波長が、合う相手
共鳴発動には、"相性"が要る。
エドガーの言葉を、リゼットは、そのまま、研究課題にした。結界規模の同時処理を組むには、アリスの光を核にして、その周りを、複数の術者の魔力で、支える必要がある。だが、支える術者の波長が、アリスの光や、リゼットの制御と、合わなければ、共鳴どころか、反発して、暴走する。
だから、まず、"誰と誰の波長が合うか"を測る。
「相性試験を、始めます」
リゼットは、演習場に候補を集めた。
まず、エドガー。魔法大国の皇子。魔力量は、桁違いだった。
リゼットが、共鳴用の小さな術式に、エドガーと同時に魔力を流す。
結果は、即座に出た。
術式が、ばちんと弾けた。二人の魔力が、真っ向からぶつかり、反発したのだ。
「……見事に、反発しましたね」
リゼットが、焦げた術式を、見て言った。
「俺と、お前は、魔力の"気性"が、似すぎている」
エドガーが、肩をすくめた。
「どちらも、自分が、中心にいたがる。共鳴には、向かない。片方が、相手に、合わせられなければ、掛け算には、ならない」
「なるほど。記録します」
エドガーは、焦げた術式の端を、指で弾いた。
「……なあ、シルヴァーヌ嬢。一つ、聞くが」
「はい」
「合わせられない、というのは。能力の、話だと、思うか」
「違うのですか」
「意志の話だ」
彼は、肩をすくめた。
「俺は、お前に合わせる気が、ない。お前も、俺に合わせる気が、ない。──それだけのことだ。魔力の相性なんてものは、たいてい、後づけの言い訳だよ」
リゼットは、少し考えた。
「では、記録を、訂正します。『反発の原因:意志』」
「訂正するな。書かれると、恥ずかしいだろうが」
言いながら、皇子は、演習場の隅へ、目をやった。
そこには、いつも通り、腕を組んだ王太子が立っている。
あの男は、八年、合わせ続けてきたのだろう。合わせている自覚すら、たぶん、ないままに。
魔力量でも、身分でも、頭の切れでもない。ただ、それだけの差だった。
(……勝ち目が、ないな)
エドガーは、そう思った。
思って、なぜか、少しだけ、清々しかった。
彼は、共同研究者の顔に戻り、次の候補の名を、読み上げた。
* * *
カルロスは、そもそも、術者として魔力が足りなかった。
「俺、無理じゃね?」
「無理です。ですが、あなたには、別の役割があります。共鳴のずれを、直感で、指摘する役です。数字より、あなたの『なんか、変』のほうが、早いことがあります」
「なんか、それ、褒められてる気が、しねえ」
「褒めています」
アリスは、光の核なので、支える側ではない。
候補が、尽きた。
リゼットは、腕を組んだ。共鳴の伴が、見つからない。エドガーは反発し、カルロスは足りず、アリスは核。このままでは、結界規模の同時処理は、組めない。
「……困りました」
その時。
「俺で、試すか」
演習場の隅から、ルイスが、言った。
* * *
「殿下が、ですか」
リゼットが、意外そうに、振り返る。
「殿下の魔力は、平均的です。共鳴の核には、なれません」
「知っている。だが、候補が、尽きたんだろう。試すだけ、試せばいい」
ルイスの申し出は、半分は、研究のためだった。だが、もう半分は──リゼットの隣に、立つ口実が、欲しかっただけ、かもしれない。それを、彼は、認めなかった。
「……妥当です。試します」
リゼットは、共鳴用の術式を描き直した。中央に、二人分の魔力の経路。
「殿下。私の合図で、ゆっくり、魔力を、流してください。無理に、強く出さず、私の波に、合わせるように」
「合わせる、か」
「はい。共鳴は、どちらかが、相手に、合わせなければ、成立しません」
ルイスは、ふと思った。
合わせる。それは、この八年、自分が、ずっと、やってきたことだった。この、魔法陣しか見ていない女の、突飛な世界に、いつの間にか、自分の歩調を、合わせてきた。
「……得意分野だ」
彼は、小さく呟いた。
「何か、言いましたか」
「なんでもない。始めるぞ」
* * *
二人が、同時に魔力を流した。
最初は、ずれた。ルイスの魔力が、リゼットの波より少し速い。
「殿下、速いです。もう少し、ゆっくり」
「……こうか」
「そうです。──そのまま」
ルイスは、目を閉じ、リゼットの、魔力の流れを、感じ取ろうとした。彼女の波は、意外にも、静かだった。激しく、突き進む印象とは、裏腹に。奥深くで、澄んで、規則正しく、脈打っている。
その波に、自分の魔力を、そっと重ねる。
合った。
術式の中央で、二本の魔力の道が、ぴたりと揃った。ぶつからず、反発せず、互いを支え合いながら、静かに回り始める。
淡い光が、演習場を満たした。
アリスが、息を呑む。カルロスが、「うおっ」と声を上げる。エドガーが、目を細めた。
「……共鳴、しています」
リゼットの声が、わずかに、震えた。
「殿下と、私の波長は、合います。反発、ゼロ。ここまで、綺麗に、合うとは──」
彼女は、術式の澄んだ光を見つめた。そして、ぽつりと言った。
「不思議です。殿下の魔力は……なんだか、落ち着きます」
その瞬間。
ルイスの集中が、途切れた。
術式の光が、ふっと揺れる。
「殿下? どうしました。急に、波が、乱れました」
「……なんでもない」
ルイスは、顔をそむけた。
落ち着く。
この女が、そんなことを、言うとは。魔力の話だ。分かっている。ただの、観測結果だ。彼女に、他意は、ない。
なのに。
その一言が、ルイスの胸のいちばん奥を、まっすぐ撃ち抜いた。
少し、離れた場所で。
エドガーが、カルロスに囁いた。
「……おい。今の、見たか」
「見た。殿下の波、思いっきり、揺れたな」
「原因も、見たか」
「見た。……言わねえほうが、いいんだよな、ああいうのは」
「賢いな、お前は」
二人の観測者は、この重要なデータを記録しない、という紳士協定を、その場で結んだ。
* * *
その夜、リゼットは、手記に重要な発見を記録した。
『共鳴の伴:ルイス。波長が、完全に、一致。反発ゼロ。』
『結界規模の同時処理は、アリスの光を核に、ルイスとの共鳴で、支えられる可能性が高い。』
彼女は、その記述を、研究の成果として淡々と書いた。
だが、ペンを置いたあと、ふと、昼間のあの感覚を思い出した。
ルイスと魔力を合わせた時。ぶつからず、反発せず、静かに重なった、あの感じ。
なぜ、あんなに綺麗に合ったのだろう。
波長が、近い。エドガーは、そう言った。似すぎていると、反発する。違いすぎても、合わない。ちょうどいい距離の、ちょうどいい違いを持つ相手とだけ、共鳴は、成立する。
リゼットは、手記の余白に、小さく書いた。
『疑問:なぜ、ルイスとだけ、これほど、合うのか。』
答えは、出なかった。
仮説は、いくつか、浮かんだ。魔力量の、比率。属性の、配置。八年分の、同席時間。──どれも、検証の、しようがなかった。最後の一つに、至っては、条件表の、どこに載せればいいのかすら、分からなかった。
だが、その"合う"という感覚を、思い出すと。
なぜか、少しだけ、胸のあたりがあたたかくなることに。
リゼットは、気づいた。
そして、それをどう記録すればいいのか、分からずに。
しばらく、ペンを宙に浮かせたまま、動けなかった。




