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馬車に揺られて

 かつてこの地に、ゼマイトスという名の魔神が現れた。


 強大な魔神とその軍勢に、国々はなす術なく侵略され、蹂躙された。100年程も続いたその支配に終止符を打ったのが若き日の英雄ファイルーンであった。

 英雄はガイナリア西部の国々をまとめ上げ、魔神の軍に対抗しうる軍を組織した。そして自らは仲間と共に広大な地下迷宮に挑み、その最奥に鎮座する魔神を見事討ち取ったのだ。

 

 英雄は諸国を凱旋した後、ガイナリア西端に自らの王国を興した。これが現在のファイルーン王国である。

 その際結ばれた同盟は現在でも続いており、西王諸国と呼ばれるその国々では通貨や言語が統一されている。


 英雄が凱旋した街道は凱旋街道と名付けられ、ダーム首長国、フランバージュ、プラセンタ、ファイルーンの4か国を環状に繋いでいる。

 西端のファイルーン王国の首都ルーナリアから街道を更に西へ行くと、王国の貿易の要である港湾都市ゼパルマへ至り、そこが街道の西の終点となっている。


 整備された街道には魔除けの結界が張られており、国を越えた街道警備隊が常に警邏しているため、時折り山賊や野盗の類は出るものの、人々は比較的安全に各国を行き来することができていた。

   


◇◇◇



 2頭立ての馬車がゴトゴトと街道を進んでいく。

 御者台では髭もじゃの老人が煙管をくゆらせながら手綱を取っており、その横に腰掛けたニャミミは流れて行く景色を眺め、上機嫌で耳をぴこぴこ動かしている。

 屋根と窓のついた小綺麗な車内ではディーンたち一行が思い思いに過ごしていた。


 ディーンはあぐらをかいて、黙々と愛剣の手入れをしている。

 太い指が剣の柄に器用に革紐を巻き付けていくのを興味深げに見ていたリョウが感嘆の声を上げる。


「いやー、すごい。見事なもんですねぇ」


「このやり方はまだガキの頃、傭兵団で教わったんだ。血で濡れたときに剣がすっぽ抜けないように、滑り止めを兼ねてな。もちろん紐が必要な時には解いて使う。野営のとき屋根を作ったり、火を起こしたり、いくらでも使い道がある」


 ディーンは手を動かしながら穏やかに答えた。


「ディーンさんは、何歳から傭兵を?」


「10の歳からだ。とはいっても最初は小間使いだ。戦場に初めて出たのは12」


「12!? まだ全然子供じゃないですか!」


「俺は昔から身体もでかかったし、大人にもよく喧嘩を吹っ掛けていたからな。早く名を上げて稼ぎたかったし、初陣に出られたときは嬉しかったものだ」


「あーやだやだ、ほんと野蛮ねぇ。好き好んで戦場に行くなんて」


 話を聞くともなしに聞いていたリリーが顔をしかめて口を挟んでくる。


「呑気な田舎暮らしというのがどうにも性に合わん。傭兵の間でよく言われる言葉なんだが、所詮は『命の使い道』というやつだな。薄く張って長持ちさせるか、分厚く張って勝負に出るか。俺は後者を選んだ、それだけの話だ」


「あんたはそれで良くても、あんたが斬り殺した奴らはそうは思ってないんじゃないの?」


「そこが傭兵の気楽な所でな。戦う相手も同じような馬鹿ばかりだから気兼ねなく()()()。恨みっこなしってやつだ。貴族様や正規軍の奴らは民間人を虐めるのに熱心だったが、そんなものに加担するのは御免だ」


 ディーンの返答に、リリーは明らかに表情を和らげた。


「……ふうん、じゃあ一応双方納得ずくではあるんだ。ちょっとは安心したわ。まあ、馬鹿みたいって感想に変わりはないけど」


「エルフというのは、森の中で静かに何百年と暮らしていると聞いたが、俺にはそちらの方が理解できん。退屈しないのか?」


「それ、うちの故郷の連中に言ってやってよ。だからこそあたしもこんな所で馬車に揺られてるんだからさ」


 リリーが自嘲気味に笑うと、傍らに座っていたファセリアが口を開いた。


「リリーさんは北の大森林のご出身なのですか?」


「まあ……そうだけど」


「大森林にはエルフの国があって、それはそれは美しい所だそうじゃないですか。美男美女ぞろいのエルフたちが歌を歌って優雅に暮らしてるんでしょ? 行ってみたいなぁ」


 無邪気なリョウの言葉にファセリアも同調する。


「ええ、私も子供の頃からそう聞いています。エルフの女王様はこの世でもっとも美しい方だそうですね。憧れます」


「そりゃまあ、おおむねその通りだし、来た人間はみんな良いところだって感激するわよ——最初の一週間はね。1月も経てば、あんたらだって飽き飽きして逃げ帰るわよ」


 リリーはまるで怪談を語るようにおどろおどろしく言った。


「そんなもんかね。エルフの女がそんなに美人だっていうんなら、一度会ってみたいもんだが」


 ディーンがとぼけたように薄ら笑いを浮かべながら軽口を叩く。


「ここにいるでしょうが!! あたしハーフだけど、こう見えても故郷でもわりとイケてる方だったんだからね!!」


 床にばん! と手をついて言い切ったリリーの顔を、皆でまじまじと見つめる。 

 そして各々、()()()()()がそこら中にいる国を想像しようとする。

 

「……なんか、賑やかそうですね」


「ファセリア!? あんたまであたしをそんなふうに見てるの!?」


 ファセリアに苦笑いされて、リリーは愕然とした。


「リリーさん、ちょっとエルフの真似してみて下さいよ」


 リョウはわざとらしくヘラヘラと腹の立つ言い方をした。


「エルフの真似って何!? 私がオリジナル、公式の(オフィシャル)エルフなんですけど!?」


「いいから、ちょっと遠い目をして空を見上げて、なんかカッコいいこと言ってみてください」


「……わかったわよ。あたしのエルフ(ぢから)を、まざまざと目の当たりにして震えるといいわ」


 リリーは前振りをしつつ、ちょっと考えて、深呼吸をする。

 そして切なそうな薄目で馬車の幌を見上げ、両手を胸の前で組むと、儚げに呟く。


「おお、空に瞬くエデル=ヴィアの星々。その輝きで我ら彷徨えるティアルロアの民を導きたまへ」


「だっはっはははは!! なんですかその適当な固有名詞!!」


「あははははっ、もう! リリーさんったら」


 若者2人にちょっとウケたのでリリーは気を良くして、さらに芝居掛かった様子で続ける。


「彼らはやがてその地に辿り着いた。遥けき祝福の地、かのディラバンダルの眠りし大地に。カルテリカの額に輝きたるはかみのエルフの証、ヤールの石。寂光の都はまことの主の帰還に沸き立った」


「エルフっぽい! まるでエルフみたいですリリーさん!」

 

「にゃにゃ!? なんか楽しそうなことしてるにゃ!? ニャミミも混ぜてにゃ!」


 騒ぎを聞きつけたニャミミが窓から顔を突っ込んで覗き込んでくる。

 かくしてリリーの『エルフ本人によるエルフモノマネ』は続くのだった。



◇◇◇



 ゼパルマ東門の前には馬車や旅人が屯し、行列になっていた。

 なにやら物々しい雰囲気の中、武装した兵士が一人一人入念に取り調べをしている。


「ああ、やっぱり町で何かあったんだな」


 御者の老人が振り向いてしわがれた声をかけてくる。

 ディーンたちはこの事を通りすがりの旅人達に聞いてすでに知っていた。ゼパルマで事件があり、検問が敷かれているから町の出入りには苦労するかもしれない、と。


「あんたらもついてないね。この町は場所柄こういうことはよくあるんだが、今回はちっとばかし深刻そうだなぁ」


 老人はそう言って忙しなく動き回っている兵隊達を眺めている。


「あっ、ヘータイがこっち来るにゃん」


 ニャミミの言葉の通り、兵士の1人がディーンたちの馬車にのそのそと向かってくる。

 兵士は御者とニャミミにちらっと視線を送ると、ふんと鼻を鳴らし、荷台のディーンたちをじろじろと無遠慮に見回した。


「疲れている所すまんな。町で事件があって、出入りする人間を調べている。それで、ええと、お前達は? 何の用で来た? 商人には見えんな?」


「俺たちは……」


「ルーネリアの冒険者よ。こちらにいらっしゃるのは月の神殿のファセリア様。あたしたちは彼女の護衛ってわけ」


 ディーンの言葉を遮ってリリーが言い、首に下げた銀細工のネックレスを兵士に見せる。


「銀級冒険者!? それにそちらにいらっしゃるのは、た、確かに聖女ファセリア様!!」


 兵士の様子が一変して、直立し敬礼などしている。

 

「せ、聖女はやめてください。確かに私はファセリアです。この度はゼパルマの神殿を訪ねて参りました」


「そうでしたか! ファセリア様の御一行とあらば、嫌疑などあろうはずもありません! ささ、どうぞこちらへお進みください……おい商人、道を開けんかこのぼんくら!」


 兵士はデレデレしながら言うと、ディーン達の前でお行儀良く並んで待っていた商人の馬車を蹴散らしている。


「おーおー、張り切っとる張り切っとる」


「あの……良いんでしょうか? 皆さん順番に並んでいらっしゃるのに」


 楽しそうなリリーの横で、ファセリアは申し訳なさそうにおろおろしている。


「神のご加護というやつだな。ありがたくご相伴に預かろうじゃないか」


「信用があるのもファセリアさんの日頃の行いのおかげですよ。遠慮することありません」


 ディーンとリョウが笑いかけるが、ファセリアは納得いかないようで、恨めしげにこちらを見てくる行列の人々に律儀に頭を下げている。


「でも……でも……」


「皆の者、こちらはルーナリアの月の聖女、ファセリア様だ! 火急の要件にて先んじてお通りいただく! まさか異論のある奴はおるまいな?」


 痺れを切らした兵士が大声で告げると、それまで不満そうにしていた人々はざわざわと騒ぎはじめた。


「聖女ファセリア様……?」


「ああ、確かに本物だ!」


「おお、なんと可憐な……」


「聖女様! どうか私に祝福を!」


「聖女様! 聖女様!」


「…………あちゃー、どうしよ、これ?」


「どうしよ、じゃないですよ!」


 頭を掻きながらペロリと舌を出したリリーに、ファセリアが涙目で抗議する。


「ニコニコ手でも振って、お題目の一つでも唱えてやればよかろう。お前の本業じゃないか」


「ディーンさん、私たち宗教家を何だとお思いですか!?」


 ファセリアは珍しくむっとして頬を膨らませた。


「でも、きっと皆さん喜びますよ」


「そーだにゃ、ファセリア、人気者にゃ」


 リョウとニャミミに言われて、ファセリアはううぅと唸った後、意を決し、窓を大きく開けて顔を出した。


「皆様、申し訳ございません。故あって急いでおります。先に通らせていただくことをお許し下さい。どうか皆様に月の女神の加護があらんことを。ルーネ・アン・プレシスス」


 そこら一帯がほのかな光に包まれる。


「!? 膝が、膝が痛くない!」


「まあ! 肩が軽いわ!」


「おお、小さい文字がよく見える!」


「二日酔いがスッキリしたぞ!」


「まさに聖女様だ……!」


「聖女様! 聖女様!」


「聖女様〜! キャー、目が合ったわ!」


 人々が歓声を上げる。

 ぎこちない笑顔で手を振るファセリアを乗せ、馬車は凱旋のように華々しく町へと入っていくのであった。

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