表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/6

冒険者のイロハ

 

 試験が終わった。


 受付へ戻ると、先ほどの試験官――全員と立ち会ったあと、最後に言われた言葉が、妙に頭に残っていた。


 ――魔物を相手にするのと、人間を相手に剣で向き合うのは違う。


 それだけだった。

 特別な忠告でもなかった。

 長々と説明されたわけでもない。


 学院では、人を相手にした剣術を習ってきた。


 正剣。

 水月。

 破山。


 型を覚え、相手を読み、間合いを測る。

 けれど、魔物は剣を構えてくれるわけではない。

 同じように動くわけでもない。

 当然と言えば、当然の話だった。


 ……なるほど。


 冒険というものは、やはり学院で習ってきたものとは違う。


 それを考えているうちに、ギルドの受付フロアへ戻ってきた。

 そこには、先ほどまで広場にいた人たちが次々と戻ってきていた。


 冒険者証を受け取るためだろう。

 カウンターには長い列ができている。


「これは、当分先だな」


 列の最後尾を見て、僕は小さく息を吐いた。

 仕方がない。

 空いている場所を探すと、壁際にいくつか椅子が並んでいた。


 そこへ腰を下ろす。


 そして、何となく周囲を眺めた。

 先ほどまでなら、強そうな人間と弱そうな人間を見分けようとしていたかもしれない。


 だが、今は少し違った。


 あの人は、どんな人なんだろう。


 剣を使うのか。

 弓か。

 それとも魔法使いなのか。


 背負っている鞄は何が入っているのだろう。

 腰にいくつも付けている革袋には何が入っている?

 あの大きな袋は、採取したものを入れるためだろうか。


 人によって装備がまるで違う。


 鎧を身につけている者もいれば、動きやすさを優先した軽装の者もいる。


 剣を二本携えている者。

 弓を背負っている者。

 杖を持っている者。

 同じ冒険者という括りなのに、これほど違う。


 ……面白い。

 眺めているだけでも飽きない。


 そんなことを考えていると――

 目の前に、人影が立った。


「?」


 顔を上げる。


「よぉ、兄ちゃん」


 男だった。

 先ほど広場で見た顔……ではない。


 少なくとも、僕が受験者の中で見た覚えはなかった。


 男はニヤリと笑った。


「スゲーな。グラウスとあれだけやり合って、あそこまで粘る奴、あんまり見たことねぇぞ」


「ああ」


 僕は立ち上がることなく答えた。


「ありがとう。剣術には少し自信があったんだが、彼の方が上だった」


 グラウスの剣を思い出す。


「それに、あの腕前なら模範となるべきところにあるべきだろう」


「……は?」


 男が変な顔をした。


「お前、負けたんだろ?」


「ああ」


「悔しくねぇのか?」


「もちろん悔しいさ」


 僕は笑った。


「でも、それ以上に楽しい」


「……楽しい?」


 男の眉間に皺が寄った。


「お前、変わってんな」


「そうかな?」


「そうだよ」


 男は呆れたように頭を掻いた。


「ここは冒険者の集まるギルドだぞ」


 その声が、少し低くなる。


「お遊びの気持ちで来る場所じゃねぇ」


「……」


「ここにいる奴らが、どんな事情を抱えてるかなんて分からねぇ。今日一日の飯を稼ぐために依頼を受けてる奴だっている。借金を抱えてる奴もいる。家族を養ってる奴もいる」


 男の表情から笑みが消えていた。


「魔物を相手にする奴は、命張ってんだ」


 その言葉には、妙な迫力があった。


「だからな」


 一拍。


「他の連中には、んなこと口が滑っても言うんじゃねぇぞ」


 僕は黙って男を見る。


 なるほど。

 そういうことか。


 僕は、少し考えた。

 確かに僕にとっては、知らない世界を見てみたいという気持ちが大きい。


 剣を振ることも。

 魔物と戦うことも。

 遠くの街へ行くことも。

 全部、楽しそうだと思っている。


 けれど――

 この人たちにとっては、遊びではない。

 今日を生きるための仕事なのだ。


「……軽率だったな」


 僕は素直に頭を下げた。


「すまない。勉強になった」


「……」


 男は少し驚いた顔をした。


 だが、すぐに元の調子に戻る。


「いいってことよ」


 そして、僕の顔をしげしげと眺めた。


「しかし、お前……育ちがいいな」


「そう見える?」


「ああ。知らないことを知らないって顔してやがる」


「はは」


 思わず笑ってしまった。


「そんなに分かりやすいかな」


「分かりやすいよ」


 男は腕を組んだ。


「俺も最初は何も知らなかったからな。俺がいろいろ教えてやろうか?」


「冒険者のことを?」


「ああ」


 ニヤリと笑う。


「冒険者のイロハってやつをよ」


「それはありがたい」


 僕も笑った。


「ぜひ頼みたい」


「ただし、タダじゃねぇぞ」


「もちろん」


「今日と明日。これからの生き方を教えるってんだ」


 それもそうだ。

 人に時間を使わせるのだから、対価が必要なのは当然だろう。


「いくら払えばいい?」


「金は――」


 男は少し考えてから言った。


「お前が感じた対価で払ってくれりゃいい」


「……」


 僕は黙った。

 僕が育ちのいい人間だと分かった上で、この言い方をしたのだろうか。


 まあ、いい。

 少なくとも、話を聞く価値はありそうだ。


「分かった」


 そう答えたところで――


「お兄さーん」


 横から、女性の声が飛んできた。

 振り向く。

 二人組の女性だった。


 一人は剣士。

 身体の前面を守るように鉄のアーマーを身につけ、その下には傷の目立つ革装備。


 もう一人は杖を持っている。

 身体の線を隠すようなローブをまとい、こちらへ笑顔を向けていた。


「私たちがタダで教えてあげるよ~」


「……」


「そんな、もやし男より私たちのほうがいいでしょ?」


 剣士の女性が笑う。


「手取り足取り、剣の扱い方だって教えてあげる」


「おい!」


 先ほどの男が慌てて声を上げる。


「最初に話しかけたのは俺だぞ!」


「早い者勝ちなんて誰が決めたの?」


「うるせぇ!」


 男がこちらへ顔を寄せる。


 そして、小声で囁いた。


「気をつけろ」


「?」


「あいつら、新人や男から金を巻き上げてるって噂がある」


「そうなのか?」


「ホイホイついて行ったら、身ぐるみ剥がされるぞ」


 最後に男は真剣な顔で言った。


「冒険者の女に、ろくな奴はいねぇ」


「……」


 それは少々、乱暴な結論ではないだろうか。


 女性たちを見る。

 向こうもこちらを見ている。


 確かに怪しい。


 だが単なる勧誘なのかもしれない。


 彼の言葉だけでは判断できない。


 僕は笑顔を作った。


「お姉さんたちのお誘いは嬉しいけれど――」


 二人が期待するようにこちらを見る。


「また今度、お願いしてもいいかな?」


「あらら~」


 剣士の女性が残念そうに肩を落とす。


「振られちゃった」


「じゃあね、お兄さん」


 二人は手を振ると、少し離れた場所で何やらひそひそ話し始めた。


「……」


 僕はその背中を見る。


「お前なぁ……」


 隣の男が呆れたように言った。


「そういう断り方してると、しつこく絡まれるぞ」


「そうなのか?」


「断るときは、キッパリ言わねぇと」


「なるほど」


 確かに。

 これも勉強になる。


 男は少し胸を張った。


「俺はワッズ。Dランクの冒険者だ」


「Dランク」


 先ほど聞いたばかりの言葉だ。


「お前は?」


「僕はレオン」


 僕は手を差し出した。


「よろしく頼むよ、ワッズ」


「おう」


 ワッズが僕の手を掴む。

 固い手だった。

 剣を握っている人間の手。


 僕とは違う。

 学院で剣を振ってきた手とは違う。


 傷もある。

 掌の皮も厚い。


 その手を握りながら、僕は思った。

 この人から、何を教えてもらえるんだろう。


 魔物のこと。

 依頼のこと。

 街のこと。

 冒険者のこと。

 まだ僕の知らないことが、いくらでもある。


「レオン」


「ん?」


「冒険者になるならな」


 ワッズが言う。


「まず、今日を生きることを覚えろ」


「……」


 その言葉に、僕は少しだけ目を細めた。

 グラウスの言葉を思い出す。

 ――魔物を相手にするのと、人間を相手にするのは違う。


「ああ、分かった」


 僕は頷いた。


「よろしく頼むよ、ワッズ」


 それからしばらくして。


 ようやく僕の順番が来た。


 受付で仮証を渡す。


 代わりに、一枚の冒険者証が差し出された。


 手に取る。

 指先に触れた金属の冷たさ。


 僕の名前が刻まれている。


 レオン。


 今日から、これが僕の身分を示すものになる。


 冒険者。

 まだ、実感はない。


 けれど――

 これで、行ける。


 学院の外へ。

 知らない街へ。

 知らない魔物へ。

 知らない人間へ。

 僕の知らない世界へ。


 さて。

 まずは、どこへ行こうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ