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魔法陣にしか興味がない悪役令嬢、破滅フラグを条件表に載せる 〜古代魔導書を読むために、王太子と政略結婚を結びました〜  作者: NN
第八章 誰の言葉か

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結界だけでは、足りない

 研究が、進むほど。


 リゼットの視界は、皮肉なことに、暗くなっていった。


 最初、彼女が直そうとしていたのは、一つの結界だった。国を守る、あの壁。魔力嵐で崩れる、あの欠陥を直す。それが、目標だった。


 だが。


「……これは、結界だけの、問題では、ありません」


 ある日、リゼットは、ぽつりと言った。


 その声は、いつになく重かった。


「どういう、ことだ」


 ルイスが、尋ねる。


 リゼットは、机の上に、これまでの、観測記録を、すべて、広げた。屋敷の照明陣。第一用水路。王都の街灯。王宮の柱。結界柱。そして、古代魔導書。


「すべて、同じ欠陥を、持っています。二本あった道を、一本に、削られた、単純な体系。──結界だけでは、ありません。この世界の、あらゆる魔法陣が、削られた、貧しい体系の上で、動いています」



     * * *



「四百年前、王家は、旧体系を、消しました」


 リゼットは、静かに続けた。


「ですが、消したのは、この国の、結界だけでは、ありません。この国の、"魔法そのもの"を、貧しく、削った。照明も、灌漑も、防壁も、全部。そして──たぶん、それは、この国だけの話でも、ありません」


 彼女は、エドガーを見た。


「帝国の五属性も、削られた後の姿だと、あなたは、言いました。フロストは、削らずに、育てて、滅んだ。──つまり、この世界全体が、どこかで、旧体系を、失っている。豊かだった魔法を、貧しくして、その上で、暮らしている」


 エドガーの顔が、こわばった。


「……世界中の、魔法が。削られた、残骸だと」


「はい。そして、削られた体系は、脆い。一本道だから、一箇所が、切れれば、全部が、止まる。今、この国の結界が、魔力嵐で、崩れかけているのと、同じことが。──いつか、世界の、どこでも、起こりえます」


 研究室が、静まり返った。


 結界一つを、直す。それだけでも、絶体絶命の、課題だった。だが、その奥に、広がっていたのは。


 世界そのものが、欠けた体系の上で危うく成り立っている、という、途方もない事実だった。


 沈黙を、破ったのは、エドガーだった。


「……一つ、聞く」


「はい」


「帝国の、冷却ドームも、か」


「おそらく。一本道の、体系です。核が、切れれば、全部、止まります」


 エドガーは、長い息を吐いた。


 帝国の誇り。五百年の技術。それも、削られた残骸の上に建っていた。


「帰国したら、点検させる。……いや」


 彼は、首を振った。


「点検の、"やり方"ごと、教えてくれ。うちの術師団に。──それが、お前の言う、"渡す"なんだろう」


「はい。最初の、国外の、渡し先です」



     * * *



「……途方も、ないな」


 カルロスが、呻いた。


「結界、一つでも、大変なのに。世界中、全部かよ。そんなの、一人の人間に、できる、わけ──」


「一人では、できません」


 リゼットは、遮った。


「私、一人では、絶対に、無理です。世界中の魔法を、一人で、直すなど。──それこそ、フロストの、過ちです。急いで、独占して、一気にやれば、また、均衡が、崩れます」


 彼女は、手記の山を、そっと撫でた。


「ですから、私が、するのは、直すこと、だけでは、ありません。──旧体系を、体系化して、誰にでも、学べる形に、して、世界に、渡すことです。私が、直すのではなく。世界中の、術者が、少しずつ、自分の手で、直せるように、する。それなら、独占にも、ならず、急激にも、ならない」


 アリスが、はっと顔を上げた。


「だから……リゼット様は、私にも、カルロスくんにも、教えてくれるんですね。独り占め、しないで」


「はい」


 リゼットは、頷いた。


「消された魔法を、読むだけなら、私一人でも、できます。ですが、世界に、返すには。読める人ではなく、"渡せる人"に、ならなければ、なりません。──あなたたちは、その最初の、渡し先です」


 その日から、研究室に新しい時間が増えた。


 夕方の、半刻。リゼットが、その日の発見を、三人に、教え直す時間である。名づけて、「渡す練習」。


「……というのが、逆位相の、理屈です。カルロス、どこまで、分かりましたか」


「途中から、呪文だった」


「どこから、ですか」


「『よって』の、あたりから」


「分かりました。『よって』を、使わずに、言い直します」


 言い直しに詰まっていると、アリスが、おずおずと手を挙げた。


「あ、あの……カルロスくん。つまり、みんなで右に回ってる中で、一人だけ、左に回る子がいて。その子が、いないと、輪が、閉じないんです」


「……あー! なんだ、そういうことか!」


 三日の理屈が、一言で通った。


 リゼットは、アリスの言葉を一言一句、書き取った。


「アリス。あなたは、渡すのが、上手です。今後、私の説明の、翻訳を、お願いします」


「え、ええっ!?」


 教えることは、教わることより、難しい。リゼットは、その失敗も、全部、記録した。いつか、世界に渡す日のための、失敗の記録である。



     * * *



 その夜。


 リゼットは、手記に、これまででいちばん大きな目標を書いた。


『真の課題:結界一つの修復ではない。』

『世界全体が、削られた体系の上で、危うく動いている。』

『解決:私が直すのではなく、旧体系を体系化し、世界の術者に"渡す"。』

『段階的・制御・記録・共有。──フロストの逆を、世界規模で。』


 書いてから、彼女は、少し疲れたように息を吐いた。


 あまりにも、大きい。五歳の日に、床の陣に、恋をした少女が、たどり着いた、目標としては。


 国を救う。世界を救う。世界の魔法を、書き換える。


 だが、その途方もない目標を前にしても。


 リゼットの、薄紫の瞳は。


 少しも、怯えていなかった。


 むしろ。


「……やることが、山ほど、あります」


 彼女は、静かに微笑んだ。


「一生かけても、たぶん、終わりません。──最高です」


 窓の外の空が、青白く脈打っている。


 だが、その途方もない生涯の目標へ、踏み出す前に。


 まず、目の前のたった一つの結界を、救わなければならない。


 そして、その結界を狙って。


 静寂院が、いよいよ、最後の牙を剥こうとしていた。


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