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魔法陣にしか興味がない悪役令嬢、破滅フラグを条件表に載せる 〜古代魔導書を読むために、王太子と政略結婚を結びました〜  作者: NN
【第五章】鍵と、消された頁

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嵐の、匂い

 リゼットが十四歳の、終わり頃。


 宮廷魔術師団長のオルテガから、一通の深刻な書簡が届いた。


『魔力嵐の周期を再計算した。──次の大規模な嵐は、当初の予測より早い。あと一年ほどで、王都上空に達する見込み』


 リゼットは、その一文を何度も読んだ。


 あと、一年。


 七年前、七歳の日に、自ら背負った"締切"──「十年に一度の魔力嵐で、結界は崩壊する」。その嵐が、ついに、目前に迫っていた。


「間に合いません」


 リゼットは静かに言った。


「部分補強は、時間稼ぎでしかありません。次の嵐の規模なら、王都近郊の柱は持ちこたえられるかもしれない。ですが、結界全体は──本物の同時処理で、根本から直さなければ、いつか必ず、崩れます」


 そして、本物の同時処理には。


 光属性の術者が、要る。


 アリスが、要る。


 だが、アリスは、まだ静寂院に隠されたまま。五年、探して、一度も届いていない。


 書簡を送ってきたオルテガ本人が、翌日、屋敷を訪れた。


「再計算は、三度やり申した。三度とも、同じ答えですわい」


 老団長は、悔しそうに髭を撫でた。


「観測点を増やしたのが、裏目に出ましてな。精度が上がったら、猶予が減った」


「観測が正しくなった結果です。良いことです」


「……猶予が一年減って、良いこと、ですか」


「はい。間違った安心より、正しい締切の方が、役に立ちます」


 オルテガは、この娘のこういう所を、頼もしいと思うべきか心配するべきか、八年経ってもまだ、決めかねていた。


 なお、この会談を廊下で聞いてしまったサイラスは、その足で薬棚へ向かった。


「旦那様。本日は、まだ二包目でございます」


「締切が、一年、早まったそうだ」


「……三包目まで、許可いたします」


 家令の裁量であった。



     * * *



 だが、その行き詰まりを。


 思いがけない報せが、打ち破った。


 王立学院の、次年度の特待生名簿。それを、婚約者の権限で取り寄せたルイスが、一つの名前を見つけたのだ。


「リゼット。これを見ろ」


 ルイスが差し出した名簿。その、特待生の欄に。


『アリス。平民。光属性。──南方辺境出身。』


 リゼットの指が、止まった。


「……アリス」


「間違いない。お前が五年、探していた、あの少女だ。光属性の平民。ついに、学院の特待生として、名簿に載った」


「なぜ、今……静寂院が、隠していたはずでは」


「隠しきれなく、なったんだ」


 ルイスが言った。


「光属性は、国にとって貴重な才能だ。学院が、才能ある平民を特待で集めるのは、国の制度だ。静寂院がいくら隠しても、その子が一定の歳になれば、学院の選抜網にかかる。──国の制度が、静寂院の隠蔽を、上回った」


「制度は、地味です」


「ん?」


「ですが、四百年の隠蔽に勝ったのは、剣でも魔法でもなく、名簿でした。──記録は、強いです」


「お前が言うと、重みが違うな」


 リゼットは、名簿のその名前を、じっと見つめた。


 五年。探して、探して、一度も届かなかった。辺境の村で、泣いて逃げていった、あの少女。伝え損ねた言葉。「あなたの光は、欠陥じゃない」。


 その少女に、ついに。


 会える。


 その夜の侯爵家は、静かに、騒がしかった。


 夕食の席で、リゼットは、スープをフォークで掬おうとして、マリーに止められた。


「お嬢様。落ち着いてくださいませ」


「落ち着いています」


「でしたら、その手元は、なんでございますか」


「…………観測誤差です」


「さようでございますか。ちなみに、名簿の確認は本日、何回なさいましたか」


「三回です」


「四回でございます」


「……観測誤差です」


 八年間で初めて見る種類の、観測誤差だった。


 マリーは、匙を渡しながら、少しだけ笑った。五年探し続けた名前が、名簿にたった一行載っただけで、この主人の手元は、こんなにも狂うのである。



     * * *



「学院に、行きます」


 リゼットは、顔を上げた。


「私も、来年度、学院に入学します。アリスと同じ年に。──あの子を見失った日から、決めていました。学院に来る歳になれば、私も、そこにいる、と」


「静寂院は、黙っていないぞ」


 ルイスが言った。


「アリスが学院に来て、お前と揃えば。旧い魔法が蘇る。四百年の秘密が開く。──静寂院は、それを全力で阻止しようとする。学院は、静かな戦争の、次の戦場になる」


「望むところです」


 リゼットは、静かに言った。


「私は、あの子に伝えなければなりません。あなたの光は、才能だと。そして、その光で、この国の結界を救えると。──静寂院が何をしてこようと。今度こそ、あの子を逃しません」


 それから、リゼットは、少しだけ声を落とした。


「ただし、急ぎません」


「珍しいな」


「五年前、私は、測りたい気持ちだけで近づいて、あの子を泣かせました。同じ間違いは、二度としません。最初にするのは、測ることでも、教えることでもありません。──あの子が、こわくない、と思える場所を作ることです」


「……変わったな、お前も」


「はい。記録が、あるので」


 あの日の宿で書いた頁を、彼女は今でも、時々開く。『測定より先に、するべきことがあった』。八年分の帳面の中で、いちばん読み返した一行である。


 窓の外の空を、リゼットは見た。


 まだ、晴れている。だが、どこか遠くで。


 嵐の匂いが、していた。


 魔力嵐の締切。静寂院との決着。そして、五年ぶりの、アリスとの再会。


 そのすべてが。


 これから始まる、学院での日々に、収束していく。



     * * *



 その夜。


 リゼットは、手記に八年分の課題を整理した。


『結界の根本修復:光属性の術者アリスが必要。』

『アリス:来年度、学院に入学。ついに、接触可能。』

『魔力嵐:あと一年。締切、目前。』

『静寂院:学院で、決着を仕掛けてくる可能性、大。』


 そして、最後に一行書き足した。


『八年、準備してきた。──ここから、全部、動き出す。』


 リゼットは、ペンを置いた。


 五歳の日に、床の魔法陣に恋をし、国の結界の欠陥に気づいた。七歳で、それを証明する道を選んだ。八年、扉を開け、柱を直し、光の鍵を探し続けた。


 その、長い長い準備が。


 ようやく、実を結ぶ時が来た。


「……待っていてください、アリス」


 リゼットは、窓の外の、嵐の匂いのする空に向かって、静かに呟いた。


「今度こそ、会いに、行きます」


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