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魔法陣にしか興味がない悪役令嬢、破滅フラグを条件表に載せる 〜古代魔導書を読むために、王太子と政略結婚を結びました〜  作者: NN
【第三章】同じ机に、載せる

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同じ机に並べるために

 王宮とシルヴァーヌ侯爵家の二箇所で、似た条件から未知記号様反応が出た。


 その報告は、王宮の中でも慎重に扱われた。


 大げさに騒げば、ただの未証明現象が政治問題になる。逆に小さく扱いすぎれば、せっかく記録された問いがまた埋もれる。ルイスはその危うさを理解していた。


 だから翌朝、彼は小執務室にオルテガとギルバートだけを呼んだ。


 机の上には、王宮側の模型記録と、シルヴァーヌ家側から届いた記号の写しが置かれている。


「同じ机の上で比較する必要がある」


 ルイスが言うと、オルテガは重く頷いた。


「同意します。二箇所で似た反応が出た以上、次は模型そのものを同条件で並べるべきです」


「問題は場所だ」


 ギルバートが静かに言った。


「王宮へ模型を持ち込ませるか。あるいは、王宮側の模型をシルヴァーヌ侯爵家へ出すか」


 どちらも簡単ではない。


 王宮へリゼットを呼べば、六歳の令嬢を未証明現象のために出入りさせることになる。しかも、彼女は王宮の魔法陣に対して異様な観察力を持っている。警戒する者は必ず出る。


 一方、王宮側の模型を侯爵家へ持ち出せば、宮廷魔術師団の検証手順や記録方式が外へ出る。たとえ防衛機密ではなくとも、よい顔をしない者はいるだろう。


「第三の場所は」


 ルイスが尋ねる。


 オルテガは少し考えた。


「王宮外苑の旧温室が使えます。現在は薬草管理用の倉庫に近い扱いですが、王宮敷地内でありながら大広間ほど機密性は高くない。光源の調整もしやすい」


「警備は」


「最小限で済みます」


 ギルバートが記録する。


「では、旧温室を候補にする」


 ルイスは即決しかけて、少しだけ止まった。


「いや。シルヴァーヌ侯爵に先に照会を出せ。こちらから場所を決めつけると、また条件の偏りになる」


 オルテガがかすかに笑った。


「殿下も、ずいぶん観測条件にうるさくなられましたな」


「感染した」


 ルイスは真顔で答えた。


 ギルバートは、笑ってよいのか判断できず、羽根ペンを動かすことに集中した。


     * * *


 同じころ、シルヴァーヌ侯爵邸では、サイラスがリゼットに釘を刺していた。


「王宮へ行くとは限らない」


「はい」


「王宮側の模型が来るとも限らない」


「はい」


「こちらから、同じ机で比較したいと要求するのも早い」


「はい」


 リゼットは素直に頷いている。


 サイラスは不安になった。


「……本当に分かっているのか」


「分かっています。こちらから急ぐと、共同観測ではなく、こちらの都合による押し込みになります」


「その通りだ」


「ですので、先に比較条件案だけ作ります」


「やはり作っていたか」


 サイラスは額を押さえた。


 机の上には、すでに羊皮紙が三枚ある。


『共同観測・条件案』

『場所候補』

『持込物一覧』

『観測者の役割分担』

『棄却条件』

『記録水晶の同期方法』


 サイラスは、最後の項目で眉をひそめた。


「記録水晶の同期方法?」


「王宮側とこちら側の記録水晶で反応時刻がずれると、比較ができません。最低でも同じ基準音か、同じ魔力信号で開始時刻を合わせる必要があります」


 ロアンが横から頷いた。


「それは重要です。模型を並べても、記録時刻がずれれば、反応の順序が判断できません」


 マリーは、茶器を置きながら遠い目をした。


「お嬢様が王宮へ行かない話をしていたはずなのに、いつの間にか王宮と記録水晶を同期する話になっております」


「まだ行くとは決まっていません」


「行く気のある人の準備でございます」


 リゼットは否定しなかった。


     * * *


 昼前、王宮から照会が届いた。


 内容は、共同観測の実施可否と場所候補についてだった。


 候補は三つ。


 一つ、王宮小解析室。


 二つ、王宮外苑の旧温室。


 三つ、シルヴァーヌ侯爵邸の実験室。


 それぞれに利点と欠点が書かれている。王宮小解析室は記録設備が整っているが、リゼット側の持ち込み制限が多い。旧温室は光源条件を作りやすいが、仮設設備が必要。侯爵邸はリゼット側の模型環境を保ちやすいが、王宮側の記録水晶を外へ出す必要がある。


 サイラスは読み終え、少しだけ感心した。


「向こうも、ずいぶん丁寧に書いてきたな」


「観測条件を考慮しています」


 リゼットの声が、少し嬉しそうだった。


「嬉しいのか」


「はい。王宮側が、場所を権威ではなく条件で選ぼうとしています」


「それは良いことだな」


「はい」


 リゼットは頷き、すぐに候補を見比べ始めた。


「旧温室が妥当です」


 即答だった。


「理由は」


 サイラスが尋ねる。


「王宮小解析室は、王宮側の条件に寄りすぎます。侯爵邸は、こちら側の条件に寄りすぎます。旧温室は、どちらにとっても不便です」


「不便なのが良いのか」


「はい。どちらにも完全には有利でない場所は、中立性が高いです」


 ロアンが小さく笑った。


「研究者らしい判断ですね」


「ただし、旧温室には問題があります」


「何だ」


「温室ということは、光が入りすぎます。夜間使用か、遮光布が必要です」


 マリーの肩が揺れた。


「夜間……でございますか」


「夜会時の条件に近づけるには、夜間の方がよいです」


 サイラスは静かに胃を押さえた。


 王宮外苑。


 旧温室。


 夜間。


 六歳の娘。


 どれも単体なら何とかなるが、組み合わせると非常に不穏だった。


「夜間ではなく、夕刻で調整できないか」


「可能性はあります。光源条件を人工的に作るなら、完全な夜である必要はありません」


「では夕刻だ」


「ただし、暗幕は必要です」


「暗幕くらいならよい」


 マリーが小さく震えた。


「旦那様。暗幕くらいなら、という感覚がすでに危険でございます」


 サイラスは否定できなかった。


     * * *


 午後、リゼットは共同観測の条件案をまとめた。


 ただし、サイラスの命令により二ページである。


 リゼットは不満そうだったが、今回は譲った。王宮側も三候補を簡潔にまとめてきた以上、こちらが十二ページで返すのは均衡を欠く。


 条件案は、必要なものだけに絞った。


『場所:王宮外苑旧温室を第一候補』

『時間:夕刻。暗幕により光源条件を調整』

『模型:王宮模型、シルヴァーヌ家模型、接続型、非接続型、中間型』

『観測者:王宮側二名、シルヴァーヌ家側二名』

『記録:同一開始信号による記録水晶同期』

『棄却条件:二重化および未知記号様反応が三回連続で再現しない場合、当該条件では未再現とする』


 サイラスは読みながら、最後の一文で手を止めた。


「未再現とする、か。否定ではないのだな」


「はい。条件を変えれば出る可能性が残ります」


「いつまで続くのだ、これは」


 リゼットは少し考えた。


「分かるまでです」


「聞く相手を間違えた」


 サイラスは深く息を吐いた。


 だが、書類の内容自体は悪くない。むしろ、驚くほど王宮側に配慮している。模型の持ち込み範囲も、観測者の人数も、必要最低限に抑えられていた。


 この娘は、少しずつ学んでいる。


 突撃するより、条件を整えた方が強い。


 それを理解し始めている。


「よし。これで返す」


「ありがとうございます」


「ただし」


 サイラスは娘を見た。


「共同観測が許可されても、勝手に王宮の他の魔法陣を見ないこと」


 リゼットは黙った。


「リゼット」


「見えてしまう場合があります」


「見ない努力をしなさい」


「努力します」


 マリーが、これは見ますね、という顔をした。


 ロアンも、これは見ますね、という顔をした。


 サイラスは、胃薬の瓶を開けた。


     * * *


 その日の夕方、王宮に条件案が届いた。


 ルイスはそれを読み、旧温室の項目で小さく頷いた。


「向こうも旧温室を選んだか」


「中立性を理由にしております」


 ギルバートが答える。


「リゼット嬢らしい」


 オルテガは条件案の下部を見ていた。


「記録水晶の同期まで要求しておる。良い条件ですな」


「カミーユはどう見る」


 ルイスが尋ねる。


 部屋の隅に控えていたカミーユは、少し緊張した顔で進み出た。


「妥当です。ただし、棄却条件に一つ追加すべきです」


「言え」


「王宮模型、シルヴァーヌ家模型、どちらか一方でしか未知記号様反応が出ない場合、模型差ではなく製作誤差の可能性を優先して検証する、と明記した方がよいと思います」


 オルテガが目を細めた。


「よい反論じゃ」


 カミーユは続けた。


「同じ机に並べても、同じ現象が出るとは限りません。むしろ、出なかった場合の扱いを先に決めるべきです」


 ルイスは頷いた。


「採用する」


 カミーユの肩から、少しだけ力が抜けた。


 彼はもう、ただの否定役ではない。


 問いを壊すためではなく、問いを壊れにくくするために疑っている。


 ルイスは、その変化を面白いと思った。


「では、共同観測を許可する。場所は旧温室。時間は夕刻。人数は最小限」


 ギルバートが記録する。


「シルヴァーヌ侯爵家へ返答を」


「承知しました」


 ルイスは窓の外を見た。


 王宮外苑の旧温室。


 今は誰も使っていない、古い硝子張りの建物。


 そこに、王宮の模型と侯爵家の模型が並ぶ。


 そして、あの令嬢も来る。


 ルイスは少しだけ口元を緩めた。


 これは面会ではない。


 交渉でもない。


 共同観測だ。


 その言葉が、なぜか少し楽しそうに響いた。


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