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温情

 奴隷商人ゴードンは、自ら手綱を取り馬車を走らせた。

 例の襲撃の後、用心のため他の場所に隠していたウミガメを回収するためである。

 上物のウミガメは通常のものとは別に確保しておき、競売を通さず馴染みの貴族や好事家(こうずか)へ直接売りつけている。


 アルスタッドの騎士団長は長い付き合いの常連客で、襲撃事件の報せを受けるなり文字通りすっ飛んで来て、(ゴードンではなく)ウミガメ屋の安否を確認していった。

 一月もすればなんとか営業再開できるだろうと伝えると安堵した様子で、ついでに3人ほどの活きのいい若い男を、普段より少しばかり色をつけた値で引き取ってくれた。

 その異様な執着心を目の当たりにして、ゴードンはますます変態騎士団長への軽蔑の念を深めたが、商売人としては大変に有難い申し出ではあった。


 破壊された屋敷の外壁や競売場、そしてウミガメたちを入れておく牢。修繕には多額の費用がかかる。逃げられたウミガメたちもまた仕入れ直さなければならない。


 そんな折に、カモがノコノコと現れた。

 あの木偶(でく)の坊御一行、とぼけていたがおそらくあの女の仲間だろう。矢鱈と金を持っていた。どこぞの成金冒険者か何かだろうか? 

 わざわざ屋敷に乗り込んで来るぐらいだ、金に糸目はつけまい。腕は立ちそうだが交渉に関しては素人もいいところだ。

 奴らから搾り取るだけ搾り取ってやる。

 ここ数年ほど、転移者は侯爵に引き渡す取り決めになっていたが、知ったことではない。いつも品物を安く買い叩いてきた報いというものだろう。

 そして、あの木偶の坊と男のガキ、あれは転移者だ。

 隙あらばやつらも攫う。攫って、変態騎士団長と侯爵、高値を提示した方に売りつけてやろう。


 ゴードンは久方ぶりに上機嫌でニヤニヤと妄想しながら、ウミガメの隠し場所である古砦(こさい)へとやって来た。

 侯爵から借り受けたこの放棄された小さな砦は、各国の貴族との取引の際目立たず、ウミガメたちを捕えておくのにも都合がよかった。


 その砦の裏手、馬小屋の陰に隠すように馬車が停められている。

 ゴードンは険しい目つきでそれを睨むと、慌てて御者台から降り、大雑把に馬を係留してドタバタと砦へ入って行った。


 通路を進むと、商談の場となっている大広間がある。

 そこを通り抜けた先の、地下牢へと続く階段をゴードンは降りて行った。

 地下にはそこかしこに魔法の明かりが灯っている。商品の展示場を兼ねているため、牢屋とは思えないほど清潔に保たれており、香が焚かれ、それぞれの牢の中にはテーブルや椅子、ベッドなどの家具まで置かれている。

 転移者は丁重に扱え、というのが侯爵からの指示だった。

 

 しかし、その牢屋は今、すっかりもぬけの殻となっていた。


「畜生、勝手な真似しやがって! おい! ファルデール! 待て!」


 今まさに、最後のウミガメが牢から運び出されようとしていた。見上げるほどの大男が長い金髪の女を肩に担いでいる。女は眠っているのか、ぴくりとも動かない。

 その横にはいかにも神経質そうな筋ばった顔をした、仕立ての良い服装の紳士が立っている。


 侯爵の配下のその男がどのような地位にあり普段何をしているのか、ゴードンはついぞ知らなかった。分かっているのは、侯爵が転移者を要求し始めた頃から、この男がウミガメ取引の窓口となっていることだけだ。

 

「……貴様か、下郎。何が不服だ」

 

 神経質そうな顔がいつにも増して不機嫌そうに歪んだ。何かがおかしい。普段のこの男は無愛想ではあってもここまで傲然としてはいない。

 だがすっかり頭に血が上っているゴードンはその異変を気に留めなかった。


「その女は他に買い手がついてんだ。お前らより金払いの良い客がな! 戻せ!」


「おかしな事を言う。転移者はこちらで全て引き取ることになっているはずだ」

 

「うるせえ! 俺の商品を誰に売るかは俺が決めんだよ。お前のご主人様がそれより多く払うってんなら話は別だがな」


「……成程、そうだな。貴様はこの数年、よく働いてくれた。お陰で我々の悲願も果たされつつある」


 ファルデールの身に纏う気配が一変した。

 しかし、怒りと強欲に囚われたゴードンは、まだ己の身に迫る危機に気付くことができない。


「そうだろう? 俺がいつもどれだけ苦労して上玉のウミガメを卸してるか……」


「最近はチョロチョロと鼠共がこの辺りを嗅ぎ回ってもいる。丁度良い潮時というやつかも知れんな」


「何だと? 俺との契約を切ろうってのか? ウチのウミガメは闇市の目玉商品で、アルスタッドやプラセンタのお偉いさんにも上客がいる。それを失って困るのはお前らだろうが。俺の手元には顧客の名簿もある。これが表に出ればどうなるか……」


 ゴードンの額に汗が滲んだ。

 愚かな奴隷商人は、徐々に己の置かれた状況を理解しつつあった。

 ファルデールが靴音を立ててつかつかと歩み寄る。

 

「何だ、てめえ……!!」


 そのまま無造作に片手を伸ばし、ゴードンの首を掴む。


「なっ、何しやがる!」


 その手を外そうと踠くが、びくともしない。そうしている間にファルデールはもう片方の手で、球形の器具をゴードンの頭に被せた。

 錆びついた、骨組みだけの兜のような器具。兜の面頬にあたる部品だけがいやに真新しく、ぎらぎらと光っている。何かは分からないが、禍々しさだけは十分に伝わる。


「おい、な、なんだこれは!?」


 両手でそれを外そうと試みるが、顎のところでしっかりと固定されていて動かない。錆の粉だけが肩にぽろぽろと落ちた。

 苦し紛れに面頬に触れた手に鋭い痛みが走る。慌てて見ると指先がぱっくりと裂け、血が流れていた。


「これは謂わばトラバサミだ、トラバサミ。知っているだろう? 野山で猪や鹿を捕える、あれだ。もっともこれは獲物を挟むための道具ではなく、切断するための道具なのだが——貴様のような豚には相応しかろう?」


 ファルデールは猫撫で声で言いながら、錆び付いた二つの鉄球をゴードンの両手に持たせた。鉄球からはぴんと張り詰めた針金がトラバサミの留め金に向かって伸びている。


「お……おい! 待て、待ってくれ!!」


 ゴードンは状況を把握して、悲鳴に近い声を上げた。その僅かな振動で、不安定な留め金がきりきりと音を立てた。全くと言っていいほど身動きが取れない。


「この道具は(いささ)か不安定でな。(みだ)りに動かん方がいい。なに、そうして鉄球をしっかりと持っている間は作動せんよ。これはよく働いた貴様への温情なのだ。運が良ければ誰ぞ助けが来るやも知れん」


「わかった!! あんたの言う通りにする! ウミガメも今まで通り、いや、これまでの倍の数納めると約束する! だから頼む、助けてくれ!!」


 呼吸が荒くなり、顔中に脂汗がびっしりと浮かぶ。


「どうした、手が震えているぞ。重いか? それとも怖いか? 辛抱しろ、さもなくば胴体とお別れする羽目になるぞ?」


 ファルデールは双眸(そうぼう)をぎらぎらと光らせ、口の端を釣り上げて哄笑(こうしょう)した。

 げらげらと狂気じみた笑い声が地下牢に反響する。


「て、てめえ、何者だ」


「……くだらん。行くぞ、ゲファニスバータ」


 ファルデールは興味を失ったように正気に戻り、許しを乞う奴隷商には目もくれず、大男を伴って去っていった。


「誰かいねえのか!? ボッシュ!! ダリル!! おい、誰か!! 助けてくれ!!」


 ウミガメの監視と世話をしている手下がいるはずだが、そういえば今日は一度も姿を見ていない。

 ゴードンは牢に入り、鉄球を机の上に降ろせないものかと思案した。

 しかし、僅かな振動も与えず、重い2つの鉄球を持ち上げたまま歩き、机の上に置くことなどとても出来そうにない。


 どれほどの時間が経ったのか、ゴードンの両腕はいよいよ鉄球の重みを支えきれなくなり、ぶるぶると震え始めた。

 

「誰か、誰か!!」


 涙を流しながら叫ぶ。

 そのとき、上の階から複数人の足音と話し声が聞こえた。


「おーい!! ここだ!! 地下だ!! 助けてくれ!!」


 最後の力を振り絞り、声を上げる。

 その声が届いたのだろうか。足音が近づき階段を降りてくる。

 その人間たちには見覚えがあった。最近赴任してきた、くそ真面目で石頭の衛兵隊長。そして、例のウミガメ屋の客の、木偶の坊の一行だ。


 ゴードンは心の底から安堵した。

 気が緩み、腕の力が緩む。


「助かったぜ、礼を」


 ピーンと音がして、勢いよく留め金が外れる。

 直後にガチン、と金属同士のぶつかり合う音がして、ゴードンの身体がびくりと跳ね上がった。

 

 錆びついた鉄球と共に、奇怪な兜を着けたままのゴードンの頭が床に落ちて、ごろごろと地下牢の通路を転がっていった。

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