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魔法陣にしか興味がない悪役令嬢、破滅フラグを条件表に載せる 〜古代魔導書を読むために、王太子と政略結婚を結びました〜  作者: NN
第九章 割に合わない、はずだった

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役割を、割り振ります

 建国祭まで、あと十日。


 演習場は、作戦本部になった。壁には、王宮の見取り図、結界柱の配置図、共鳴発動の術式図、そして、静寂院の想定される動きを書き出した分析表が、貼られている。


 リゼットは、その中央で、仲間たちに役割を割り振っていった。


「アリス。あなたは、共鳴発動の核です。当日、私の合図で、光属性を結界の術式に流します。──ですが、その前に、あなたには、もう一つ、大事な役目があります」


「なん、ですか」


「証言です」


 リゼットは、アリスを見た。


「静寂院は、あなたが、私に無理やり利用されている、と告発します。だから、あなた自身の口で、否定してもらいます。査問の時と、セヴランに会った時と、同じように。──あなたの言葉は、どんな記録より、強い」


 アリスは、こくり、と頷いた。


「はい。私、言います。もう、逃げません」



     * * *



「カルロス。あなたには、二つ、頼みます」


「おう」


「一つ。当日、共鳴のずれを、直感で見張ること。数字より、あなたの『なんか変』が早い時があります。二つ──」


 リゼットは、少し声を落とした。


「もし、アリスに危険が及びそうになったら。あなたが、真っ先に、彼女を術式から引き離してください。私は、発動に集中しています。アリスを守れるのは、あなたです」


 カルロスの顔が、引き締まった。


「……任せろ。俺、術は下手だけど、走るのだけは、速いんだ」


「知っています。逃げない上に、速い。貴重です」


「そこ、褒めるとこ?」


「今度、走る速度も、記録させてください」


「実験に組み込むな」


 アリスが、横で少しだけ笑った。


「マリー。あなたにも、役割があります」


「私、でございますか」


 控えていた侍女長が、背筋を伸ばした。


「当日、夜会の会場には、関係のない人が、大勢います。もし、結界の軋みが会場に及んだら、真っ先に起きるのは、混乱です。──あなたは、使用人たちの動きを把握している。避難の導線を、頭に入れておいてください」


「かしこまりました。……その、お嬢様」


「はい」


「胃薬は、何人分、ご用意すれば」


「全員分で、お願いします」


 冗談の形をした、本気の指示だった。マリーは、深く頷いた。



     * * *



「エドガー皇子」


「なんだ」


「あなたには、証人になってもらいます」


 リゼットは、皇子を見た。


「あなたは、他国の皇子です。この国の政治にも、静寂院にも、利害がありません。中立の、第三者です。──当日、私が結界を救うところを、あなたが公式に証言してくれれば。それは、この国の誰の証言より、揺るがない」


 エドガーは、面白そうに笑った。


「他国の皇子を、証人として利用するか。……いいだろう。ただし、俺は、見たままを証言する。お前が、もし、本当に危険なことをしたら、それも証言するぞ」


「それで、構いません」


 リゼットは、即答した。


「私は、都合のいい証言は、要りません。事実を証言してくれる人が、要ります」


 エドガーは、肩をすくめた。


「……お前は、本当に、面白い。この令嬢のために、証人役を買って出る日が来るとはな」


 役割が決まると、稽古が、始まった。


 共鳴発動の通し稽古。初日は、三回に一回、揃った。三日目には、二回に一回。五日目の夜、十回続けて、揃った。


「揃いすぎるのも、こわいな」


「いいえ。記録上、私たちの共鳴は、回数を重ねるほど、安定しています。理由は──」


 リゼットは、そこで少しだけ、言葉を選んだ。


「──不明ですが、再現性は、あります」


 理由の欄が空白のままの現象を、彼女は、この頃、一つ抱えていた。



     * * *



 最後に、リゼットは、ルイスを見た。


「ルイス。あなたの役割が、いちばん重要です」


「共鳴の、伴だからか」


「それも、あります。ですが、それだけでは、ありません」


 リゼットは、まっすぐ彼を見た。


「私が、共鳴発動に集中している間。断罪の告発を、正面から受け止め、退ける人が要ります。政治の力で。王太子の権威で。──私は、術式から手を離せません。あなたが、盾になってください」


「盾、か」


「はい。私は、結界を救います。あなたは、私を守ってください。──役割分担です」


 ルイスは、しばらくリゼットを見ていた。


 私を、守ってください。


 彼女は、それを、ただの役割分担として言った。共鳴の伴が核を支えるように、盾が術者を守るように。感情など、そこにはない。いつも通りの、リゼットだった。


 だが、ルイスにとって、その一言は。


「……ああ」


 彼は、静かに頷いた。


「守る。何があっても、お前を守る。──それは、役割分担なんかじゃ、ないがな」


「え?」


「なんでもない」


 リゼットは、不思議そうに首を傾げた。


 その無防備な仕草に、ルイスは、また胸を撃ち抜かれる。この期に及んで、片思いは、少しも楽になってくれなかった。


 なお、この場面も、エドガーとカルロスの紳士協定の対象となった。協定の条文は、増える一方である。



     * * *



 その夜、全員が帰ったあと。


 リゼットは、一人、演習場に残っていた。壁に貼った作戦図を、見上げている。


 勝算は、五分。いや、それ以下かもしれない。魔力嵐の規模も、静寂院の手札も、完全には読めない。共鳴発動が、本番で成功する保証もない。


 それでも。


 リゼットは、五歳の日から、ずっと探してきた。消された魔法を。世界の、本当の設計図を。そして今、その知識で、国の壁を救おうとしている。


 一人では、なかった。


 鍵を持つ少女がいて。逃げない仲間がいて。証言する皇子がいて。そして──守ると言ってくれる人が、いる。


「……悪くない、布陣です」


 リゼットは、静かに呟いた。


 窓の外、遠くの空が、いつもより少しだけ、ざわついているように見えた。


 魔力嵐の、前触れ。


 十日後。建国祭の、夜。


 断罪と、結界崩壊と、そして、四百年の秘密が。


 一つの夜に、収束する。


 リゼットは、作戦図に背を向け、演習場を後にした。


 その足取りは、五歳の日に床の陣へ向かった時と、同じくらい軽かった。


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