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魔法陣にしか興味がない悪役令嬢、破滅フラグを条件表に載せる 〜古代魔導書を読むために、王太子と政略結婚を結びました〜  作者: NN
【第三章】同じ机に、載せる

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王宮側、模型を組む

 王宮の小解析室は、朝から普段と違う空気に包まれていた。


 中央の作業台には、白い石板が一枚置かれている。その上には、屋敷照明陣を参考にした小規模模型が描かれていた。照明陣そのものではない。シルヴァーヌ侯爵家から提供された簡略資料をもとに、王宮側で再構成した検証用の模型である。


 作業台の周囲には、宮廷魔術師団長オルテガ、若い魔術師カミーユ、記録係、そして筆頭侍従ギルバートが立っていた。


 ルイスは同席していない。


 ただし、結果はすべて彼のもとへ届く。


「では始めるか」


 オルテガが言うと、カミーユはすぐに手を上げた。


「その前に、棄却条件を決めておくべきです」


 室内の視線が、若い魔術師に集まる。


 以前のカミーユなら、「六歳の令嬢の見間違いでしょう」と言って終わっていたかもしれない。だが、シルヴァーヌ家の回答書と、昨日の大広間での公開検証の記録を読んだ後では、その言い方だけでは足りない。


 彼は机の上に、三つの条件を書いた紙を置いた。


『一、通常光源で二重化が起きないこと』

『二、角度を変えても同様であること』

『三、魔力流量を変えても未知補助線付近に特異な揺れが出ないこと』


「この三条件を満たせば、少なくとも屋敷照明陣の簡略模型においては、二重化仮説を棄却できます」


 ギルバートが、わずかに目を細めた。


「棄却、ですか」


「はい。否定ではありません。検証可能な範囲で、仮説を退けるという意味です」


 オルテガは、少しだけ満足そうに頷いた。


「よい。懐疑とは、本来そういうものじゃ。ただ疑うだけなら、酒場の老人にもできる」


 カミーユは少し顔を引き締めた。


「私は、あの令嬢の観測を信じているわけではありません。検証の場にいたわけでも、この目で見たわけでも、ありませんから」


「それでよい」


 オルテガは白い眉を動かした。


「信じる必要はない。確かめればよい」


     * * *


 最初の試験は、通常光源で行われた。


 作業台の上には、小さな魔石灯が一つ置かれている。光量は王宮廊下で使われる標準値。魔力流量も通常。観測角度は正面。


 カミーユが模型に魔力を流すと、石板の上に淡い光が走った。


 主線が光り、補助線が追随し、最後に未知補助線に似た曲線の近くで、ほんのわずかな揺れが出る。


 だが、それだけだった。


「二重化なし」


 記録係が書き留める。


 カミーユは、表情を変えなかった。


「角度を変えます」


 魔石灯の位置を少しずつずらし、観測板を斜めに置く。右から、左から、上から。光が当たるたび、石板の線は表情を変えるが、二重化と呼べる現象は出ない。


「二重化なし。揺れは通常範囲」


 記録係の声が続く。


 ギルバートは、内心で小さく唸った。


 大広間では、出た。評議会の目の前で、何度も、だ。だが、模型では、出ない。このまま何も起きなければ、"正式な検証対象"という裁定だけが、条件の分からないまま、宙に浮く。


 宙に浮いた裁定は、政治の道具にされやすい。


 ただし。


 ルイスが気にしているのは、おそらく、そこではない。


     * * *


 三度目の試験で、カミーユは魔力流量を下げた。


「なぜ下げる」


 オルテガが尋ねる。


「夜会中の王宮大広間は、複数の照明陣が同時に稼働していました。個々の照明陣への流量が、標準値よりわずかに下がっていた可能性があります」


「ふむ」


「リゼット嬢の回答では、観測時の光量は未測定です。ならば、通常値だけで棄却するのは不十分です」


 オルテガは目を細めた。


 カミーユは、ただ否定したいだけではない。


 否定するためにも、条件を詰めている。


 それは、研究者として正しい姿勢だった。


 魔力流量を八割に落とす。


 模型の光は少し弱くなった。主線の立ち上がりが遅れ、補助線の光が追いつくまでにわずかな間が生じる。


 未知補助線に似た曲線の近くで、光が揺れた。


 今度は、少し長い。


「……揺れが増えました」


 記録係が言う。


「二重化か」


 オルテガの声が低くなる。


 カミーユはすぐに首を振った。


「違います。まだ二重化ではありません。通常の遅延でも説明できます」


「なら、記録は」


「特異揺れ未満。流量低下時に揺れ増加、としてください」


 記録係が慌てて書き直す。


 ギルバートは、カミーユを見た。


 若い魔術師の額には、うっすら汗が浮かんでいる。


 彼は悔しがっているのではない。むしろ、怖がっている。自分の棄却条件の内側に、説明しきれないものが入り込み始めたことを理解しているのだ。


     * * *


 次に、光源を増やした。


 魔石灯を一つ、二つ、三つ。角度を変え、反射板を置き、人影の代わりに薄い遮光板をゆっくり動かす。


 小解析室は、急に実験場らしくなった。


 記録係が光量を読み上げ、カミーユが魔力流量を調整し、オルテガが模型の線を見つめる。ギルバートは壁際で、一言も口を挟まずにその様子を記録していた。


 紙の上の議論ではない。


 光が走り、影が動き、魔力計の針が揺れる。


 そして、遮光板が二つの魔石灯の間を横切った瞬間。


 石板の上で、光が横にずれた。


 一瞬だけ、未知補助線の近くに、同じ線が薄く重なって見えた。


「止めろ」


 カミーユが鋭く言った。


 記録係の手が止まる。


 オルテガも息を詰めた。


「今のを、二重化と記録するな」


 カミーユは早口で続けた。


「反射板の影響かもしれません。遮光板の角度もずれていた。再試行します」


 彼は手を震わせていなかった。


 だが、声は少し硬かった。


 再試行。


 同じ条件を整える。魔石灯三つ。流量八割。反射板二枚。遮光板を同じ速度で動かす。


 光が走る。


 影が横切る。


 未知補助線の近くで、また光が薄く重なった。


「……再現」


 記録係が呟いた。


「まだだ」


 カミーユが言う。


「三回連続で起きなければ、偶然を排除できません」


 オルテガは何も言わなかった。


 三回目。


 同じ条件で、また光が重なった。


 誰も声を出さなかった。


 重なった光はすぐ消えた。だが、記録係の水晶板には、二重の線の残像が薄く残っている。


 カミーユは、水晶板を見たまま動かなかった。


「……棄却できません」


 ようやく、そう言った。


 それは敗北宣言ではなかった。


 優秀な懐疑派が、自分の決めた条件に従って、仮説を退けられないと認めた言葉だった。


     * * *


 昼過ぎ、ルイスの執務室に中間報告が届けられた。


 ギルバートが読み上げる。


『屋敷照明陣簡略模型において、特定条件下で二重化に類する現象を確認』

『条件:魔力流量八割、複数光源、反射板二枚、移動影あり』

『三回連続で類似反応』

『第三試行にて二重線の残像を記録』

『カミーユ魔術師の所見:現時点で錯覚仮説のみでは説明困難』


 ルイスは黙って聞いていた。


 報告が終わった後も、しばらく口を開かなかった。


「殿下」


 ギルバートが声をかける。


「大広間で見たものが、模型でも出た」


「そのようでございます」


「つまり、あれは大広間の飾りや、燭台の癖ではない。陣そのものに、何かがある」


「はい」


 ルイスは報告書を手に取った。


 そこには、カミーユの署名がある。


 懐疑派の署名。


 それは、リゼットやエミールの署名とは違う重みを持っていた。


「面白いな」


 ルイスは小さく言った。


「信じた者の証言より、疑った者の記録の方が、時に強い」


 ギルバートは答えなかった。


 その通りだと思ったからだ。


     * * *


 同じころ、シルヴァーヌ侯爵邸では、リゼットが低出力模型の前で首を傾げていた。


 こちらの模型では、まだ二重化が再現できていない。


 王宮側が同じような模型を組んでいることは知らない。追加照会に出す簡略資料を整えながら、リゼットは何度も条件を変えていた。


「お嬢様。休憩を」


 マリーが言う。


「あと一回だけ」


「その言葉は三回目です」


「では、あと一回だけを訂正します。あと、条件一つだけ」


「悪化しております」


 ロアンが魔力計を見ながら苦笑した。


「お嬢様。王宮側に送る資料には、こちらで再現できていないことも書きますか」


「書きます」


 リゼットは即答した。


「王宮側が再現できたとしても、こちらで再現できなければ条件差が出ます。王宮側が再現できなければ、こちらの未再現記録も必要です」


「正しいですね」


「正しいですが、気持ち悪いです」


 リゼットは紙に書いた。


『シルヴァーヌ家側低出力模型、現時点で二重化再現せず』


 その文字は、少しだけ強い。


 マリーは、それを横から見て思った。


 お嬢様は、失敗を嫌がっている。


 けれど、失敗を隠さなくなった。


 それはたぶん、すごく大事な変化なのだろう。


     * * *


 夕方、王宮からの使者が到着した。


 サイラスが受け取った封書には、王太子付き筆頭侍従ギルバートの署名がある。中には、王宮側の小規模模型試験の簡潔な結果が入っていた。


 サイラスは読み終え、思わず額を押さえた。


「リゼット」


「はい」


「王宮側で、二重化に類する現象が出たらしい」


 リゼットの手が止まった。


 マリーも、ロアンも、同時に顔を上げる。


「条件は」


 リゼットが尋ねた。


 驚きより先に、条件だった。


 サイラスは、もうそこには突っ込まなかった。


「魔力流量八割、複数光源、反射板二枚、移動影あり。三回連続。三回目に二重線の残像を記録」


 リゼットは、静かに息を吸った。


「こちらでは再現できていません」


「そうだな」


「つまり、模型の差、光源の差、または王宮側の再構成に含まれる何かが影響しています」


「喜ばないのか」


 サイラスが聞く。


 リゼットは少し黙った。


「嬉しいです」


 それから、机の上の未再現記録を見た。


「ですが、こちらで再現できないので、気持ち悪いです」


 サイラスは小さく笑った。


 娘らしい答えだった。


 リゼットは新しい紙を引き寄せ、王宮側の条件を書き写す。


 そして最後に、一行加えた。


『次段階:王宮模型とシルヴァーヌ家模型の差分比較』


 問いは、紙の上から石板の上へ移った。


 そして今度は、二つの場所で同時に光り始めていた。


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