三つの剣
順番に、前にいる者から木剣を握っていった。
一人。
また一人。
試験官の前へ飛び込んでは、砂利の上に転がされていく。
一人目は、構えた姿勢から振る動作すら見えない一撃を受けて転がった。
二人目は、勢いをつけた重い一撃で押し切ろうとしたが、試験官はそれを難なく受け流し、体勢の崩れたところへ木剣を叩き込んだ。
三人目は、何も考えずに剣を振り回した。
その剣は、まるで最初から読まれていたかのように空を切り、次の瞬間には脇腹を打たれていた。
「ぐっ!」
男が砂利の上に伏せる。
周囲からは、ざわめきと野次が飛び交っていた。
「おい、もっと踏み込め!」
「木剣なんだから怖がるな!」
「次は当てろよ!」
僕は黙って、その光景を見ていた。
打ち合う高い音と打たれた鈍い音。
また一人、砂利の上へ転がる。
……何だ?
見覚えがある。
あまりにも見慣れた構えだった。
試験官の構え。
剣の置き方。
身体の向き。
相手との距離。
その一連の動作に、覚えがあった。
当然だ。
学院で習った剣術だった。
三剣流。
剣術を三つの思想に分け、それぞれ異なる戦い方を身につける剣術。
試験官は、その一つを使っていた。
相手の身体の中心へ、剣先を向ける。
剣をほとんど動かさない。
大きく振る必要はない。
速く振る必要すらない。
相手が来る場所に、剣があればいい。
ただ、そこに剣を置く。
学院で教えられた言葉が、頭の中に蘇る。
――そこにある剣を、そこへ通す。
「……」
あの構えは。
正剣流。
正中を取り、最短の軌道で剣を通す。
派手さはない。
振りかぶらない。
腰も大きく捻らない。
勢いも必要以上にはつけない。
だからこそ、予備動作がない。
剣が動いたと思った時には、もう遅い。
距離と間合いを読み違えれば、一瞬で斬られる。
「うおっ!」
男が踏み込んだ。
試験官の剣が、ほんのわずかに動く。
――カンッ!
「ぐっ!」
男の肩が弾かれる。
試験官は追わない。
ただ、剣先を元の位置へ戻した。
まるで何もしていなかったかのように。
男が身体を仰け反らせる。
それでも倒れない。
木剣を握り直した。
「……痛くねぇ」
荒い息を吐きながら笑う。
「これからだ!」
男は諦めなかった。
その言葉とともに、今度は勢いよく踏み込んだ。
今度は、試験官の構えが変わった。
身体を横にする。
片手で握った木剣を前へ伸ばす。
まるで突きを繰り出す直前のような姿勢。
だが――違う。
あれは――
水月流。
男の木剣が振り下ろされる。
男の振り下ろした木剣が試験官の剣へぶつかる。
試験官は受け止めない。
剣を斜めに添えた。
木剣と木剣が触れる。
――ギッ。
そして、そのまま横へ滑り、剣の軌道を僅かにずらす。
「なっ!」
振り下ろしたはずの力が、地面へ逃げる。
身体もそれにつられて前へ流れた。
その瞬間、
試験官の木剣が返ってくる。
鈍い音が響いた。
「ぐあっ!」
男が顔を歪める。
水月流。
突きのための構えに見せながら、相手の攻撃を受け、流し、その力を利用して反撃へ繋げる。
正面から力をぶつけるのではなく、相手の力を横へ流し、その勢いを利用して反撃する。
水に月が浮かぶように。
触れれば揺らぎ、掴もうとすれば逃げる。
学院で習った通りだ。
だが――
学院で試合で目にしているものと、実際に実戦で見るのとでは違う。
あまりにも滑らかだった。
男の剣が、最初から試験官の反撃へ導かれていたようにすら見える。
「何やってんだ!」
周囲から野次が飛ぶ。
「もっと踏み込め!」
「当てろー!」
「そこで引くな!」
男は歯を食いしばった。
まだ木剣を手放していない。
「……当てられる気がしねぇ」
悔しそうに吐き捨てる。
「クソッ」
「来ないのか?」
試験官が言う。
挑発しているようには聞こえない。
ただ、本当に待っている。
男はゆっくりと構え直した。
切っ先は試験官へ。
慎重になった。
先ほどまでとは違う。
ただ突っ込むのではなく、切っ先を試験官へ向けたまま動かない。
一歩。
半歩。
お互いに距離を測っている。
踏み込めば届く。
だが、踏み込めば斬られる。
その間合いの中で、男の足が僅かに動いた。
試験官はそれを見ていた。
男が踏み込むか。
試験官が先に動くか。
その瞬間を待っている。
次の瞬間。
一歩。
試験官の方から踏み込んだ。
「……!」
構えが変わる。
両手で握った剣を、顔の横まで高く掲げた。
僕は目を見開く。
破山流
剣を最も大きく動かす。
全身を使う。
足から生まれた力を腰へ伝え、背中、肩、腕へと流し、そのすべてを一本の剣へ乗せる。
剣そのものの重量。
振り下ろす速度。
身体の回転。
そして遠心力。
すべてを一つにして――
叩き割る。
試験官が踏み込んだ。
木剣が男の木剣へ叩き込まれる。
――カンッ!
甲高い音が広場に響いた。
男の手から木剣が弾き飛ばされて宙を舞った木剣が、僕たちのいる方向へ転がってきた。
砂利の上を二度、三度と跳ねて止まる。
男は唖然と自分の手を見ていた。
「……は?」
試験官は何事もなかったように木剣を構え直す。
破山流。
その一撃を見れば分かる。
あれは単純な腕力ではない。
身体全体を使っている。
木剣でも、まともに受ければ手から武器を奪われる。
体格も力も上回る相手を、剣技そのものでねじ伏せている。
力任せに振ればいいわけではない。
身体全体の動きを一つに揃えなければ、あれほどの一撃にはならない。
学院で教えられた三剣流。
剣を手に取るものとして最初に覚えるべき三つの型。
三剣流。
正剣流。
破山流。
水月流。
それぞれが違う。
最短を取る剣。
最大の力を叩き込む剣。
相手の力を利用する剣。
学院では、それぞれの型を身体に覚え込ませるところから始まる。
僕も扱う。
だが――
目の前の男は、僕が学院で見てきたどの教師よりも、ずっとそれを使いこなしていた。
正剣で相手を止め。
水月で相手の力を流し。
破山で武器ごと叩き落とす。
相手が何をするかによって、三剣を使い分けている。
学院で習った「型」が、実戦の中で一つの剣術になっている。
試験官は木剣を下ろす。
「次にかかってくる奴はどいつだ」
木剣の切っ先が地面を向く。
「前に出ろ」
周囲がざわめいた。
誰も動かない。
僕は、さっき弾き飛ばされた木剣を見た。
それから試験官を見る。
……面白い。
胸の奥が少しだけ熱くなっていた。
正剣流。
水月流。
破山流。
何度も習った。
何度も使った。
それなのに、同じ剣術を使っているはずなのに目の前の男が扱うそれは、まるで別物に見える。
だったら――
「次!」
試験官が叫ぶ。
「僕が出てもいいか?」
気がつけば、声が出ていた。
周囲の視線が一斉に集まる。
僕の周りにいた男たちが、まるで道を開けるように左右へ避けた。
……何だ?
そんなに避けなくてもいいだろう。
「お前か」
試験官がこちらを見る。
「ああ」
「剣を取れ。後がつかえている」
「まぁ、待ってくれ」
僕は笑う。
「そう慌てないでほしい」
試験官が眉を上げた。
「僕も少しは出来る口なんだ。せっかくだから、試してくれないか?」
「……ほう」
試験官の口元が僅かに上がり、目が細くなった。
「やれるのか?」
「ああ」
地面に転がっていた木剣を拾った。
木剣を軽く振る。
長さを確認する。
少し短い。
普段使っているロングソードよりも、わずかに短い程度だ。
問題ない。
握り直す。
手首を一度回して木剣の感触を確かめる。
砂利を踏む。
ザリッ、と足元で音がした。
正面を見る。
試験官がいる。
さっきまで何人もの男を叩き伏せていた男。
剣先を相手の中心へ構えた。
身体を整え、余計な力を抜く。
正剣流。
「ほぉ……」
試験官が笑った。
「やれるのか?」
「ああ」
僕も笑う。
「少し、楽しんでもらえると嬉しいかな」
「軽口を」
試験官が木剣を構える。
僕は呼吸を整えた。
砂利を踏みしめる。
周囲から声が上がった。
「おい、あいつ大丈夫か?」
「さっきの見ただろ!」
「やれやれ!」
そんな声を背中に受けながら、僕は一歩前へ出る。
砂利を踏みしめる。
ざり、と靴底から音がした。
目の前には、試験官。
木剣を構えている。
その姿を見ていると、不思議と笑みが浮かんできた。
同じ剣術。
同じ構え。
同じ一撃。
なら――
僕の剣が、どこまで通じるのか。
学院で習った「基礎」が実戦でどこまで通用するのか。
試してみよう。
冒険者としての最初の一歩。
その最初の相手が、こんなに面白そうな相手だとは。
僕は木剣を握り直した。
足に力を込める。
試験官も、僅かに腰を落とした。
周囲のざわめきが、遠くなる。
そして――
僕は、踏み込んだ。




