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魔法陣にしか興味がない悪役令嬢、破滅フラグを条件表に載せる 〜古代魔導書を読むために、王太子と政略結婚を結びました〜  作者: NN
【第三章】同じ机に、載せる

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懐疑派、沈黙する

 公開再現検証の日。


 王宮大広間は、昼の光で、満たされていた。


 高い窓から、まっすぐな陽が差し込み、磨かれた床を、白く照らしている。夜会の夜の、揺れる無数の灯りも、動く人影も、宝石の反射も、そこには、なかった。


 静かで、明るく、そして──リゼットが報告書に書いた「未知の現象が現れる条件」を、ことごとく、欠いた空間だった。


 それは、偶然では、なかった。


 大広間の中央に、魔術評議会の面々が、並んでいる。団長オルテガ。若い記録係。数人の評議員。そして、この場を設えた、副団長ヴァレン。


 少し離れて、王太子ルイスと、筆頭侍従ギルバート。


 その正面に、六歳のリゼットが、父サイラス、ロアン、エミールと共に立っていた。



     * * *



「では、始めましょう」


 ヴァレンが、穏やかに、口を開いた。


「シルヴァーヌ嬢。あなたが報告した、王宮照明陣の"未知の線"を、この場で、再現していただく。評議会が、見守ります。再現できれば、正式に調査する。できなければ──本件は、以後、退けます。参考署名者の名も、含めて」


 彼の声は、丁寧だった。


 だが、その目は、勝利を、確信していた。


 この明るい昼の大広間で、あの現象が、現れるはずがない。令嬢自身が、そう書いている。彼女は、自分の言葉で、自分の首を、絞める。


「準備は、よろしいか」


「いいえ」


 リゼットは、静かに、答えた。


「再現は、しません」


 大広間が、ざわめいた。


 ヴァレンの、口の端が、わずかに、上がる。


「……できない、と、お認めになるか」


「いいえ。"この条件では、現れない"と、申し上げています」



     * * *



 リゼットは、評議会の方へ、まっすぐ、向き直った。


「私の報告書を、お読みいただいたなら、ご存じのはずです。この現象は、夜間・複数光源・移動する影──その、特定の条件でしか、現れません。今、この大広間は、その、すべてを、欠いています。明るく、光源は一つ、動く影もない」


 彼女は、白い床を、指した。


「ですから、今、ここで、何も現れないのは、当然です。それは、現象が"無い"証拠では、ありません。──私が報告した、"条件依存"という性質と、完全に、一致する結果です」


 オルテガの、白い眉が、動いた。


 だが、ヴァレンは、引かなかった。


「詭弁だ」


 彼は、初めて、声を、硬くした。


「"見えない時は、条件が悪いから"。"見える時にしか、見えない"。──それは、検証ではない。逃げ道だ。都合の悪い時は、条件のせいにする。そんなものは、魔術ではなく、迷信と、同じだ」


 それは、鋭い、反論だった。


 その場の、多くの評議員が、頷いた。


 確かに、その通りだ。「確かめられない時だけ現れる」では、何の証明にも、ならない。


 ──世界が、線と、条件に、分解される。


『前提』この大広間に、条件は、ない。ゆえに、線は、出ない。報告書の、通りに。

『前提』副団長の反論。"条件のせいは、迷信と同じ"。──反論として、正しい。

『仮説一』言葉で、説き伏せる。──棄却。この場は、言葉なら、大人が勝つ。

『仮説二』条件そのものを、目の前で、動かす。入れれば、現れ。外せば、消える。何度でも。

『残る問い』評議会は、目の前で動く事実を、退けられるか。

『結論』反論を、そのまま、実験手順に、変える。


 ──再構成、完了。


 瞬き、一つ分の、沈黙だった。



     * * *



「おっしゃる通りです」


 リゼットは、動じなかった。むしろ、待っていた、というように。


「"見えない時は条件のせい"では、迷信です。ですから──今から、それを、迷信ではなく、実験に、変えます」


「……何を、言っている」


「条件を、一つずつ、加えます。そのたびに、線が現れるか、現れないか、皆さまの目の前で、記録します」


 リゼットの、薄紫の瞳が、静かに、光った。


「もし、私が言う条件が揃うほど、線が、はっきり現れ。条件を、外すほど、消えるなら。それは、"気のせい"では、ありません。条件と結果が、対応している。──それを、制御された実験、と、呼びます」


 彼女は、評議会を、見渡した。


「迷信は、条件を、操作できません。ですが、本物の現象は、条件を、操作すれば、現れたり、消えたり、します。今から、どちらか、お見せします。──怖くなければ、条件を、揃えさせてください」


 その一言に。


 ヴァレンの、頬が、こわばった。


 "怖くなければ"。


 ここで拒めば、彼のほうが、検証から逃げた者に、なる。



     * * *



「──条件を、変えるなど」


 それでも、ヴァレンは、絞り出すように、言った。追い詰められた者の、最後の抵抗だった。


「認められん。今日の取り決めは、"この大広間で、再現できるか"。それが、勝負だ。窓を覆い、灯りを持ち込み、影を、こしらえる──そんな条件を、そちらの都合で、後から、作ってしまえば。何とでも、見せられる。それは、検証ではない。ただの、見世物だ」


 もっともらしい、反論だった。


 だが、オルテガの、白い眉が、ゆっくりと、動いた。


「副団長。──その理屈は、逆だ」


 団長の声は、静かで、重かった。


「シルヴァーヌ嬢の報告書には、初めから、こう書いてある。この現象は、夜間・複数光源・移動する影の、条件でのみ現れる、と。すなわち──条件依存だ、と。ならば、その条件を、再現せずに、"昼の大広間で出るか"を問う、今日のやり方こそ。報告と、噛み合っておらん」


「それは──」


「条件依存と、報告された現象を。条件を、欠いた場で、試して、"出なかった"と言う。それは、検証ではない。ただ、報告を、読まなかっただけだ。──条件を、揃えて、依存するかどうかを、確かめる。それが、この報告に対する、唯一の、筋の通った検証だ。順序が、逆だったのは、副団長。あなたのほうだ」


 ヴァレンは、言葉に、詰まった。


 自分が、設えた"昼の舞台"そのものが。報告書を、一枚、めくれば、最初から、噛み合っていない検証だった、と。団長に、裁定された。


「制御実験なら、筋が通る。団長として、許可する。──副団長。異論は」


「……ありません」


 ヴァレンは、そう言うより、なかった。今度は、"怖いから"ではない。理屈で、真正面から、押し切られて。


 リゼットは、静かに、指示を、出し始めた。


 まず、大広間の、窓を、覆わせる。昼の光が、遮られ、空間が、薄暗くなる。


「まだ、現れません。光源が、一つでは、足りない」


 次に、燭台を、いくつも、運び込ませ、火を、灯す。複数の、揺れる光。


「まだ、弱い。影が、動いていない」


 そして、燭台を持った侍従たちに、ゆっくりと、大広間を、歩かせる。


 揺れる光と、動く影が、床の照明陣の上を、通り過ぎていく。


 その、瞬間だった。



     * * *



 照明陣の、主線の脇に。


 もう一本、薄い線が、二重に、滲むように、浮かび上がった。


 既存の補修線とは、違う。基礎書には、ない、曲線。


 評議員の、一人が、息を、呑んだ。


「……見えた」


「私にも」


「あの、脇の線か。確かに、二重に──」


「消してみます」


 リゼットが、静かに言い、侍従たちを、止めさせる。燭台を、遠ざける。動く影が、止まる。


 すると、その薄い線は、すうっと、光に溶けて、消えた。


「もう一度」


 再び、動く光。再び、線が、滲み出す。


 現れ、消え、また現れる。


 条件を、揃えれば、現れ。外せば、消える。


 六歳の少女の、指先ひとつで。評議会の、目の前で。何度でも。


 それは、もう、"気のせい"では、なかった。


 制御され、再現され、記録された、一つの、現象だった。



     * * *



 大広間が、静まり返っていた。


 ヴァレンは、動けずに、その薄い線を、見つめていた。


 彼が、仕込んだ罠は、こうだった。「昼の大広間で、再現できまい。できなければ、無かったことにする」。


 だが、リゼットは、再現しようと、しなかった。代わりに、"現れない条件"と"現れる条件"を、並べて見せた。彼の用意した「失敗する舞台」を、そのまま、「条件依存を証明する実験台」に、変えて、しまった。


 失敗を、勝ちに、変えた。


「副団長」


 オルテガが、静かに、言った。


「これでも、無かったことに、するか」


 ヴァレンは、答えなかった。


 答えられ、なかった。


 否定するには、たった今、全員が、その目で、見てしまった。何度も。記録係の羽根ペンは、それを、余さず、書き取っていた。


 懐疑派は、沈黙した。


 少し、ではない。完全に、だった。



     * * *



 評議会の結論は、その場で、出た。


「シルヴァーヌ嬢の観測を、正式な検証対象とする。宮廷魔術師団は、小規模模型による条件の絞り込みを、開始せよ」


 オルテガの声が、大広間に、響いた。


 参考記録という、生ぬるい箱は、こじ開けられた。問いは、消されるどころか、宮廷の、正式な机の上に、載った。


 エミールが、杖に、両手を預けたまま、小さく、笑った。


「……六歳に、盤を、ひっくり返される日が、来るとはな」


「先生の署名も、残りました」


「そこは、庇っておらんのだったな」


「合理的な判断です」


「そういうことに、しておこう」


 少し離れた場所で。


 ルイスが、その様子を、見ていた。


 彼は、この検証を、止めなかった。ヴァレンの罠も、承知の上で、あえて、盤を、用意させた。──あの令嬢が、どうひっくり返すか、見たかったからだ。


 そして、彼女は、期待の、はるか上を、行った。


「……面白い」


 ルイスは、ほんの少しだけ、口の端を、上げた。


 六歳の令嬢は、王宮の懐疑を、力ではなく、条件と記録で、黙らせた。


 その戦い方は、これから彼女が歩む、長い道の、いちばん最初の、勝ち方だった。


 消すのではなく。ねじ伏せるのでもなく。


 ──見える形にして、消せなくする。

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