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宿敵

 衛兵隊長ロンドは愛馬を駆って港へ向かう。

 この芦毛の軍馬は主人に忠実で、多少の事では物怖じしない。捕物や魔物との戦闘の経験もある、ロンドの頼もしい相棒であった。


 居住区を抜けごみごみとした繁華街へ出ると、避難する人々の流れに鉢合わせた。幸いなことに恐慌状態にはなっていないようだ。


「慌てることはない! 落ち着いて市街地へ! 魔物は衛兵隊が食い止める。女子供やご老人には手を貸してやってくれ!」


 避難する市民を轢かないよう速度を落とし、声を上げながら走る。

 

「隊長! 魔族だ! 港で竜騎士がやり合ってる!」


 身重の妻の手を引き、幼子を背負った顔見知りの漁師が声をかけてくると、ロンドは渋い顔をした。

 町中で他国の騎士が魔族に襲われたとなれば、向こうの出方次第ではややこしい事態になるかもしれない。万が一竜に被害でも出ようものなら、その賠償額は……ともあれ、今は事態の収拾が先決だ。


「相分かった! 漁師殿も恙無(つつがな)く行かれよ!!」


 逡巡の末、ロンドは向かって左手、月の神殿の方角へ手綱を繰った。

 竜騎士はもう巻き込んでしまったのだから仕方がない。どのみち面倒な事後処理が避けられないのならば、今は精々市民のため働いてもらおう。

 1人でも犠牲を減らすためにはそれが最善だと、ロンドは半ばやけくそで決断した。

 竜騎士は傲慢だが騎士道を重んじる連中でもある。そして、ロンドには彼らとの交渉を優位に進められる『材料』もある。

 まあどうにかなるだろう。馬上のロンドは意地の悪い笑みを浮かべた。


 海沿いを行くとやがて小さな丘に行き当たり、その上に月の神殿が建っている。近付くにつれて剣戟の音や兵士たちの(とき)の声、そして得体の知れぬ怪物の咆哮が耳に届いた。


 丘を登りきると、巨大な牛頭の怪物の姿が真っ先に目に入った。それを取り囲む兵士たちが統制の取れた動きで怪物を牽制している。その中を縦横無尽に、銀の大鎌を携えたファセリアが飛び回っている。

 ほとんど完封と言っていいほど、怪物は翻弄され追い詰められていた。


 これならば手助けは不要だったかといささか拍子抜けしつつも、ロンドは身の丈を越す長さの斧槍ハルバードを構える。

 その時、馬の足音と風切音に戦場の喧騒の中、耳元で声が聞こえた。


「ロンド隊長、僕が奴を足止めします!」


 リョウの声だ。ロンドは瞬時に魔術師の意図を理解した。


「キューエル!!」


 主人の呼びかけに答え、芦毛の軍馬は(いななき)を上げると全速力で怪物めがけ突進する。


「第一衛兵隊!! 散開!!」

 

「ロンド隊長!!」


 ロンドの号令が響くと、兵士たちは口々に安堵の声を上げた。隊長の意図を汲み、怪物を牽制しつつ素早く距離を取る。


「デル・ソラスタ・バルメキーオン。『時空の頸木(くびき)』」


 地面から伸びた漆黒のイバラのツタが魔族の身体に絡みつく。怪物はそれを引きちぎろうと暴れるが、その強靭な四肢を持ってしてもツタは切れず、無数の棘が食い込みさらにその動きを鈍らせる。


「援護します!『加速(ヘイスト)』、『敏捷性上昇(クイックネス)』、『勇敢なる飼い犬』、『筋力(ストレンクス)』『戦意高揚』……」


 再びリョウの声。


「ひっ、ヒヒイぃぃぃぃぃぃン!!!?」


 各種増強(バフ)魔法を受けたロンドの愛馬は、7色に発光しながら興奮して激しく嘶いた。


「……なっ!?」


 愛馬キューエルが爆発的に加速して、思わずロンドは仰け反った。

 リョウの使った魔術はどれも、各系統の魔術の初歩的なものに過ぎない。ただし、補完関係にあるものを幾重にも重ね掛けしたおかげで、効果が乗算され『とんでもないこと』になっていた。


「くっ、これは……!」


 ロンドは怯み、顔面をこわばらせながらも体勢を立て直し、斧槍をしっかりと構える。

 すっ飛んでくる人馬に向けて怪物が鉄棍を振り下ろ……すよりもはるかに早く、質量の塊がその脇を掠めて通過すると、棍を握ったままの怪物の腕が肩から千切れ、ぐるぐると回転しながら飛んでいった。


 締められた雄鶏の声を何万倍にもしたような、悲痛でおどろおどろしい叫び声が響き渡ると同時に、鉄棍が斜面に突き刺さり、牛頭の魔族の肩から勢いよく鮮血が噴き出す。

 兵士たちから歓声が上がった。


「……おっ、おい! キューエル、どう、どう! 落ちつけ、相棒。って、ちょ、きゅ、キューーーーーーエルうぅぅうう!!!!」


 方向転換した軍馬は鼻息荒く、さらに速度を増して怪物に突進する。ロンドは思わず悲鳴をあげた。

 涙目のロンドを乗せ7色の突風が通り抜けると、斧槍の刃で切断された怪物の上半身が吹き飛び、鮮血を撒き散らしながら緩やかな丘の斜面をどこまでもごろごろと転がって行った。

 残された下半身がゆっくりと倒れ、牛の尻尾だけが僅かの間蛇のようにのたくっていたが、すぐに動かなくなる。


「おお!! さすが隊長!!」


「お見事!!」


「ロンド隊長万歳!!」


 兵士たちが歓喜の言葉と共にロンドの元に駆け寄る。


 ……のを、軍馬キューエルは思いっきり蹴散らした。

 

「ひっひいいいいぃぃぃん!!!!」


「うわぁぁああああ!!!!」


「たぁぁぁすけてえええぇぇぇぇ!!! 止まらないいいぃぃいい!!!」

 

 なんか可愛い悲鳴をあげるロンドを乗せたまま、完全に掛りまくったキューエルは、目を血走らせて丘を駆けてゆく。

 その前に小さな人影が立ち塞がった。


「おい! 危な……!!」


「上弦の月、清らかなる銀の三角。この者の魂に平穏を。ルーナ・アン・プレシスス」


 ファセリアが掌をかざし唱えると、軍馬は憑き物が落ちたように平静さを取り戻し、立ち止まって呑気に芝を喰みはじめた。

 そこに慌てた様子でリョウが駆けて来る。


「てへへ、やりすぎちった!」


「『てへへ』じゃなあああああぁぁぁぁぁああああい!!!!!」


 舌を出したリョウにファセリアとロンドが詰め寄る。


「死ぬかと思ったぞ! いや、振り落とされたら死んでたぞ! 絶対!!」


「味方まで吹っ飛ばしてどうするんですか!」


「いや〜、やっぱ危ないっすわ、これ」


「そうだな! ご理解いただけたようで幸甚の至りだ!」


 頬を真っ赤にしてぷんぷん怒っているロンドを見て、リョウは「あれ?」と首を傾げた。


「衛兵の皆さんは……よかった、ご無事ですね」


 頭やら腰やらをさすり、お互いに肩を貸しながら兵士たちが歩いてくるのを見て、ファセリアは安堵の表情を浮かべた。


「……まあ、良い。ことが迅速に片付いたのは確かだ。うちの部下達も世話になったようだしな」


 ロンドは気を取り直してひとつ咳払いをすると、諦めたような笑顔を見せた。


「それで、状況は。敵はあいつ一体か? 神殿の人間は?」


 リョウも少しだけ気を引き締め直して報告する。


「はい、襲撃者は今のウシ一体です。神殿の皆さんは、タイデル司祭のおかげで無事ですよ」


「そうか、ならば某は港へ向かう。竜騎士が魔族と戦闘中らしいのでな」


「僕たちも追いかけますよ」


「……いや、卿にはここに残ってもらった方が良いだろう。敵の狙いはよくわからんが、次の襲撃の可能性もある」


「それでは、私が残ります。リョウ様は港へ」


 ファセリアの申し出に、ロンドが頷く。

 

「そうか、助かる。ではリョウ殿は某の後ろに乗ってくれ……念の為に言っておくが、『援護』はもう少しお手柔らかに頼むぞ。それから、衛兵隊は……」


 ロンドは指示を出すべく兵士たちに視線を向けた。

 ところが彼らは上の空でぽかんと口を開けたまま、神殿の方をぼんやりと眺めている。


「隊長、あれは……?」


「敵襲か!?」


 慌ててそちらへ視線を走らせる。

 丘の頂上に建つ神殿から、生木を火に焚べたような濃い白煙が立ち上っているのが見えた。


「あの煙……火の手というよりは……煙幕? だとしたら、敵はもう神殿の中に……!」


 神殿に向かって駆けながら、リョウは呟いた。


「神殿の中には、まだ例の奴隷の方々が……それにタイデル様の姿が見えません」

 

 並走しながらファセリアが表情を曇らせる。

 突然リョウが立ち止まり、珍しく大声を上げて皆を制止した。


「待って!! 皆さん、止まって下さい!!」


「……リョウ様?」


「この煙……これ以上近づいちゃダメです。これはガス兵器……ええと、要するに毒の霧です。眠らせるものか、麻痺させるものか、もっと悪いものかも」


 もくもくと派手に上がり続ける白煙に反して、炎も、熱も、ものの焼ける匂いもしない。リョウは神殿を睨みながら思考を巡らせた。


「毒を霧状に撒いているということですか? 解毒の奇跡は心得がありますが……」


「最悪の場合、吸った瞬間にお陀仏ってことになります。ここは僕に任せて下さい」


 リョウはそう言って、短杖を振り空中に魔法陣を描く。

 魔法陣に無造作に手を突っ込むと、遠くルーナリア魔術師学院の自室から、変態っぽいとすこぶる評判の悪い白い半仮面——『識別の半仮面』と、『魔術投射器』を取り出した。

 

「ああ、催眠ガスですね。やっぱり魔力は()()()ない。あくまでも生成物……ってことは、『風の衣』と『浄化(ピュリフィケーション)』で充分かな。驚いたな、やっぱりこれって……」


 白い半仮面を被ったリョウはぶつぶつと独り言を呟く。

 つるんとした半仮面の表面に、赤い光点が目まぐるしく動いている。


「それじゃ、行ってきます。なんとかあの人たちを連れ出してみます」


「いくらなんでも危険すぎる! あの中にはおそらく敵が……!」


 リョウを引き止めようとロンドが手を伸ばす。リョウは気負った様子も無く、軽い口調で答えた。


「さすがにサシで真っ正面からは戦いませんよ。鉢合わせたら外におびき出すか、拘束するかしますんで、よろしく」




◇◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇ ◇


 


「これはワイヤートラップ? 煙幕にトラップって、やっぱりそういうことか」


 リョウの装着した半仮面の内部(モニター)には、膝ほどの高さに張られた極細の鋼線がありありと映っている。その線の伸びた先は、壁に取り付けられた小さな円筒形の物体に繋がっている。

 この世界の人間が見ても、精々鳴子(なるこ)か脚を引っ掛ける程度の罠だと思うだろう。だがリョウは、リョウだけはそれが手榴弾を使った初歩的なブービートラップであることを知っている。


「これってワイヤーを引っ張るとピンが抜けるアナログなやつだよね? 切って大丈夫だよね? ……一応念のため固めとくか」


 小杖を振り、『氷塊』の一般魔法を起動する。

 一般魔法とは、魔術の中でも極めて初歩的、かつ実用性の高いものを、一般の人間でも使えるように再構成したものである。呪文の詠唱を必要とせず、安価な魔素結晶や呪符、魔法陣などの僅かな魔力で起動することができる。


 リョウは氷塊を発生させ鋼線ごと手榴弾を氷漬けにすると、その後『発熱』の魔術で鋼線を焼き切った。

 目論見通りその罠は起動することはなかった。


 恐る恐る煙の立ち込める礼拝堂に踏み込むと、その中央にうっすらと、胸ほどの高さの影が見える。

 影から赤い光線が伸び、リョウを捉えると、それは前触れも無く金属の(つぶて)——つまりは銃弾を断続的に撃ってきた。

 リョウは怯まず『魔力投射器』に装填しておいた『電撃』の魔法を放つ。

 銃弾の雨は、リョウの身体を包みこむ気流に全て逸らされ神殿の壁に幾つもの穴を穿ち、一方電撃を受けた影はその動作を停止した。


 リョウは小さく息をつき、ゆっくりと影に近寄る。

 回転する台座の上に物々しい機械が載っており、そこから砲身が生えている。

 リョウは苦々しい表情でそれを眺め、呟いた。


「遠隔操作? ターレットってやつ? 理屈では行けるのはわかってたけど、『風の衣』で銃弾を防ぐのは……やっぱり心臓に悪いなあ」


「困ったもんだよなあ。ガトリングの弾もここじゃあタダの飛び道具扱いだからな」


 突然どこからか声をかけられる。

 粗暴な印象の声だった。粗野で、暴力的で、攻撃的な、耳障りな獣じみた声。


「なあチー牛。お前みたいなヒョロガリでも異世界に来ればヒーローごっこできるって? そりゃ笑えねえなあ」


 視界の端で人影が動く。

 リョウはそちらに向けて『魔力投射器』を構える。

 直後、背後から馴れ馴れしく肩を抱かれる。


「遅い遅い。なあ童貞君、日本で雑魚だった奴が未開の地に来てイキってんの、オレ恥ずかしくて見てらんねえよ」


 耳元で嘲笑混じりの囁き声。

 リョウは答える代わりに短い呪文を唱える。


「イル・オーナム。『突風』」


 リョウの身体を中心に突風が巻き起こり、背後の敵を吹き飛ばす。

 風は同時に礼拝堂に充満した煙を散らし、敵の姿を露わにした。


 細身の身体に密着した黒革の上下。大きく空いた胸元から覗く刺青。

 刺々しく跳ねた銀色の髪。

 ガラの悪い、若い男に見える。

 その正体はおそらく、リョウと同じ地球からの転移者だ。

 

「『流星』起動。……あ、そこ、危ないですよ」


 リョウが男を指差して告げる。

 間髪入れず、神殿の屋根を貫通して、眩い光線が一筋、男の頭上に落ちる。

 光線は神殿の床石を溶かし、さらにその下の地面を抉り、深い穴を穿った。穴の縁が赤熱し湯気を上げている。


「……ッ!?」


 すんでの所で躱した男は、地面に開いた穴を見下ろし、あまりの威力に息を飲んだ。


「許せないんですよねえ」


 リョウがぼそりと呟く。すっかり目が据わっている。


「ファンタジー世界にミリタリー要素持ち込む奴。やるならやるで上手く落とし込んで下さいよ。剣と魔法の世界に火薬なんて……作品の根幹に関わる暴挙、無粋の極み、もはや冒涜ですよこれは」


「てめえが言うな! てめえが!」


 次々に照射される光線を躱しながら男が怒鳴る。


「わかってないですねえ、これだから反社のDQNは」


 リョウは眉を歪めて、おそらく誰が見てもイラっとする顔で男を見下した。


「僕のはSF要素だから良いんです」

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