表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法陣にしか興味がない悪役令嬢、破滅フラグを条件表に載せる 〜古代魔導書を読むために、王太子と政略結婚を結びました〜  作者: NN
【第四章】測るための、道具

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/65

失敗できる回数を、数える

 検証役の来訪まで、あと四日。


 通し予行の朝、小実験室に入ってきた事務官は、いつもの記録票ではなく、一枚の在庫表を持っていた。


「ご報告があります」


 その声の硬さで、全員が手を止めた。


「統一下地紙の同一ロット残量は、十二枚です」


 沈黙が落ちた。


 統一下地紙は、同じ原料、同じ漉き方、同じ下地量でそろえた紙である。紙を疑いはじめた日からの試験は、すべてこのロットで行われてきた。線太りが出たのも、このロットだった。


「新しく漉けば」


 マリーが言いかける。


「別ロットになります」


 リゼットが答えた。


「原料の槽が変われば、紙は別の紙です。同じ手順で漉いても、同一条件とは言えません」


「では、その十二枚で」


「本番をやります。三回連続試験で三枚。白紙対照で一枚。予備を含めて、最低五枚は本番に残します」


 リゼットは在庫表を見つめた。


「残り七枚。それが、本番までに使える枚数です」


「通し予行で三枚使えば、四枚」


 カミーユが言う。


「予行をもう一度やれば、一枚」


「失敗できる回数が、数えられるようになってしまいましたね」


 ルイスが静かに言った。


 今までは、紙は条件だった。


 今日から、紙は資源でもある。


 そして、数えられるようになったのは、紙だけではなかった。


 リゼットは、もう一つの数を数えていた。前の嵐から、何年。次まで、何年。


 紙は、漉けば増える。別ロットにはなるが、増える。


 その数だけは、増えない。


 ──七枚で、足りるように組む。


 そして、数えていない数が、一つ、あった。


 五歳の終わりに書いた計画書の、いちばん下の行。『目的3:小説に記載された破滅条件を回避する』。あの一行だけが、あれから一度も更新されていない。


(……順番が、入れ替わりました)


 破滅を避けるために、王太子へ近づく計画だった。今は、二重化を証明するために、王太子と同じ机に着いている。手段と目的が、静かに、位置を交換していた。


 筋書きが正しいなら、いずれ光属性の少女が現れ、王太子の隣にいる令嬢は、邪魔者の配役に回る。──その配役表は、まだ、破棄されていない。


 リゼットは羽ペンを持ち直し、記録紙の隅に、小さく一行だけ足した。


『保留中の条件:一件。更新は、材料が揃ってから』


 保留は、忘却ではない。


 紙の残り枚数の下に、その一行を並べて書いてから、彼女は顔を上げた。


     * * *


「予行を削りますか」


 事務官が聞いた。


 リゼットは、すぐには答えなかった。羽ペンの先で、記録紙の端を一度だけ叩く。


「いいえ。予行は全部やります。ただし、同一ロット紙は使いません」


「現象が出ない紙で、ですか」


「はい」


 リゼットは顔を上げた。


「予行で確かめたいのは、線ではありません。人と、手順です。封筒の封紙、補助格子の渡し方、写しの取り方、席の位置、時刻記録。それらは、紙がどのロットでも検証できます」


「線が出ないと、観測者役の練習になりませんが」


 カミーユが指摘する。


「出ない日もある、という練習になります」


 リゼットは言った。


「本番で三回とも出る保証はありません。出なかったときに手順が崩れないことも、確かめておくべきです」


 カミーユは少しの間リゼットを見て、それから頷いた。


「……完全に正しいです。正直、私が言うつもりの台詞でした」


「先に言いました」


「先に言われました」


 マリーはお茶を注ぎながら、この師弟のような何かの会話の勝敗記録を、心の中でつけはじめていた。本日、お嬢様の一勝。


     * * *


 通し予行は、別ロット紙で行われた。


 手順書の通り、最初から最後まで。予測を書き、封筒に入れ、封紙をし、時刻を記録する。観測者役はマリー。補助格子と試験前の写しを渡す。


 そして、穴は四つ見つかった。


 一つ目。観測者の席から、記録水晶が見えた。


「水晶の光り方が見えると、観測者は線ではなく水晶を待ちます」


 リゼットが言い、席の向きが変えられた。観測者からは紙面と写しだけが見える配置になった。


 二つ目。封筒を開ける時刻が、決まっていなかった。


「試験直後に開けるのか、全試行終了後に開けるのか。決めていないと、一回目の結果を見てから開けたい誘惑が生まれます」


 カミーユの指摘で、『開封は全試行終了後・検証役と事務官の立会いの下』と手順書に書き足された。


 三つ目は、ルイスが見つけた。


 予行の途中、マリーが試しに「ここが太い気がいたします」と声に出した瞬間である。ロアンの視線が、無意識に記録水晶へ動いた。製図係の手も、一瞬だけ止まった。


「今の、見えたかい」


 ルイスが言った。


「観測者が声に出すと、部屋が反応する。当たっていれば空気が変わるし、外れていれば誰かが首をかしげる。観測者は二回目から、線ではなく部屋を読むようになる」


 マリーが青ざめた。


「私、読みます。確実に読みます。侍女長は空気を読む職業でございます」


「職業病ではありません。人間の仕様です」


 リゼットは言った。


「申告は口頭ではなく、手元の格子図への書き込みのみとします。観測者の周囲に、結果を知る者の顔が見えない配置にします」


 手順書に、また一行増えた。


『観測者の申告は筆記のみ。試験中、室内の発声は時刻読み上げに限る』


 四つ目は、事務官自身が見つけた。


「時刻記録の様式に、観測者の申告時刻を書く欄がありません。観測者が『太い気がする』と言った時刻と、術者が魔力を流した時刻のずれが、後から比較できません」


 リゼットは事務官を見た。


「その欄は、重要です」


「作ります。今夜中に」


「様式の改訂は決裁が」


「私が決裁経路です」


 事務官は言い切った。マリーは、この人は最初、紙を数えに来ただけの人だったはずだと思った。


 予行の最後、別ロット紙の試験は、予定どおり何も出さずに終わった。


 マリーは観測者役として、何も出なかったことを、新しい手順どおり一言も発さず、格子図に書いて提出した。


『変化なし。全升目、写しと一致』


「良い申告です」


 リゼットは記録した。


『通し予行:穴三つ。すべて修正』

『観測者、無変化を正しく申告』


 出ない日の練習も、ちゃんと練習になった。


     * * *


 夕方、オルテガが小実験室に顔を出した。


 団長は在庫表と修正済みの手順書を眺め、白い眉を片方だけ上げた。


「学院に出す手順書としては、上等すぎるな」


「過剰でしょうか」


「逆だ。学院の連中は理屈っぽい。理屈っぽい相手には、理屈の壁を先に積んでおくに限る」


 オルテガは手順書を置き、少しだけ声を低くした。


「ただし、一つ覚えておきなさい。学院から来るのが誰であれ、向こうは『宮廷が六歳の令嬢の研究に振り回されている』という噂ごと検証しに来る。見られるのは線だけではない」


「私も、ですか」


「あなたも、この部屋全体もだ」


 リゼットは少し考えた。


「観測対象が増えただけです。こちらの手順は変わりません」


 オルテガは声を出して笑い、ルイスは笑いをこらえ、事務官は『観測対象:当方全員』と書きかけて、さすがにやめた。


     * * *


 その夜、というより、その深夜である。


 小実験室には、まだ灯りがついていた。


 リゼットが手順書の最終清書をしていたのである。明日でもよい作業だった。本人以外の全員が、明日でもよいと知っていた。


 扉が開き、マリーが入ってきた。


 手には皿ではなく、一枚の紙を持っていた。壁に貼ってある、あの紙の写しである。


『記録者休息:第二試行後に四半刻』


「本番は四日後でございます」


 マリーは静かに言った。


「記録者が本番前に倒れた場合、検証は延期になります。延期になれば、同一ロット紙の保管日数が延び、保管条件の管理項目が増えます」


 リゼットの羽ペンが止まった。


 反論を探す。紙の保管延長は事務官が管理できる。延期は手順に影響しない。私は倒れない。──最後のひとつが、いちばん弱かった。倒れないという予測は、これまで何度か外れている。


「……あと一行だけ」


「一行だけでございます」


 マリーは横に立ち、本当に一行で羽ペンを取り上げた。


 リゼットは抵抗しなかった。代わりに、取り上げられる寸前に書き終えた一行を指した。


『記録者の過信も、管理項目とする』


「ご自分で書かれましたか」


「書かされた気もします」


「どちらでも、効きます」


 灯りが消え、小実験室は静かになった。


     * * *


 四日後の朝。


 王宮の門に、学院の紋章を付けた馬車が停まった。


 降りてきた人物は、出迎えの挨拶より先に、まず空を見た。


 雲の量と、太陽の高さ。


 それから建物に目を移し、小実験室のある棟の、窓の向きと影の角度を確かめた。


 その視線の動きを、二階の窓からリゼットが見ていた。


「……良い検証役です」


「まだ降りてきて十秒でございます」


 マリーが言った。


「十秒で、光の条件を二つ確認しました」


 リゼットは窓から離れ、整えられた机と、十二枚の紙と、封筒の束を振り返った。


 失敗できる回数は、数えてある。


 手順の穴は、塞いである。


 記録者は、よく眠った。


「始めましょう」


 検証の日が、始まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ