2人乗り
「ファセリア! 見ないで!!」
ゴードンの頭が床に落ち、その後でゆっくりと胴体が崩れてゆくのを見て、リリーは反射的にファセリアの視界を遮るように抱きしめた。
「……リリー様、心配はご無用です。私は死者を弔わなければ」
ファセリアは少しだけ青ざめた顔を上げ、気丈に言った。
「ここに奴隷を収監していたのか? ……誰もいないな」
ディーンはひとつひとつ牢を覗いて中を確認している。
「例の襲撃犯の仕業?」
「いや、あまりにもやり口が違う。かといってそこら辺の物盗りはこんな真似はしない。おそらくは仲間割れか制裁、口封じといった辺りだな」
リリーの問いに、ロンドは奴隷商の頭部を覆う禍々しい処刑道具を観察しながら答えた。
「ルーナ・ナハト・プレシスス。この者の魂に安らぎを与えたまえ」
ファセリアは亡骸の傍に両膝を着き、両手を握り合わせ瞑目した。
「気をつけましょう。おそらく犯人がまだ……」
リョウの言葉の最中、ニャミミが突然顔を上げ、階段の上を見上げた。猫の耳がせわしなく動いている。
「!! 誰かいるにゃ!! 外にゃ!!」
一同は階段を駆け上がり、出口へと急ぐ。
砦を出ると、黒塗りの馬車が通りへ出て市街地の方へと曲がって行くところだった。
装飾の施された客車の窓から、ぐったりと眠っているような金髪の女性の横顔が見える。
それはディーンが血眼になって探し続けてきた人物に他ならなかった。
「姫!!」
ディーンは声を上げて、繋いでいた馬に向かって駆け出す。ロンドがそれを慌てて制止した。
「待たれよ!! 気持ちはわかる、だが待ってくれ!!」
「何故止める! 追わなければ」
「あれは侯爵家の馬車だ!! 手出しをすれば処刑されるぞ!!」
「だが、奴らは……!」
「この国では奴隷の所有は合法だ。それを強引に取り返しでもしたら、こちらが犯罪者になる。某も立場上それを見過ごすわけにはいかない」
気色ばむディーンをロンドが必死の形相で宥める。その横でリリーがいかにも不満げに声を上げる。
「でもゴードンを殺したのはあいつらよ!?」
「貴族の犯罪行為など、余程の証拠が無ければ咎められん。この状況では反逆者を粛清したとでも言い逃れられるのが関の山だ。その上、彼等を無駄に警戒させることになる。諦めろとは言わない。だが、今は機を待て」
「そうは言っても、お屋敷に匿われたらそれこそ手出しが……あっ」
リョウは先程のロンドの話を思い出した。
「そうだ、屋敷に某の内通者がいる。上手くやれば助け出すことができるかもしれない。それに、彼らの悪事を暴くことができれば、堂々と連れ出すこともできるだろう」
ディーンはロンドの目をじっと見つめる。実直な衛兵隊長の視線は少しも揺らぐことがない。
ディーンの張り詰めた表情がふっと緩んだ。
「…………わかった、あんたの言う通りだな。奴らに気取られないよう、後をつけよう」
「それが良いだろう。もちろん某も最大限協力させてもらう」
出て行った馬車と入れ替わりに、馬に乗った兵士が1人駆けてくる。
「……今度は何?」
リリーがうんざりしたような顔でつぶやいた。
「隊長!! また襲撃です!! 停泊中の定期船と、神殿が襲われました!!」
「定期船だと!? 何故だ!?」
困惑しながらもロンドは自らの馬に駆け寄り、飛び乗った。
「にゃ!! あそこにゃ!!」
ニャミミの指差した方向に、黒煙が空へ昇っているのが見える。
リョウの顔色が変わった。
「……ちょっと待ってください、あの辺り、ひょっとして……」
「月の神殿です! 大変です、タイデル様が!!」
ファセリアの悲痛な声が響いた。
「ディーンさんは馬車を追ってください。あっちは、僕が。この距離ならものの数十秒で跳んで行けます」
「油断するなよ」
ディーンはリョウの顔をじろりと一暼して答えた。
「現場には港湾地区の衛兵が駆けつけているはずだ。某もすぐに追いつく。リョウ卿、それまで無茶はなさるなよ!」
ロンドは拍車をかけ猛然と駆け出した。伝令の兵士がそれに続く。
「ニャミミもあっち行くにゃ! ダッシュしたら馬より早いにゃん! うにゃにゃーーー!!」
その後を追ってニャミミが矢のように飛び出した。
「リョウ様、私も一緒に連れて行ってもらえませんか?」
ファセリアが真剣な眼差しで懇願している。
空を飛ぶ魔物——相手はおそらく高位の魔族だ。リョウの脳裏に、否応なしに前回の戦いの記憶が甦る。
言葉を詰まらせていると、リリーがそのお尻を無言で蹴りつけた。
「でっっ!!」
「ファセリア、こいつのことよろしく頼むわよ」
リリーはいつものように悪戯っぽく笑う。ファセリアも明るい声でそれに答えた。
「任せてください!」
「そっちかよ!」
リョウは思わず突っ込んで、覚悟を決めたように大きく息をついた。
「わかりました! じゃあ、はい!」
リョウはファセリアに向き直って膝を少し曲げ、両手を広げた。
ファセリアは不思議そうな顔をした。
「えっと……何です?」
「何ですじゃないでしょ。びよーーんと跳ぶんですから、2人でがっちりと、ぎゅうっっと熱烈に抱き合わないとですね」
鼻息が荒い。あと目が怖い。
「ぜっったいえっちなこと考えてますよね!?」
「最低」
女子ふたりに責められてもリョウはへこたれない。突然訪れた好機を逃してなるものかという確固たる意思が、この少年を衝き動かしている。
「『弾道跳躍』の魔法は、射出時と着地時に大きなGが……ようするに、落っことしちゃうんで、がっしり、みっちりとしがみついてもらわないと! ほら、僕、非力なんで!!」
「手をわきわきさせるのやめてください! じゃあ、せめておんぶにしてくださいよ!」
リョウの背中に光り輝く翼と、物々しい円筒型の推進機構が現れる。
「ご覧の通り背中側は埋まっちゃってるんです。まさに背に腹は変えられないってやつですね! イヤーザンネンダナー」
わきわき。
「……わ、わかりました。今回はあくまでも緊急避難ということで、不本意ながら不承不承、辛酸を舐める思いで苦渋の決断を甘受いたします」
「そこまでイヤですか!? 僕泣いちゃいますよ!?」
「……恥ずかしいので目を閉じててください。できれば一生」
「できません!!」
ファセリアはおずおずとリョウの背中に腕を回し、胸元にしがみつく。
「いいにおいする……」
「鼻も閉じててください」
「カバさんじゃないんで無理です」
背中の推進機構に魔力が集中し、甲高い音を立てながら振動する。突風が巻き起こり、2人の髪や衣服が派手に巻き上げられる。
「こっ、これ、本当に大丈夫なんですか!?」
「バッチリです! マウスを使った実験では9割がた成功してますから!」
「え、マウ、きゅう、え、え、え!?」
「はよ行け」
痺れを切らしたリリーが再びリョウのお尻を蹴っ飛ばす。
「ぴぎゃあああああぁぁぁぁ…………!!!」
2人の身体は轟音とともに猛烈な勢いですっ飛んで行った。一筋の白い雲が空に軌跡を描いている。
「おー、よく飛んだねえ。さ、馬車を追うわよ」
「こっちは俺1人で充分だ。お前は港に……」
「あ・の・ねえ? 尾行して目的地に着いたとしても、アンタ1人じゃな〜んにも出来ないでしょうが!?」
「いや、なんとか忍び込んで……」
「でっかい図体で筋肉モコモコさせて何言ってんのよ大盛り肉団子。あっちのことは心配ないわよ。この間は相手が悪かったけど、魔族程度にむざむざ殺されたりしない。ニャミミも、ロンドもいるしね」
「……それもそうだな。で、なんでこっちの馬に乗る?」
ディーンの馬の後ろに飛び乗ったリリーの顔が、耳まで真っ赤になった。
「は、はあ!? 勘違いしないでよね!? あたしが乗ってきたお馬さん、風邪気味だったんだからしょうがないじゃない!! それにほら、尾行するのに2頭だと目立つし!!」
「なら前に乗れ。落ちるぞ」
「そ、そそっそそれは、さーーすーーがーーにーー!? ……だっだだ大丈夫、エルフは落馬なんてしないから!! ほら、ごちゃごちゃ言ってないでさあ出発!!」
リリーが踵で軽く蹴ると、2人を乗せた馬はひとつ嘶いて駆け出した。
◇◇◇◇◇◇
「わあ…………!」
ばたばたと風を切る音だけが聞こえる。
ファセリアは首を曲げて周囲を見回し、思わず感嘆の声をあげた。
飛んで行く先、ファセリアの背中側には青い海が日差しを浴びてきらきらと、どこまでも輝いている。
船着場に停泊している船たちが模型のように小さく見えて、人々が働き蟻のように蠢いている。
足元には客で賑わう商業街の色とりどりな屋根が、無秩序にぎっちりと並んでいる。
港と反対側、東の方は市街地になっていて、白壁の家々が建ち並ぶ中を細かい道が縦横無尽に走っている。
そのうちの1番大きな通りは街の真ん中を突っ切って、やがて緩やかな丘へと続いている。丘の上には白壁に青い屋根の小さな城が建っていた。
ゼパルマ領主ロアーズ侯爵の館だ。
「いた! あれだ!」
リョウの声でファセリアはすぐに現実へと引き戻された。
その目に、煙を上げる神殿と、その前の広場にいる一団が映った。
槍を構える衛兵たちが、翼を持つ巨大な怪物と対峙している。
漆黒の鱗のような全身鎧に身を包み、黄金色の翼を持つ、水牛の頭の怪物。体格はディーンより2回りは大きい。
その両目は血走って爛々と光り、口からは獣の如き唸り声が漏れている。
両手にはその背丈よりさらに長い、金属製の巨大な棍が握られている。
「着地します! しっかり掴まって!」
リョウの足元に落下速度と衝撃を緩和するための魔法陣が幾重にも展開され、背部の推進機構が逆噴射を行う。
轟音と突風を巻き起こしながら着陸した2人を、その場の全員が注視していた。
「ロンド隊長から応援を頼まれました! 状況を!」
リョウは衛兵たちが戸惑っている間に先回りして声をかけた。状況が状況だけに、無用な問答をしている時間はない。
「助かる! 敵は今のところ奴一体。恐らく中位以上の魔族だ。 船を一隻沈めた後、この月の神殿に」
「ファセリア!!」
「タイデル様! ご無事でしたか!」
駆け寄ってきたタイデル司祭の法衣はあちこちが破れ、焼け焦げている。
ファセリアが治癒の奇跡を施す間に、司祭は忌々しげに魔物を睨みながら告げた。
「気をつけたまえ、アレは見ての通りの馬鹿力で、やたらと硬い。おまけに口から火まで吹く……聞いているのか、そっちのガリ勉」
「やれやれ、牛一頭にその有り様ですかぁ? 司祭様ともあろうお方がぁ?」
「……何とでも言え。手強いぞ」
タイデルが煽りに乗ってこないので、リョウは少しつまらなさそうな顔をした。
「何が飛んで来たかと思えば、人間のガキが2人かよ。いいぜ、ついでに喰ってやるよ」
牛頭の魔物の口から、その外見に違わぬ粗野な言葉が発せられた。
「牛さん、はじめまして」
振り向いたリョウの手には『魔力投射器』が握られている。
「なっ……!!」
不意を打たれた魔族は言葉にならない声をあげた。
跳んでいる間に込めておいたありったけの攻性魔術が即座に起動して、射出口から何百もの魔力の塊が雨霰と降り注ぐ。
「『魔力の矢』『魔弾の射手』『光弾』『気功塊』……無属性の魔力射出攻撃は基本中の基本ですから、各系統の魔術にそれぞれ名を変えて存在しているんですよ。それを順番に発動して、撃ったそばから再装填していくと、こんなふうに延々と撃ち続けられるっていう。しかもこれ、射出時の魔力を取り込んで再利用してるんです。魔素の変換効率がもう少し上がれば、永久機関も夢じゃないんですが……って、牛さん、聞いてます? もしもーし?」
光の弾を次々に受け咆哮を上げる魔族に、リョウはドヤ顔全開で問いかけた。




