僕の魔道具で魔法聖女になってくださいよ!
数百発の魔弾を打ち尽くし、『魔力投射器』の砲身がけたたましい機械音を立てながら空転する。
少しずつ土煙が晴れてゆくと、そこには黄金色の翼で身体を覆った魔物が仁王立ちしていた。
全身に小さな傷こそ付いているが、致命傷となっていないことは明白だった。
「衛兵隊、かかれ!!」
号令と共に5人の兵士が槍を構え突進する。その切先は魔物を捉えるが、全て硬質の翼と鎧で弾かれてしまう。
牛頭の魔族は咆哮しながら勢いよく翼を広げ、群がる兵士たちを吹き飛ばした。
「クソ餓鬼!! やってくれたな!! ブチ殺してやるよォ!!」
猛り狂った魔族が、鉄棍を振り回しながらリョウに向かって突進する。
「あーー、ダメかぁ。防護魔法陣を手数で削る方向で考えてたんですけど、やっぱり物理的に硬い相手にはいまいちですねぇ」
リョウは過熱した魔力投射器を転送し、魔術師の学院にある自室に戻すと、続けて左手に魔術師の短杖を召喚する。
前腕ほどの長さの短杖は、機能を維持したまま極限まで小型軽量化を図ったリョウのお手製である。
「衛兵の皆さ〜ん! これから各種強化魔法をかけます。慣れてない方はちょっと動きに違和感が出るかもですから、気をつけて!」
リョウは迫り来る魔族にはまるで無関心に、呑気に兵士たちに声をかけている。
「リョウ様!! 危ない!!」
堪らずファセリアが声を上げる。
魔族の鉄棍が、うなりを上げてリョウの頭めがけて振り下ろされる。
石と金属がぶつかり合う音が響き、砕けた石畳が飛び散った。
しかし奇妙なことに、リョウの姿は鉄棍をすり抜け、その場所にそのまま存在し続けている。
「『攻性魔術付与・聖』『戦士の守り』『筋力増強』……」
鉄棍が恐ろしい速度で振り回される中で、リョウは次々に魔法を発動させる。
各々の手にした槍が光り輝き、身体が羽のように軽くなると、兵士たちからどよめきの声が起こった。
「クソガキィ!! 何をしやがったァァァ!! どうなってんだァァ!!!」
魔物は怒りのあまり涎を垂らし、半狂乱になって所構わず攻撃している。
「あーあ、暴れてる暴れてる」
「ひゃあっ!?」
リョウの声がすぐ側で聞こえて、何者かが肩に触れる感触がある。ファセリアは驚いて悲鳴を上げた。
視線の先、暴れ回っている魔族の正面でリョウが笑顔で手を振っている。しかし、確かにリョウはすぐ近くにいて、ファセリアに触れている。
「僕の実体はこっちですよ。光の屈折で映像だけ向こうに飛ばしてるんです。バグってるみたいで面白いでしょ? お遊びのつもりだったんですけど、簡易的な『姿隠し』兼『幻影』として使えますね。まあ、相手に並のおツムがあればすぐに見破られるでしょうけど……」
「もう、びっくりさせないでください」
ファセリアは呆れと安堵の入り混じったため息をつくと、魔物に向かって駆け出した。
白鞘から抜いた小剣の刃が、魔族に反応して白く冷たい輝きを放つ。
近づいてくるファセリアに魔物が血走った目を向け、横薙ぎに鉄棍を振るった。
ファセリアの身体は、小さな鼬鼠のようにすばしっこく鉄棍を掻い潜り、太い腕を駆け上り、ねじれた角の生えた頭を蹴って魔物の背後へ着地した。
振り返った魔物の足元を駆け、足首の腱に斬りつける。声を上げる隙すら与えず、続けざまに両手首に刃を走らせる。
まるで刃が通らない。ファセリアは潔く諦めて魔物から距離をとった。
「……本当に硬い。私の小剣では分が悪いですね。何か良い手はありませんか?」
ファセリアはリョウの(いるとおぼしき)所に戻ってきて助言を求めた。
「ファセリアさん、任せてください!! こんな時のための、とっておきの魔道具があります!!」
リョウの自信満々な声を聞いて、ファセリアは…………ほんの少しだけ嫌な予感がした。
◇◇◇◇◇◇
港湾地区第一衛兵隊は、お世辞にも治安の良くないこの地区を警邏する、ゼパルマでも屈指の精鋭部隊である。
気の荒い船乗りやならず者同士の揉め事から密輸・密入国者の取り締まり、闇市目当てに各地から集まる犯罪者たちの捕縛など、その業務は苛烈を極める。
そんなわけで、対人戦にはめっぽう強い部隊ではあったが、こと魔物との戦闘に関しては全くの未経験であり、魔術にも疎い。
世の中に武器や戦士の能力を増幅させる強化魔法というものが存在することこそ知ってはいたが、実際に己が身に受けるのは、彼らにとって初めての経験だった。
その効果は絶大だった。魔物の動きがよく見え、槍と鎧は羽毛のように軽く感じる。
これならば化け物とも戦える。この場の指揮官である小隊長は気合いを入れ直し号令を発した。
「三日月陣形!! 奴を取り囲め!!」
暴れ狂う牛頭の魔族は、恐るべき怪力の持ち主ではあったが、小回りが効かない。取り囲み、正面の兵は守備と回避に専念し、側面や背後から攻撃する。
小隊長の判断は的確だった。
だがしかし、肝心の隊員の動きがどうにも鈍い。
当然だ。相手は初めて目の当たりにする魔族。若い隊員たちに恐怖心が無いわけがない。
「図体はでかいが、所詮一匹だ。援軍もすぐに来る。それまで奴の好きにさせるな!」
懸命に槍を突き、身を躱しながら部下たちに発破をかける。
やれるはずだ。部下たちの恐れを拭い去り、戦意を高揚させることができれば——
そのとき衛兵たちの前に、白衣の乙女が歩み出た。
援軍としてやってきた少女。身なりからして聖職者だろうか。その剣の腕前と俊敏さは舌を巻くほどであったが、いかんせん腕力が足りていない。
あの魔族相手では手傷を負わせることさえ難しいだろう。
「チョロチョロチョロチョロしやがって、餓鬼共がァ!! だがな、お前らの攻撃なんざ俺にゃ効かねえんだよ!! すぐにとっ捕まえて食ってやる!!」
地の底から響くような、恐ろしげな声がその場の空気を振動させる。
この声だ。この声が対峙する者の心を挫き、凍りつかせる。
「そうはさせません!!」
少女は毅然として言い放ち、身構える。そして、ほんの少しだけ恥じらいながら、リョウから聞いた起動の呪文を口にした。
「しょ、召喚!! 『魔装外殻』!!」
空に掲げた護符から光の帯が伸び、ファセリアの身体をぐるぐると取り囲み、覆いつくす。
まばゆい光の繭に包まれ、少女の影だけがかすかにその中に見える。どこからかキラキラ、シャラシャラと、無数の金属片を転がしたような涼やかな音が聞こえる。
光の繭に亀裂が走った。裂け目から煌々と真っ白い光線が溢れ出す。
周囲の景色を飲み込み、目も眩むほどの光の爆発が起こる。
そこに立っていたのは、純白と青を基調としたドレスに身を包み、白い花びらをあしらった銀の額冠を着け、そして銀の大鎌を携えた月の聖女の姿であった。
「我は月の巫女ファセリア。女神アクタリスに代わり、汝の生命を刈り取る者なり」
桜の花弁のような可憐な唇から漏れる、月光のごとき涼やかな声。両の瞳は月夜の湖のようにどこまでも澄み渡っている。
「ファセリア!? あれが、聖女ファセリア様か…………!!」
「おお……なんと神々しいお姿」
「…………(ごくり)」
若き兵士たちはその光り輝く姿に釘付けになり、口々に感嘆の言葉を漏らした。
「さあ、勇敢なる戦士たち! 今こそ戦いの時! 聖女様に勝利を捧げるぞ!!」
「おおおおぉおお!!!!!」
すっかり戦意が高揚した衛兵たちが魔族に立ち向かってゆく。
戦況ががらりと変わった。兵士たちは魔物に傷を負わせ、追い詰めてゆく。
「やりましたね! 狙い通りです、ファセリアさん!」
「やりましたね、じゃないでしょ!!?? なんなんですかこの扮装はぁぁあ!!!???」
聖女様はご機嫌斜めだった。
「か、かわえええぇぇ……白×ピンクと悩んだんですが、やっぱ白×青で正解でした!」
リョウはデレデレと顔を弛緩させご満悦である。
「色の話はしてません!!」
「良いでしょう? 『魔装外殻・魔法聖女ファセリアver.』です! 従来の『魔力付与』に比べ、攻撃力は200%アップ、物理・魔術防御は500%アップ、各種状態異常耐性完備、そして周囲の味方には筋力と抗魔力、戦意高揚の特大増強効果付きですよ!!」
「すっごい薄くてヒラヒラしてるんですけど!? ていうかスカート!! 短かすぎです!!」
「よくぞ訊いてくれました!! そのスカート、『形態維持』と『重力操作』の併せ技で、風が吹こうが飛び回ろうが、絶対にめくれません!! おまけに視線検出技術の応用で、どの画角からでも鉄壁のガードを実現した優れものなんですよ!!」
「画角ってなんですか、画角って!! どう見ても戦う格好じゃないでしょ、これ!?」
「……実は、このデザインがもっとも魔導力学的に優れていたのです。やむを得ない措置なのです」
「目、見て言ってくださいよ」
「あ、オプションで『守護獣』もつけられますよ? 可愛いやつ」
「いりません!! 後でお説教ですからね!! リョウ様のばか!!」
ファセリアは捨て台詞を残し、戦場へすっ飛んで行った。
建物の屋根の高さまで跳躍し、回転しながら落ちてくる。デザインはともかく、効果はしっかり発動しているようだった。
満足気にひとりうなずくリョウの元に、タイデルが歩み寄ってくる。
「……やってくれたな、魔術師」
タイデルはド派手に飛び回って戦っている魔法聖女の姿を眺め、目を細めた。
「尊い……」
「そうでしょうそうでしょう」
「ひとつ訊きたい。あれが『魔法聖女ver.』ということは、当然他にも」
「皆まで言わせないでくださいよ。当たり前じゃあないですか? 『ウェディングver.』に『神官学校制服ver.』、そして『ときめきプールサイドver.』……もちろん今後の商品展開もいろいろと考えています。当たり前じゃあないですか?」
リョウの眼差しはどこまでも純粋で、揺るぎない覚悟に満ちている。
タイデルはふっとニヒルに笑い、右手を差し出した。
「夏が楽しみだ」
「僕もです」
リョウは爽やかな笑顔で手を握った。
硬い絆で結ばれた、新たな友情が芽生えた瞬間であった。
ていうか、こっちの世界に来てから初めてリョウに友達ができた瞬間であった。
ガッチリと握手を交わしながらリョウはふと考える。
「……あ、そうだ、あれ、リリーさんとニャミミにも作ってあげよう」




