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魔法陣にしか興味がない悪役令嬢、破滅フラグを条件表に載せる 〜古代魔導書を読むために、王太子と政略結婚を結びました〜  作者: NN
【第五章】鍵と、消された頁

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泣いて逃げた、被験体

 リゼットが十歳になった、ある日。


 王宮から一通の内密の報告が届いた。


 差出人は王太子ルイス。内容は短かった。


『王国の南、辺境の村で、光属性の子どもが確認された。平民。──お前が、探していたものだ』


 リゼットの動きが止まった。


 光属性。この国にゼロだったはずの、旧い体系の鍵となる属性。それを持つ子どもが、いた。


「行きます」


 彼女は即座に言った。


「マリー、支度を。父上に、南への視察許可を。──今すぐ」


「お、お嬢様、落ち着いて……」


「落ち着いています。ただ、心拍が上がっているだけです」


「それを落ち着いていないと申します」


 支度は速かった。

 鞄の中身は、研究道具が七割、着替えが三割だった。

 マリーが無言で比率を逆にした。


 道中の馬車で、リゼットはずっと帳面に何かを書き続けていた。


「何をなさっているのです」


「質問の準備です。光の発生頻度、二重化の間隔、体調との相関。聞くべきことが、百二十ほどあります」


「百二十」


「絞りました。元は三百です」


「お嬢様。相手は、十歳の女の子でございますよ」


「私も十歳です」


「お嬢様を基準にしてはいけないのでございます」


 この忠告の正しさを、リゼットは半日後、身をもって知ることになる。



     * * *



 辺境の村は、貧しく静かな場所だった。


 その村の外れ。小さな家の裏で。


 一人の少女が泣いていた。


 リゼットと同じ年頃。栗色の髪。粗末な服。両手で顔を覆ってうずくまっている。その足元で、彼女の手からこぼれた光が、二つにぶれて消えた。


 リゼットは、その光を見た瞬間。


 全身に電流が走った。


(二重化……! 光属性の、自然な二重化! 旧い体系の、鍵!)


 彼女は迷わず少女に歩み寄った。


「あなた。今の光を、もう一度出してください」


 少女が顔を上げた。涙で濡れた、怯えた目。


「……だ、誰……」


「シルヴァーヌ侯爵家のリゼットです。あなたの、その光。二つにぶれる、その光を、測らせてください。これは、実験に最適な──」


「いや……っ!」


 少女は悲鳴を上げた。


「いやっ、いや! 私の光、気持ち悪いって、みんな言う! あなたも、それを笑いに来たんでしょう! いや、いや、来ないで!」


 少女は泣きながら、家の中へ逃げ込んでしまった。



     * * *



 残されたリゼットは、閉ざされた扉を見つめて、しばらく動けなかった。


「……逃げられ、ました」


「でございましょうね」


 マリーが深いため息をついた。


「お嬢様。初対面で、あの子に"実験に最適な被験体"はありません。あの子は、ずっと、自分の光を気味が悪いと言われ続けてきたのです。よりによって、そこを、いきなり」


「……測りたかっただけ、なのですが」


「その気持ちが、いちばん伝わらないのでございます」


 リゼットは、閉じた扉を見つめた。


 あの少女は、自分の光を恐れている。欠陥だと思い込んでいる。だが、それは間違いだ。あの光は才能だ。四百年前に消された魔法の、鍵だ。


 それを、伝えたかった。伝え方を、間違えた。


「マリー」


「はい」


「私は、あの子に、謝るべきですか」


 マリーが、少しだけ驚いた顔をした。リゼットが"謝る"という言葉を口にするのは、珍しかった。


「……はい。ですが、今日はやめておきましょう。あの子は今、こわがっています。無理に近づけば、余計に逃げます。時間を置きましょう」


「時間」


「はい。人の心は、術式のように、すぐには直せません」


 リゼットは、その言葉を心に刻んだ。



     * * *



 その夜、村の宿で、リゼットは帳面を開いた。


 百二十の質問は、一つも聞けなかった。


 代わりに、彼女はこう書いた。


『観測記録。対象は、泣いていた。私が近づく前から、泣いていた。』

『対象は、自分の光を「気持ち悪い」と言った。周囲の言葉を、そのまま使っていた。』

『結論。あの光を欠陥だと教えたのは、あの子ではない。周りだ。』

『追記。測定より先に、するべきことがあった。』


 そこまで書いて、ペンが止まった。


 するべきこと、の中身が、まだうまく言葉にならなかった。魔法陣なら、線の順番を間違えれば、描き直せばいい。だが、人は。


「マリー。人にも、描き直しは、ありますか」


「ございますよ」


 マリーは、寝支度の手を止めずに答えた。


「ただし、紙と違って、前の線も、消えずに残ります。その上から、新しい線を、丁寧に引き直すのでございます」


「……時間が、かかりますね」


「はい。ですから、急がないのでございます」


 リゼットは、帳面の最後に、一行だけ足した。


『あの子の名前を、聞きそびれた。』



     * * *



 だが、時間を置く前に。


 その村から、少女は消えた。


 数日後、リゼットが改めて村を訪れた時、少女の家はもぬけの殻だった。村人に聞いても、「一家で夜逃げ同然に出ていった」としか分からない。


「……不自然です」


 リゼットの目が鋭くなった。


「私が来た直後に消えた。偶然では、ないかもしれません」


 彼女は、少女の家の周辺を調べた。そして、微かな痕跡を見つけた。


 家の戸口に、ごく薄く、監視用の術式が仕掛けられていた。誰かが、この少女をずっと見張っていた。そして、リゼットが接触した瞬間に動いて、少女をどこかへ移した。


「静寂院、ですね」


 リゼットは静かに言った。


「彼らも知っている。この子が、光属性の鍵だと。──私に渡さないために、隠した」


 消された魔法の鍵となる少女。それを、静寂院は四百年前から警戒し、監視していた。そして今、リゼットが、その存在に気づいた。


 両者の、静かな争奪が始まった。


「探します」


 リゼットは、決意を込めて言った。


「あの子を、必ず見つけます。実験のためではありません。──あの子に、伝えるためです。あなたの光は、欠陥じゃない、と。あなたは、こわがらなくていい、と」


 その約束を果たすまでに、五年の歳月がかかることを、この時のリゼットは、まだ知らなかった。


 だが、五年後。二人は、王立学院の入学式で再び巡り会う。


 その時こそ、リゼットは。


 伝え損ねたあの言葉を、今度こそ、あの少女に届けることになる。


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