ハプニング失望症候群③
『フィクション』
気づくと、俺は見慣れた街に立っていた。
目の前には、まだ壊れていないビル。
普通にすれ違う人間たち、どれもちゃんと存在している。
「……あれは夢、か?」
小さく声に出してみる。
声色が身体中に振動するのを感じた。
ここは現実で、俺はまだ生きている。
だが、すぐに違和感に気づいた。
俺の記憶は、あのときを覚えていた。
崩壊した世界も、消えていった人たちも、全部覚えている。
あれが未来で、今いるこれは過去。
どっちも俺の記憶で間違いない。
空を見上げると、何も変わらない普通の空があった。
でも、あの歪みはじめた空の映像が鮮やかに浮かぶ。
この世界はいずれ、あのときと同じように壊れていく。
周りの人間たちは、もちろんそれを知らない。
仮にここで騒いでみても変人扱いされるのがオチだろう。
そもそも俺は自分の意志で過去に戻った訳じゃない。
じゃ、なんでここに存在する?
もう1人の俺に会ったら、どうすればいいかと思ったが、
その疑問は、すぐに解決した。
ここでは、まだ俺は生まれていなかった。
タイムマシンでは遡れない遠い過去に飛ばされていた。
生まれてない時代に、ここにいる意味ってなんだよ?
俺は葛藤した。
頭が混乱した。
このむしゃくしゃをどこかに吐き出したい、
そうでないと気が狂いそうだった。
(じゃあ、そのむしゃくしゃを文字にしてしまえよ)
俺には確かにその声が聞こえた。
俺はこの先に起きることを文字に変えていった。
物語を書いているうちは、なぜか感情が落ち着いた。
誰も信じなくてもいいさ。
信じない方が自然だろ。
むしろ、そっちのほうが気分的に楽だった。
だってここでは何もかも、ただの作り話だからな。
適当なアカウントを作って、どこにでもある投稿サイトにアップする。
タイトルは、それっぽく、ありがちな近未来小説って感じにしたさ。
「ハプニング期待症候群」
……いかにも厨二病っぽいが、それが逆にいいだろ。
最初は、記憶に残るありがちな事件を書いていった。
それから、少しずつA Iの進化とか近未来に触れつつ、
いかにもSFっぽい、ぶっ飛んだ内容に変えていった。
書き方はあえて軽くした。
誰も1ミリも本気にしないようにな。
本気にされないからこそ、この文章は残るだろ?
コメント欄は、予想通りだった。
⸻設定いいね〜
⸻ちょっとありがちだけど嫌いじゃない
⸻オチ、ぜんぶ読めたw
⸻書いてるの絶対、中学生やろ?
笑えるくらい、平和な世界だった。
でも、それでいい。
画面の向こうで、誰かがスクロールする。
ほんの一瞬、立ち止まる。
そして、また何も知らないまま日常に戻っていく。
これは数多くあるフィクションのひとつ。
誰もがそう思う物語のはずだった……
『コメント』
でも、ある日、ひとつのコメントが目についた。
⸻ずっと描いてたの小さな事件だったのに、最近はテーマが大きくなりすぎてないかなぁ。でも、その姿勢、ぼくは好きだけどさ。
⸻あとさ、A Iの人類侵食とかもう少しリアルに攻めてもいいんじゃない?
よくある感想だ。
最初は、そう思った。
でも、最近の作品に対するコメントは流せるレベルじゃなかった。
⸻時間汚染の描写、あれだと軽すぎる。建物だけじゃなくて、記録ごと消える感じにした方がいいよね
心臓が、少しだけ強く鳴った。
そこまでは、詳しく書いてないはず。
俺がわざとぼかしていた部分だった。
⸻過去側の人間が重なる設定、いいよね。でも、どちらかが消えるじゃなくて、最初からどっちもいなかったことになるんだよね?
スマホを持つ手が、じわりと汗ばんできた。
それは、俺があっちで見たリアルな現象、そのものだった。
「単なる偶然、だろ……」
誰かが似たような発想をしただけ。
そう言い聞かせる。
でも、スクロールする指が止まらない。
三つ目のコメントが、俺にとどめを刺した。
⸻つかさ、どれも企業や政府の描き方が甘すぎ。もしかして、ちょっと怖くなってるっしょ? それはヤツら? それとも、ぼく?
……やはり、これは知っている言い方だ。
あの未来を経験したやつの言葉だと確信した。
俺は、初めてコメントに返信を書いた。
震える指で、短く打ちこんだ。
「なんで、知ってる?」
送信して、数秒。
既読はつかない。
そもそも、そんな機能は、これにない。
それでも、なぜか分かった。
あいつは、必ずこれを読んで……
しばらくして、通知欄が更新された。
そこに、新しいコメントが届いていた。
⸻そっちも、残って飛ばされた側だよね?
呼吸が止まった。
画面の文字が、やけに現実感を持っていた。
作り話を語る場所で、ありえない会話が成立していく。
俺は、ゆっくりと打ち込んだ。
「……お前もか?」
少しの間が続いた。
俺にはやけに長く感じる沈黙だった。
そして、向こうから返事が返ってきた。
⸻ぼくは、もう3回目




