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衛兵長ロンド

「いやー、わかりやすいオッサンでしたね。ちょっと直接的すぎて、警戒されちゃうかと思ったんですが、がめつい奴で助かりました」


 ゴードンの屋敷を出るなり、リョウが抑え込んでいた言葉を吐き出し、笑った。


「最悪!! あのオッサン、あたしらの事、ずーーーっと値踏みするみたいにジロジロジロジロ見やがって!!」


 リリーはやり場のない怒りをの前庭の石畳にぶつけ、地団駄を踏んでいる。


「……ああ、それでリリーさん大人しかったんですね。半妖精に猫人族、転移者2人に聖女様ですからねえ、結構レア物揃いですよね、僕ら」


「冗談抜きで用心した方がいい。確かにあいつなら人攫いでもなんでもやりそうだ」


 一番後ろを歩きながらディーンがやんわりと警告の言葉を口にする。


「あの人の様子は、エスメラルダ様らしき方に心当たりはあるけれど、手元には置いていない——そんなふうに見えました」


 ファセリアの言葉に、ニャミミは難しい顔をしながら答える。


「どーかにゃ? やっぱり姫様には逃げられてて、万が一見つけたら売りつけよう、ぐらいの感じで適当言ってるだけかもにゃ。どーみても律儀に約束守るタイプにゃ見えないにゃろ?」


「それじゃあやっぱり『待ち』は無いわね。あまりにも不確実すぎる。でもあの様子なら、すぐに何かしらの動きはありそうだから——」


 リリーはそう言いながらディーンに視線を送る。ディーンは意図を察して頷いた。


「奴を張るか。姫をどこかに捕えているのなら、回収に向かうはずだ。そこを抑えられれば……」


 そこに突然兵士が1人近づき声をかけてきた。


「失礼する。不躾ですまないが、少し話を聞かせてもらえないか」


 すらっとした細身の身体に衛兵の鎧を纏い、兜の頂点からは赤い大きな飾り羽根が伸びている。衛兵の中でもそれなりの地位にあることが窺える。

 ディーンはその兵士に見覚えがあった。


「あんた、あの酒場にいた兵士だな」


 ディーンは抜かりなく兵士を観察しながらも、軽い調子で訊いた。

 軸のぶれない歩き方から、かなりの使い手だとわかる。彫刻のような整った顔に、濁りのない灰色の瞳。いかにも清廉潔白な人間に見えるが、こんな町の兵士としてはそれが逆に似つかわしくないようにも感じられる。


「ああ、そうだ。話していた事が(それがし)の任務とも関りがありそうだったので、申し訳ないが跡をつけさせてもらった。(けい)らは銀級冒険者と、月の聖女のご一行とお見受けするが、相違ないか」

 

 兵士はリリーを真っすぐに見てそう答えた。

 東門の兵士から報告を受けているのだろう。こちらの事はすっかり把握している様子だ。


「……そうよ。で、アンタは?」


「某はロンドと申す。この地区の衛兵の隊長を務めている者だ。先日の襲撃に関して調査をしているのだが……」


 ロンドと名乗った兵士はさり気なく間合いを詰め、声をひそめた。


「……内密に話がしたい。恐らく卿らにとっても関わりのある話だと思うのだが」


 リリーは意見を求めて仲間たちにちらりと視線を送る。ディーンは無言で小さくうなずいた。


「わかったわ。あの酒場でいい?」


「……いや、止しておこう。この近くに我々の詰所があるから、同行願えるか? この時間ならば誰もいないはずだ」



◇◇◇◇◇◇



「むさ苦しい所ですまないな。適当に座ってくれ」


 衛兵の詰所は居室と寝室の2部屋しかない掘っ立て小屋だった。

 居室の中央には大きな木の長机が置かれ、簡素な木の椅子が並んでいる。壁際の棚に並ぶ鎧兜や槍は、どれも使い古されている。

 

 ロンドが息をつきながら兜を脱いで軽く頭を振ると、白金色の巻き毛が揺れた。年齢は二十代半ばいったところだろう。隊長という割には随分と若い。

 

「あんたは、闇市を襲った賊を探しているのか?」


 前置きも何もなく、藪から棒にディーンが訊いた。


「……もちろんそうだ、と言うべきところなのだろうが、色々と事情があってな」


 ロンドはわずかに表情を和らげ、椅子に腰掛けたファセリアの前へ静かに歩み寄り、片膝を着いた。


「ルーネ・アン・プレシスス。ファセリア様、お会いできて光栄です。某もラクタリスの(しもべ)として日々研鑽を重ねる身。ルーネリアの聖女の逸話は聞き及んでおります」


 ロンドが顔を上げ、一点の濁りもない瞳でファセリアの瞳を見つめると、少女は一瞬だけ戸惑った後、祝福の言葉を口にした。


「ブライア・エレ・ルーネ。ロンド様、我々のあるじはあくまでも女神様です。一介の信徒に過ぎぬ私ごときにそのような振る舞いは、どうかおやめください」


「……噂通り素晴らしいお方だ。世に神の威光を借り驕り高ぶった聖職者の、いかに多い事か。ファセリア様はこれほどの名声がおありになりながら、信仰の本質を見失っておられない。いや、感服いたしました」


 ロンドは胸に手を当ててうやうやしく頭を下げる。


「いえ、ですから、それをやめてくださいと」


「なにを仰る、これは単に貴女様個人への敬意のあらわれです」


「普通でいいですから!」


 イチャコラ(?)している二人を眺めながら、リリーはまたリョウをからかってやろうと意地の悪い顔で隣の少年の顔を覗き込んだ。


「リョウ、ファセリアにまた悪い虫が寄ってきたよ? さっきみたいに因縁つけて割って入らないの? …………ひっ!!」


 恐怖のあまり悲鳴が出た。

 そこには死人のように無表情で、奈落の底のような空虚な瞳をした男の顔面があった。


「……無理だよ。イケメンだしちゃんとした人だもん。陽の側の人だもん。ファセリアさんだって結局ああいう男が好きなんだ。そりゃそうだよね僕が女でもあっちの方がいいもん」


「こっ、これは……『相手が陽の者と認識したとたん白旗あげちゃう陰キャあるある』!!」


「うわ~、なっさけない男だにゃ~。ってか真面目そーな人だし、あの人下心なんてなさそうにゃよ」


「ニャミミ……ふふっ」


 ニャミミがフォローらしき事を言うと、リョウはその顔を見つめて、実に不快な笑みを浮かべた。


「今、ニャミミのことすっごい蔑んだ目で見たにゃ!? 『こいつ男ってもんがわかってねーわ』的な感じで見たにゃろ!?」


「やれやれ。所詮猫人族、ですか」


「その顔やめろにゃ!! なんかめっちゃ腹立つにゃ!!」


 ニャミミに顔をばりばり引っかかれながらも、やさぐれた笑顔を崩さないリョウ。


「身内にはこんなに強気なのにねえ。さすが引きこもり予備軍」


「……その、済まない。そろそろ話を始めても構わないか?」


 ロンドがすっかり困惑しながら、申し訳なさそうに切り出した。



◇◇◇◇◇◇



「さて、戦士殿の言う通り、某は襲撃事件の捜査をしている。しかし、闇市の連中が非協力的でな、正直難航しているんだ」


「そうなの? それこそ裏社会の人間は威信をかけて必死に探してるんじゃ……ああ、自分たちで捕まえたいってことかな?」


 リリーの問いに、ロンドはやれやれと諦めに似た表情を浮かべた。


「それもあるのだろうが、おそらくは内情を探られたくないのだろう。合法非合法問わず、連中には後ろ暗い所が多々あるはずだから。挙げ句の果てには領主から圧力までかかり、襲撃犯の捜査に関してはほとんど動きようがない。現状、我々衛兵隊は次なる襲撃に備えて警護をしているだけなんだ」


「闇市の連中は犯人の情報を掴んでいるのかにゃ? あれだけ派手に暴れてるのに、誰もはっきり犯人を見てないってのがヘンなんにゃよにゃ〜」


「確かなことは、おそらく少人数であるということだけだ。ガラの悪い2人組の男を見たという噂や、空を飛ぶ怪物が奴隷を追い回していたなんて話もあるが……まあ、犯人に関してはこの際、どうでもいい」


「良いんですかあ? 衛兵隊長ともあろうお方がそんなこと言っちゃって」


 まだ少し卑屈な顔のままリョウがイヤミっぽく突っ込むと、ロンドはそれをまったく気にせず穏やかに微笑みながら答えた。


「死者はおろか、怪我人でさえほんの数人しか出なかったんだ。建物はあちこちで派手に破壊されたが、賊は闇市に出品されていた高額な物品には全く手をつけていない。ただ一点、奴隷たちが逃げたことを除いては」


「襲撃犯の目的は奴隷を逃がすことで、他の場所への攻撃はあくまでも陽動ってことですか」


「派手に暴れたが、決して凶悪な人間ではないというのが某の考えだ。無論、警戒するに越したことはないが」


「それじゃ、あたしたちの話なんか聞いてもしょうがなくない? なんで声かけたの? ナンパ?」


 リリーが冗談めかして訊く。


「……某は奴隷商ととある人物の関係を調査している。その人物は、奴隷商の流通網を使い、ファイルーン各地からある特別な資質を持った人間を攫い、集めている」


「あ、それって例の、転移者を狙った誘拐事件……」


 リョウとディーンが顔を見合わせる。


「そう、巷で噂になっているその件の黒幕が、ここゼパルマにいる」


「でもそいつは()()()()()()を集めて何がしたいの? 見せ物小屋とか?」


 リリーの軽口にリョウが反応して不満げな顔をした。

 ロンドは少しの間考え、慎重に口を開く。


「……この先の話をする前に、卿らの目的について聞かせてもらえないか? 疑っているわけではないが、無関係の者に聞かせるような話でもないのでな」


 一同は一斉にディーンの顔を見る。


 この衛兵隊長は嘘をついているようには見えないが、知っていることをすべて開示しているわけでもなさそうだ。とはいえ、状況が状況だけにそれは当然のことだ。

 少なくとも奴隷商や闇市の手の者ではないと判断して、ディーンはこれまでの事を話し始めた。


「わかった。俺の名はディーンという。さっき話に上がった転移者というやつだ」



◇◇◇◇◇◇



「……なるほど、異世界の姫君か。それはさぞ心配だろう」


「名はエスメラルダ。ああ、アルヴィーと名乗っている可能性もある」


 ディーンの口から出た名前に、ロンドの顔色が明らかに変わった。


「待て、アルヴィーだと?」


「知っているのか!?」


 ディーンは音を立てて椅子から立ち上がった。


「……某の任務はある人物の調査。状況からその男が黒幕であることは、とっくに分かりきっているんだ。しかし、確たる証拠だけが無かった。そこで某は信頼できる協力者を募り、現在そのうち2人が潜入捜査を行っている。その人物の屋敷に1人。そして奴隷になりすまし、奴隷商に潜入した者が1人」


 ロンドはディーンの剣幕に気圧されもせず、じっと目を見つめたまま淡々と答えた。


「その協力者と共に運び込まれた奴隷の中に、アルヴィーという名の転移者がいたはずだ。肌の白い、豊かな金髪の婦人と聞いたが」


「間違いない。それがエスメラルダ姫だ」


「とりあえず良かったじゃない、姫様が見つかって」


 リリーが興奮気味のディーンの肩をぽんと叩いた。


「……いや、それが、あまり状況は芳しくないんだ」


 ロンドは険しい顔で言い辛そうに切り出した。


「まず一点。襲撃以来、潜入した協力者からの連絡が途絶えている。某がこうして話をしているのはその事態の把握のため、銀級冒険者の一行である諸卿に助力を乞うためだ。そしてもう一点。集められた転移者の処遇が問題でな。これが某が調査に乗り出した最大の理由でもある——この件の黒幕、ゼパルマ領主ロアーズ侯爵は……転移者を魔族に引き渡している」

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