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潜入、とは……?

「ひえっ!?」 


 うぞぞぞぞ。

 リリーの爪先から脳天まで悪寒が走り抜けていった。


「どうした?」


 ディーンが怪訝そうな顔つきで訊く。


「なんか嫌な予感が……とてつもなく、しょーもないことに巻き込まれる予感が……」


「?」


 黒塗りの馬車は、大通りを抜け丘を登り、案の定侯爵の居城の門をくぐって行った。

 馬車から大男がいかにも窮屈そうに降りてきて、エスメラルダ姫を肩に担ぐ。その後ろには正装をした、いかにも気難しそうな紳士が続く。

 一行は城の裏手の古めかしい鉄扉から城内へ消えていった。

 

 ふたりは塀の外の常緑樹の上に身を隠してそれを見届けると、顔を見合わせた。


「さてと、じゃあここでいったん状況を整理しておきましょうか。どこかの筋肉原理主義者が暴走して国家反逆罪で捕まる前に」


 リリーのいつもの軽口に、ディーンは口をへの字に結んだまま、片方の眉を僅かに動かす仕草だけで答えた。


「これからあたしたちはあの城に忍び込む。まず第一の目的は、ロンドの仲間の間者(スパイ)と接触すること。奴隷の居場所やら、侯爵と魔族の繋がりの証拠を掴んでるかもしれない」


「連絡が途絶えているというのが気になるな。企みがバレてとっ捕まっているかもしれん。こちらの動きが筒抜けになっている可能性もある」


「その場合はロンドには悪いけど、お姫様を攫ってとんずらするしかないわね。この国にはいられなくなるでしょうけど」


「御免被りたいな。あっちの世界でもこっちの世界でもお尋ね者ってのは」


「もう一つの目的は、侯爵の悪事の証拠を見つけること。状況的にほぼほぼ黒なのに国王が動けないのは、踏み込んだはいいけど何もなかった、って事態を恐れているから。だから、あたしらは証拠になるものがここにあるってことだけ確認すればいい。間違っても侯爵に証拠を突きつけて詰め寄ったりしないこと」


「心配するな。頼まれてもそんな真似はしない」


 脳筋にあるまじき弱気な言葉を聞き、リリーはきょとんとして訊いた。


「どゆこと?」


「いつぞやの洞窟の中で会った、細剣(レイピア)を使う魔族を覚えているか?」


「ああ、あのジェントルメン(づら)して飛び道具使うおじさん? 勇者さまにぷちっと踏み潰された」 


「今姫を連れて行った2人、同類だ。あれよりさらに数段上手(うわて)だがな。特に後ろにいた細い方、とんでもない化け物だぞ、あれは」


「上位魔族ってこと!? そんなのが、侯爵の使いっ走りみたいなことをしてるっていうの!? いや、ていうか、なんでアンタにそんなことがわかるのよ!?」


「勘だ」


「……頼もしいことで」


 リリーは皮肉っぽく顔を歪めた。


「奴と鉢合わせないように気をつけよう。やり合うにしてもこんな状況では避けたい」


 この男がここまで慎重になるのだから、本当に危険な相手なのだろう。リリーはそう考えて神妙な顔で頷いた。


「それで、どうする? 何か手立てがあるんだろう?」


 ディーンの問いにリリーは答えない。

 それどころか、何の前触れも物音もなく、いつの間にか姿そのものが忽然と消えている。


「むっ?」


 辺りを見回したディーンの右耳が引っ張られる。そこには半妖精の少女が得意げな顔で座っている。


「どう? 気付かなかったでしょ?」


「どこに行っていた? いや、消えていたのか?」


「どっちもハズレ。あたしはずっとここにいたわよ。アンタが()()()()()()()だけ」


 リリーは楽しそうに笑ってディーンの左肩を指差す。

 肩の上で、木の葉を縫い合わせたドレスを身に纏った、手のひらに載るくらいの小さな

少女が鈴の音のような笑い声を上げた。

 尖った耳に、さらさらした銀髪。そして悪戯っぽい()()()()な笑顔。

 ディーンは驚愕し目を見開いた。


「……おっ、お前の娘か!?」


「違わい!! この子は『気のせいの精(プーカ)』、別名いたずら妖精のマリー。この力を使ってあの城に忍び込もうって寸法よ」


「はじめまして、おじちゃん。いつもままがおせわになっております」


「……こ、これはどうも、ご丁寧に……俺の名はディーン。お前の母さんとは……」


「やめなさいマリー!! おい筋肉! アンタもアンタで真に受けんな! 丁寧な挨拶すんな!」


「ごめんなさい、まま……あ、ままっていっちゃいけないんだ。ごめんなさい、ごしゅじんさま、ぶたないで」


「マリーーーちゃーーーん? 誤解を招く言いかたやめてね!? それだとあたしが『娘にご主人様って呼びかたを強要してるあたおかママ』みたいでしょ!? おいそこの全身ササミ肉、あたしを白い目で見るな!」


「ごめんなさい、うちのまま、くちうるさくて」


「お互い苦労するな、マリー」


「…………落ち着け。冷静になるのよリリー。しょせん子供の可愛いイタズラじゃない」


 リリーは深呼吸して自分に言い聞かせる。


「ままがいってた。ディーンおじちゃん、あたしのあたらしいぱぱになるんでしょ?」


「言ってねえわ!! てかそのバツイチ設定やめてぇぇえ!!!! あたしの清楚なイメェェジがぁぁぁああ!!!!」



◇◇◇◇◇◇



「ど、どーもどーも、お邪魔しまーす……」


 門番の2人の兵士の間を、リリーはへこへこお辞儀しながら恐る恐る通り過ぎる。

 いくら『気のせいの精』の加護があって気付かれることがないとわかっていても、緊張するものは緊張するのだ。


「……本当に気付かれないな」


 ディーンは感心したように兵士の顔のすぐ近くまで顔を近付けてみている。

 アゴの割れた濃い顔が近づいても、兵士はぼんやりと正面を見たまま微動だにしない。


「言っておくけど、これはあくまでも『イタズラ』だからね? 攻撃の意思を持ったとたんに効果が切れるから気をつけて」


「そうなのか? 残念だ。不意打ちには使いづらそうだな」


 ディーンはそう言いながら兵士の兜をコンコンとノックしてみる。

 兵士は不思議そうな顔で空を見上げた。


「きゃっきゃっ! おじちゃん、もっともっと!」


 マリーが喜んで手を叩き、笑う。

 ディーンは気を良くして兵士の鼻を押してブタ鼻にしたり、脇をこちょこちょしたりする。


「んぶ!? うひゃひゃひゃひゃ!」


「何やってんだお前」


 急に身悶えして笑い始めた同僚を、もう1人の兵士が気味悪そうに見ている。


「わーい! おじちゃん、おもしろーい!」


(こっ、こいつ、やっぱり……意外に子供の扱いが上手い……!)


 リリーは優しげなディーンと、その肩で楽しそうに足をばたばたさせている妖精の様子に軽く衝撃を受けていた。

  


 ————野菜や魚介の露店が並ぶ市場。

 ディーンに肩車してもらってご機嫌なマリー。その横で買い物かごを提げ微笑むリリー。

 不器用だけど優しい父親と、しっかり者で才色兼備な妻、無邪気な子供。

 夕陽が照らす中、家路につく3人の影が長く長く伸びているのでした。


——完——



「わぁああ!! わあぁぁぁあぁ!!!!」


 変な妄想が浮かんできて、リリーは大慌てでバタバタと両手を振ってそれを追っ払った。

 どうもさっきのマリーの言葉に引っ張られている。こういうの良くない。まじで良くない。顔を真っ赤にして息を切らす。


「向こうに別館があるな。使用人の宿舎じゃないか? 行ってみよう」


 ディーンはひとりでドタバタしているリリーを横目でちらりと見て、特に気にも溜めずさっさと歩いて行く。

 リリーは我に帰って後を追いかけた。


「例の間者——カメリアって名前の女中(メイド)。無事だといいんだけど」


「腕は立つそうだが……あんな連中がいるんじゃ消されていても不思議じゃない」


 城の北側には小さな別館と馬屋、その他に物置きのような小屋が建っている。

 馬屋では使用人が馬車から切り離した馬の馬具を外しているが、こちらを気にする様子はない。


「……あのさ、アンタさ」


 前を歩くディーンのごつごつした巨大な背中に向かってリリーが訊く。

 その口調にはどこか躊躇や恐れのようなものが混じっていた。


「どうした?」


 ディーンは振り返らず、背中の筋肉をもりもり波打たせながら歩いている。


「その……エスメラルダ姫、ってさ」


 いつもけたたましいハーフエルフの少女は、実に彼女らしくなく、煮え切らない様子でごにょごにょと喋っている。


「…………どんな女性(ひと)なの?」


 ディーンは立ち止まり、振り返ると合点がいったというような顔をした。


「そうか、ざっと話してはあったが、保護するにあたって詳しく伝えておいた方がいいな」


 その言葉にリリーは何やら言いたげにぱくぱくと口を動かしたが、そこから声が発せられることはなかった。


「金髪で緑の目に、白い肌。賢く慈悲深い、他国から貴族どもが一目会いたいと押し寄せるほどのいい女だ。ああ、それと、ケツと乳がでかい」


「……!!!! ばっっ、バカ!! そういうことを聞いてるんじゃないわよ!! なによ!! ケツも乳もちっちゃくて悪かったわね!! 変態!!!! しんじゃえ!!」


 真っ赤になるわ涙目になるわ怒るわ、感情表現の見本市を開いているリリーの顔を、ディーンは困ったように眺めている。


「おじちゃん、おとめごごろってもんがわかってないのよ。ごしゅじんさまがきいてるのは、おじちゃんにとっておひめさまがどういうひとなのか、ってことなの。わかる?」


 ディーンの肩でマリーが胸を張りドヤ顔で言った。リリーはまた赤くなって手をばたばたさせている。


「俺にとって、姫が? なんだそれは?」


「もう、にぶいんだから。つまり、おじちゃんとおひめさまは、らぶらぶちゅっちゅ〜なかんけいなの?」


「マーーーーーーリィイィイィイ!!??」


 リリーが変な悲鳴を上げ悶絶している。


「らぶらぶちゅっちゅ……? よくわからんが、国王の依頼で攫われた姫を助け出しただけだ。バルザーンの野郎とは因縁もあったからな」


「……ってことみたいよ、よかったね、ごしゅじんさま。ごっ、ごしゅじんさま? は、はなし、て。くるしい……」


「もうマリーちゃんったら、おませさん! 大人をからかうとお仕置きだぞぉ?」


「ぎ……ぎぶ……ご、ごしゅ……」


 リリーは笑顔でマリーを両手でつかみ、にぎにぎしている。マリーの顔がみるみる紫色になってゆく。


「で、でも、アンタ、あんなに一所懸命にお姫様を探してたじゃない」


「いや、お前な……同郷のよしみってものがあるだろう? こんな異国の地にひとりで放り込まれて可哀想だと思わんのか? それに姫を連れて帰らないと、俺は一生お尋ね者だからな。国王からの褒賞も貰えんし」


 リリーの顔が夜明けの海のようにぴかーっと明るくなった。両耳が元気にぴこぴこ動いている。


「そ、そっか、そうなんだ!! そりゃそうよねぇ!! アンタみたいなプロテイン団子とお姫様じゃ、釣り合わな……」


「おじちゃん、おうさまのほうしょうって、なにがもらえるの?」


「爵位と領土だな。ああ、その折にはエスメラルダ姫を妻に、って話もあったな」


 ぴしっ。ぱりん。


「……………………………………………………へえ、そう。ふーん、そうなんだ」


 心の中の何かが割れ、溢れ出した虚無に満たされた真っ黒な瞳で、リリーはド真顔でつぶやいた。


「やるきなくさないで、ごしゅじんさま〜! ごめんなさい! かえってきて!! あたし、よけいなこときいちゃって……」


 思わずイタズラ妖精が謝っちゃうほど、その虚無は深く、昏かった——

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