その実力、いかほどか
三日が経った。
学院を卒業してからというもの、特にすることもなかったので、適当な宿を取って過ごしていた。
町を歩いたり、店を眺めたり。
冒険者らしいことをしていたかと言われれば、何もしていない。
そもそも、まだ冒険者証を受け取ってすらいないのだから当然だ。
今日はその受け取りの日。
僕はギルドへ向かった。
以前と変わらない建物。
扉を開けると、相変わらず人の声が飛び交っている。
受付まで行き、前に対応してくれた女性を見つけた。
「こんにちは。冒険者証を受け取りに来たんだけど」
「あら、先日の方ですね。少々お待ちください」
受付嬢が手元の書類を確認する。
そして、顔を上げた。
「……ああ。そうでした」
「どうした?」
「冒険者証のお渡しの前に、簡単な実力確認を受けていただくことになっています」
「実力確認?」
「はい」
僕は首を傾げた。
「発行するだけじゃないのか?」
「通常はそうなのですが、実力のある方には、ギルド職員の判断でランクの飛び級を認める場合がありますので」
「へえ」
思わず声が漏れた。
受付嬢は説明を続ける。
「冒険者ランクは最低がEランク。その上がD、C、B、A。そして最上位にSランクがあります」
「ああ、知っている」
学院でも一応、そういう話は聞いていた。
ただ、実際に冒険者として登録した今になって聞くと、少し違って聞こえる。
「ですので、実力がある方が必ずEランクから始めなければならない、というわけではありません」
僕は少し考えた。
どうせなら、自分がどれくらい通用するのか。
一度、試してみてもいい。
「そんなこともやるのか」
口元が緩む。
「面白そうだ」
受付嬢が少しだけ苦笑した。
「そうおっしゃる方は多いですよ」
「どこに行けばいい?」
「奥の通路を通った先に広場があります。そちらで試験を受けてください」
「ありがとう。助かるよ、お姉さん」
カウンターに置いていた手を上げ、ひらひらと振る。
「お気をつけて」
「ああ」
僕は受付を離れた。
奥へ続く通路を歩く。
すると、次第に人の声が大きくなってきた。
通路を抜ける。
「……なるほど」
そこには、かなり広い空間が広がっていた。
人が多い。
かなりの人数が集まっている。
ざっと見渡してみる。
男が多かった。
肩当てをつけ、傷のついた防具を身につけた男。
年季の入った剣を腰に下げている男。
逆に、ボロボロの革鎧だけを身につけた男もいる。
髪が乱れ、無精髭を生やした、いかにも荒くれ者といった雰囲気の人間までいる。
見た目だけなら、学院で見てきた貴族や騎士とは随分違う。
そして、女性は少ない。
いるにはいる。
弓を携えた者。
クロスボウを持つ者。
杖を持った者。
そんな姿が目立つ。
なるほど。
冒険者稼業は、登録時に「自己責任」であることを承知する。
依頼によっては魔物と直接戦うこともある。
ならば、当然なのかもしれない。
前衛を担う者には、どうしても危険が伴う。
……そう考えると。
僕のように剣を携えている男たちは、彼女たちからどう見えているのだろう。
命知らずの馬鹿。
そう思われても仕方がないのかもしれない。
魔物との戦い。
そういう意味では、僕も同じだ。
剣術なら学院で学んだ。
模擬戦だって何度もやった。
魔法もそれなりに扱える。
けれど――
魔物と戦ったことはない。
実戦経験など、皆無だ。
学院の訓練場と、実際の戦場。
そこにどれほどの差があるのか。
まだ僕には分からない。
「注目!」
突然、大きな声が響いた。
周囲の会話が止まる。
一人の男が人混みの前へ出てきた。
ギルドの職員らしい。
体格がいい。
腕も太い。
腰に剣を下げているが、それを抜く様子はない。
代わりに、手には一本の木剣が握られていた。
「私はこの場の試験官を務める!」
よく通る声だった。
「これから、お前たちの実力を確認する!」
ざわめきが再び起こる。
「実力に見合ったランクを与える! Eランクから始めるのが不満な者もいるだろう!」
試験官が木剣を肩に担ぐ。
「ならば証明してみろ!」
その言葉とともに、持っていた木剣を一本、地面へ放り投げた。
カラン、と乾いた音が響く。
「剣を使う者は、この木剣を使え!」
そして、地面に置かれた木剣を切っ先で軽く叩く。
「一人ずつ、私に向かってこい! 全力でな!」
その言葉に、何人かがざわついた。
「なお、弓やクロスボウ、魔法を扱う者は別の試験官が担当する!」
少し離れた場所を指差す。
「距離を取った上で、的に当ててもらう! 簡単な確認作業だ!」
なるほど。
剣士と魔術師では、見るべきところが違うらしい。
僕は周囲を見回した。
誰も動かない。
どうやら、最初に行くのは気が引けるらしい。
すると試験官が鼻で笑った。
「どうした? 誰でもいい。掛かってこい!」
木剣の切っ先で、地面を二度、三度とつつく。
挑発している。
その言葉に反応した男が一人、人混みから出てきた。
「だったら俺がやる!」
男は地面に置かれた木剣を拾った。
かなり体格がいい。
腕も太い。
木剣を握り、試験官を睨みつける。
「Eランクスタートなんざ、やってられねぇぜ!」
男が声を張り上げた。
「俺はもっと上を目指して、ガッポリ稼ぐんだ!」
「そうか」
試験官は淡々としている。
「なら、証明してみろ」
「言われなくてもな!」
「一分間だ」
試験官が構えを取る。
「一分間、私から一本も取られずに持ち堪えればDランクにしてやる」
周囲がざわめく。
「そして――」
試験官が木剣を軽く振る。
「俺に一撃でも当てられたら、Cランクにしてやってもいい」
「……!」
男の目が見開かれる。
「言いやがったな!」
「どうした?」
試験官が笑った。
「やるんだろう?」
「当たり前だ!」
男が踏み込む。
地面を蹴った。
速い。
思ったよりもずっと速い。
「うおおおおっ!」
木剣を振り上げ、そのまま試験官へ叩きつける。
試験官は動かなかった。
いや――
動いた。
ほんの僅かに身体をずらす。
男の木剣が空を切った。
「な――」
次の瞬間。
試験官の木剣が男の腹へ入った。
「ぐっ!」
鈍い音。
男の身体がくの字に折れる。
だが、倒れない。
「まだだ!」
男が踏みとどまり、再び剣を構える。
周囲から声が上がった。
「いいぞ!」
「いけ!」
「当てろ!」
男は歯を食いしばり、再び突っ込む。
今度は横薙ぎ。
試験官が受け流す。
そのまま木剣の柄で肩を打つ。
男がよろめく。
それでも倒れない。
また立ち上がる。
そして攻撃する。
また避けられる。
打たれる。
それでも食らいつく。
僕は黙って、その様子を見ていた。
……なるほど。
これが冒険者の試験か。
学院の模擬戦とは違う。
相手が綺麗に構えてくれるわけでもない。
技術を見せるための試合でもない。
ただ、相手に食らいついていく。
少しだけ、胸が高鳴る。
僕は腰にあるロングソードへ手を添えた。
まだ抜いてはいない。
自分なら、どこまでやれるだろう。
そんな疑問が、自然と浮かんできた。
口元が少しだけ上がる。
「……面白そうだな」
誰にも聞こえないように呟いた。
僕の番が来るのは、もう少し先だった。




