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魔法陣にしか興味がない悪役令嬢、破滅フラグを条件表に載せる 〜古代魔導書を読むために、王太子と政略結婚を結びました〜  作者: NN
第八章 誰の言葉か

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あなたは、道具ではありません

 アリスが息を切らして演習場に飛び込んできた時、リゼットは、すぐに異変を察した。


「静寂院の、セヴランに、会いました」


 アリスは震えながら、一部始終を話した。甘い勧誘。光属性が封印を解く鍵だという話。危険だ、道具にされている、という脅し。そして、断罪の予告。


 リゼットは黙って聞いていた。話が終わると、静かに頷いた。


「よく断りました。よく、根拠を問い返しました。──見事です、アリス」


「でも……」


 アリスの声が細くなる。


「あの人の言ったこと、少しだけ、本当かもって、思っちゃって。私の光が、暴走したら。私のせいで、国が滅んだら。私、みんなを、傷つけるんじゃ……」


 リゼットは、アリスの前にしゃがみ込んだ。目線を合わせる。


「アリス。一つ、はっきりさせておきます」


 その声は、いつになく静かで、真剣だった。



     * * *



「あなたは、道具では、ありません」


 リゼットは言った。


「私は、あなたを"鍵"と呼びました。"被験体"とも呼びました。それは事実です。あなたの光は、結界を救う鍵です。──ですが、それは、あなたの一部にすぎません」


 リゼットは、アリスの光る手を、そっと両手で包んだ。


「もし、共鳴発動が失敗しそうになったら。あなたの光に、少しでも負荷がかかりそうになったら。私は迷わず、実験を止めます。結界を諦めても、です」


「え……でも、結界は、国が……」


「あなたのほうが、大事です」


 リゼットは、即答した。


 アリスの目が、見開かれた。


「セヴランは、私があなたを道具として使い捨てる、と言いました。違います。私の研究には、絶対のルールがあります。──被験体を、壊さない。危険が許容を超えたら、止める。それは、五歳の日から、一度も破っていません」


 リゼットは、アリスの手を握る手に、少しだけ力を込めた。


「あなたが、国を救う鍵だから、大事なのでは、ありません。順番が、逆です。あなたが、大事だから。──だから、あなたに、無理は、させません。結界より、先に、あなたを、守ります」


 アリスの目から、涙があふれた。


「……リゼット、様」


「泣かないでください。記録が滲みます」


「今、手記、持ってないじゃ、ないですか……!」


「では、心の手記が滲みます」


 アリスは、泣きながら笑った。


 こわい男の甘い言葉には、なびかなかった。それは、この人がずっと、証拠と記録と行動で示してくれたからだ。都合のいい嘘を言わない人。危険なら、止める人。国より、自分を守ると言ってくれる人。


 アリスは、もう迷わなかった。


 そこへ、菓子の袋を抱えたカルロスが、戻ってきた。


 事情を聞いた瞬間、袋を置いた。


「──で、そいつ、どっちに行った」


「追いかけては、いけません」


「なんでだよ! アリスが、脅されたんだぞ!」


「追いかけて殴れば、向こうの筋書き通りです。『危険な平民が、調停官を襲った』。断罪の材料が、一つ、増えます」


 カルロスは、拳を握ったり、開いたりしていた。


 それから、大きく息を吐いて、菓子の袋をアリスの前に、どさりと置いた。


「……食え。甘いもんは、こわかった日に、効く」


「うん。……ありがと」


「俺の分も、残せよ」


 その夜の菓子は、いつもより少しだけ、甘かったという。



     * * *



 その夜、リゼットは手記に、断罪の予告を書き留めた。


『静寂院、アリスへの直接接触。懐柔失敗。──次は、公の場での断罪。時期、近い。』

『対策:アリスを、道具の告発から、守る。断罪の筋書きを、先回りして、記録で潰す。』


 そして、少し考えて、もう一行書き足した。


『注記:アリスは、強くなった。もう、逃げない。』


 その一行を、リゼットは少し長く見つめていた。


 初めて会った日、壁際で震えていた少女。今は、静寂院の調停官の前でさえ、逃げずに立っている。


 研究の成果ではない。だが、それは、リゼットがこの学院でいちばん誇らしく思う、変化だった。


 ただし、"誇らしい"という感情の分類に、彼女はまだ慣れていない。手記の隅には、こうある。


『本日の未分類:胸の奥が、あたたかい。原因はアリスの成長。対処:不要。むしろ、保存。』



     * * *



 一方、その頃。


 ルイスは、深刻な問題を抱えていた。


 恋を自覚してから、彼は、リゼットにうまく話しかけられなくなっていた。


 今までは、平気だった。婚約者として、事務的に接していればよかった。だが、"好きだ"と自覚した途端、隣に立つだけで、妙に意識してしまう。


「殿下。今日の、食事管理の確認ですが」


「あ、ああ」


「ちゃんと、聞いていますか」


「聞いている!」


 声が、裏返った。


 リゼットが、不思議そうに首を傾げる。


「殿下。近頃、様子がおかしいです。顔が、時々、赤くなります。脈も、速いようです。──どこか、お悪いのですか」


「悪くない」


「熱を、測りましょうか」


「いい! 測るな!」


 ルイスは、リゼットの手から逃げるように後ずさった。


「では、問診にします。症状は、いつからですか」


「問診もするな!」


 脈が速い。顔が赤い。原因は、目の前のこの女だ。だが、それを本人に説明するわけにはいかない。説明しても、たぶん、通じない。


(……こいつは、俺の症状を、観測しようとしている)


 ルイスは、頭を抱えた。


 恋を自覚した相手が、自分の恋の症状を"病気"として、真顔で測定しようとしてくる。


 これほど、報われない片思いがあるだろうか。


 少し離れた場所で、その一部始終を見ていたマリーが、そっと涙を拭った。


「殿下……お労しや……」


 八年、リゼットに振り回されてきた侍女長は、今、初めて、リゼット以外の人間に、心から同情していた。


 後日、ルイスは、ギルバートに真顔で相談した。


「顔が赤くなるのを、止める方法は、ないか」


「ございません」


「即答するな」


「僭越ながら、殿下。それは、止めるものではなく、伝えるものかと」


「……まだ、早い」


「かしこまりました。では、当面は、赤いままで」


「他人事だと思って」


「他人事でございますので」


 主従の会話は、平行線のまま、夜が更けた。


 王太子の、長い、長い片思いは。


 まだ、始まったばかりだった。


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