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アルケミ・アルケマー  作者: 御手洗スガタ
2/19

やっぱりこうなるのね

 学園長のお話が長すぎる。

 現在、王立シュテルンツェルト学園の入学式の真っ最中なのだが、少しでも気を抜いてしまうと、意識が飛んでいきそうになる⋯⋯。

 朝から大変だったからな。

 危うく死にそうになったわけだし、それを理由に寝てしまうーーという選択肢もあるのかもしれないが、入学式に遅れてやってくるのと同じように、一番最初に行われる学校行事である入学式の席で、堂々と爆睡を決め込む生徒がいれば、恐らく、こいつはヤバイ奴なんだな、と思われるのは必至だろうことは、想像に難くない。距離を置かれてしまえば、もしも、そのヤバイ奴が俺だったとしたら、巻き返すことが非常に難しいーー挽回の仕方が分からない。

 よって、睡魔との死闘が、密かに繰り広げられているのだった。

 頑張れ俺。負けるなジル・ヘルメス・ミウラ。

 睡魔と格闘することになった理由ーー登校時に発生した、あの事故での死傷者は、幸いなことにゼロだった。

 大型トラックのフロント部分はぐちゃぐちゃに潰れ、フロントガラスは、車内が見えなくなるほどに割れていた。

 交差点は一時、大パニックとなったが、偶然近くを走っていたパトカーがやってきて、手信号による交通整理が施された。

 事故のショックであんまり覚えていないけど、大体そんな感じだったと思う。

 同じ王立シュテルンツェルト学園に通うハルプカッツェの彼女は、「怪我はないかのう? この、鈍間が」、とだけ言って、学校の方角へ颯爽と歩いていった。その後、警察官の方々と何事か話した記憶があるのだが⋯⋯うーむ、やっぱり思い出せない⋯⋯。数分の間に色々なことがありすぎてーー日常ではあり得ない、非日常が突然襲いかかってきて、脳が混乱状態に陥っていたからなのかもしれなかった。

 警察官から解放された俺とトリスは、言葉数少なめに学校に向かって、受付を済ませ、講堂に入った。

 入学式が始まった最初こそ目はシャキッとしていたのだが、学園長のありがた〜いお話が長引けば長引くほど、それにつれて睡魔が力を増していった。先ほどの事故についても触れている学園長だが⋯⋯すみません、学園長。マジで眠いっす。

 ーーと、白旗を上げるか上げないか、というところで、あの時、ハルプカッツェの彼女に向けられた不敵な笑みが思い浮かんだ。

 ぼうっとしていて気が回らなかったけど、王立シュテルンツェルト学園の制服を着ていたからには、ハルプカッツェの彼女も、この講堂にいるはずではないのか。

 今更すぎるだろ⋯⋯。

 でも、目は冴えたからいいか。

 学園長のお話はまだまだ続きそうだし、不審に思われない程度に探してみようーー。

 比較的、錬金術アルケミーの苦手なハルプカッツェの生徒は、やっぱり少ない。

 できるだけ首は動かさずに探しているとーーいた。

 艶やかな長い黒髪に、尖り気味の耳。結構近いところにいたのに、どうして今まで気が付かなかったんだ⋯⋯。眠気って、恐ろしい。

 俺の命を救ってくれたハルプカッツェの彼女はーーある意味で本物のレジェンド、だった。

 こっくりこっくり船を漕いでいたのだ。気持ち良さそうに、大型トラックのドライバーと同じく、鼻ちょうちんを膨らませながら。

 おお⋯⋯スローモーション体験に続いて、本日二度目の伝説をこの目で目撃してしまったぜ⋯⋯。もう迷うことはない、俺は絶対に眠らないぞ。入学式という晴れ舞台で居眠りをかますレジェンドになるなんて、平々凡々な俺にはおこがましい限りだからな⋯⋯。

 そう決心したところで、ようやく学園長先生のお話が終わったらしい。ほとんど聞いていなかったが。

 続きましてーーと、司会進行。

 次は⋯⋯教師陣の紹介か。入学式の過程の中では、それなりに興味のある項目ではあるな。

 司会進行が、順番に名前を呼んでいく。その度に一人一人、舞台袖から登場する演出だーー中には、しっかりと笑いを取る先生もいて、なかなかに盛り上がる。だけど、後になればなるほど、生徒の期待値も高まるものだーー先生方にかかるプレッシャーときたら、相当なものになっていく。じわじわと、その肩に、ずしずしとのしかかっていくことだろう⋯⋯。

 ずらりと教師陣が整列したところで、次の項目に移るーーと思いきや、ここで、新任教師の発表が、司会進行によって行われた。もはや演出が、入学式のそれじゃない気がする。何かのイベントみたいだ。

 それでは、ご登場していただきましょうーーと、司会進行は熱い実況者の如くマイクを握りしめ、壇上に注目を集めてから、


「ティッティ・ピョンドルズ・レーラー先生です!」


 ーーと、言った。

 確かに、そう言った。

 ⋯⋯はい?

 今、なんて⋯⋯?

 冴えていた頭の中が、ごちゃごちゃになるーーぐるぐるぐるぐるーーと、かき混ぜられる。

 ティッティ・ピョンドルズ・レーラー、という名前を聞いた瞬間、会場がざわついた。悲鳴のような声も上がったほどに、その名前を、高校の入学式で聞くのが信じられないのだ⋯⋯。

 ーーいや。うん。そうだよな。

 ティッティ・ピョンドルズ・レーラー。ーー言われてみれば道理な話だ。

 だって彼女は、錬金術アルケミーの天才なのだから。

 錬金術に特化した王立シュテルンツェルト学園には、絶対に必要な人材だ。

 天才錬金術師アルケミスト

 ティッティ・ピョンドルズ・レーラー。

 司会進行が「大きな拍手を」と言う前に、講堂が割れんばかりの拍手で満たされる。

 彼女が舞台袖から恐る恐るといった感じでビクビク出てくると、さらに拍手の嵐が強まった。

 ツヴァイハーゼ。

 頭の上に長い耳が生えていて、ティッティ・ピョンドルズ・レーラー先生の場合は、スーツで隠されているが、腰の辺りには短いもふもふの尻尾が生えている。

 ハルプカッツェには劣るが高い身体能力と、『想像の域からの逸脱グロウスアップファンファーレ』の扱いに長けた人種だ。ゆえにツヴァイハーゼ人からは、有名な錬金術師が多く誕生している。

 彼女は、歴史に名を残すであろう、教科書にもその名前が載るであろう天才なのだ。

 どうしようもないほどにーーちょっと嫉妬してしまうくらいに。

 でも、この嬉しい気持ちは本物だ。錬金術の天才から学ぶなんてこと、そうそうあるものではない。その技、思う存分盗ませてもらおうじゃあないか。

 けけけけ⋯⋯。

 しめしめ。


「未熟者ですが⋯⋯精一杯、頑張りますので、どうか⋯⋯よ、よろしくお願いしますぴょん!」


 勢いよく頭を下げたため、長い耳がマイクに叩きつけられた。

 ドジっ子感がハンパない。

 メディアにも出ている彼女だが、なぜか、親近感が湧いてくる。

 見ていてほっこりする? みたいな?

 挨拶が終了したところで、何気なしに彼女ーーハルプカッツェの彼女のほうを見てみると、先ほどまで爆睡していたのだが、この騒々しさではさすがに起きているしかいられないようでーー激しく貧乏ゆすりをし、とてもイライラしている様子だった。

 彼女は、俺の人生の教科書には、もしかしたら載るかもしれない。

 拍手喝采の中、俺はぼんやりとそう思った。



 ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞



 王立シュテルンツェルト学園・高等部の入学式が終わり、新入生は講堂を出て、ある場所になだれ込む。

『みんなの掲示板』ではなく、特別に設置された掲示板に向かって、我先にと殺到する。

 クラス発表だ。中高一貫校だから、高校に上がった時点で、多くの友達がいる。中等部時代に築いたグループだ。あー違うクラスかー、やったー同じクラスだねー、と一喜一憂している光景を、集団から少し離れたところで、俺とトリスは眺めていた。


「早く散れよ」

「ジルくん性格悪い。そんな人がいたら、それこそ、蜘蛛の子を散らすように、みんないなくなっちゃうよ。三々五々散っていっちゃうよ」

「そうだな。みんないなくなればいい」

「駄目だこりゃ⋯⋯。はあ。それにしても驚いた〜。さぷら〜いず、だったねぇ」

「ティッティ・ピョンドルズ・レーラー⋯⋯教師を目指していることは知ってたけど、まさか、シュテルンツェルト学園に来るとは思わなかったな。まさに神年かみどし

「ほんと、神がかってるよ。錬金術のゴッドが降臨なすったわけだし、このままの勢い崩さず、もしかしたら、わたしたちのクラスの担任になっちゃうかもだよ? 新任教師で担任教師の錬金術の天才さん⋯⋯なんだか、嘘みたいな肩書きだね〜」

「おい。ちょっと待て。俺の聞き間違いか? わたしたち・・、だって? どうして、俺とお前が同じクラスになること前提で話を進めているんだ。誰をどこのクラスに配置するかを決めるのは、トリス、お前じゃないだろう」


 実際のところは誰が決めているんだろうか?

 やっぱり偉い人たちが、クラスの学力差を考えて、バランスの良い組み合わせにしているのか。

 なんか殺伐とした現場が目に浮かんでくるぜ⋯⋯。


「確かにわたしではないけど⋯⋯これまでの九年間で、違うクラスになった時ってある?」

「あー⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ある! きっと!」

「伝説のお宝を追い求めるトレジャーハンターみたいに自信たっぷりと言ってくれたねえ!? ないよ! ずうっとおんなじクラスだったでしょうが!」

「パンナコッタ⋯⋯なんてこった⋯⋯」

「おもろくないよ」

「どんな確率だよ、それーー計算はできないから省くけど、宝くじの一等を当てるくらいの奇跡じゃねえか⋯⋯? 誰か俺に五億円をくれよ。なあ?」

「ジルくん⋯⋯運命には、逆らえないんだよ」

「運命の馬鹿野郎ぉおおおおおおーーッ!!」

「汚い言葉が飛び出したところで。ほら、人がある程度、散っていきおったぞよ、ジルくんや。いざ、見ようではないか!」

「くっ⋯⋯! ーーいやでも、さすがに今回ばかりは離れるだろう。離れてくれないと困る」

「わたしと一緒だと、何が困ると言うのさ」

「別に困らないけど⋯⋯困る。そう。何かが」

「ジルくんは新鮮な気持ちに飢えているんだね。だったら新しいことを始めればいいのに。⋯⋯なんて言っている間に、到着〜。さぁて、わたしたち・・のクラスはどこかなあ〜〜?」

「たち、を強調するな。縁起でもない⋯⋯」


 言いながら自分の名前を探していると。


「「あ⋯⋯」」



 同時に、俺とトリスは声を漏らした。

 左から順番に、A組、B組、C組、D組と確認していった俺たちが、同時に。

 E組まであって、一クラスは、大体二十五人。俺の名前はD組のところに書かれていた。教室の一番左で、一番後ろ。

 そして、右側にトリス。


「パンナコッタ⋯⋯なんてこった⋯⋯」

「それは俺のギャグだ」

「ギャグだったんだ⋯⋯。でも、やっぱりこうなったね〜。なるべくしてなる運命、だったんだね〜。うんうん」

「何かの間違いであってほしいが⋯⋯にしても、おかしくないか? 俺のサードネームは『ま行』だから、わからないでもないけどーーサクラザカは『さ行』、前半だろ? 席替えもしないで一番いい位置を取ってんじゃねえよ」

「んーでもさ、ほら、わたしより後ろの人はいっぱいいるよ? 五十音順で並んでるわけじゃあないみたい。学校の中では珍しいほうだよね、出席番号が五十音順じゃないなんて。⋯⋯まさか。ジルくんが掛け合ってくれたとか!? そ、そこまでして、わたしと隣同士になりたかったんだね⋯⋯ぽっ」

「ぽっ。じゃねえよ。そんなことのために労力を費やす馬鹿がどこにいる」

「⋯⋯?」

「何言ってるの? みたいな顔で指を差すな。馬鹿ではあるけども」

「時にジルくん。あまり詳しくはないんだけど、この世には、『アニメマジック』なる言葉が、存在するらしいよ? なんでも、アニメが魅力的になるよう、都合よく物語が展開するとか、しないとか」

「分かるような⋯⋯分からないような⋯⋯例えば、なんだよ。『アニメマジック』なる存在の一例を、二十文字以内で挙げよ」

「風邪は一日二日では治らない。ジルくんの好きな、あのアニメでも、そういうエピソードがあったんじゃない?」

「んー⋯⋯、確かにあった⋯⋯かもしれないな」

「前日まで熱があってゴホゴホ咳をしていたのに、翌朝には完全復活! なんてのは、たぶんあり得ないし。お見舞いに来てもらいーの、その友情パワーで完治するなら、薬はいらないよね」

「なんかお前、辛辣じゃね?」

「ん? そうかなあ?」

「そうだよ。ピリリとスパイスが効いてるよ。スパイシー・トリスになってるぞ」

「ふむ。スパイシー・トリスか。ーー今後は、辛辣キャラという設定でいこうかな。⋯⋯ちょっと、ゴミみたいな顔で、こっちを見ないでくれる? 早く回収されてよ。あ〜不潔不潔」

「ただのいじめだからな、それ」

「ゴミが喋った!?」

「うるせえよ!」

「む⋯⋯。じゃあジルくんは、どんなキャラクター設定がいいと言うのさ」

「話の流れが酷すぎるな⋯⋯しかもそれ、俺のタイプを訊いてるのとほぼ同じだろ」

「ジルくんの中では、現実とアニメは同じ、なの⋯⋯? ⋯⋯うわあ」

「本気でヤバイ奴を見るような目でこっちを見るな」

「⋯⋯?」

「だからそれやめろって。⋯⋯⋯⋯元気があって、礼儀正しくて、優しくて、物事に一生懸命になれる人⋯⋯かなあ?」

「要するに、わたしはわたしのままでいい、ってことだね」

「⋯⋯?」

「仕返しするなんて! ジルくんはほんっとに性格悪〜い!」


 死んでしまえ〜!

 トリスはほんわかと、そう言った。


「ふん。ことわ」


 断る。と言おうとしたのだが、しかし最後まで言葉にすることができなかった。


「邪魔じゃ」


 ーーと、いきなり後ろから蹴られたからだ。何せ突然の出来事だったから、ろくに踏ん張ることもできずに、俺はそのまま、重力に従って前に倒れ込むーーしかし床に手をついて、顔面強打という最悪の結果は、すんでのところで回避することに成功する。

 しかし、それだけでは、終わらなかった。


「どれどれ」

「ふぐっ!?」


 四つん這い状態の俺の背中に、なんの躊躇いもなく足を載せて、クラス発表の紙を見るーーハルプカッツェの彼女。

 なんのプレイだよ。

 俺にこんな趣味はなかったはずだぞ。


「ふむ。D組か」

「お、重い⋯⋯」

「んん? 何か言ったかのう? この、鈍間が」


 鈍間ーーってことは、助けた俺のことを、覚えてたんだな。


「重い、から⋯⋯どいて⋯⋯くれない?」

「重い、じゃと⋯⋯? お主、女性に対して重いとは、失礼極まりないとは思わんのか」

「そ、それは言葉の綾で⋯⋯、重くはないんだけどーーこの体勢がきつい、というか⋯⋯早く足をどけてくれると、俺としては、凄くありがたいんだけど⋯⋯」


 腕がプルプルしてきた⋯⋯このままでは、せっかく死守した顔面が、再び落下することとなるーーそれだけは絶対に避けたい。怪我はごめんだ。痛いから。


「はあ? おいお主。わらわは、お主の命を救ってやったんじゃぞ。分かるか? 妾は命の恩人なのじゃ。にゃはは⋯⋯無礼千万な奴には、こうしてくれるわ!」


 ぐりぐり。ーーと、靴の裏で背中を痛めつけてくるハルプカッツェの彼女。

 いぃぃぃやぁぁぁぁああああああああああ!!


「にゃははははははははは! ひれ伏せ! 従属しろ! 死ぬほどありがたがれ!」

「に⋯⋯! 肉が捻れるっ⋯⋯! 余分なものが抽出されそうだあ⋯⋯!! と、トリス! お助けええええええーーッ!」

「あの⋯⋯ジルくんの命を救ってくれたあなた様のお名前を、教えていただいてもよろしいでしょうか?」

「ふん、よかろう。⋯⋯妾の名は、ライム・ミケット・ミーツハート。にゃはは⋯⋯心と体に刻み込むがいいにゃ。うれうれぇ! ほれほれぇ!」

「ミーツハートさん⋯⋯じゃんっじゃん、やったってくださいませ〜!」

「トリス、お前もか!」

「悪の心を搾り取ってもらいなよ。わたしだって⋯⋯わたしだって! 本当はこんなことしたくないんだよ〜〜! ーーぷぷぷ」

「やるんだったら笑いを堪えろ!」

「ふっふっふ。そんなこと言って。本当は踏み踏みされて嬉しいくせに」

「こいつ⋯⋯! 頼むミーツハート! 今度は俺の背中を助けてくれ!」

「ふむ。仕方ないのう⋯⋯」


 本当に仕方なさそうに、でも意外とすんなりと、ようやく俺を解放してくれた。

 命の恩人がとんでもない人すぎる。

 大型トラックを止めてくれた時にかけてくれた言葉も傲岸不遜なそれだったけどーーハルプカッツェの彼女、改めミーツハートは、この態度が平常運転なんだな⋯⋯。

 しかも同じクラス。一年D組。

 波乱の予感しかしねえよ⋯⋯。大丈夫か? 俺の高校生活。


「ったく⋯⋯先が思いやられる⋯⋯」

「何か言ったかのう?」

「ありがとうございます、と言いました」

「嘘をつけ。先が思いやられる、と言ったじゃろうが」


 聞こえてんじゃねえか!

 そして当たり前のように尻を蹴るな!


「妾が名乗ったのじゃ。お主たちも名乗るのが筋というものじゃろう」

「⋯⋯ジル・ヘルメス・ミウラ。D組」

「わたしはトリス・ローゼンクロイツ・サクラザカ。わたしたち全員D組だね〜。一年間よろしく、ミーツハートさん。⋯⋯ジルくんは三年間よろしくね」

「だから縁起でもないことを言うなって」

「ふむ⋯⋯お主たちはあれか? 恋仲というやつなのか?」


 ミーツハートがそう訊いてきた。

 しかし、その質問、からかいには慣れている。中学生というのは、なんでも色恋沙汰に結びつけようとする生き物なのだ。


「あれま、バレちった」

「バレてないわ。違うからな、ミーツハート。ただのお隣さんだ。まあ、俗に言う、幼馴染みっていう関係だな」

「ほほう。ーーでは行くぞ。ジル・ヘルメス・ミウラ。トリス・ローゼンクロイツ・サクラザカ。我が下人共げにんどもよ。妾についてこい」


 言って、ミーツハートは歩き出すーーって、いつ俺たちはミーツハートに従属することになったんだ?

 まあ、軽く流していればいいか。機嫌を損ねてしまったら、また踏まれたり蹴られたりするかもしれないし、ここは従っている振りをしているのが得策だろう。

『お姉様』と呼ばれるような人物の取り巻きみたいだが、決して俺は媚びを売らないぞ。


「ねえ、ジルくんーー」

「何をしておるのじゃ。さっさとこい」

「へい! ただいま! ーーなんだよ?」

「ミーツハートさんの左の目尻、見た?」


 左目の目尻。トリスが言いたいのは、泣きぼくろのことだろう。

 ーーハート形の、泣きぼくろ。

 特徴的だったから、ミーツハートの顔を見た時、最初にそこに目がいった。事故の時は、そんな余裕はどこにもなかったからな⋯⋯。


「見たけどーー少し変わった形のほくろが、どうかしたのかよ」


 階段を上っていく俺たち。

 一年生の教室は、四階にある。

 少しでも、運動不足が解消されればいいんだけどな⋯⋯。


「あのさ」


 トリスは、前を歩くミーツハートに聞こえないように、声を潜めて、


「泣きぼくろって⋯⋯エロいよね」


 ーーと、言った。

 なんて答えればいいんだよ。本人を目の前にして。

 さてはこいつ、馬鹿だな?


「ジルくんは、口元のセクシーぼくろと泣きぼくろ、どっちがいい? どっちがグッとくる?」

「知らねえよ⋯⋯それ以上訊くな。口を開くな」

「マジックで描いてくるから教えろ。さもないと、ジルくんの顔に落書きしてやる」

「お前マジでやりそうだな⋯⋯。いいか。セクシーぼくろ、泣きぼくろっていうのは、誰でも色っぽくなるわけじゃないんだよ。セクシーに見えるか否かは、顔の比率によって決まるんだ。ミーツハートは見えるほうかもしれないが、トリス、お前は否だ。マジックで描いたとしても、それはただのインクーー無駄な足掻きに過ぎない。つまり諦めろ。諦めて、普通の女子高校生を目指すべきだ。トリスーーお前には、普通が一番似合ってるよ」

「普通⋯⋯だとお⋯⋯!?」


 なぜか愕然とするトリス。

 普通のどこがいけないんだよ。いいだろ、普通。普通は普通で普通が普通にいいだろう。


「ジルくんみたいな、つまらない人間になれと言うのかあ!」

「どうして普通イコールつまらないなんだよ。それに、俺はつまるよ。終始つまりっぱなしだっつーの」

「え⋯⋯、その顔で?」

「顔は関係ないだろ」

「ミーツハートさんの顔はタイプですか?」

「ノーコメントで」


 だから本人を目の前にしてする質問じゃあ、まったく全然ないからな。


「でもさ⋯⋯」


 トリスは言った。


「初対面なのに、ジルくん、結構話せてたよね」

「あー⋯⋯⋯⋯」


 中高一貫校である王立シュテルンツェルト学園だが、中等部の三年間で、ミーツハートの姿を見かけたことはなかったーー友達のいない俺でも、同級生の顔くらいは分かる、つまりミーツハートは、受験入学してきたということだ。

 トリスの言うように、俺とミーツハートは、事故の時を除けば、初対面だ。

 初めまして、だ。

 ミーツハートの性格だから、というのも、少しはあるのかもしれない。でもーーそれにしたって、初めましての距離が近いような気がする、もちろん物理的にではなくて、精神的に。

 友達⋯⋯か。

 うーむ。

 友達、って⋯⋯こういう感覚、なんだろうか?


「チャンスなんじゃないの? 友達になれる」


 トリスは俺の耳元で、そう囁いた。それから顔を離して、むふふーーと、嫌な笑みを浮かべる。殴ってやろうか?


「良かったね〜。もう少しで夢が叶うよ? お母さん嬉しくて嬉しくて、涙が出てきたよ〜」

「お前にだけは言われたくない台詞だな。お前こそ、上手くいけば、念願が叶うんじゃないのか? あー良かった良かった」


 お互いに友達がいないんだから、お互いの夢も念願も同じだ。

 いや夢じゃないんだが。

 どんだけ悲しい夢なんだよ。

 俺の夢は、もっとビッグなものーーになる予定なんだから、勝手に決めて、勝手に叶えさせるな。

 せっかくの人生、夢は大きく、無謀と思えるくらいに大きくーーだ。

 していると、いきなり頬を張られた。しかも結構強い力で。何事かと前を見てみると、そこには、ミーツハートの尻尾が揺れているだけだったーーていうか俺、尻尾にビンタされたのですか? わーお。

 ーー屈辱的!


「やかましいわ。お主らは黙って歩くこともできんのかーー侍従は侍従らしく、私語は慎め、自重せい。そして、否応なしに服従しておればよいのじゃ。お主らの全ては、この妾が決定してやるからのう」


 言って、ミーツハートは「にゃはは」と愉快げに笑った。

 どうやら俺たちに自由はないらしい。



 ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞



 四階。

 一年D組の教室。

 俺たちが入る頃には、まあ当然のことだが、みんな席に着いて仲のいい者同士で喋っていたりしていたーー中高一貫校ならではの光景だろうな、俺たち三人組は、どうやったって、あの輪の中には入れないんだけど。

 クラス発表の紙に書いてあった席に向かう。

 ああ⋯⋯どうして壁際とか隅っこって、こんなにも落ち着くんだろうか⋯⋯席替えしたくねー。

 ん。そうだ、ミーツハートの席はどこなんだ? えーと⋯⋯。

 縦の列が五、横の列が五で、二十五人。五十音順で決められているんだったら、本来ならば、ミーツハートは俺の近くの席になるはずだがーー今回の出席番号は、ランダムとなっている。

 つまり二十五分の一の確率だ。

 教卓。

 ライム・ミケット・ミーツハートの席は、二十五分の一の確率を見事引き当て、教卓の前に割り当てられていたのだった。

 教卓の前に立つ先生との距離が、一番近い席。勉強が大好きなら話は別だが、一般的には、一番不人気な位置だろう。俺だったら、軽く泣いてしまうかもしれない⋯⋯。

 ほどなくして、教室の前のドアが開いた。瞬間、今まで話をしていたクラスメイトが、ピタリと話をやめて背筋を正し、前方を見るーーこのクラスの担任になるであろう人物を、確認する。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 教室が静かなのは、先生が来たから、という理由だけではない。

 みんな呆然としているのだーー俺も含めて、まさかまさかの展開に、言葉が出てこない。

 んー⋯⋯いらない描写は、必要ないよな。

 教卓の前に立った人物はーー誰あろう、錬金術アルケミーの天才、ティッティ・ピョンドルズ・レーラー、その人だった。

 でも、期待させておいて、何かの説明をしに来ただけだろうけど、どうせ⋯⋯。


「えーと⋯⋯一年D組の担任になりました、ティッティ・ピョンドルズ・レーラーです。よ⋯⋯よろしく、お願いします!」

「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーッ!?」


 ーーと、俺も叫びたい気持ちに駆られたが、その気持ちを、クラスメイトが声に出して表現してくれた。もしかしたら校舎の隅々にまで響いたかもしれない、それくらいの大音量。

 ティッティ・ピョンドルズ・レーラー先生は、真正面からその大音量を受けてふらふらしているーーツヴァイハーゼは耳がいいから、大きな音は苦痛でしかない。同じく優れた聴力を持つハルプカッツェだが、ミーツハートは⋯⋯なんだか、めちゃくちゃイライラしていた。入学式以上に、かもしれない。彼女の周りの空気が、なんだか淀んでいるような⋯⋯?

 空気は淀んで。

 教室はどよめく。

 よどよど。

 どよどよ。

 このカオス状態⋯⋯一体、誰が鎮圧するんだ。


「ほ、他のクラスの迷惑になりますから、もう少し、静かにしましょうね?」


 ハッとした先生は、先生らしく、先生の仕事を、しっかりとこなす。錬金術だけじゃなくて、先生術も得意なのか⋯⋯。あわあわしてても、しっかりするところはしっかりしているーー。

 俺と同じだな。


「『アニメマジ〜ック』」


 隣でトリスがそんなことを言う。しかしながら、これは、やや出来すぎている感が否めないよな。

 アニメマジックーーリアルマジック。

 とんでもない運命だな⋯⋯まったく。

 演出の顔が、見てみたい。

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