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第七十八話 人生

蒼の過去編です

 崖からの転落事故があり、車椅子生活になってしまったおじいちゃんは遠出する事が少なくなり、一時は老人ホームに送られそうになったが、蒼の世話をする人がいなく、取りやめになった。


「おじいちゃん、お茶。」

「ありがとうな。」


 おじいちゃんはそう言うと、グイッとお茶を口に運んだ。湯のみを机に置くと、一息ついた。

 蒼が用意した朝食を後から机に運ぶと、椅子に座っているおじいちゃんも手伝おうと立ち上がった。


「手伝おうか。」

「駄目だよ、おじいちゃん!まだ動いちゃダメだって。」


 蒼がおじいちゃんを座らせようとすると、「おっとっと」と言って椅子に座り込んだ。蒼がせこせこ朝食を運び終わると、椅子に座って2人で食べ始めた。


「いただきます。」


 味噌汁に箸を入れてワカメを掴んだ。元々料理の手伝いはしていたし、数ヶ月は蒼が作っているので、味噌の量も丁度いい。


「なぁ、蒼。ヨネコ……お前のお母さんの話なんだが……」

「?」


 おじいちゃんは口を開いて話しかけたが、開いたまま「なんでもない」と言ってもう一度ご飯を食べ始めた。

 魚を一口箸で摘んで口に入れると、おじいちゃんはまた何かを考えて、次は話し始めた。


「お前のお父さん……覚えてるか?」

「何となく顔は覚えてる。」


 小学生になる前だった。家を出て行ってしまって、その時から蒼はおじいちゃんと母親に育てられた。

 遊んだ記憶は一度しかないし、気になりもしなかった。


「お父さんは良くお母さんと喧嘩してたんだ。それで嫌になって出て行った。上手く噛み合わなかったんだ。凸凸(でこでこ)だった。」


 凸凸と言ったのはおじいちゃんなりのユーモアだったのかもしれないが、当時小学四年生になったばかりだった蒼は気がつかなかった。


「つまり……どっちも悪い人じゃなかった。」


 おじいちゃんはそう言うと、一口お茶を飲んで、湯のみを机に置くと、眉間に皺を寄せた。米を口に運んで、味噌汁で喉に流し込んだ。


「悪い、ちょっと食べててくれ。」


 そう言うとおじいちゃんはフラフラ立って車椅子に乗った。部屋から出て廊下を移動すると、ベランダに出た。数年も棚にしまわれていた煙草に火をつけると、おじいちゃんはベランダの柵に手を置いて立ち上がった。


「たった数年……変わったな。ヨネコもいなくなって……『Lunar Mist(ルナ・ミスト)』も甘くなったらしいな。」


 誰もいないのにおじいちゃんは誰かに語りかけるように言った。この『Lunar Mist(ルナ・ミスト)』は数年前のものなのでまだ苦味があるのに、何故か甘くなってしまった気がする。いや、甘いという味すら感じていなかった。『KREUZクロイツ』を吸いたい気分にすらなってきた。


「未だ変わらないもの。」


 おじいちゃんは煙を吐くと、柵に煙草を押し付けて火を消した。ベランダに設置されたゴミ箱に吸殻を捨てると、壁に手を付きながら、ゆっくり車椅子に座った。

 車椅子のタイヤを手で回して、蒼のいるリビングに向かった。蒼はもう食べ終わったようで、食器片付けていた。


「食べ終わってたのか。ごめんな。」

「うん。」


 おじいちゃんは車椅子から降りると椅子に座って、先程のご飯の残りを食べ始めた。飯の味すらあまり感じない。だが、そこにある愛情。それは舌ではなく全身で感じられた。


「蒼、美味しいよ。」

「?ありがとう。」


 蒼は突然で困惑していたが、おじいちゃんは満足そうだった。味噌汁の豆腐を口に運ぶと、笑みを浮かべていた。


────────────────────────


 数ヶ月した。蒼にも医者にも勧められ、本人は嫌そうだったがリハビリを増やしたので、遠くの街の病院に行く回数が増えた。毎度毎度医者の先生が車で送迎していたが、その度に帰ってくるのは夜遅くなっていたので、眠る時にようやく会うと言った日々が月の半分くらいだった。

 あの日も、そうだった。


「蒼、また帰るのが遅くなった。悪い。」


 おじいちゃんはもうパジャマに着替えていて、眠る前にトイレに行こうとしていた。蒼は先程まで眠っていたので、またウトウトしてきて、気がつけば夢の中にいた。



 雀の鳴き声。針が進む時計。カーテンの隙間から差し込む日差し。暗く光る電気の光。

 朝かと思い布団から出た。蛇口がしまっていないのか、ポタポタという音が耳に入ってきた。よほど寝相が悪かったのか、布団の端が少し破れていた。


「おじいちゃん?」


 おじいちゃんの姿は無かった。蒼はぼーっとしている頭で、夜におじいちゃんがトイレに行った事を思い出した。そのまま寝ているのではないかと思い、眠たい目を擦りながら廊下を歩いた。段々大きくなるポタポタ……という音で鼓動が速まり、耳に聞こえるようだった。


「おじいちゃ……」


 鼓動が止まった。そう、感じた。

 目に飛び込んできたのは、どす黒い赤だった。トイレの壁にもたれて倒れるおじいちゃんの姿。頭から赤いものが流れ出していて、真っ黒で虚ろな目はジッと何かを見つめているようだった。


「ぁ……っ……はぁっ……」


 蒼は言葉を発することすら出来ずに、過呼吸に陥った。落ち着け、おじいちゃんを助けなければ。ゆっくり息を吸って吐け。

 息を吸おうとすれば小刻みに「吸う、吐く」を繰り返してしまって、上手く呼吸できない。気がつけば頬を涙が伝っていた。


「ぁぁああぁあぁあああぁん!!」


 何も出来ず蒼はただそう泣き叫んだ。数分経った頃、騒ぎを聞いた近所のおばあちゃんが家の扉を開いて入ってきた。目の前のショッキングな光景でおばあちゃんも絶句していたが、急いで救急車を呼んだ。

 医者が見るまでもない。死亡していた。死亡推定時刻は、深夜2時32分。蒼に話しかけた数分後だった。間違いない他殺。犯人は未だ明らかになっていなかった。


 人生は短い。生きるのは辛く、難しい。


第七十八話 終

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