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魔法陣にしか興味がない悪役令嬢、破滅フラグを条件表に載せる 〜古代魔導書を読むために、王太子と政略結婚を結びました〜  作者: NN
【第五章】鍵と、消された頁

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結界を、少しずつ直す

 禁書庫の二枚目の扉が開いてから、リゼットの八歳の日々は、めまぐるしく過ぎていった。


 国王の裁定は明快だった。証拠を一つ積むごとに、扉を一枚、開ける。


 だから、リゼットは積んだ。結界柱の間接測定。旧い術式との照合。二枚目の扉の向こうで読んだ、古代魔導書の断片。そのすべてを、記録として宮廷に提出し続けた。


 そして、三枚目ではないが、二枚目の奥の書架が、少しずつ、彼女に開かれていった。


「お嬢様。また、王宮から閲覧許可の追加が」


 マリーが書簡を運んでくる。


「扉が一枚開くたびに、私の胃が一つ増える気がいたします」


「胃は増えません」


「気持ちの問題でございます」


「胃が増えたら、胃薬も二倍必要になります。合理的ではありません」


「その計算は、要らないのでございます」



     * * *



 その日、リゼットは、王都近郊の第三結界柱の前に立っていた。


 去年、初めて間接測定で滞留構造を見つけた場所。今日、彼女は、そこを"直す"ために来ていた。


 周りには、宮廷魔術師団のカミーユとオルテガ。屋敷付きのロアン。そして監督官たち。八歳の少女の指示で、国家の魔術師たちが動いている。異様な光景だった。


 なお、当の八歳児だけが、この光景を異様と思っていない。


「本物の同時処理は、まだ組めません」


 リゼットは、術式図を広げながら言った。


「本物には、光属性の術者が要ります。それは今、この国にいません。──ですが、旧い体系を"部分的に模す"ことはできます。二本の道を、完全には通せなくても。片方の道に、細い補助の経路を一本、添える。それだけでも、柱は少し、崩れにくくなります」


「不完全な、修復ですな」


 オルテガが確認する。


「はい。不完全です。根本的な解決ではありません。ですが──」


 リゼットは顔を上げた。


「何もしなければ、次の魔力嵐で崩れます。不完全でも、時間を稼げます。本物の修復ができるようになるまでの、時間を」


 カミーユが、記録板に書き込んだ。


「時間稼ぎの補強。目的が明確です。──では、始めましょう」



     * * *



 補強は、地味な作業だった。


 柱の外側に、細い補助経路を一本ずつ、慎重に刻んでいく。低出力で試し、記録し、また刻む。派手な奇跡は起きない。ただ、間接測定の数値が、少しずつ安定していく。


 初日には、近隣の村から見物人まで出た。国の結界柱に人が群がっている、となれば、そうもなる。


「なあ、あの真ん中の小さいのは、何だ」


「指揮官だそうだ」


「……国は、大丈夫か」


 大丈夫かどうかは、半月後の数値が答える予定だった。


 なお、見物人は三日で飽きた。爆発もなければ、光の柱も立たない。大人たちが黙々と細い線を刻み、子どもが黙々と帳面をつけるだけだからである。


「奇跡というのは、見ていて退屈なものなのですね」


 カミーユが苦笑した。


「本物ほど、地味です」


 リゼットは、手を止めずに答えた。


 十日目には、雨が降った。


 濡れた柱には線を刻めない。作業は、止まった。


「休みですな」


 オルテガが言うと、リゼットは天幕の下で帳面を広げた。


「雨の日の測定値が取れます。湿度と滞留の相関は、まだ点が足りません」


「……"休む"という言葉の定義を、いつか一度、確認し合いましょうぞ」


 言いながら、老魔術師は付き合った。付き合いながら、隣で数字を読み上げる八歳児の帳面が、自分の若い頃の何年分の観測に当たるのかを、考えないようにしていた。


「シルヴァーヌ嬢。一つ、聞いてよろしいか」


「はい」


「あなたは"不完全な修復"だと、何度も言う。誇らないのですな」


「誇ると、不完全さを、忘れそうになるので」


 雨音の下で、オルテガはしばらく黙り、それから、弟子を見る目で笑った。


 半月かけて。


 第三結界柱の滞留は、目に見えて減った。魔力の漏れが整い、逆流が収まる。完全ではない。だが、確かに崩れにくくなった。


「……効いています」


 カミーユが数値を確認して言った。


「魔力嵐の想定規模なら、これで持ちこたえられる。少なくとも、次の一回は」


 その報せは、宮廷を静かに驚かせた。


 八歳の令嬢が、国の結界を、部分的にとはいえ補強してみせた。それは"未説明観測"の次の、確かな成果だった。


 そして、その成果は、次の扉を開ける証拠になった。


 王宮からは、裁定続行の通知と一緒に、短い私信が届いた。


『第三柱の数値を見た。地味で、確実で、お前らしい。──次の扉の前で待つ』


 差出人の署名は、王太子のものだった。


「お返事は、どうなさいますか」


「数値表を送ります」


「もう少しこう、言葉というものを」


「数値が、いちばん正確な言葉です」


 マリーは、このやりとりが世間で文通と呼ばれてよいものかどうか、しばらく考えて、考えるのをやめた。呼び方はどうあれ、返事を書くお嬢様の筆は、いつもより少しだけ、速いのである。



     * * *



 だが、リゼット自身は、満足していなかった。


 その夜、彼女は手記に書いた。


『第三結界柱、部分補強。成功。』

『ただし、これは時間稼ぎ。根本修復ではない。』

『本物の同時処理には、光属性の術者が、絶対に要る。』


 彼女はペンを止めた。


 この国に、光属性はいない。旧い体系の鍵となる属性。四百年前に消された、その属性を持つ者がいなければ、結界はいつまでも"時間稼ぎ"の補強しかできない。


 いつか必ず、限界が来る。


(光属性の術者を、探さなければ)


 リゼットは、手記に新しい項目を立てた。


『最重要課題:光属性の術者の、発見。』

『現状:この国に、確認された光属性、ゼロ。』


 ゼロ。


 その二文字を、リゼットは、しばらく見ていた。


 探すあてが、あるわけではない。名簿にも、記録にも、この国に光属性はいない、としか書かれていない。


 だが、いない、と書いてあることと、いない、ということは、別だ。


 消された属性なら、なおさら。消された側は、たいてい、記録の外にいる。


「……記録の、外を、探します」


 リゼットは、そう書き足して、灯りを消した。


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