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アルケミ・アルケマー  作者: 御手洗スガタ
3/19

魔法少女パピリリカ

 マジックウェア・ウインドの力を借りても、どんどん距離が離されていく。

 それどころか、相手の速さが速さなので、視認するのも難しい。まさに一陣の風だーー風の魔法を纏っているとはいえ、実際に、風のように速く動くことはできない。だから、置いていかれる一方だ。

 公園の池の水は、静かにたゆたっている。そこに映り込む満月も、ゆらゆらと小さな波で歪んでいた。とても静かな夜だ。


「速い⋯⋯追いつけないよぉ⋯⋯」


 いつまで経っても相手の姿が見えない状況が続いていて、思わず弱音を吐いたのは、中学一年生の青塚理華あおつかりかだ。

 マジックウェア・ウインドーー風の魔法をその身に纏うことで、風を自由自在に操ることができるようになる。また、魔法毎に、使用者の見た目が変化する。風の魔法を使ったことで、理華の服は、黄緑色を基調としたドレスに変わっていた。


「うぅ⋯⋯それに眠い⋯⋯」

『シャキッとするぽよ! それでも魔法少女かあ!』


 理華が弱音を吐いたのを聞いて、パピリが叱責を飛ばした。頭の中に怒声が響いても、理華の眠気はちっとも吹き飛ばない。

 パピリは天使だ。青塚理華と契約を交わして、いわゆる魔法少女とし、理華の体を依り代とすることで、憑依体である理華の魔力を格段にアップさせることができる。依り代、と言っても、理華の意識を奪うわけではない。意識の主導権は、基本的には理華にあって、パピリはこれまでずっと、アドバイザーに徹していた。


「でも速すぎて、どうしたらいいのか分からないんだもん⋯⋯。ピーちゃん、何かいいアイデア、ある?」

『ぐ⋯⋯その鳥みたいな呼び方、どうにかならないのかぽよ⋯⋯』


 大ジャンプの繰り返しで移動している理華は、ふわりと着地をして、軽く地面を蹴った。イガイガのーー小星型十二面体しょうほしがたじゅうにめんたいの形をした魔力の結晶が、尾を引いて飛び散っていった。まるで星が落ちてきたみたいだ。


「だって『パピリ』って言いづらいんだもん」

『ぽよぉ⋯⋯。まあ、それはいいか。ーーとにかく、逃げ道があるから、相手に逃げられるんだ。つまり、どこかに追い込めばーー捕まえられるはず』

「え⋯⋯でも、ここ公園だよ? 三百六十度、見渡す限り開放的な場所なんだけど⋯⋯」

『ん〜〜。じゃあ、どこか狭いところに』

「人がいる場所に行くのは嫌だからね」

『前にも言ったけど、僕と契約した理華はともかく、魔法に支配されてる普通の人間は、他の人には見えないんだよ。だから大丈夫!』

「違うよ。わたしが言いたいのは、この格好が恥ずかしい、ってこと。それに、わたしが魔法を使ったら、みんなびっくりしちゃうよ⋯⋯」

『ああ言えばこう言う。理華はワガママぽよ』

「そんなこと言ってると、ご飯抜きにしますからね」

『よおーし! 張り切っていくぞお〜〜!』

「ふふっ⋯⋯」


 ーーと。

 理華は、確かにそんな笑い声を聞いた。移動をやめて、耳を澄ます。

 しんとした空気が、なんだかピリピリしているような気がするーー


「あー遅い」


 後ろから声が聞こえてきて、理華は慌てて振り向いた。しかしそこには誰もいない。


「こっちだよー」


 声のしたほうを見ても、やっぱり姿が見えない。いや、見えないんじゃなくて、そこにいたはずが、理華がそちらを向く前に移動をして、あたかも透明人間であるかのように見せているーーそのように見えているだけなんだ⋯⋯。


「どこ見てるの?」

「あははは!」

「だからこっちだってばぁ」

「おーい」

「やっほー」

「こっ」

「ち」

「です」

「よー」

「だっ」


 四方八方から聞こえてくる声に、理華の頭の中はパニック状態だ。


『しっかりするぽよ!』

「⋯⋯⋯⋯!」


 パピリの怒号で、理華は冷静さを少しだけ取り戻した。だけど劣勢なのに変わりはない。


『相手は完全に遊んでる⋯⋯逆に考えると、油断してるってことだ。慎重じゃない、今が好機』

「⋯⋯⋯⋯」

『おーい! 理華! 聞いてるのか!?』

「ピーちゃん。ちょっと黙ってて」

『お? 何かいい作戦があるぽよ?』

「それを今、考えてるの!」

『んー⋯⋯、狭いところはない、他の人には見られたくない⋯⋯となると、あとは⋯⋯閉じ込めるくらいしかないなあ。でもそんなこと、不器用な理華にできるわけがーー』

「閉じ込める⋯⋯⋯⋯、閉じ込める!」

『だーかーらー。不器用な理華には⋯⋯閉じ込める、なーんて器用なこと、できっこないって。それに、理華も言ってただろ? ここは三百六十度、見渡す限り開放的な空間だーって。一体どこに閉じ込める場所があるって言うんだよ』

「ーーないなら作ればいい」

『工事している時間なんてないぽよ』

「工事なんて必要ないよ。だってーー」


 風の檻だもん。

 理華はそう言って、強くイメージするーー想像する。

 絶対に逃げることのできないーー頑丈な檻。風でできた檻。

 魔法の操作に一番必要なもの、それは想像力だ。イメージする力だ。

 魔法使いには必須の技術なのだが、しかし理華にはそれがないーーと、周りからは言われている。自分でも思っている。だから理華は、創作するということが苦手だ。図工の成績は、他の教科に比べて圧倒的に悪いし、料理はレシピ通りに作らないといけない、アレンジを加えると大変なことになるから。

 でも、やらなくちゃいけない。

 パピリから散らばった魔法を全て集めて、パピリに返すと約束したからーー。

 あと、イメージする時は、魔法の技名を考えるといいらしい。

 だから、理華は両手を上に上げ、叫んだ。


「ウインド・ケージ!」


 するとーー徐々に風の勢いが強まっていき、理華を中心として、半径十メートルの、ドームの形をした風の檻が完成した。遠心力が発生して、中は台風の目と同じ、風が吹いていない状態だ。


『うおおー!!』


 パピリが感嘆の声を上げた。

 頭の中では、あまり大きな声を出さないでほしい⋯⋯理華は常々そう思っている。


『よく考えたなあ! さすがは僕の見込んだ女の子だけはあるぽよ! ウインド・ケージ⋯⋯ま、ネーミングセンスは、ちょっとアレだけどな』

「ごちゃごちゃうるさいなあ、もう⋯⋯」


 言いながら、ゆっくりと風の檻を小さくしていく。

 そうーー狭く、狭く、もっと狭く。


「な、なんだこれーー風!?」


 ウインド・ケージから出ようとしたのだろうが、風の壁に触れた瞬間、身体が弾き飛ばされたーー悲鳴を上げた少女、理華の通う中学校の先輩が、地面に倒れ込む。理華の先輩は、空気抵抗を限界まで抑えた、のっぺりとした服装をしている。

 音速の魔法ーーソニック。

 マジックウェア・ソニック。


『よっしゃあ、捕まえた! おい理華! 早く分離させるぽよ!』

「くっ⋯⋯せっかく足が速くなったんだ! そう簡単には手放せない!」

『拾ったものは持ち主に返す、それが道理ぽよ!』


 パピリの声は、残念ながら少女には届かないが、それでも言わずにはいられないのだろう。その気持ちが分かるから、理華が代わりに言ってあげる。


「その魔法は、ピーちゃんのなんです。だから⋯⋯返してください」

「わ⋯⋯私の気持ちも知らないくせに!」

「え⋯⋯」

「努力してるのに⋯⋯努力しても⋯⋯努力しても⋯⋯いくら努力したって、みんなに追いつくことができない! もう置いてきぼりは嫌なの! 才能にはーーいくら頑張ったって、やっぱり敵わないんだ!」


 少女は陸上部に所属している。しかし、いくら練習したところで、その頑張りは、いつまで経っても実を結ぶことはなく、追いつくどころか、離れた距離は、どんどんどんどん離されていくーー。

 結局は才能が全てなんだ。

 努力は才能を上回らない。

 頑張ってるのに⋯⋯頑張ってるのに⋯⋯頑張ってるのに⋯⋯。

 仲間の背中は、小さくなるばかり。

 自分の背中を押してくれていたはずの努力には裏切られ。

 なんで⋯⋯なんで⋯⋯⋯⋯なんでこうなるの⋯⋯?

 少女は願う。

 速くなりたい。速くなりたい。速くなりたい。私は、足が速くなりたいんだ。

 そして。

 魔法は、少女の願いを叶えてあげた。音の速さで走れる力を、少女に与えた。

 離された距離も、これならすぐに縮められるーーなんなら、追い抜いて、今度は自分が先を行ってやるんだ。

 この力を返す?

 とんでもない!


『理華! 来るぞ!』

「分かってる⋯⋯!」

「あなたに! 私の気持ちが! 分かる、もんかああああああああああ!!」


 理華は、少女が突っ込んでくる前に、右手のひらを前に向けて、


「セパレーション!」


 魔法を分離させる呪文を唱えた。セパレーションは、相手との距離が近ければ近いほど、その威力が増す。


「ぐ、うう⋯⋯!?」


 音速の魔法は理華のほうへ、そして少女の身体は反対側に引っ張られる。しかし少女は抵抗した。その鍛えた足で、踏み留まる。


「持っていかれてーーた〜ま〜る〜か〜〜!! ぬぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐうううーーッ!!」

『凄い脚力だな⋯⋯! 誰よりも練習していた証拠だぽよ!』

「うん⋯⋯! でも、わたしも負けない! うう、りゃああああああああああああああ!」

『気合い入れろお、理華! オーエス! オーエス!』

「練習の成果⋯⋯ここで見せてやるうううううう!」

「見せるところが違うと思いますよ!? 先輩! それと、余計なお世話かもしれませんが! 走る以外の⋯⋯競技を! 試してみたことって⋯⋯、ないんですか!?」


 必死に引っ張りながら、何気なく訊いてみた瞬間。

 すぽーん。と、呆気なくーー本当に呆気なく、少女の体と魔法が、二つに引き剝がされた。


「いてっ!」


 勢い余って、豪快に尻餅をつく理華。

 そして、もやもやと漂う、分離した魔法の向こう側に、呆然と立ち尽くす少女の姿。


『理華! 早く魔法を!』

「う、うん⋯⋯!」


 理華は立ち上がって、


「コンプリート・グラップ!」


 そう唱えると同時に、突き出した右手をぎゅっと握る。すると空中を漂っていた音速の魔法ソニックが、飴玉サイズに圧縮されて、ゆっくりと、理華のほうへと吸い寄せられていく。理華がそれを手に取ると、理華の体に憑依していた片翼の天使、パピリが飛び出してきた。手のひらサイズの小さな天使はくるりと空中で一回転してみせてから、ガッツポーズを決めた。


「いやっほーい! 音速の魔法、ソニックを取り戻したぞお! 僕の発言がヒントになったんだな! つーまーりー、僕、お手柄ぽよ! さ! さあ! 早くそれを僕に!」

「なんか釈然としないけど⋯⋯。はい、どうぞ」


 理華が差し出した飴玉サイズの魔法を、パピリは噛んだり舐めたりしないで、ごくんと一気に飲み込んだ。


「うぅ⋯⋯、おおおおおおおおおおおおおおおお!! み・な・ぎ・るううううううううううううううううううううううううううう!!」

「⋯⋯⋯⋯」


 あまりの迫力に、理華は少し引いてしまった。


「喜べ、理華! また少し、魔力が戻ったぞ! この調子だと、もう片方の翼が生えてくる日は、そう遠くないーーはずだ!」

「はは⋯⋯それは良かったね⋯⋯」

「今まで」


 そんな力のない声は、少女のものだった。マジックウェア・ソニックを剥がされて、服装は、元々着ていた学校の制服になっている。


「ーー今まで、考えもしなかった⋯⋯。陸上は、走るだけじゃないのに⋯⋯私、陸上部なのにな⋯⋯、どうしてトラック競技に固執していたんだろう⋯⋯あ、はは⋯⋯バカだなあ、私って」

「それだけ熱中していた、ってことなんじゃないんですか? 一つのことに集中しすぎると、視野が狭くなるーーんだと思います。⋯⋯たぶん」

「ありがとう」


 少女は微笑みを浮かべた。


「私、これからも頑張るよ。そして見つけるんだーー自分の⋯⋯可能性⋯⋯をーー」


 天使と契約していない状態で魔法を使っていたから、少女の体力は、もう限界だった。支えを失って、前に倒れ込む。しかし寸前で理華が魔法を発動し、風のマットを少女の下に敷くことで、怪我を防いだ。


「これにて一件落着、だな。おつかれさん」

「うん⋯⋯」

「なんだ? 煮え切らない顔して。気になることでもあるぽよ?」

「ーーわたしにも、可能性⋯⋯って、あるのかな」

「ほえ? なーんか難しいこと考えてるなあ。それでも中学一年生か! 将来のことなんか気にせず、子供は今を楽しんでたらいいんだよ。しかしあえて真面目に答えさせてもらうとーーそりゃあもちろん、勉強以外はまるでパッとしない理華にも、無限の可能性が秘められているに違いないぽよ。理華だけじゃなく、みーんなにも、栄光の道が用意されているんだ。その道を踏み外すと⋯⋯どうなるか、理華には分かるよな?」

「⋯⋯うん」


 理華は深く頷いて、言った。


「わたしもーー頑張らないとね」


 この後、気を失った少女を家まで送り届けてから、理華たちは自分の家に帰った。二階の、自分の部屋の窓から、こっそりとーー。

 明日も学校だから、早く寝ないといけない。理華はベッドに入って、パピリにおやすみをする。

 疲れていたから、すぐに夢の中。

 今日も凄く大変だったけど。

 明日は、どんな一日になるんだろう?



 ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞



「はあ⋯⋯。やっぱり面白いなあーー魔法少女パピリリカ」


 しみじみ呟いていると、一階から夕飯を知らせるハルフゥの声が聞こえてきた。俺は返事をして、アニメのディスクを片付けてから、よいしょと立ち上がるーーさて。

 今日のご飯は、なんだろう?

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