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魔法陣にしか興味がない悪役令嬢、破滅フラグを条件表に載せる 〜古代魔導書を読むために、王太子と政略結婚を結びました〜  作者: NN
【第三章】同じ机に、載せる

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差分比較、記号が浮かぶ

 翌朝、シルヴァーヌ侯爵邸の小さな実験室には、二枚の模型図が並べられていた。


 一枚は、リゼットたちが作った屋敷照明陣の低出力模型。


 もう一枚は、王宮側から届いた小規模模型の写し。


 同じものを参考にしているはずなのに、二つの図は微妙に違っていた。線の太さ、補助線の曲がり方、未知補助線に似た曲線の接続位置。大人が見れば誤差で済ませる程度の差かもしれない。


 だが、リゼットはその「誤差」をじっと見ていた。


「ここです」


 リゼットは王宮模型の写しを指した。


「王宮側の模型では、未知補助線に似た曲線の終端が、主線に直接触れていません。わずかに離れています」


 ロアンが目を細める。


「本当ですね。こちらの模型では接続させています」


「なぜ、向こうは離したのでしょう」


 マリーが尋ねると、リゼットは少し考えた。


「王宮側が間違えた可能性があります」


「それは問題では」


「ですが、二重化が出たのは王宮側です」


 部屋が静かになった。


 間違えた模型の方で、現象が出た。


 それは、かなり気持ち悪い事実だった。


「つまり」


 ロアンが言う。


「向こうの誤差が、偶然にも条件を満たした可能性がある」


「はい」


 リゼットは頷いた。


「誤差ではなく、必要な隙間だった可能性もあります」


     * * *


 そのころ王宮の小解析室でも、同じ差分比較が行われていた。


 作業台には、シルヴァーヌ家から届いた低出力模型の写しと、王宮側で作った再構成模型が並んでいる。カミーユは二つの図を見比べながら、何度も定規を置き直していた。


「終端が離れています」


 彼は言った。


 オルテガが覗き込む。


「王宮側の模型か」


「はい。シルヴァーヌ家の写しでは接続しています。こちらで再構成した際、線の重なりを避けるため、私がわずかに離しました」


「つまり、お前の判断か」


「はい」


 カミーユは逃げなかった。


「誤差です。少なくとも、そのつもりでした」


 ギルバートは黙って記録している。


 オルテガはカミーユを責めなかった。むしろ、少し楽しそうですらあった。


「では、その誤差を試す価値があるな」


「同意します」


 カミーユは即答した。


「接続型、非接続型、中間型の三種を作ります。二重化が非接続型だけで起きるなら、隙間が条件の一つになります。三種すべてで起きるなら、他の条件が主因です」


「よい」


 オルテガは頷いた。


「今日はお前が指揮を取れ」


 カミーユは一瞬だけ目を見開いた。


「私が、ですか」


「この誤差はお前が作った。なら、その意味を最後まで追え」


 若い魔術師は、深く息を吸った。


「承知しました」


 その声には、疑いと緊張と、少しだけの高揚が混じっていた。


     * * *


 三種類の模型が作られた。


 接続型。


 非接続型。


 中間型。


 通常光源では、どれも大きな変化を示さなかった。魔力流量を八割に落とし、魔石灯を三つに増やし、反射板を二枚置き、遮光板を動かす。昨日と同じ条件を再現する。


 まず、接続型。


 光は揺れたが、二重化までは起きない。


 次に、中間型。


 一度だけ、線が薄く重なりかけた。しかし、三回連続では出なかった。


 最後に、非接続型。


 光が走った。


 影が横切った。


 未知補助線に似た曲線の終端、そのわずかな隙間で、光が横にずれた。


 同じ線が薄く重なる。


 一回目。


 二回目。


 三回目。


 すべて、二重化した。


「非接続型のみ、三回連続」


 記録係の声が、少し震えていた。


 カミーユは頷いた。


「隙間が条件に含まれます」


「なぜだ」


 オルテガが問う。


「分かりません」


 カミーユは即答した。


 だが、そこで終わらせなかった。


「ただし、接続している場合は魔力が主線へ逃げます。非接続の場合、曲線の終端に魔力が滞留する。その滞留が、複数光源と移動影による観測条件と重なった時だけ、二重化に見える可能性があります」


「見える、か」


「はい。現象そのものが実在するのか、観測条件による見え方なのかは、まだ分けられません」


 オルテガは満足そうに頷いた。


「よい。分からないものを、分けておる」


     * * *


 シルヴァーヌ侯爵邸でも、同じ三種類の模型が作られていた。


 リゼットは王宮からの中間報告を待たず、独自に接続型、非接続型、中間型を用意していた。ロアンは魔力計を構え、マリーは念のため窓を開けている。


「なぜ窓を」


 リゼットが尋ねた。


「何か光った時、すぐ換気できるようにでございます」


「光は換気できません」


「気持ちの問題でございます」


 リゼットは少しだけ納得できない顔をしたが、実験を優先した。


 接続型。


 二重化なし。


 中間型。


 光が揺れるが、再現せず。


 非接続型。


 魔力流量八割。簡易反射板二枚。マリーが持つ白い布を、移動影の代わりにゆっくり横切らせる。


「私が影役なのですね」


「もっと一定速度でお願いします」


「侍女長に求められる技能の範囲を超えております」


 ロアンが小さく笑い、魔力を流した。


 光が走る。


 白い布の影が模型の上を横切る。


 未知補助線に似た曲線の終端で、光が二重に重なった。


 そして、一瞬だけ。


 曲線の内側に、小さな記号が浮かんだ。


 リゼットの手が止まった。


 ロアンも、マリーも動かなかった。


 記号はすぐ消えた。


 だが、リゼットは見ていた。


 かつて屋敷の図書室で、模型術式を試した時に現れた、計算上存在しない記号。


 それと、似ている。


 完全には同じではない。


 けれど、同じ系統の匂いがした。


「……出ました」


 リゼットが呟いた。


「二重化ですか」


 ロアンが尋ねる。


「それもです」


「それも?」


 リゼットは、震えないように注意しながら、羊皮紙に記号を書き写した。


「未知記号です」


 マリーが、白い布を持ったまま固まった。


「お嬢様。今、とても聞きたくない単語が聞こえました」


「私も、とても見たかった単語です」


「単語ではございません」


 いつものやり取りだった。


 だが、リゼットの目はいつもよりずっと真剣だった。


     * * *


 同じ時刻、王宮側でも三回目の非接続型試験が行われていた。


 光が二重に重なる。


 記録係が水晶板を確認する。


「……何か、出ました」


 カミーユが顔を上げた。


「二重線か」


「いえ。線ではありません。記号のようなものです」


 小解析室の空気が凍った。


 カミーユは水晶板を覗き込む。


 残像は薄い。完全な形ではない。だが、曲線の内側に、小さな記号らしきものがある。


 彼はすぐに紙へ写した。


「断定はしません」


 カミーユは言った。


「残像の欠けかもしれない。記録水晶の反応遅れかもしれない。ですが、二重線とは別の反応が出ています」


 オルテガは低く唸った。


「記録しろ」


「表現は」


 記録係が尋ねる。


 カミーユは少し考えた。


「未知記号様反応。ただし、形状不完全。再試行必要」


 その言葉を書き取る羽根ペンの音だけが、部屋に響いた。


     * * *


 夕方、王宮とシルヴァーヌ侯爵家の間で、二通の報告がすれ違った。


 王宮からは、非接続型で未知記号様反応が出たという報告。


 シルヴァーヌ家からは、同じく非接続型で未知記号を観測したという報告。


 どちらも、断定はしていない。


 どちらも、完全な形ではない。


 だが、二つの場所で、同じ条件に近い模型から、似た反応が出た。


 サイラスは報告を読み終え、深く息を吐いた。


「リゼット」


「はい」


「これは、かなり大きいな」


「はい」


 リゼットは頷いた。


「ですが、まだ答えではありません」


「分かっている」


「むしろ、分からないことが増えました」


「お前は少し嬉しそうだな」


 リゼットは一瞬だけ黙った。


「はい」


 今度は、素直に認めた。


「分からないものが、同じ条件で二箇所に出ました。これは、とても気持ち悪くて、とても面白いです」


 サイラスは笑うしかなかった。


 マリーは胃薬の小瓶を開けた。


 ロアンは記録紙を見つめたまま、静かに言った。


「次は、王宮模型とこちらの模型を同じ場所で比較する必要がありますね」


 部屋の空気が、少し変わった。


 同じ場所。


 つまり、どちらかが移動する必要がある。


 リゼットは、何も言わなかった。


 だが、その目はもう、次の観測場所を見ていた。


 問いは、二つの場所で同時に光った。


 次に必要なのは、その光を同じ机の上に並べることだった。


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