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魔法陣にしか興味がない悪役令嬢、破滅フラグを条件表に載せる 〜古代魔導書を読むために、王太子と政略結婚を結びました〜  作者: NN
【第四章】測るための、道具

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粒をそろえて、影を見る

 灰色膜が継続候補に残ってから、二日が空いた。


 その二日、リゼットは王宮へ来ていない。粒度別の試料を、屋敷で用意していたからである。


 三日目の朝、王宮魔術師団、小実験室。


 机の上には、灰色の粉が三種類並べられていた。粗い粉、中くらいの粉、細かい粉。言葉にすると非常に地味で、実物を見ても、やはり地味だった。


「本日の試験対象は、鉱物灰色膜の粒度別処理です」


 カミーユが記録板を開いた。


「粗粒、中粒、細粒。膜厚は、薄膜、標準膜、厚膜の三段階。合計九条件を比較します」


「九条件」


 マリーが小さく復唱した。


 その声には、今日は帰れますか、という切実な意味が含まれていた。


「午前中に終わらせます」


 リゼットは淡々と言った。


「終わる条件は何ですか」


 カミーユがすぐに尋ねる。


「影端のにじみが許容範囲内。反射の残りが前回以下。魔力値の変動が検出限界以下。乾燥後に膜が剥がれないこと」


「もう一つ」


 カミーユは記録板を指で叩いた。


「遮光羽根として動かした時に、粉が落ちないことです。静止状態だけでは足りません」


 リゼットは一瞬だけ黙った。


「……追加します」


「棄却条件も書いてください」


「粉落ち、影端の周期ずれ、魔力値変動、反射増加」


「よろしい」


 カミーユが頷いた。


 褒められたわけではない。ただ、試験として受理された。リゼットはそれで十分だったが、マリーは十分ではなかった。


「お嬢様。午前中で九条件というのは、本当に午前中でございますか」


「はい。失敗が早ければ早く終わります」


「成功を祈るべきか、失敗を祈るべきか、侍女長として判断に迷います」


「成功を祈ってください」


「承知いたしました。できれば早めの成功を祈ります」


 ルイスが窓際で小さく笑った。


 最近、マリーの祈りはかなり実務的になっていた。


     * * *


 最初は粗粒だった。


 鉱物粉の粒が大きいため、膜を作るのは楽だった。薄く塗っても厚く塗っても、乾燥中に割れにくい。オルテガが試料片を持ち上げ、光にかざす。


「加工性は悪くありませんな。粉も扱いやすい」


「羽根に貼るなら、職人も困らないでしょうか」


 ロアンが聞く。


「困りはしません。ただし、見た目は少し荒い」


「見た目は評価対象ではありません」


 リゼットが言った。


「影は評価対象です」


 カミーユが補足した。


 光を当てる。


 粗粒膜の影は、すぐに駄目だと分かった。


 境界が小さく欠ける。点のような明るさが混ざり、影の端がきれいな線にならない。魔力値は動かない。反射も少ない。だが、羽根としては使いにくかった。


「粒が大きすぎます」


 リゼットが言った。


「記録語で」


 カミーユが言う。


「影端、粒状欠け多数。魔力値変動なし。反射小。動的試験前に棄却」


「使えます」


 カミーユは記録した。


 粗粒は、早かった。マリーの祈りは、少しだけ叶った。


     * * *


 次は細粒だった。


 見た目は最もなめらかだった。灰色というより、薄い銀の曇りに近い。光を当てると、影の端は美しく切れた。


 実験室の空気が、わずかに持ち上がる。


「これは良さそうですね」


 ロアンが言った。


「影だけなら、昨日の黒膜に近いです」


 ルイスも身を乗り出す。


 リゼットは、記録水晶から目を離さなかった。


 魔力値は、すぐには動かなかった。しかし一拍置いて、ほんのわずかに揺れた。大きな変化ではない。黒膜よりも小さい。だが、動いた。


「密になりすぎています」


 リゼットが言った。


「粉そのものが魔力を吸っているのですか」


 ルイスが問う。


「吸っているというより、膜の中で魔力の通り方が変わっています。細かすぎる粉が層を作り、表面だけでなく膜全体が反応しています」


「つまり、きれいな影を作る代わりに、羽根が余計な条件になる」


「はい」


 リゼットは細粒膜を見つめた。


 影はきれいだった。黒膜ほどではないが、かなりきれいだった。それでも使えない。


 昨日と同じ種類の悔しさが、指先に少しだけ出た。リゼットは記録紙の端を押さえ、紙をほんのわずかに皺にした。


 カミーユは気づいたが、何も言わなかった。マリーも気づき、言いかけて、やめた。最近のお嬢様は、悔しい時に少しだけ人間らしい。それを指摘すると、たぶん記録される。


「細粒、影端明瞭。反射微小。魔力値に遅延変動あり。模型使用不可」


「使えます」


 カミーユは記録した。


 リゼットは小さく息を吐いた。


「きれいなものほど、信用できません」


「昨日も似たことを言っていましたね」


 ルイスが言う。


「反復により確信が増しました」


「それは良い学習なのかな」


「少なくとも、失敗は増えています」


「そこは誇るところではないよ」


 ルイスは苦笑した。


 だが、リゼットはあまり落ち込んでいなかった。失敗が増えるということは、棄却できる条件が増えるということでもある。


 研究としては前に進んでいる。気分としては少し腹立たしい。その二つは、両立した。


     * * *


 残ったのは中粒だった。


 見た目は平凡である。粗粒ほど扱いやすくなく、細粒ほどなめらかでもない。中途半端で、昨日の灰色膜に続き、またしても見た目で判断しにくい候補だった。


「標準膜から始めます」


 ロアンが中粒の鉱物粉を薄く溶き、白陶片へ均一に伸ばした。


 オルテガが横から覗き込む。


「縁が少し厚いですな。羽根に使うなら、端だけ重くなります」


「乾燥後に削れますか」


「削れます。ただ、削れば粉が出ます」


「粉落ち試験を先に入れます」


 リゼットが言うと、カミーユがすぐに記録した。


 前なら、リゼットは光を当ててから考えていたかもしれない。今は、器材として動かす前提が少しずつ頭に入っている。


 それは成長だった。


 ただし、六歳児の成長として正しいかは、別問題だった。


 光を当てる。


 中粒標準膜の影は、細粒ほど鋭くない。だが、粗粒のような欠けは少ない。記録水晶の魔力値も、ほとんど動かなかった。


「残ります」


 ロアンが言った。


「まだです」


 カミーユが止める。


「静止状態では残ります。動的試験をしてください」


 正しい。非常に正しい。正しいので、リゼットは少しだけ眉を寄せた。


 遮光羽根の試作支柱に、中粒標準膜の白陶片を取りつける。オルテガが固定具を調整し、ロアンが弱い魔力で羽根を周期的に動かした。


 光が切れ、戻り、また切れる。影の線は一定の幅で動き、低速では安定していた。


「低速、使用可能」


 リゼットが言う。


「まだです」


 カミーユはまた言った。


「本番の揺らぎ光源では、もう少し速い周期を使う予定です。中速まで上げてください」


 ロアンが魔力を少し強めた。


 羽根の周期が上がる。


 影の境界が、わずかに震えた。


 大きな乱れではない。だが、測定器としては困る乱れだった。影そのものが震えれば、模型術式の反応なのか、遮光羽根の誤差なのか分からなくなる。


「中速で影端振動」


 リゼットは言った。


「原因は」


 カミーユが尋ねる。


 リゼットは羽根を見た。膜の端、固定具、支柱、光源。どれも原因に見え、どれもまだ断定できない。


「不明です」


 実験室が、ほんの少し静かになった。


 リゼットが自分から不明と言うことは、最近では珍しくなくなってきた。だが、それでも場の空気は変わる。


 答えを持つ六歳児ではなく、答えを探している研究者がそこにいる。


 ルイスは、その沈黙を少しだけ面白そうに見ていた。


「候補は?」


「膜厚の偏り、固定具の振動、支柱の戻り遅れ、塗布時の縁の厚み」


「四つもあるのか」


「増えました」


「嬉しそうだね」


「嬉しくはありません」


 リゼットは即答した。


「ただ、原因候補が増えれば、潰す順番を決められます」


「それを少し嬉しそうと言うんだよ」


 ルイスが言うと、マリーが静かに頷いた。


 リゼットは不満そうだったが、反論はしなかった。


     * * *


 午後の試験は、予定より増えた。


 マリーの祈りは、午前中で終わらなかった。


 薄膜、標準膜、厚膜。同じ中粒でも、膜の厚さを変えるだけで影の性質は変わった。


 薄膜は、魔力値が動かない代わりに反射が少し残る。厚膜は影が濃くなる代わりに、乾燥後の端が重くなり、動かすと微妙に遅れる。標準膜は中間だが、中速で影端が震える。


 どれも完璧ではなく、完全な失敗でもない。


「一番面倒な残り方ですな」


 オルテガが言った。


「はい」


 リゼットは素直に頷いた。


「粗粒のように明確に駄目なら楽でした。細粒のように魔力値が動けば棄却できます。中粒は、使えそうで使えません」


「では、次は何を変えますか」


 カミーユが尋ねる。


 リゼットは記録紙を見た。


 粒度、膜厚、乾燥温度、縁の厚み、固定具の振動。項目が増えている。非常に増えている。普通ならうんざりする量で、リゼットも少しだけうんざりした。


 それから、少しだけ楽しくなった。


「縁を削ります」


「膜の端だけですか」


「はい。影を作る中央部は触りません。羽根の重量と端の乱れだけを減らします」


 オルテガが頷いた。


「それなら加工できます。削り幅を一定にする治具を作りましょう」


「治具?」


 マリーが聞き返す。


「同じ幅で削るための補助具です。手で削ると、また条件が増えます」


 オルテガが説明する。


 マリーは理解した顔をした。正確には、理解したくなかったが理解してしまった顔だった。


「つまり、実験道具を作るための道具を作るのでございますね」


「はい」


 リゼットとカミーユとオルテガが、同時に答えた。


 マリーは両手で顔を覆った。


「また増えました」


「増えました」


 リゼットは言った。


 今度は、少しだけ申し訳なさそうだった。


     * * *


 夕方。


 机の上には、灰色膜の試験結果が並んでいた。


『粗粒:影端に粒状欠け多数。動的試験前に棄却』

『細粒:影端明瞭。魔力値に微弱変動。模型使用不可』

『中粒薄膜:反射微残。吸魔なし。動的安定性未達』

『中粒標準膜:低速安定。中速で影端振動』

『中粒厚膜:影濃度良好。端重量による周期乱れ』

『継続候補:中粒標準膜。ただし縁加工必須』

『次回課題:縁削り治具、削り幅別試験』


 カミーユは記録を読み返し、短く息を吐いた。


「答えではありません」


「はい」


 リゼットは頷いた。


「ですが、昨日よりは測定器に近づきました」


「半歩ですか」


 ルイスが聞く。


 リゼットは少し考えた。


「半歩よりは進みました」


「一歩?」


「まだです」


「では?」


「四分の三歩くらいです」


 ルイスは笑った。


 マリーは笑えなかった。


「お嬢様。四分の三歩でこれだけ疲れるなら、一歩の日はどうなるのでございましょう」


「一歩進んだ日は、次の問題が見つかります」


「答えになっておりません」


「研究としては答えです」


「侍女長としては不安です」


 リゼットは少しだけ考え、記録紙の最後に一行を足した。


『注意:測定器の誤差を、現象と混同しない』


 カミーユがそれを見て頷く。


「重要です」


「今日の反省です」


「反省が増えています」


「はい」


 リゼットは灰色の試料片を見た。


 今日も、二重化は起きていない。未知記号も出ていない。ただ、影の端が少しだけ整った。


 世界の謎に近づいたとは、まだ言えない。けれど、謎を見るための目は、昨日より少しだけまともになった。


 リゼットはその事実を、かなり気に入った。


 マリーは、気に入らなかった。


 気に入らなかったが、リゼットが無理に模型術式へ進まなかったことだけは、少しだけ評価した。


 少しだけである。


 その夜、王宮魔術師団の小実験室には、新しい作業指示が残された。


『中粒灰色膜用・縁削り治具を作成』

『削り幅二条件で確認後、模型術式へ再投入』


 派手な発見ではなく、華やかな成果でもない。だが、次に光を揺らすためには、まず影を揺らさない道具が必要だった。


 そして今度こそ、道具だけを測って終わるわけにはいかない。


 リゼットは最後の一行を見て、羽ペンの先を止めた。


「次は、模型術式に戻ります」


 マリーが、嬉しそうにしてよいのか怯えてよいのか分からない顔をした。


「戻る、という言葉がこんなに不穏に聞こえる日が来るとは思いませんでした」


「観測器が整ったなら、観測対象へ戻るのは当然です」


「当然でございますか」


「はい」


 リゼットは頷いた。


 まだ未知記号を探す段階ではない。二重化を起こす条件も、完全には分かっていない。


 それでも、道具は、整った。


 粒をそろえ、羽根を塗り替え、光の揺れ幅を数える。傍から見れば、途方もなく地味な三日間だった。


 なぜここまでやるのか、と事務官は一度だけ聞いた。


 リゼットは「精度のためです」と答えた。嘘ではない。ただ、全部でもなかった。


(──いずれ、防衛結界を測ります)


 国の壁は、屋敷の照明陣とは規模が違う。線の数も、重なりも、比べものにならない。そこで偽の線を一本つかめば、直すべき場所を間違える。間違えたことに気づくのは、たいてい、壊れた後だ。


 十年に一度の嵐は、こちらの都合を待たない。


(本番で使えない道具は、道具ではありません)


 だから、今、粒をそろえている。


 次に、この模型術式へ、光を通す。


 その時、二重化したあの線が、今度こそ、正体を現す。──四百年、この国が消し続けてきた、何かの、最初の尻尾を。


 次の実験の日付を書くリゼットの指は、めずらしく、ほんの少しだけ、逸っていた。


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