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第百五話 恋する女

やっぱり僕に恋愛系は向いていない

〖アタスマ・メルシー。〗

「……」

〖貴様、恋してるな?〗

「……は!?!?」


────────────────────────


 遡ること数分前。

 腹部に強烈な一撃を与えたアタスマは、ようやく戦闘の中で手応えを感じた。

 が、水星(マーキュリー)も一筋縄ではいかなかった。気がつくと、水星(マーキュリー)の肉体は水となって、目の前から消えていた。


「なっ……何が……!?」

〖不思議で仕方ないか。〗


 気がつけば背後を取られていて、アタスマは頭をどつかれた。


〖魔力の籠った拳……よくもやってくれたな……!!よもや軌道を曲げるとは……〗

「心のこもらない賞賛ですね。」

〖くく……心外だな。〗


 水星(マーキュリー)は口元を押さえて笑った。当然、賞賛に心など込もっていない。


〖こう見えても情深いのだぞ。読んできたラブコメの漫画は数知れず……〗

「いや何の話ですか……??」


 アタスマは困惑して苦笑いを浮かべた。だが、水星(マーキュリー)は自信ありげに笑みを浮かべていた。その時ようやくアタスマは気がついた。

 この女、本気である。本気で敵と恋バナ始めようとしている。そういえば先程も悠様のこと話したり……これは……


「ツンデレ?」

〖それは本当に心外だ。〗


 ようやくアタスマは我に返った。仮にも相手は十星だ。そんな可愛い性格なはずが無い。きっと私を油断させる罠だ。漫画好きなど特に有り得ない。


〖恋愛マスターの私から言わせてもらえば……〗

「何勝手に変なこと言い始めてるんですか。あなた恋愛マスターじゃなくて十星ですよ。」


 水星(マーキュリー)はアタスマの発言が耳に入らないのか、ニヤニヤして言った。


〖アタスマ・メルシー。〗

「……」

〖貴様、恋してるな?〗

「……は!?!?」


 こうして最初の会話に戻るわけである。

 アタスマは正直、意味が分からなかった。本当にこの女は何を言い始めているのだ。先程圭太の指示で基地内からは出たものの、まだ戦場であることに変わりはない。例えるならクリスマス休戦のようである。


〖くっくっく……やはりそうなのか。分かりやすい女だ!!〗

「いや……恋してるっていうか……結婚してる人なら居ますが……」

〖え、ちょ待って、それは聞いてない。アンタも“こっち側”じゃないの???〗


 水星(マーキュリー)は一瞬素で話してしまったことに気がつき、必死に口元を押さえた。アタスマは半分呆れて、苦笑のため息をついた。


「恋バナに花咲かせようとしてるのに……貴女はまだつぼみすら付いてない訳ですか。ふっ……十星ともあろう人間が笑わせてくれますね。」

〖お……夫は誰なんだ?〗

「坂本慎一ですけど……」

〖ならば坂本慎一を殺してやる。〗


 突然、意表を突くような言葉を水星(マーキュリー)は耳元で発した。アタスマはペラペラ話していた自分をようやく後悔した。

 十星の1人、水を司る水星(マーキュリー)という女がそう簡単な人間な訳がなかった。


 そう。簡単な……訳がなかった。水星(マーキュリー)は、とんでもない嫉妬の女王だった!!

 自身の恋愛が成功しないからと言って、水星(マーキュリー)は見かけるカップル全てに唾を吐き捨てる、いや、吐きかけるほどの嫉妬心があった。

 つまり、先程の“殺してやる”は、ただの行き過ぎた嫉妬である!!


「くっ……貴女の狙いはこれですか……!!」

〖狙い……いや、これ(嫉妬)は生理現象だ!!〗

「な……なんですって……!!それ(殺し)が生理現象……!?」


 とんでもない勘違いが起こっていた。

 一旦落ち着いたのか、水星(マーキュリー)は深呼吸すると、いつも通りの嘲るような笑みを浮かべた。


〖愛も恋も幻想だと言うのに……下らない妄想だな。ハッキリ言ってやろう。坂本慎一は隙があれば貴様すら利用するつもりだぞ。〗

「利用?どういうことです。」

〖少し調べれば出てくる話。坂本慎一の起こした殺人事件。坂本慎一の恨む対象のボスは【クローバー】、ENDの配下の四天王の一人だ。恋愛感情などない、せいぜい捨て駒程度にしか思っていないだろうな。〗


 いやらしい笑みを浮かべて水星(マーキュリー)はそう言った。だが、アタスマの心には全く刺さっていない様子だった。


「人と人との繋がりや……精神の話において幻想で無いものはありません。友情も、恋愛感情も、金の繋がりでさえ、そこには“信頼”という幻想が乗っているのです。」

〖それがなんだ。〗

「人類が文明を築き、そして発展させる途中経過の産物。それが、感情という幻想なのだとすれば。真実の愛など存在致しません。」

〖幻に縋るのが人類なのか。笑わせてくれる!〗

「幻で結構でございます。愛も感じないお魚さん。不感症か、マグロか。貴女に愛は感じられませんよ。」


 その挑発に限界を向かえたのか、水星(マーキュリー)が〖黙れ!!〗と叫ぶと同時に、液状化した地面からは大量の巨大魚が現れた。


「貴女にとって愛は未知のものですものね。未知のものは怖くて当然です。」

〖貴様に何がわかる!!〗


 アタスマの追い込むような挑発で、水星(マーキュリー)は暴れ始めた。無差別に攻撃を振り回し始め、味方すらも吹き飛ばした。

 が、アタスマは軽く嘲笑して言った。


「人は『怖い時に怒る』のですよ。」


 その様子は悪魔か、魔王にも似ていた。


第百五話 終

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