↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/6

三剣の読み合い

 

 木剣が打ち合う音が、一度。


 ――カンッ。


 二度。


 ――カンッ。


 三度。


 ――カンッ。


 乾いた音が、訓練場に響く。


 正剣同士の睨み合い。

 学院で習った基礎の中でも、こういう時に行われるのは小手調べのような打ち合いだった。


 大きく踏み込まない。

 大きく振らない。


 互いに相手の中心を狙い、剣先を置いたまま、僅かな動きだけで牽制する。


 剣が触れては離れる。

 また触れる。

 それだけの繰り返し。


 傍から見れば、何をしているのか分からないかもしれない。


 けれど、実際には違う。

 一撃一撃のすべてが探りだ。


 手首はどう動く。

 足はどちらから出る。


 剣を弾いた時、どちらへ逃げる。

 踏み込むとき、相手はどこを見る。

 互いに相手の癖を探している。


 そして――

 僕の方が押されていた。


「……っ」


 木剣が手元へ滑り込んでくる。


 腕。

 手首。

 指。


 狙っている場所が嫌らしい。

 身体を狙わず、武器を持つ手だけを正確に叩いてくる。


 僕はそれを木剣で防ぐ。

 また防ぐ。

 こちらから打ち返そうとすれば、先に剣先を置かれる。


 踏み込もうとすれば、一歩引かれる。

 距離を詰めれば、剣が手首へ飛んでくる。


 鋭い。


 学院で何度も見てきた正剣とは、同じ型とは思えないほどだった。


 型は同じ。

 だが、精度が違う。


 僕が「正剣を使っている」のに対して、この人は――


 正剣で戦っている。


「兄ちゃん、押されてるぞー!」

「何やってんだ!返せ、返せ!」


 外野から声が飛ぶ。


 分かっている。

 僕だって、好きで押されているわけじゃない。


 木剣を受けるたびに、手が痺れる。

 このままでは、いずれ腕を打たれる。


 ならば――

 僕は一度、大きく後退した。


 ザッ。

 砂利を踏む。


 剣先を相手の中心へ。


 正剣の構え。

 試験官も止まった。


 互いに切っ先を向け合う。


 一瞬。

 二瞬。


 僕は踏み込んだ。


 その瞬間、

 木剣を顔の位置まで引き上げる。


 両手で握る。

 身体全体を使う構えへ。


 ――破山。


「……!」


 息をつく間もない。

 そのまま振り下ろす。


 ――ッ!


 だが、

 空を切った。


 木剣が砂利を叩く。


 ザンッ!


 試験官は、剣を引いて半歩下がっていた。


 届かない。

 完全に空振りだった。


「……」


 僕は木剣を戻す。

 試験官は僕を見ていた。


「その構えも使うのか」


 独り言のような声。


「……ああ」


 答えながら、僕は距離を取る。


 試験官の構えが変わった。


 身体を横へ。

 片手で木剣を前へ伸ばす。

 切っ先が僕へ向く。


 ――水月。


 破山に対して、水月。


 当然の選択だ。

 僕は一瞬だけ考える。

 水月は突きの構えにも見える。


 ならば――


 僕は剣先を相手の中心へ戻した。


 正剣の構えへ。



 三剣流。


 正剣。

 破山。

 水月。


 それぞれが三竦みを成している。


 正剣は予備動作が少ない。

 だから、水月が反撃に利用するための大きな攻撃を与えない。


 水月は破山の大振りを利用する。

 力を受けず、流す。


 破山は正剣の構えそのものを叩き潰す。


 だから、


 正剣なら破山。

 破山なら水月。

 水月なら正剣。


 ――単純な三竦み。


 もちろん、実際にはそれだけではない。

 流派を極めた者なら、その相性そのものを覆す。


 けれど基本はある。


 だからこそ――

 水月には正剣だ。


 試験官が一歩動く。

 僕も一歩。


 剣先が触れる。


 ――カンッ。


 水月の剣が滑る。

 こちらは剣を引かない。


 流されない。


 そのまま中心へ戻す。

 試験官が少し身体を開いた。


 突きが来る。


 僕は木剣を横へ払った。


 ――カンッ!


 切っ先を逸らす。


 そのまま一歩。


 僕の木剣が試験官の肩へ向かう。


 ――だが。

 試験官は身体を捻った。


 当たらない。

 こちらの剣が空を切る。


 次の瞬間には、試験官の剣が僕の手首へ。


 弾く。


 カンッ。


 また一歩。


 今度はこちらが攻める番だ。


 試験官は水月。


 流して剣を戻す。

 また流してはまた戻す。


 剣が何度もぶつかる。


 ――カンッ!

 ――カンッ!

 ――カンッ!


 少しずつ。

 少しずつだが、押し返している。


 いける。


 水月には正剣。

 学院で教えられた通り。

 相手が水月を使うなら、無理に大きく攻撃しない。


 剣を流されないよう、最短で通す。


 そうすれば――


 水月は崩せる。


 僕は一歩踏み込んだ。

 試験官の剣が僕の木剣へ触れる。


 流される。

 だが、僕は戻す。


 さらに踏み込む。

 また触れる。


 あと一歩。


 ここだ。

 試験官の身体が僅かに開いた。


 ここで剣を通そうとした。


 ――その瞬間。

 試験官の構えが変わった。


「……!」


 片手の水月が消え、

 剣が両手へ。


 顔の高さまで持ち上がる。


 破山。


 僕の足が止まった。


 なぜ。

 水月から破山?


 僕は正剣。

 正剣に破山。


 ――そういうことか。


 僕の読みを読んだ。


 僕が「水月には正剣」と考えることまで。

 そして、正剣に対して破山へ切り替えた。


 頭の中が、一瞬白くなった。


 読みを外されたのではない。

 読みそのものを利用された。


「くっ……!」

 

 思考が追いつく前に、身体が動いていた。

 今から水月へ戻すには遅い。

 ならば正剣で受ける。


 剣先を中心へ。


 踏み込む。

 試験官も踏み込む。


 距離が一気に潰れる。


 僕の剣が先に届く。


 そう思った。


 ――だが。

 試験官の木剣が、僕の剣へ叩き込まれた。


 ――カァンッ!!


「ッ!」


 手首に衝撃が走る。

 剣が大きく弾かれた。


 中心を取っていたはずの僕の剣が、外へ飛ばされる。


 そこへ、もう一撃。


 肩。


 ――トン。


 木剣が置かれる。

 試験官は剣を戻し、再び構える。


 手が痺れている。


 僕は何も言わなかった。

 頭の中だけで、さっきの一連を何度も巻き戻す。


 水月。

 正剣。

 そして破山。


 三竦みを知っていたからこそ勝てると思った。


 違う。

 相手も知っている。

 この人は、三竦みの外側に立っていたわけじゃない。


 三竦みの中に入りながら、その先手を読んでいた。


 僕が水月を見て正剣に変える。

 そこまで読んで一瞬で破山へ移る。


 ただ、それだけ。

 それだけで僕は負けたのだ。


「……なるほど」


 思わず声が漏れた。


 試験官が眉を上げる。


「何がだ?」


「相性だけで勝てるものじゃないな」


 試験官は少しだけ笑った。


「当たり前だ」


 そして剣先を僕へ向ける。


「流派を知っている奴なんて、相手も知っている」


 その言葉に、僕は笑った。


 そうだ。

 学院では型を教わった。


 正剣なら破山。

 破山なら水月。

 水月なら正剣。


 けれど、実戦では――

 相手も同じ三剣流を知っていてもおかしくはない。


 だから最後に問われるのは、相手が次に何をすると思うか。

 そして、その一歩先を読めるかだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。