世界は今日も、だいたい平和です?②
『無風地帯』
昼休み、屋上は風が強かった。
弁当のふたを押さえながら、俺は言った。
「また始まったらしいな」
友達の篠原がスマホを見たまま答える。
「何が?」
「戦争」
「ああ」
「映像が揺れてるわ……」
それだけだった。
篠原は別の動画を開く。
画面の中で、知らない街が煙に包まれている。
「すげーな」
「何が?」
「この画質」
俺は笑う。
煙の向こうで人が走っている。
コメント欄はもう埋まっていた。
《やば》
《かわいそう》
《これフェイク?》
三分後、その動画は縦長の短い切り抜きになっていた。
さらに三分後、BGMがついた。
数分で、単なるエンタメ動画に変わる。
屋上の風はさらに強くなった。
でも、煙は遠く流れてこない。
放課後、コンビニに立ち寄った。
レジ横の小さなモニターで紛争のニュースが流れていた。
店員は無言でスキャンを続ける。
「またか」
後ろのサラリーマンが言う。
「最近多いね」
俺はペットボトルを受け取りながら、画面を見る。
爆発、それに混じった多くの煙。
アナウンサーがコメントする。
「さらなる緊張が高まっています……」
それだけ伝えて映像は変わる。
高まるだけで、こちらには来ない。
外に出ると、空は普通に青かった。
夜、家族で夕飯のとき、父がニュースを見ながら言った。
「昔よりマシだ」
「何が?」
「何もかもだろ」
母が頷きながら、話す。
「ええ、少なくとも、ここは安全ね」
ここ……便利な言葉だ。
ここは安全。
ここは平和。
ここは関係ない。
テレビの中で、また別の場所が燃えている。
でも、誰の箸も止まらない。
画面を眺めている、それだけ。
翌日、学校で誰かが言った。
「戦争ってなくならないのかな」
「無理じゃね?」
「……だよな」
会話はそこで終わる。
それ以上、深掘りしない。
意見も出ない。
怒りもない。
ただ、結論だけがあるーー無理。
一度だけ、戦争についての記事を読んだことがあった。
背景。歴史。利害。武器の流れ。資源。
読んでいる途中で、眠くなった。
難しかったからじゃない。
あまりに重かったからだ。
読み終えても、明日が変わるわけじゃない。
だから、途中で通知が来たとき、その記事を閉じた。
《期間限定セール》
おススメ商品案内の通知。
俺はすぐに通知を開いた。
なぜかって?
こっちのほうが、身近でリアルだから。
数日後、煙に包まれた街の動画はサイトから消えた。
代わりに芸能人の不倫謝罪動画がトレンド入りした。
篠原が言う。
「平和だな」
「そうだな」
どこが、とは言わない。
言わなくても成立する。
俺たちの世界は、揺れていない。
揺れていない場所に立っている限り、
遠くの揺れは映像でしかない。
夜、ベッドの中でふと思う。
もしあの煙が、ここに上がったら。
もしあの爆発音が、窓を震わせたら。
俺は映像の画質を褒めたり、「無理」で片づけたり、
青い空を当然だと思えたりするだろうか。
考える。
少しだけ。
そしてやめる。
想像しても意味がない。
今、ここは安全だから。
今日も、屋上は相変わらず風が強かった。
篠原が言う。
「また別の場所で空爆があったらしいな」
「そっか」
「ま、関係ないか」
俺は弁当のふたを押さえる。
「だな」
突然、突風が吹いた。
遠くの煙は、今日も画面の中だけだ。
俺たちは無風地帯にいる。
いや、無風地帯にいると思いこんでる。
この突風が空爆だったとしても、
きっと逃げることさえ考えない。
できない思考になってしまった。
── @news.narou_jp
『世界中で100に迫る紛争――大半の人は現実を知らない』
2030年1月、国際平和調査機関は、世界の紛争状況への市民認知度を測ることを目的に、複数の都市で若者を中心に街頭アンケートを再度、実施した。
「いま、世界で戦争はいくつ起きていると思いますか?」という質問に対し、最も多かった答えは「知らない」。次に多かったのは「自分にはまだ関係ない」だった。
一方で、国際統計によれば、現在、100近くの武力紛争が同時進行している。




