新入りメイドのカメリアちゃん
「よっこらせっと……ふう」
眼鏡をかけ、白いひらひら前掛けを着け、髪を後ろで2つ結びにした新人女中のカメリアは、城の裏手の小屋から薪の束を運び出し、薪を割るいつもの定位置にどすんと置いた。
カメリアが女中としてこの城に勤めるようになって半月ほどが経っていた。
もともと不器用でおまけに世間知らずのカメリアにとって、女中の仕事はなかなかに大変なものだった。
料理をすれば紫色の謎の物体を生み出し、ベッドメイクをすればベッドごとひっくり返し、花に水をやれば城内を床上浸水させる——
それでも持ち前の明るさと根性で、先輩女中たちのねちっこいイヤミにも負けず、今日も頑張っているのであった。
(うぅ、私やっぱり向いてないのかなぁ。田舎のじっちゃん元気かなぁ……いやいや、泣き言言っちゃダメ! がんばれ私!)
ちょっとだけへこたれてもすぐに立ち直り、カメリアは頬をぺしぺし叩いて気合いを入れた。
薪割りは唯一といっていい、カメリアの得意な部類の家事だった。
薪を置いて、割る。
薪を置いて、割る。
薪を置いて、割る。
薪割りは良い。なんにも考えなくていいから。
馬鹿デカいオノを手に、カメリアは淡々と薪を……薪を……
オノを振り下ろそうとすると、薪がころんと転がっていってしまった。
(……?)
首を捻り、薪を置き直し、オノを振り下ろす。
ぺしっ。
いつの間にか右手がオノではなくホウキを握っていた。
(つ、疲れてるんですかねぇ? いくらなんでも、薪割りすらできないなんて、そんなわけ……)
改めてオノを手に取り、薪に振り下ろす。
ぴょろん。
薪が、逃げる。
「…………あなたまで私をコケにするんですか、一介の木片の分際で」
溜まりに溜まったうっぷんがふつふつと沸き上がってきて、カメリアはぷるぷる震えた。
「とりゃーーー!!!!」
ぴょこん。
渾身の一撃がかわされる。
「てりゃりゃーーー!!!!」
ぴょいん。
オノの刃は大地を虚しく叩く。
「なっ、なかなかやるじゃないですか、たかだか広葉樹のくせに。かくなる上は、こちらも奥義を……」
「……何をやっているんだお前は」
「どぅうわぁああぁああぁあああ!!!!」
突然目の前にざんばら髪で顎の割れた濃ゆい顔が現れて、カメリアは口から心臓が飛び出さんばかりの勢いで絶叫した。
上半身裸のムキムキ大男。その横では銀髪の少女と、彼女を10回りほど小さくしたような手のひらサイズの謎の生き物が、腹を抱えてケタケタ笑っている。
「……って、ディっ、ディーンさんに、リリーさん!!?? こっ、こんな所で何してるんですか!!??」
動揺のあまり声をひっくり返らせながら、カメリアは目をまん丸くした。
「静かにしろ。人が来る」
半裸の大男——転移者の戦士ディーンは唇の前に指を立ててカメリアを落ち着けようとした。
「っていうかディーンさん! あなたどこに行ってたんですか! 私てっきり、あの時腕相撲で微粒子レベルまで粉砕しちゃったかと」
「その話はまた今度だ。今はロンドの依頼でここにいる。それと、俺にも探し物があってな」
「アンタこそ何のんきに薪割りなんてしてんのよアカシア! 連絡はどうした、連絡は!」
リリーは新人女中のカメリアこと勇者アカシアのほっぺたをつまみ、うにうにしながら糾弾する。
「だ、だって! 連絡役のカシワギがぱったり来なくなっちゃったんですよぅ! 抜け出そうにもここ、監視が厳しくて……!」
顔を変形させながら答えた勇者の言葉に、ディーンとリリーは顔を見合わせた。
「いたな、ルーネリアに」
「あの犬侍……!」
「えっ!? ルーネリアに、カシワギが!? や、やだなあ、そんなわけないですよう!! ここから早馬でも2、3日かかる距離ですよ?」
「……そう言えば言ってたわ。『拙者、とある任務で連絡役を仰せつかっているのでゴザル、ニンニン』とかなんとか」
「えぇええ!? マジですか!?」
「……どこかの誰かに、ニセの指令でも掴まされたか」
ディーンの言葉に、アカシアははっとして顔を上げた。
「何者かが私たちの妨害をしているってことですか……それは、ありそうな話です」
「あれ……? アンタがここにいるってことは、もう1人の間者って、まさかあのエロ魔女?」
「エロ魔女って……はい、ソレルさんです。奴隷の人たちに紛れて奴隷商のルートから潜入しているはずなんですが、あの襲撃の日以来連絡がつかず……やっぱり無理にでもやめさせておくべきでした。腕が立つとはいえ、いくらなんでも危険すぎました」
アカシアはしょんぼりと肩を落としている。
「俺たちの方でも探してみよう。それで、情報の方はどうだ? 何か掴めたか?」
「……! そうだ、ありましたよ! めっちゃ怪しい場所! あの塔です!」
アカシアの指差す先には、城の北側の城壁に連なって見張り塔が建っている。
「あの塔に侯爵や取り巻き連中がしょっちゅう出入りしているんです。しかも、入ったら全然出てこない。絶対何かあると思うんです! あるはずなんです!」
アカシアは鼻息荒く力説した。
「ふうん。隠し通路でもあるのかな?」
「……と、思って調べてみたんですけど、なんにも見つからなくて。私、なにぶん勇者なもので」
「『自分、不器用ですから』みたいに言うな。まあ、話はわかった。あとはあたしらで調べてみるから、アンタは大人しくここでお仕事してなさい」
リリーの言葉に勇者はあからさまに不満そうな表情をした。
「ええー? 私もいっしょに行きますよう! 戦闘になるかもしれませんよ?」
(確たる証拠ってやつが見つかるまでは下手に動かないほうがいい。バレたらアンタの立場がヤバいでしょ)
「脳筋2人の世話なんて出来るか! 猛獣使いに転職した覚えはありませ〜ん!」
「リリーさん、本音と建前が逆になってます」
「あら? 失礼、おほほ。とにかく、アンタはここで待機。勇者様はここぞっていう山場で登場するもんでしょ? なんかあったら合図するからお願いね」
リリーの説得にアカシアは頬を膨らませながらもうなずいた。
「……むぅぅ、わかりました。でも気をつけてくださいね! ご存知かもですけど、ここ、結構ヤバめの魔族がいますから……で、あの、さっきから気になってたんですが、この子ってまさか?」
アカシアは割れた薪を積み木がわりに遊んでいるマリーをまじまじと見ている。
「この子は妖精の……」
「おふたりのお子さんですか!? わあ、かわいい! おじょうちゃん、お名前は? いくつ?」
「あたし、マリー。ディーンおじちゃんはあたしの3人目のおとうさんなの」
「そっ、それはどうも、なんだかお若いのに苦労されて……」
「だからややこしい設定を盛るなあああああああああああああ!!!! 離婚歴増えてるし!!!!」
◇◇◇◇◇◇
がらんとした塔の内壁沿いをぐるぐると、手すりさえ無い簡素な螺旋階段が頂上の物見台へ向かって伸びている。この塔は完全に有事の際の監視のためのものであるらしく、現在は使われている様子はない。
確かにこんな場所に城の人間が頻繁に出入りしているというのはおかしな話ではあった。
「んー……ここ、風の動きが変ね」
リリーはゆっくりと階段を登りながら周りの壁に手をかざしている。
「床には何も無さそうだ。頻繁に出入りしているというのなら、単純な仕掛けのはずだが」
地上部分で床石を一つ一つ調べていたディーンが声をかけた。
「確かに大掛かりなものじゃなさそうだけど、逆に小さな抜け穴からこそこそ出入りするってのも想像しにくいわよね。仮にも侯爵だの上位魔族だのが」
「やはり魔法の仕掛けか? リョウなら何かわかるのかもしれんが……そこの壁掛けはどうだ」
階段の中程の所の壁に、侯爵家の紋章の入った壁掛けが掛かっている。この塔に存在する唯一の装飾品で、いかにも怪しげではあったが、その裏にも周囲の壁にも不審な点は見当たらない。
「ただの飾りね。変な魔力とかもなさそう」
「そうか」
下からリリーを見上げるディーンの視線に気付き、リリーは顔を赤くして慌ててスカートの裾を押さえた。
「ちょっ、ちょっとそこの野蛮人! スカートの女子を下からじろじろ見ないでよ!! えっち!! 変態! 歩く男性ホルモン!! テカテカ!!」
リリーは下で呆れ顔をしているディーンに向かって、鞄から取り出したリンゴを投げつけた。
——のだが、ディーンの顔面に向かって落ちていくはずのリンゴは空中で弾み、不自然な軌道で床に落ち、割れた。
※リンゴはこの後スタッフが美味しくいただきました
「え!? え!? なに、今の!?」
リリーは驚いてリンゴが跳ねた辺りを弓の端で探る。
透明な何かが弓に触れる。
吹き抜けになっている塔の中央部に、魔法で透明化された足場があるのだ。
「なるほど、確かに手すりの無い階段は壁際を上り下りするものだから、これは盲点だ。この壁掛けは目印ということか」
階段を登って来たディーンが感心したように呟いた。
おっかなびっくり探りながら見えない橋を進むと、向かい側の壁に辿り着く。螺旋階段の真下、普通には手の届かない場所だ。
「こっちの壁は……なるほど、幻術ってわけね」
伸ばしたリリーの腕は壁に触れず肘まで壁に埋まった。恐る恐る顔を突っ込んでみると、内部は下りの階段になっている。
階段は城の外壁の中を、延々と下へ続いている。
埃も積もっておらず小綺麗で、うっすらと魔法の明かりまで灯っているのは、この隠し通路が頻繁に使われていることの証だろう。
突然魔族と鉢合わせになる可能性もある。ふたりは静かに油断なく階段を降りてゆく。
優に建物4,5階分ほどの高さを降りると、厳しい両開きの鉄扉が現れた。
鉄扉の表面には単純な幾何学模様から成る紋章が刻まれている。
「あれ? なんだっけ、これ、昔どっかで見たような……」
その模様にどこか見覚えがあるような気がして、リリーは記憶を手繰ろうとした。その横からディーンが手を伸ばし、鉄扉を無造作に押し開けた。
「ちょっ、こら! 警戒しなさいよ……って、何よ、ここ」
そこには、城の建っている丘を丸々くり抜いたかのような広大な空間が広がっていた。
壁や天井のところどころから光を放つ水晶の柱が生え、洞窟内を照らしている。
床面には古い石畳が整然と敷き詰められ、飾り彫りされた石柱が立ち並び参道を作っている。
その道の先、ちょうどこの空間の中央には大理石の巨大な神殿が建っている。
「あれは神殿か? 随分と古い物のようだな。魔族の連中は神を崇めるのか?」
ディーンが周囲を睨み、警戒しながら訊く。リリーは「あたしも宗教に関しては疎いんだけど」と前置きをしてから答えた。
「人間たちの信仰する神々と同じように、魔族にもあいつらの産みの親——魔神ってのがいるそうよ。大昔、ファイルーンの英雄王に討伐された魔神ゼマイトスもそのうちの1柱ね。あそこに魔神崇拝の証があれば、ロンドの欲しがってる『確たる証拠』ってやつになるわね」




