宿敵②
遥か上空から標的に向け光線を投射していた『流星』は、蓄積していた動力を使い果たし、ようやく攻撃を止めた。
神殿の屋根と床には綺麗な円形の穴がいくつも開いている。
転移者の男はうんざりした表情でその穴を眺めて、息を荒げ両膝に手をついた。
「衛星兵器なんてありかよ! てめえこそ世界観デタラメじゃねえか無茶苦茶しやがって!」
「あなたこそなんで避けるんですか! 光線を避けるなんて非常識ですよ!」
「こんなもん当たったら死ぬわ! だが、もう弾切れみたいだなあ? てめえ、泣かしてやるから観念しろや」
男の顔に凶悪な笑みが戻った。
腰の鞘から禍々しく反り返った2振りの『虎の爪』の名を持つ短刀を抜き、複雑な動きで振り回しながら、流れるような足捌きで間合いを詰めてくる。
「魔法使いが屋内で接近戦する気か? 無理無理、首を掻っ切られておしまいだよ、お前」
「『石の雨』」
リョウは返事の代わりに魔力投射器から石つぶての魔法を放った。ちょうど散弾銃のように、通常より広範囲に広がって飛ぶよう効果を調整している。
しかし、男は一瞬早くそれを察知し、足元を這うほど低い体勢で躱しながら接近する。
リョウは間髪入れず2射目を放つが、もうそこに男の姿は無い。
代わりにぽつんと取り残されたように、眼前に小さな円筒が浮かんでいる。
「……!?」
リョウは咄嗟に防護魔法陣を展開する。
次の瞬間、円筒が破裂し強烈な閃光を放った。
許容量以上の光量で、『識別の半仮面』の内部画面が白飛びする。
そこに忍び寄った男が、リョウの首元に素早く斬りつける。
「『突風』」
間一髪、リョウの巻き起こした突風に男は怯み、飛び退った。
リョウは視界が戻ったことを確認しながら、油断なく男を睨み問いかける。
「……なんなんですか、あなたは? なぜこんなことを? いくら腐れチンピラ野郎でも、人間が魔族に付くなんて」
男はその言葉を聞き、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた。
「おめでたいねえ。これだからゲーム脳のオタク君はダメなんだよ。何か勘違いしてるみてぇだから教えておいてやる。俺はれっきとした『魔族』だ」
「……!?」
「まあ、すぐにわかるさ。じゃあな坊ちゃん。もう少し遊んでやってもいいんだが、こっちはあいにく仕事でな」
男はつかつかと歩き出すと、そのまま礼拝堂の裏口へ向かう。奴隷たちの隠れている例の部屋がある方向だ。
リョウはそれを追いかけようと一歩足を踏み出す。
男は立ち止まり、顔だけ振り向いて淡々と告げた。
「……ああ、気をつけろよ、坊ちゃん。お前の周り、地雷だらけだからな」
その言葉が終わらないうちに、リョウの足元で大爆発が起こり、轟音とともに礼拝堂の天井が崩落した。
◇◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇ ◇
神殿の中から戦闘の音が聞こえてくる。
やがて神殿に充満していた白煙が晴れるのを確認すると、ファセリアとロンドは顔を見合わせ、頷き合った。
「某はこれより神殿内部に突入する! 衛兵隊、万が一某が戻らず、敵が現れた場合には迷わず救援を要請せよ!」
衛兵たちに指示を出すロンドの傍で、ファセリアは『聖なる武器』の奇跡を願う。
「武具に女神様の加護を施しました。邪なるものを切り裂き、その攻撃からは身を守ってくれます」
「ああ、助かる。それにしてもこの瘴気……どうやら相手はとんでもない化物らしい。くれぐれも油断召されるな」
その瞬間、礼拝堂で大爆発が起こった。
素早く反応したロンドはファセリアを抱え、神殿から距離を取って爆風から逃れた。
連鎖していくつもの爆発が起こり、爆炎が上がる。やがて礼拝堂の天井ががらがらと音を立てて崩れ始めた。
「リョウ様!」
ファセリアは口元を手で覆い、思わず悲鳴に近い声を上げた。今にも駆け出しそうな少女を、ロンドが必死に引き留めている。
「ファセリア! 危険だ! 退がれ、退がってくれ!!」
「ですが、リョウ様が……!」
「落ち着いて状況を確認するんだ! またいつ爆発が起きるかわからんぞ!」
ファセリアはようやく動きを止め、大きな瞳を見開き黒煙の上がる神殿を見つめている。小剣の柄を強く握り締めた手が震えている。
壁や天井の崩れる音の中に、声が混じっている。
子供の泣き声。おそらくあの奴隷の子供だろう。
そしてまだ炎が燃えている中を、悠然と歩み出てくる人影があった。
細身の身体に黒革の上下を着た、凶悪な面構えの男。
その肩には小麦の袋でも担ぐかのように、無造作に小さな少年を載せている。
奴隷の少年だ。眠っているのか、ぐったりとしている。
敵の姿を認め、ファセリアが矢のように飛び出して行った。
短剣を構え、目にも止まらぬ疾さで男に駆け寄る。
ロンドもそれに続き、斧槍を振りかざした。
「……おおっと、それ以上近づくなよ、お前ら」
男は淡々と言い、その顔に実に不愉快な嘲笑を浮かべた。
あろうことか少年の首根っこを掴み、盾にするように身体の前に掲げながら。
「その子を放しなさい! さもなくば——」
「交渉になってねえぞ、クソ尼。あの魔法使いの坊ちゃんみたいに吹っ飛ばされたくなけりゃ、退がってな。見逃してやるからよ」
ヘラヘラと薄笑いを浮かべファセリアを挑発する。ロンドは憤怒の形相で男を睨みつけ、斧槍を構えた。
「貴様……!!」
「……に、しても、お前らがブルゲアを殺ったのか? おいおい、仮にも俺の配下の魔人が、衛兵と尼ごときに? マジかよ」
男は丘の斜面に転がっている魔族の下半身に近づき、蹴りつける。
「おい牛野郎! サボってんじゃねえ! 起きやがれ!!」
丘の下から何かが空へと飛び上がった。
先刻の戦闘で吹き飛んで行った牛頭の魔族の上半身である。
唖然としている2人の前で、それはふらふらと空を飛び、下半身の上にどすんと落下した。
身体の上下の繋ぎ目が微妙にズレたまま、牛頭の魔人が口を開く。
「……悪い、ゲバルツォ。ちくしょう、油断しちまった」
「おお、マジか、くっついたのか!? 相変わらず大雑把だな、お前は」
男は呆れたように笑った。
「帰るぞ。目当てのものは見つかったからな」
「おい、待ってくれよ! あの兵士だ! あの兵士が俺を殺りやがったんだ!」
「後にしろ。この町の衛兵だろ? いつでも殺せる」
「でもよぉ……」
2人のやり取りを遮って、ファセリアが駆け寄り、細身の男——魔族ゲバルツォに小剣の突きを見舞った。
ゲバルツォは半身になり『虎の爪』でその攻撃を受け止める。
「おっかねえ尼だな。ガキがどうなってもいいってのか?」
そのまま小剣を巻き込むように手首を捻る。ファセリアは小剣を落とされないよう身体ごと回転して、再び切先を突きつけた。
「その子が目的なのでしょう? ならば危害など加えられないはず」
月の聖女の射竦めるような視線をこともなげに受け流し、ゲバルツォは哄笑した。
「はははは!! そりゃそうだけどよ、イカれてんな、お前!」
その傍で激しい金属音が響く。
振り下ろされたロンドの斧槍を、牛頭の魔人ブルゲアの角が弾き返したのだ。
「貴様の相手は某だ、畜生め」
ロンドは斧槍を軽々と振り回し、ぴたりと正眼に構える。
ブルゲアは目を血走らせ、口の端に白い泡を溜めながら、歓喜の声を上げた。
「そう来なくっちゃなあ、兵隊長様!! 俺様と同じ目に合わせてやるよ!!」
「衛兵隊! 神殿に取り残された市民の救助だ! ここは某達が食い止める、取り掛かれ!」
魔人を睨んだまま、ロンドはよく響く声で部下達に指示を出す。
神殿へ向かう兵士達を、ゲバルツォはいかにも興味がなさそうにちらりと眺めた。
「魔族よ、リョウ様をどうしたのです!」
ファセリアの小剣が息もつかせぬ速度でゲバルツォに襲いかかる。ゲバルツォは少年を抱えたまま、片手の『虎の爪』でそれを捌き続ける。その表情が狂気を孕んだ喜びの表情に変わっていく。
「やるねえ、尼さんよ。そのイカれっぷり、気に入ったぜ。流石はあの月の女神の下僕だな」
「答えなさい!」
「……ああ、あの坊ちゃん? 爆死したか、助かったとしても脚ぐらいは吹っ飛んでるんじゃね? 知らねえけど。まあ生きてたら生きてたで構わねえよ、別にどっちでも」
「許しませんよ」
「………………ぁぁぁぁぁぁ…………」
「おお、怖い怖い。イカれ女神の狂信者。物騒で嫌だねえ」
「…………ぁぁぁあああああ…………」
「貴方たちは何の目的で、こんな事を」
「ああああああああああああああああああ」
「教えてやってもいいんだが、どうせすぐわかるぜ? ……って、なんかさっきからうるせえな、トークの邪魔しやがって、誰だよ!」
「うにゃあああああああああああああああああ!!!!!!」
その場にいた一同——ファセリアとロンド、そしてゲバルツォとブルゲアは、同時に声のする方……すなわち頭上を見上げ、絶句した。
巨大な影。
空から竜が降ってくる。魔族の上半身と、泣き叫ぶ猫人族のオマケ付きで。
竜は一同の頭上を掠め、未だ煙の立ち上る神殿の真上に落下した。
凄まじい振動と、轟音。爆発、衝撃。瓦礫混じりの煙が押し寄せる。
ファセリアは吹き飛ばされ、気を失った。
◇◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇ ◇
「……セリアさん、ファセリアさん!」
聞き慣れた声に名を呼ばれて、ファセリアは跳ね起きた。
目の前には、心配そうなリョウの顔がある。
「大丈夫ですか!? 怪我は!?」
ようやく状況を思い出す。魔族との戦闘中に突然空から竜が降ってきて、気を失って……
「ってリョウ様!? なんで生きてるんです!?」
「ふごっ……!!」
言い方を間違えたのか、はたまたただの照れ隠しなのか——ともかく、思わぬダメージを受けたリョウは目を逸らしてボソボソと呟いた。
「……生まれてきてすいません……」
「ご、ごめんなさい!! 言い間違えました! ご、ご無事でよかったです!!」
「あの程度の爆発、防護魔法陣のお陰でキズ一つ付きゃあしませんよ。まあその後瓦礫に埋まっちゃって、衛兵さんたちに助けてもらいましたけど」
実際のところ、リョウが無事だったのはあの爆発の直前に偶然防護魔法陣を張っていて、偶然それが使われず残っていたからにすぎない。
その他にもあの男にはリョウを殺す機会などいくらでもあった。要するにリョウは最初から全く相手にされていなかったのである。
もっとも、ゲバルツォの方にもそれほど余裕があったわけではなかったのだが、それを知る由もなく、リョウは傷つき、憤り、敗北感に打ちひしがれてもいた。
だが目の前のファセリアのため、リョウはその思いを押し込め、普段通りに振る舞う。
そして心の片隅でひっそりと、これから永きに渡り宿敵となる男への復讐を誓った。




