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19/30

闇市

 ガイナリア大陸でも有数の港湾都市ゼパルマは、かつては今よりもずっと小規模な港町に過ぎなかった。

 自由都市プラセンタや海の向こうのアルスタッド連邦との交易のため、ファイルーン王国建国後に新たな港が造られ、それから大陸でも有数の港町に発展したのである。

 闇市(ブラックマーケット)は、かつて使われていた港の古い倉庫で密かに開かれていた非合法の市が大衆にまで広まったもので、今では国の管轄する、この都市の重要な観光資源にもなっている。


 その闇市が何者かの襲撃にあったのは、1週間ほど前のことであった。

 あちこちで煉瓦造りの倉庫が崩れ、焼け落ちている中に、武装した兵士が何人も配備されている。その中には明らかに堅気の人間ではない、強面(こわもて)の連中も含まれていた。


 そんな状況でも闇市自体が封鎖されず開かれているのは、おそらくはそれを支配している者の面子を立てているに過ぎないのだろう。

 とはいえ、やはり客の数は普段よりずっと少なく、いつもなら露店と旅人でごった返しているはずの市は閑散としていた。



◇◇◇◇◇◇



「ご覧の通りの有様でね。時期(タイミング)が悪かったね、旅の人」


 闇市の奥まった一角、奴隷商の屋敷にほど近い場所のその小さな酒場は、物見遊山の客向けというよりは、市場で働く人間の食堂のような機能を果たしていた。

 主人は愛想良く笑いながらディーン達を迎えてくれたが、いかにもこういった場所で商いをしている人間らしく、その大きな目がぎょろぎょろと旅人たちを抜かりなく観察している。


 月の神殿を訪れた後、ゼパルマの冒険者の酒場や宿屋、神殿などを周ったがこれといった情報は得られず、ディーンたちはこの闇市へ乗り込んできたのである。


「ドンパチがあったんだって? まったくツイてないぜ。活きの良い奴隷が揃ってるっていうからはるばるやって来たってのによう」


 ドクロの首飾りを着けたディーンが不機嫌そうに顔を歪め、ガラの悪いゴロツキを演じながら答えた。

 その横でリリーが思わず吹き出し、リョウに肘で突つかれ(たしな)められている。


「ああ、あんたら()()()()目当てか。ウミガメ屋は特にこっぴどくやられたらしくてな。あの様子じゃあ、まあひと月は休業だろうな」


 主人はその言葉をわざとらしく強調しながら答えた。おそらくそれがこの闇市で奴隷を指す隠語なのだろう。


「おうおうおっさん、そんで賊の目星はついてんのかにゃ?」


 眉間に皺を寄せ、ナイフをペロリと舐めながら、できる限りの低い声でニャミミが訊く。その頬には炭でバッテン傷が描かれている。

 リリーとリョウはたまらず顔を背け、笑いを堪えて肩を震わせている。


「それが、あれだけ派手に暴れたわりに、賊が何人で、どんな奴かもはっきりしてないないらしいんだ。ごろつき風の男を見たとか、魔族らしい影が空を飛んでたとか、色々と噂は聞いたがね。まあ、どっちにしろそのイカれ野郎はお終いだよ。この街で闇市を襲うってことは、領主からギルドからその道の連中までみんな敵に回すってことだからな」


「ふん、そんなことより親父、腹が減ってるんだ。食い物と酒、じゃんじゃん持って来てくれ。ああ、あそこの客の食ってるやつ、旨そうだな。あれも貰おうか」


 フードを目深に被り、顔に思わせぶりなペイントを施したファセリアが、店の奥で食事を摂っている兵士を指差しながらぎこちなく言う。

 リリーとリョウは我慢の限界を迎えて店を飛び出して行った。たぶん外でゲラゲラ笑ってるのであろう。


「ん? お連れさん、船酔いか? まあいいや、この町は腐っても港町だからな、海鮮料理はちょっとした自慢なんだぜ。すぐに準備するから待っててくれ」


 主人は少しだけ怪訝そうな顔をしたが、金払いの良さそうな客の来訪に、上機嫌で厨房へと入っていった。


「もう! なんで笑うんですかリリーさん! つられちゃうじゃないですか!」


「しょうがないじゃない! 揃いも揃って大根ぞろいなんだから! あんな棒読みなこと、ある!?」


 リリーとリョウが小声でやり合いながら戻ってくる。


 情報収集をするなら酒場が一番、というわけで、ディーンたちは『奴隷商を訪れたちょっぴりガラの悪い客』のふりをすることにしたのだが……明らかに人選ミス感が否めなかった。


「……私、上手くできませんでしたか?」


 怪しい教団の司祭に扮したファセリアが、頬を膨らませて不機嫌そうに訊いた。本人は至って大真面目だったらしい。


「いやいや、みんな、なかなかの役者っぷりだったわよ! ヤバいやつらっぽさは出てたから、大丈夫じゃないかな!」


 リリーの目が泳いでいる。こんなことになるなら普通にしてもらえばよかった、とか思ってもさすがに口には出さない。


「あのオヤジ、やはり色々と知ってそうだな」


 ディーンは腕を組み、横目で厨房の方を睨む。


「それじゃ引き続き頼みますよ、みなさん。硬軟織り交ぜて行きましょう」


 リョウが確認するように皆に言った。



◇◇◇◇◇◇


 

 運ばれてきた大量の料理と酒を、一同は実によく食べ、飲んだ。

 酒場の主人はその食べっぷりにいたく感心して、すっかり気を良くしていた。


「まったく、こんなことなら給仕に休みをやるんじゃなかったよ」


「うにゃにゃ〜! サカナ! もっとサカナ持ってこ〜いにゃ!」


 ニャミミはこの店の魚料理が気に入ったようで、目の色を変えてがつがつと貪り食っている。


「猫人のお客さんに魚を褒めて貰えると嬉しいねえ」


 テーブルにジョッキを並べている主人に、ここぞとばかりにリリーが声をかける。


「ねえ、奴隷……じゃなくて、そのウミガメ屋とやらを仕切ってるのは、どこのどいつ?」


「親玉はここの伯爵様だよ。ウミガメ屋だけじゃなく、闇市全体の、いわばケツモチだな。上納金を納める代わりに多少の悪事には目をつぶってもらうっつう、まあどこにでもあるありふれた提携関係(パートナーシップ)ってやつだわな。ウミガメ屋の支配人はゴードンっていう組合の幹部だが、どうにもケチな野郎でねえ、ウチのツケも大分溜まってんだよ」


 客がおらず退屈なのも相まって酒場の主人の口は軽い。その様子を見て、ディーン達は密かに目配せをした。


「ところでオヤジ、あの酒、ありゃ何だ?」


 おもむろにディーンはカウンターの中の棚に大事そうに置かれている、青いガラス瓶を指差す。


「ん? おお、お目が高いな。あれはアルスタッド産の蒸留酒だよ。樽で何年も寝かせたやつだ、上物だぜ」


「そりゃいいな。オヤジ、これでそいつを貰おうか」


 ディーンは銀貨を取り出し、主人の手に握らせる。


「……おいおい、こりゃ、いくらなんでも貰い過ぎだよ、旦那」


 主人は驚いて手の中の銀貨を見ている。が、一向に返すそぶりを見せないのは流石である。


「なぁに、その代わりと言っちゃあなんですが、ひとつ頼みがあるんですよ、ご主人……クックック」


 テーブルに両肘をつき、組んだ両手の上に顎を載せてリョウが怪しい笑みを浮かべる。顔が影になっていて目だけが光っている。


「このまま帰ったらリリーたち、ご主人様に怒られちゃうの……だからね、マスターたん、リリーたちをゴードンさんに紹介してくれないかなぁ……?」


 リリーはもじもじと上目遣いで主人を見ながら、子ヤギみたいな震える声を出した。

 どうやらそれがリリーの思う一番可愛い女の子の仕草らしい。

 皆が思わず『えっマジかこいつ』みたいな顔でリリーを見た。


「うーん、奴さん、襲撃ですっかりビビってるからなあ、今は客とは会わないんじゃないかなあ」


「そ・こ・を、マスターたんになんとかしてもらいたいの! ねえ、リリーたんからのお・ね・が・い(ハート)」


 リリーが主人にしなだれかかって、お腹を人差し指でぐるぐるする。

 酷い。あまりに酷い三文芝居であった。ファセリアとリョウは思わず頭を抱えた。

 下手をすると主人を怒らせてしまうかもしれない。


「え? そ、そうか、お嬢ちゃんがそう言うんなら仕方がないなあ! じゃあマスターたん、一肌脱いじゃおっかな! ガハハ!」


 まさかの性癖にブッ刺さったようで、主人はわかりやすくデレデレした。

 ファセリアとリョウは口からお茶を勢いよく噴出した。


「ホントぉ!? やだー、ありがとーマスターたぁん!」


「ガハハ、なーに、ゴードンの野郎は俺の言うことには逆らえないからな! ウミガメだろーがミドリガメだろーが、このマスターたんに任せときなさい!」



◇◇◇◇◇◇



「悪いな、恥ずかしい話だが、ウミガメの大半はあの騒ぎで逃げちまったんだよ。残りも今朝売れちまった。もうここには売り物がねえんだ」


 奴隷商の屋敷は闇市の中でも最も被害が大きく、屋根や外壁、競売の開かれる大広間などあちこちが崩れていた。

 それを修繕する職人たちや見張りの兵士たちの間を通り抜け、比較的被害の少なかった居住スペースの一室にディーンたちは通された。


 そこに現れた、大きな鼻の横に黒子のある、でっぷりと腹の出た男こそ奴隷商の支配人ゴードンである。

 溜まりに溜まった酒場のツケの支払いの猶予と引き換えに、この客にウミガメを売ってやってくれ、と酒場の主人に頼まれ、渋々応じたのである。


「これからまた仕入れをして、競売が開けるのはいつになることやら、だ。今回は運が無かったと思って諦めな」

 

「そう言わず、なんとか1人都合してもらえませんかねぇ? ウチの親分、条件に合えば金に糸目は付けないって言ってるんですよ」


 そう言いながらリョウは巾着袋を取り出し、机の上に音を立てて置いた。開いた袋の口から、中に詰まった無数の金貨が見える。もちろんそれはリョウの魔術の作り出した幻影なのだが……

 ゴードンは眉を動かし、それをまじまじと見つめる。

 リョウは続けて、奴隷の条件としてエスメラルダ姫の特徴をずらずらと述べ立てる。

 その話を聞き終えたゴードンはなにやらじっと考え込み、やがてやや声の調子を落として答えた。


「……実は、近々入荷する予定のウミガメの中に、丁度そんな女がいる。まだはっきりとした事は言えねえんだが、もしも入荷したらお前らに優先して流すことはできるかもしれねえ。もちろん()()()ってやつがかかるが、それでどうだ?」


 ゴードンはそう言いながらもちらちらと金貨に目を落としている。


「ああ、ぜひ頼む。仕入れやら商談で、この町には半月ぐらいは居る予定だ。宿は大通りの『子鹿亭』、俺の名はマイケルだ」


 ディーンがいかにも能天気に、何も気づいていないように装って答えると、ゴードンは取ってつけたような友好的な笑顔を浮かべてその手を握った。


「わかった、マイケル。モノが入ったら使いを寄越す」


 そう言ってゴードンは立ち上がり、応接室の扉を開け、早々に一行に退出を促した。

 金蔓は逃したくないが、あまり立ち入って欲しくもない——そんな思惑がありありと窺えた。

 

「なあ、ゴードン、一つ訊きたいんだが、いいかい?」


 部屋を出る直前、扉まで差し掛かった所で、ディーンはおもむろに口を開いた。


「ここを襲った賊に、心当たりはないのか? 商売柄、散々恨みは買ってるだろう?」


 ニヤリと笑うと、ゴードンも負けじと悪漢らしい粗野な笑みを浮かべた。


「ありすぎてわからねえのさ。だが、必ず見つけ出して、殺す。そいつに仲間や家族がいれば、見せしめに最も残忍なやり方で殺す。あんたも、怪しい奴を見つけたら知らせてくれよ。報奨金は弾むぜ」

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