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魔法陣にしか興味がない悪役令嬢、破滅フラグを条件表に載せる 〜古代魔導書を読むために、王太子と政略結婚を結びました〜  作者: NN
【第四章】測るための、道具

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遮光羽根、黒く塗ればよいわけではない

 遮光羽根方式は、紙の上ではとても簡単に見えた。


 光源と反射板は固定し、その手前で薄い羽根を動かして、光の一部だけを周期的に遮る。熱は変わりにくく、反射板の角度も混ざらない。前日の反射板揺動方式より、ずっと扱いやすいはずだった。


 はずだった。


「黒く塗れば、余計な反射は減ると思いました」


 リゼットは王宮魔術師団の小実験室で、黒い羽根板を見つめながら言った。


「思いました、という言い方をする時点で、何か起きたのですね」


 マリーが慎重に尋ねる。


「まだ起きていません。ですが、起きそうです」


「予告だけで胃に来るのでございます」


 机の上には、薄い羽根板が五種類並べられていた。磨いた金属板、白い陶片、黒塗りの木片、煤を薄く塗った紙片、そして王宮魔術師団が用意した魔力吸収処理済みの黒布である。


 どれも小さく、地味で、物語の主役には見えない。


 だが、今日の主役は間違いなくそれだった。


「最初に確認するのは、反射率です」


 カミーユが記録板を開いた。


「次に、魔力吸収の有無。最後に、羽根を動かした時の周期安定性。模型術式には、まだ当てません」


「はい」


 リゼットは素直に頷いた。


 ロアンが少しだけ感心したように目を細める。


「お嬢様、今日はずいぶん従順ですね」


「昨日、飛ばすと後で面倒だと分かりました」


「納得の理由が、相変わらず研究寄りです」


「ほかに必要ですか」


「いいえ、十分でございます」


 マリーは即答した。十分である。礼儀や社交で納得してくれなくても、面倒を避けるために安全側へ寄ってくれるなら、侍女長としてはもうそれでいい。


 ルイスは実験台の横に立ち、五種類の羽根板を見比べていた。


「黒いものほど良い、という話ではないのだね」


「はい。見た目の黒さと、魔力的な吸収は別です」


 リゼットが答えるより先に、カミーユが言った。


 リゼットは少しだけ目を瞬かせた。


「今、私が言おうとしました」


「でしょうね」


「少し悔しいです」


「測定で返してください」


 昨日と似た返しだったが、今度はリゼットもすぐに頷いた。


「返します」


 オルテガはそのやり取りを聞き、若い宮廷魔術師に向けるような目で二人を見た。片方は六歳の令嬢である。その事実を時々忘れそうになるのが、最近の一番危険なところだった。


     * * *


 第一測定は、金属板だった。


 魔石灯の光を当てると、基準線の上に鋭い光点が出た。明るく、読みやすく、記録水晶にもはっきり残る。


 そして、派手に反射した。


「論外です」


 リゼットが言った。


「論外、は記録語ではありません」


 カミーユがすぐに返す。


「反射率過大。遮光材として不適」


「使えます」


 カミーユは記録した。


 第二測定は、白い陶片。


 金属ほど鋭くはないが、光は広く散った。基準線に映る影の端がぼやけ、羽根がどこで光を切ったのか分かりにくい。


「白は駄目ですね」


「記録語」


「散乱大。影端不明瞭」


「使えます」


 リゼットは少しだけ得意げに頷いた。カミーユの指摘を待つ前に言い換えられたことが、本人なりに嬉しかったらしい。


 マリーは、それを成長と呼ぶべきかどうかで迷った。


 第三測定は、黒塗りの木片だった。


 見た目には、一番まともだった。余計な反射は少なく、影も比較的くっきり出る。ロアンが「これなら」と言いかけたところで、記録水晶の端が不自然に暗く沈んだ。


「待ってください」


 リゼットが止めた。


 カミーユも同時に記録水晶を覗き込む。


「魔力が少し吸われていますね」


「はい。塗料です」


 黒塗りに使った顔料が、わずかに魔力を吸っていた。光そのものは遮れている。だが、魔力が吸われるなら、模型術式に当てた時、光条件ではなく魔力条件まで変わってしまう。


 黒ければよいわけではない。


 リゼットは口元を引き結んだ。


「昨日、ここを見落としました」


「今日は見落としていません」


 カミーユが言った。


 慰めのようにも聞こえたが、声は淡々としていた。だからこそ、リゼットは少しだけ受け取りやすかった。


「記録します。反射小。影端明瞭。ただし、塗料による微弱吸魔あり。模型使用不可」


「使えます」


 カミーユが頷く。


 ルイスは黒塗りの木片を見て、静かに息を吐いた。


「見た目では、一番良さそうだった」


「はい。だから危険です」


 リゼットは答えた。


「良さそうに見えるものほど、先に疑う必要があります」


「ずいぶん研究者らしいことを言う」


「カミーユのせいです」


「私のせいですか」


「厳しく分類されましたので」


 カミーユは一瞬だけ黙り、それから小さく咳払いした。否定しきれなかったらしい。


     * * *


 第四測定は、煤を塗った紙片だった。


 反射は少ない。魔力吸収も黒塗りの木片より弱い。だが、羽根として動かすと紙の端がわずかにたわみ、影の形が毎回変わった。


「影形状が不安定」


 リゼットは、カミーユが何か言う前に記録した。


「早いですね」


「先回り二回目です」


「数えなくてよろしいです」


 マリーは小さく笑いそうになったが、すぐに口元を押さえた。王宮の実験室で笑ってよい場面か、まだ判断がつかない。


 第五測定は、魔力吸収処理済みの黒布だった。


 名の通り、魔力を吸う。最初から怪しい。だが、王宮魔術師団が遮光用に使っている標準素材でもあるため、確認しないわけにはいかなかった。


 結果は、予想通りだった。


 光はきれいに遮り、反射も少なく、影の端も安定している。そして、魔力を吸う。


「標準素材が、一番使いやすく、一番使えません」


 リゼットは真顔で言った。


「矛盾しているようで、矛盾していませんね」


 ロアンが苦笑する。


「はい。遮光材としては優秀ですが、今回の条件統制には不適です」


 カミーユは記録板へ書き込みながら、わずかに眉を寄せた。


「黒布は除外。黒塗り木片も除外。金属と白陶片も除外。煤紙は影形状不安定」


「全部駄目ではありませんか」


 マリーが思わず言った。


 実験室の空気が、一瞬だけ止まる。


 リゼットは真剣に頷いた。


「はい。全部駄目です」


「お嬢様が認めた……!」


「ですが、全部同じ理由で駄目ではありません」


「安心できる言葉のようで、あまり安心できません」


 リゼットは記録板を見下ろした。


 反射が駄目なもの、散乱が駄目なもの、魔力を吸うもの、影が不安定なもの。失敗の種類は、分かれた。


 それは、何も分からないよりずっと良い。


「全部駄目なら、次に作るものは決まります」


 カミーユが言った。


 リゼットも同じ結論に到達していた。


「反射せず、散乱せず、魔力を吸わず、形が歪まない薄板」


「そんな都合の良い素材があるのですか」


 オルテガが尋ねる。


「既製品では難しいです」


 カミーユが答えた。


「ですが、基材と表面処理を分ければ作れる可能性があります」


 リゼットが続ける。


「白陶片のように形が安定する基材に、魔力を吸わない低反射処理を薄く乗せる」


「処理材の試験が必要です」


「はい。次回課題です」


 ルイスは二人を見比べた。


 片方が問題を出し、片方が答えるのではない。二人が同じ方向を見て、まだ存在しない道具の輪郭を少しずつ削り出している。


 それは、発見とは別の種類の面白さだった。


     * * *


 その日のまとめは、昨日より短かった。


『遮光羽根素材試験』

『金属:反射率過大』

『白陶片:散乱大、影端不明瞭』

『黒塗り木片:影端明瞭、微弱吸魔あり』

『煤紙:低反射、影形状不安定』

『魔力吸収黒布:遮光良好、吸魔大』

『結論:既存素材は不適』

『次回課題:低反射・非吸魔処理材』


 リゼットは最後の一行を書き終えると、少しだけ満足そうに息を吐いた。


「全部駄目だったのに、満足そうでございますね」


 マリーが言う。


「全部駄目な理由が違いました」


「それは良いことなのでしょうか」


「はい。次に潰す順番が分かります」


 マリーは、潰す、という言葉が出た時点で深く考えるのをやめた。


 ルイスは記録板を眺めながら、静かに言った。


「今日は、何も起きなかったね」


「はい。模型術式は一度も動かしていません」


「でも、昨日より前に進んだ」


「はい」


 リゼットは頷いた。


「昨日は、何を測ってはいけないかが分かりました。今日は、何を使ってはいけないかが分かりました」


 カミーユが、その横に一行を書き足した。


『不適素材一覧、作成』


 リゼットはそれを見て、少しだけ目を細めた。


「地味です」


「地味ですが、必要です」


「同意します」


 リゼットは素直に頷いた。


 窓の外では、夕方の光がゆっくり傾いていた。まだ、あの光の揺らぎには届いていない。だが、そこへ近づくための道具は、失敗の山の上に少しずつ形を取り始めている。


 マリーは帰り支度をしながら、今日の結論を自分なりにまとめた。


 黒ければよいわけではないし、動けばよいわけでもない。そして、お嬢様が満足そうな日は、だいたい周囲の仕事が増える。


 最後の一つだけは、測定しなくてもかなり確かだった。



     * * *



 その帰り道、馬車は、まっすぐ屋敷へは向かわなかった。


「王都の、職人街へ回ってください」


「お嬢様」


「宮廷の備品目録は、全部読みました。載っているものは、全部、駄目でした。──載っていないものを、探しに行きます」


 マリーは、抗弁の言葉を探し、見つけられなかった。見つけられない自分に、もう慣れてきていた。


 夕暮れの職人街は、実験室とは何もかもが違った。


 膠を煮る匂い。金槌の音。石を挽く粉が、傾いた日の光の中で舞っている。荷車を押す男が怒鳴り、子どもが足元を駆け抜けていく。


 六歳の令嬢は、そのすべてを、一度も怖がらなかった。


 怖がらないどころか、三軒目の塗師の店先で、しゃがみ込んで動かなくなった。


「お嬢様。……また、しゃがまれましたね」


「これは何ですか」


 リゼットが指したのは、店の隅に打ち捨てられた、灰色の粉の入った麻袋だった。


 店主は、面倒くさそうに答えた。


「そりゃ、屑だ。石を挽いた時に出る粉に、色を混ぜた失敗作でね。安く塗れるってんで昔は使ったが、黒が甘いから、今どき誰も買わん」


「黒が、甘い」


「そう。仕上げにゃ向かねえ。中途半端なんだ」


 リゼットの薄紫の瞳が、光った。


「──その中途半端を、少しいただけますか」


 店主は、この身なりのいい子どもが何を言っているのか、最後まで分からなかった。分からないまま、屑の袋から、木匙で三杯を紙に包んだ。代金は、受け取らなかった。


 馬車の中で、マリーが、ためらいがちに聞いた。


「あの、お嬢様。……黒が甘い、というのは、欠点なのでは」


「はい。仕上げには、欠点です」


 リゼットは、紙包みを両手で持っていた。


「ですが、私が欲しいのは、仕上げではありません。魔力を吸わないことです。顔料を減らして鉱物粉を増やせば、色は甘くなり、そのぶん、魔力の食いつきも減るはずです」


 窓の外を、職人街の灯りが流れていった。


「宮廷の目録に載る素材は、全部、"よく見えること"を目指して作られています。ですから、全部、何かを足してある。──足していないものが、欲しかったのです」


 マリーは、その横顔を見た。


 この一年で、何度も見てきた顔だった。ただ今日は、その顔が、王宮の実験室ではなく、職人街の屑袋の前で灯ったことが、少しだけ、誇らしかった。


 誇らしいと思った自分に気づいて、侍女長は、そっと胃のあたりを押さえた。


 どうやら、自分も、だいぶ毒されてきたらしかった。



     * * *



 翌朝、小実験室の机には、三つの小皿が並んでいた。


 炭粉と膠を薄く溶いた黒膜。白陶片に細かい凹凸を刻んだ無塗装処理。魔力反応の少ない鉱物粉を混ぜた灰色膜。


 どれも小さく、地味で、ただの汚れに見えた。


「黒、白、灰色でございますね」


 マリーが言った。


「色の問題ではありません」


 リゼットとカミーユが、ほぼ同時に答えた。


 マリーは二人を見比べ、静かに一歩下がった。この二人は最近、同じ言葉を同じ温度で返してくる。侍女長としては、かなり怖い進歩だった。


 基材には、昨日もっとも形の安定していた白陶片を使う。そのままでは散乱が大きいため、表面だけを処理する。影の端がどれだけ明瞭になるか、魔力を吸わないか、乾燥後に膜が剥がれないか。


 昨日と同じく、模型術式は使わない。


 第一測定は、無塗装の凹凸処理だった。


 反射は抑えられた。魔力吸収もない。だが、影の端はまだ甘い。刻んだ溝が不均一で、光の散り方が場所によって変わる。


「悪くありません」


 ロアンが言った。


「悪くない、は記録語としてどうですか」


 リゼットがカミーユを見る。


「弱いです」


「では、反射減少。吸魔なし。影端、加工不均一により中程度不明瞭」


「使えます」


 第二測定は、黒膜だった。


 乾いた膜は、薄く、均一で、見た目には美しい。光を当てた瞬間、基準線の影がくっきり出た。反射も少ない。凹凸処理の甘い影を見た後では、ほとんど正解に見えた。


 ロアンが小さく息を飲み、カミーユの筆が一度止まる。


「候補順位を、入れ替える必要があるかもしれません」


「膜が薄い。羽根の重量も、ほとんど変わりませんな」


 オルテガがそう言ったことで、実験室の空気がわずかに前向きになった。


 リゼットも、すぐには否定しなかった。


 だが、記録水晶の魔力値が、わずかに下がった。


「吸っています」


「炭粉ではなく、膠ですね」


 カミーユが続けた。


 オルテガが膜の端を横から覗き込む。


「膜そのものは崩れておりません。ですが、乾いた膠が、光を受けた時だけ、別の反応を出している」


「接着材が、魔力を吸うのですか」


 ルイスが問う。


「強くはありません。ただ、微弱に吸っています。今回の試験では、それでも混入条件になります」


 リゼットは黒膜を見つめた。


 影は、今日の中でいちばん綺麗だった。


 だからこそ、腹立たしい。


「……惜しいです」


「記録語ではありません」


「影端明瞭。反射小。膠由来と推定される微弱吸魔あり。模型使用不可」


「使えます」


 第三測定は、灰色膜だった。


 鉱物粉を混ぜた処理材は、黒膜ほど暗くない。見た目は中途半端で、遮光材としては頼りなく見える。


 リゼットは、光を当てる前に、記録水晶の初期値を二度確認した。


「念入りですね」


「良さそうに見えるものほど疑え、と昨日学びました。今日は、良くなさそうに見えるものも疑います」


「適用範囲が広い」


「便利です」


 光が当たる。


 灰色膜は、黒膜ほどきれいに光を切らなかった。影の端はわずかに甘く、反射も完全には消えない。


 だが、魔力値は、ほとんど動かなかった。


 実験室に、微妙な沈黙が落ちた。


「いちばん頼りなく見えるものが、残りましたね」


 ロアンが言った。


「残っただけです。最適ではありません」


 リゼットはすぐに訂正した。


「影端が甘い。反射も残っています。ただし、吸魔は検出限界以下」


「現時点で、唯一の継続候補です」


 カミーユが記録した。


 リゼットは灰色膜の試料を見た。


 美しくもなく、完璧でもない。だが、残った。研究では、そういうものが一番厄介で、一番大事なことがある。


 その日のまとめは、二日ぶんになった。


『遮光羽根素材試験(既存素材):全五種、不適』

『無塗装凹凸処理:吸魔なし。影端不均一』

『炭粉黒膜:影端明瞭。微弱吸魔あり』

『鉱物灰色膜:吸魔検出限界以下。影端やや不明瞭。反射微残』

『継続候補:鉱物灰色膜』

『次回課題:粒度別試験、膜厚測定』


 リゼットは、最後にもう一行だけ、小さく書き足した。


『注意:見た目で判断しない』


 カミーユがそれを見て、少しだけ頷く。


「良い注意書きです」


「二日ぶんの反省です」


「反省が記録に残るのは、良いことです」


「反省しないで済む方が、良いです」


「それは無理です」


「知っています」


 二人は真顔でそう言い合った。


 窓の外では、夕方の光がまた傾いていた。二日かけて、使ってはいけないものが八つ分かり、使えるかもしれないものが一つ残った。


 それだけである。


 それだけのことに、二日かかった。


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