役割を、割り振ります
建国祭まで、あと十日。
演習場は、作戦本部になった。壁には、王宮の見取り図、結界柱の配置図、共鳴発動の術式図、そして、静寂院の想定される動きを書き出した分析表が、貼られている。
リゼットは、その中央で、仲間たちに役割を割り振っていった。
「アリス。あなたは、共鳴発動の核です。当日、私の合図で、光属性を結界の術式に流します。──ですが、その前に、あなたには、もう一つ、大事な役目があります」
「なん、ですか」
「証言です」
リゼットは、アリスを見た。
「静寂院は、あなたが、私に無理やり利用されている、と告発します。だから、あなた自身の口で、否定してもらいます。査問の時と、セヴランに会った時と、同じように。──あなたの言葉は、どんな記録より、強い」
アリスは、こくり、と頷いた。
「はい。私、言います。もう、逃げません」
* * *
「カルロス。あなたには、二つ、頼みます」
「おう」
「一つ。当日、共鳴のずれを、直感で見張ること。数字より、あなたの『なんか変』が早い時があります。二つ──」
リゼットは、少し声を落とした。
「もし、アリスに危険が及びそうになったら。あなたが、真っ先に、彼女を術式から引き離してください。私は、発動に集中しています。アリスを守れるのは、あなたです」
カルロスの顔が、引き締まった。
「……任せろ。俺、術は下手だけど、走るのだけは、速いんだ」
「知っています。逃げない上に、速い。貴重です」
「そこ、褒めるとこ?」
「今度、走る速度も、記録させてください」
「実験に組み込むな」
アリスが、横で少しだけ笑った。
「マリー。あなたにも、役割があります」
「私、でございますか」
控えていた侍女長が、背筋を伸ばした。
「当日、夜会の会場には、関係のない人が、大勢います。もし、結界の軋みが会場に及んだら、真っ先に起きるのは、混乱です。──あなたは、使用人たちの動きを把握している。避難の導線を、頭に入れておいてください」
「かしこまりました。……その、お嬢様」
「はい」
「胃薬は、何人分、ご用意すれば」
「全員分で、お願いします」
冗談の形をした、本気の指示だった。マリーは、深く頷いた。
* * *
「エドガー皇子」
「なんだ」
「あなたには、証人になってもらいます」
リゼットは、皇子を見た。
「あなたは、他国の皇子です。この国の政治にも、静寂院にも、利害がありません。中立の、第三者です。──当日、私が結界を救うところを、あなたが公式に証言してくれれば。それは、この国の誰の証言より、揺るがない」
エドガーは、面白そうに笑った。
「他国の皇子を、証人として利用するか。……いいだろう。ただし、俺は、見たままを証言する。お前が、もし、本当に危険なことをしたら、それも証言するぞ」
「それで、構いません」
リゼットは、即答した。
「私は、都合のいい証言は、要りません。事実を証言してくれる人が、要ります」
エドガーは、肩をすくめた。
「……お前は、本当に、面白い。この令嬢のために、証人役を買って出る日が来るとはな」
役割が決まると、稽古が、始まった。
共鳴発動の通し稽古。初日は、三回に一回、揃った。三日目には、二回に一回。五日目の夜、十回続けて、揃った。
「揃いすぎるのも、こわいな」
「いいえ。記録上、私たちの共鳴は、回数を重ねるほど、安定しています。理由は──」
リゼットは、そこで少しだけ、言葉を選んだ。
「──不明ですが、再現性は、あります」
理由の欄が空白のままの現象を、彼女は、この頃、一つ抱えていた。
* * *
最後に、リゼットは、ルイスを見た。
「ルイス。あなたの役割が、いちばん重要です」
「共鳴の、伴だからか」
「それも、あります。ですが、それだけでは、ありません」
リゼットは、まっすぐ彼を見た。
「私が、共鳴発動に集中している間。断罪の告発を、正面から受け止め、退ける人が要ります。政治の力で。王太子の権威で。──私は、術式から手を離せません。あなたが、盾になってください」
「盾、か」
「はい。私は、結界を救います。あなたは、私を守ってください。──役割分担です」
ルイスは、しばらくリゼットを見ていた。
私を、守ってください。
彼女は、それを、ただの役割分担として言った。共鳴の伴が核を支えるように、盾が術者を守るように。感情など、そこにはない。いつも通りの、リゼットだった。
だが、ルイスにとって、その一言は。
「……ああ」
彼は、静かに頷いた。
「守る。何があっても、お前を守る。──それは、役割分担なんかじゃ、ないがな」
「え?」
「なんでもない」
リゼットは、不思議そうに首を傾げた。
その無防備な仕草に、ルイスは、また胸を撃ち抜かれる。この期に及んで、片思いは、少しも楽になってくれなかった。
なお、この場面も、エドガーとカルロスの紳士協定の対象となった。協定の条文は、増える一方である。
* * *
その夜、全員が帰ったあと。
リゼットは、一人、演習場に残っていた。壁に貼った作戦図を、見上げている。
勝算は、五分。いや、それ以下かもしれない。魔力嵐の規模も、静寂院の手札も、完全には読めない。共鳴発動が、本番で成功する保証もない。
それでも。
リゼットは、五歳の日から、ずっと探してきた。消された魔法を。世界の、本当の設計図を。そして今、その知識で、国の壁を救おうとしている。
一人では、なかった。
鍵を持つ少女がいて。逃げない仲間がいて。証言する皇子がいて。そして──守ると言ってくれる人が、いる。
「……悪くない、布陣です」
リゼットは、静かに呟いた。
窓の外、遠くの空が、いつもより少しだけ、ざわついているように見えた。
魔力嵐の、前触れ。
十日後。建国祭の、夜。
断罪と、結界崩壊と、そして、四百年の秘密が。
一つの夜に、収束する。
リゼットは、作戦図に背を向け、演習場を後にした。
その足取りは、五歳の日に床の陣へ向かった時と、同じくらい軽かった。




