舞台は、卒業の夜会
共鳴の伴が、ルイスに決まった。
これで、結界規模の同時処理を、組む目処が、立った。アリスの光を核に、リゼットとルイスの共鳴で、それを支える。設計図は、日に日に、完成へ近づいていった。
だが、そこへ、二つの報せが同時に届いた。
一つ目は、宮廷魔術師団のオルテガからの書簡だった。
『魔力嵐の接近を、確認。予測より、早い。──次の、建国祭の夜、王都上空で、最大に達する見込み』
建国祭。
王立学院が、一年でいちばん大きな夜会を、開く日。学院の生徒、貴族、そして王族が、一堂に会する、盛大な式典の夜。
その夜に、魔力嵐が来る。
結界がいちばん危うくなる、その夜に。
書簡には、追伸があった。
『式典の、延期を、進言した。──退けられた。建国祭は、四百年、一度も、止まったことがない、というのが、理由だ』
「四百年、止まっていないから、止めない、か」
ルイスが、低く言った。
「王家の、面子だ。……いや、それだけじゃ、ないな。式典を止めれば、"なぜ止めたか"を、公表することになる。結界の欠陥を、国の内外に、さらすことになる」
「隠してきたものは、隠したまま、守りたい。──四百年前と、同じ判断です」
リゼットの声には、責める色より、疲れに似たものが、あった。
同じ判断が、四百年続いている。だから、彼女が変えるしかないのだった。
* * *
二つ目の報せは、もっと静かに届いた。
カルロスが、学院の噂を、聞きつけてきたのだ。
「なあ、リゼット。変な噂、流れてるぞ。建国祭の夜会で、なんか、"大きなこと"が起きるって。あんたに、関係あるっぽい」
リゼットの目が、鋭くなった。
「静寂院、ですね」
彼女は、すぐに悟った。
断罪の、舞台。それが、建国祭の夜会だ。学院中の、いや、国中の要人が、集まる、あの夜。公開の、いちばん、目立つ場所で。静寂院は、リゼットを、断罪するつもりだ。危険な力を持つ平民アリスを利用する、悪女として。
そして。
「……重なりました」
リゼットは、静かに呟いた。
「魔力嵐と、断罪が、同じ夜です」
アリスが、青ざめる。
「そんな……嵐が来て、結界が危ないのに、その夜に、断罪だなんて」
「偶然では、ありません」
リゼットは、首を振った。
「静寂院は、知っています。魔力嵐が、その夜に来ることを。そして、私が、その夜に、結界を救おうとすることを。──だから、その夜を、選んだのです」
「なんで、向こうが、嵐の日を、知ってんだよ」
カルロスが、聞いた。
「観測できるからです。四百年、封印を見張ってきた組織です。嵐の周期を、私たちより正確に知っていても、驚きません」
「……つまり、あいつら、結界が危ないって知ってて、その夜に、あんたを潰しに来るのか。結界は、どうすんだよ。国が、滅ぶかもしれねえのに」
「彼らの理屈では、結界の一度の危機より、封印が開くことのほうが、恐ろしいのです。──国と、世界を、天秤にかけて、世界を取る。彼らなりの、正義です」
* * *
「考えてみてください」
リゼットは、仲間たちに静かに説明した。
「もし、私が、建国祭の夜に、結界を救うために、共鳴発動を行おうとしたら。静寂院は、それを、こう告発できます。『危険な平民の力を使い、王宮で、禁じられた大魔法を発動させようとした、大逆の企て』と」
ルイスの顔が、険しくなる。
「結界を救う行為そのものを、罪に、仕立て上げるのか」
「はい。しかも、公開の場で。私が、共鳴発動を、始めれば始めるほど、告発の"証拠"に、なります。──救おうとすればするほど、悪女に、見える。完璧な、罠です」
演習場に、重い沈黙が落ちた。
断罪と、結界崩壊。二つの、絶体絶命が、同じ夜に、同じ場所で、待ち構えている。結界を救えば、断罪される。断罪を避ければ、結界が崩れ、国が滅ぶ。
どちらを選んでも、詰み。
それが、静寂院の仕掛けた盤面だった。
「……どうすんだよ、これ」
カルロスが、呻いた。
「逃げ場、ねえじゃん」
だが、リゼットの薄紫の瞳には、絶望ではなく。
いつもの、あの炎が灯っていた。
* * *
「面白いです」
リゼットは、言った。
「こんな時に、面白いとか、言うなよ……!」
「カルロス。よく、見てください。静寂院は、私を、詰めたつもりです。ですが、彼らは、一つ、間違えています」
リゼットは、床の設計図を、指した。
「彼らは、『救おうとすればするほど、悪女に見える』という、盤面を作りました。ですが、それは、逆です。──もし、私が、大勢の見ている前で、結界を、本当に、救ってみせたら。どうなりますか」
アリスが、はっと顔を上げる。
「悪女どころか……救国の、英雄に……」
「そうです」
リゼットは、頷いた。
「静寂院は、公開の場を、断罪の舞台に、選びました。ですが、公開の場は、こちらにとっても、舞台です。国中の要人が、見ている前で、結界の崩壊を、防いでみせる。断罪の証拠にしようとした、まさにその行為で、彼らの、断罪を、覆す」
リゼットは、立ち上がった。
「向こうが、逃げ場のない盤面を、作ってくれました。ならば、その盤面の上で、勝ちます。──嵐の夜に、賭けます」
誰も、すぐには声を出さなかった。
最初に動いたのは、エドガーだった。パン、と手を一つ、叩いた。
「乗った。負け筋の濃い賭けは、嫌いじゃない」
「俺も。……どうせ、逃げたって、あの夜会には出るんだしな」
「わ、私も。──私の光は、きっと、そのために、あるんだと、思うから」
ルイスは、何も言わずに、リゼットの隣に立った。
それが、答えだった。
仲間たちが、その背中を見た。
悪役令嬢。ヒロイン。逃げない平民。他国の皇子。そして、王太子。
物語では、断罪される側の、寄せ集め。
その全員が、今、同じ詰みの盤面を見て。
勝つ方法を、探し始めていた。
「役割を、割り振ります」
リゼットの声が、演習場に、響いた。
「全員、私の指示通りに、動いてください。──嵐の夜を、こちらの、舞台に、変えます」




