりなのかしら」


 セフィーナはそこに引っかかりを覚えていた。

 彼女がこれまで戦ってきた奈落獣は、猛獣のごとく襲い掛かってくるような個体ばかりだった。

 あのような生き物が、わざわざ知略を巡らせて大量の人間を攫うような真似をするとは考えにくい。


「……セフィーナにはちゃんと説明してなかったね」


 プーは歩みを止めないまま、セフィーナの問いに答える。


「奴らは、人間の魔力を吸収するんだ」

「魔力を……!?」


 セフィーナは思わず息を呑んだ。

 魔力を吸収する生き物が存在するなんて、思った事もなかった。

 この世界にも魔獣という生き物が存在している。そして魔獣も人間を襲う。それは狼や熊といった猛獣が、他の動物を襲うのと同じ理由だ。

 けれど奈落獣は、それら魔獣とは全く別の理で生きているのだ。

 

「難しい説明は抜きにするけど……奈落獣は生きるために……というか、『存在するために』この世界の人間の魔力を吸収しているんだ」

「魔力を吸収された人間はどうなってしまうの?」

「魔力と生命力は密接に関わってるんだよ。だからあまりにも沢山吸収されてしまったら……その先は……」


 プーは言いづらそうに言葉を濁したが、答えはあまりにも明白だった。


「そんな……」


 これまでセフィーナが戦ってきた奈落獣の事を思い返す。

 もしもあの戦闘でセフィーナが敗北していたら、肉体的に痛めつけられた挙句、魔力までも奪われていたのだろう。

 そして今回失踪してしまった子ども達も、もしかしたら――。


 最悪の結末が頭の中を過ぎった。


(ダメ……今は考えてる場合じゃない)


 酷い想像を掻き消すように、セフィーナは勢いよく首を横に振る。


「早く子ども達の居場所を探さなくちゃ……!」


 そう、強く願った時だった。


「む……! 魔力の気配が強くなった!」

「えっ!?」

「そうか……セフィーナの祈りが、子ども達の護り石の効果を増幅したのかもしれない。セフィーナ、もっと祈りを!」

「分かったわ!」


 セフィーナはペンダントを握りしめ、強く魔力を込めた。その途端、ペンダントが淡い光を放つ。

 プーは顔を上げ、目を輝かせた。


「凄いよセフィーナ……魔力の痕跡が、光の道標みたいに見えるようになった! 護り石の在処はこっちだよ!」


 プーは光の道標を辿り、一目散に駆けていく。セフィーナも息を切らせながらプーに続いた。




「ここは……地下?」


 プーの先導で辿り着いたのは、地下に続く階段の入口だった。

 入口は鍵の付いた鉄格子で封鎖されているが、細身のセフィーナであればなんとかすり抜けられそうだ。

 鉄格子の先は階段になっていて、その奥は真っ暗で何も見えない。

 一面の闇だ。まるで闇の中に何かが潜んでいるかのように、じっとこちらを見返している気がした。

 セフィーナの背筋に悪寒が走る。ごくりと唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。


「魔力の反応が強い……間違いない、この地下に子ども達が居るはずだよ」


 プーは言いながら鉄格子の隙間をすり抜けて行く。

 セフィーナも大きな深呼吸をして腹を括ると、鉄格子の隙間へ身体をねじ込んだ。鉄格子の錆で服が汚れてしまったが、今はそんな事を気にしている場合ではなかった。


「暗いわね……」


 目の前は何も見えない。闇ばかりが広がっている。

 セフィーナは足を踏み外さないよう、壁に手を付けながら慎重に階段を降りて行く。

 石造りの階段を打つヒールの音がゆっくりと響いた。


「明かりを点けよう。でも、敵にバレないように最小限にね」


 プーは長いしっぽでくるりと円を描く。するとプーのしっぽの先が、電灯のように明るく光った。


「ありがとう、プー。これでなんとか進めるわ」


 最低限の視界を確保しつつ、一歩ずつ階段を降りて行く。

 下へ下へと向かうにつれて、ひんやりとした空気が肌にまとわりついてきた。

 足音の反響も徐々に大きくなっていく。

 階段の先は広い空間になっているようだった。


「下水道だわ」


 最後の一段を降りて辿り着いたのは、王都の地下に張り巡らされた下水道だった。

 下水道全体に、雑菌の繁殖を抑えるための浄化魔法が掛けられているらしい。そのため鼻につくような悪臭はしなかったが、湿った空気の独特の香りが漂っていた。

 ポタ……ポタ……と時折聞こえる水滴の音がどこか不気味で、セフィーナは不安げに胸元のペンダントを握りしめた。


「む! 近くに強い魔力反応があるよ……あれ?」


 先を進むプーが、ある一点で立ち止まった。


「どうしたの? プー……」


 そこまで言いかけて、セフィーナは言葉を止めた。

 プーの視線の先。僅かな明かりに照らされた地面には、小さな光を放つ何かが落ちていた。


「護り石……!?」


 そこには、セフィーナの贈った護り石が落ちていた。

 おそらくブレスレットの結び目が千切れてしまったのだろう。暗い地下道の地面に、うら寂しそうに置き去りにされていた。

 改めて子ども達の失踪の痕跡を目の当たりにしてしまい、セフィーナの足が震える。


「落ち着いてセフィーナ。ここに護り石があるって事は、子ども達は間違いなくここに連れてこられたって事だ」

「……そうね。早く見つけなくちゃ……」


 セフィーナは落ちた護り石を拾い上げ、胸元に大事に仕舞い込んだ。

 ――その瞬間だった。


「む……!?」

「プー、何かあったの?」

「居る……近くに居るよ、奈落獣の気配だ!」

「えっ!」


 ぐるりと周囲を見回す。

 一寸先も見えぬ闇の中、ゆらりと赤い光が不気味に揺らめいた。


「……来たわね」


 セフィーナは小さく呟き、その姿を凝視する。

 プーがしっぽの光を強く灯した。光の先に居たのは――


「ヤドカリ……?」


 その奈落獣は、巨岩のように大きな殻を背に担いでいた。まるでヤドカリを彷彿とさせるその見た目に、一瞬セフィーナはたじろいでしまう。

 今までセフィーナが遭遇してきた奈落獣は、どれも大型の狼のような凶暴な外見をしていた。

 けれど今ここにいる奈落獣は、今までのそれとは違う。

 背に担いだ殻こそ巨岩のように大きいものの、本体はセフィーナよりも小さい。大型犬ほどのサイズだ。どうやって大きな殻を背負っているのか不思議なくらいだった。


 ヤドカリ型の奈落獣はガサ……ガサ……と不気味な音を立てて近寄ってくる。

 セフィーナは臨戦態勢に入ると、即座にペンダントに魔力を送り込んだ。


「光は内より出でて……ッ!?」


 けれど詠唱を終えるよりも早く、セフィーナの視界を一面の闇が覆った。


「なっ……!?」


 音も無くわずか一瞬で、セフィーナは闇に放り込まれてしまった。


「プー……! どこなの!?」


 声を張り上げて呼びかけるが、返事がない。

 あれほど近くに居たはずの気配が、完全に消えている。


(分断されてしまったみたい……)


 セフィーナの額に汗が滲む。

 どのような手段かは分からないが、プーとセフィーナは別々の空間に放り込まれてしまったようだ。それも驚くような速さで。


「光は内より出でて、闇を照らせ」


 セフィーナはペンダントに魔力を送り込み、光球を作り出した。

 だがその光はまるで風に吹かれているかの如く、ゆらゆらと揺れていた。

 揺れ方はどこか不自然にも見える。まるで何かに吸い込まれているように、光球は徐々に揺らぎを大きくしていった。


「……変ね? 光が安定しないわ……」


 少しでも気を抜くと、光の揺らぎが大きくなってしまう。魔力を多めに送り込むと、少しずつ揺らぎは治まっていった。

 作り上げた光球で周囲を照らす。しかし、照らした先には何も無かった。

 耳を澄ます。先ほどのような水が滴るような音は聞こえない。試しに歩を進めてみても、足音一つ響かない。

 足元の感覚も曖昧で、地面を踏みしめているのかすら分からない。

 まるで自分自身の存在すら、この空間に溶けていくような錯覚を覚える。

 ここはさっきまで居た下水道ではない。ただただ闇だけが広がる、無の空間だ。


「……どうしましょう」

 

 セフィーナの声が震える。声を出した事で、喉が酷く乾いている事に気が付いた。

 ただでさえ心細い暗闇の中、プーと分断までされてしまった。

 どれくらいの時間が経ったのかも分からない。

 数秒しか経っていないような気もするし、もう何十分もここにいるような気もする。


(怖い)


 胸の奥がじわりと冷えていく。

 足がすくむ。知らず知らずのうちに呼吸が浅くなる。

 

 だが、セフィーナは恐怖を振り払うように胸元に手を当てた。

 揺れるペンダントが、微かに熱を帯びているような気がした。


「落ち着きなさいセフィーナ……ここから脱出する方法はあるはず」


 セフィーナは一度大きく息を吐くと、手のひらを上に掲げた。

 その手でボールを打つような要領で、光球を上まで高く弾き飛ばす。――けれど。


「どこにもぶつからないわ……」


 光球はどこにもぶつからず、やがて行き場を失くしたようにゆっくりと降りてきた。

 戻って来た光球を、同じように前に弾き出す。今度もまたどこにもぶつからず、光球は遥か向こうをふわふわと彷徨っている。


「壁にも天井にもぶつからない……まさかこの空間、無限に続いているの?」


 ――いや、そんな訳がない。何か手掛かりがあるに違いない。

 セフィーナはそう信じながら、もう一度光球を作り出す。

 先ほどのように、少しでも油断をすると光球は揺らいでしまうようだ。

 

「やっぱり光が揺らいでいるわ……風かしら?」


 まるで蠟燭の火が風に吹かれるように、光球がゆらゆらと揺らぐ。

 敢えてそのまま魔力を込めないでいると、やがて光球はフッと消えてしまった。


「消えた? やっぱりどこかから風が吹いているのね……」


 セフィーナは再び光球を作り出した。

 ゆらゆらと揺らぐ光球を手のひらの上に乗せながら、暗闇の中を歩きだす。


「もしかしたら風穴があるかもしれない……」


 だとしたら、風穴の近くでは揺らぎが大きくなるはず。

 セフィーナは光球の揺らぎを頼りに、風穴を探し始めた。



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