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ギルドマスター

「リリー!! リリーいるにゃ!?」


 魔狼との戦いの翌日。

 冒険者の酒場のドアを勢いよく開けてニャミミが入ってくる。


 夜明け近くまでしこたま飲み、昼過ぎまで眠りこけて、二日酔いの最悪の気分でメディアの出してくれたスープをすすっていたリリーは、半分白目でニャミミを見た。


「こっ、こわ!! 目、こわ!!」


 ニャミミは恐怖して思わずのけぞった。


(……なによ、ニャミミ。オオカミでも出た?)


「声ちっさ!! てか、そのジョーダンは昨日の今日で笑えないにゃん」


(ニャミミ、ちょっと、声のトーンを、落として……)


 頭が痛いらしい。


「んもー、だらしないにゃあ」


 これほど深酒したリリーを、ニャミミは初めて見た。きっと昨夜の戦いが関係しているのだろうが、リリーはそのことについて喋りたがらなかったのだ。


「そんなことより、大変なんにゃ! 空前絶後の天変地異、大山鳴動の大事件勃発にゃ!」


(あー……てんぺんちーね……あれはいいものだ……くーぜん、れっつごー……)


 ぼんやりしているリリーの顔を両手で挟み、自分に向けさせる。ほっぺたがむにゅっとなったリリーにニャミミが真剣な顔で告げた。


「ディーンがデートしてたんだにゃ!!」



◇◇◇◇◇◇



「なによなによなによなんなのよアイツ」


 目を血走らせ、全身からドス黒い瘴気を撒き散らしながら呪いの言葉を吐き続けているリリーの横で、ニャミミは面白半分で首を突っ込んだ己の迂闊さを呪っていた。


「あたあたあたあたしがきのうあんなめにあったのにのほほんとアイツねえみてよあの間抜けヅラほんとゆるせないゆるせないゆるせないリョウといいあいつといいどいつもこいつも抜け駆けがけがけがけ」


 顔が固まったままで口だけパクパク動く。


「リリー、お願いだから息継ぎとまばたきをしてにゃ! こわいにゃ!」


 郊外の草原。

 適当な茂みに身を隠した2人の視線の先には、芝生の上に敷いた大きな布と、その上に置かれたパンや果物の入った(バスケット)、そして座ってにこにこと談笑している、ディーンと若い女性の姿があった。


 女性は栗色の長い髪をふんわりと波打たせ、花柄のひらひらした上下繋ぎの服(ワンピース)を着ている。

 おっとりと優雅な雰囲気で、笑い方にもどこか品がある。美人というよりは愛嬌のある顔立ちで、身体の線は柔らかく、出るところはしっかり出ている。いや、彼女の()()は明らかに基準より大幅に突出していた。

 

「あああぁあやっぱアイツそうなんだでかけりゃいいんだでかけりゃいいんだぁぁぁ」


「リリー、息を吸いながらしゃべるのやめてにゃ! こわいにゃ!」


 女性は籠から野菜と塩漬け肉を挟んだパンを取り出し、ディーンに勧める。

 ディーンは一口かじり、「うまい!」とか(たぶん)言っている。

 そんでもって2人で飛んでいる蝶々を指差し、なにやら笑い合ったりしている。

 半裸のマッチョがピクニック。


 あまりのシュールさに思わず吹き出したニャミミの横で、相変わらずリリーは(ねた)みと(そね)みと嫉妬心にまみれて、ハンケチなど噛み締めながら、ぐぬぬ〜とか唸っている。


 そしてにわかには信じがたいことに、その筋肉男は白詰草(しろつめくさ)を摘んで編み、輪っかにして女性の頭に載せてあげたりしているのである! さらに自分の頭にも載せちゃってニコニコ微笑んでいるのである!!


 ぶつん。


「ぶつん?」


 隣で何かが切れた音がしてニャミミが見ると、リリーが一心不乱に精霊語を唱えている。


『筋肉を破壊せしもの、タンパク質を分解するもの、酵素の精霊よ。あの筋肉野郎をドロドロに……』


「へんな精霊呼ぶなにゃ!! リリー!! ストーップ!! ストーーーップにゃ!!」


『こんちは! 酵素の精霊っす!』


 へんなものが出てきて、挨拶してきた。


「呼んでないにゃ!! 手違いだから帰れにゃ!! てか、なんだおまえ!!」


『ちぇ、お言葉だなぁ。それじゃまたな、お嬢ちゃん!』


 ……帰った。


「こらリリーーーーー!!!!」


『糖質と脂肪の精霊、あのマッチョをブクブクのビールっ腹に……』

 

「やめにゃさい!! やめろこら!!」


 ニャミミがリリーを羽交締めにする。


「……では、そろそろか」


 風に乗ってディーンの声が聞こえてくる。


「ディーン様、その……本当に、ここで、なさるのですか?」


 女性が恥ずかしそうに答える。

 リリーとニャミミは茂みから顔だけ出し、前のめりになって息を呑んだ。


「ああ、外の方が気兼ねなくできるだろう?」


「でも、その、少し、こわくて……」


「何を言う。お前は素晴らしいものを持っている。さあ、俺に見せてくれ」


 ディーンと女性は立ち上がり、見つめあったままおずおずと近寄る。


「ハイだめーーー!!!! これ以上はダメでーーーーす!!!! 真昼間っからなにやっとんじゃこの照り焼きチキン野郎!!!!」


「えっちなのはダメなのにゃーーーーーー!!!!!!」


 たまらず茂みから飛び出した2人の前で、ディーンと女性は————


「では、この花輪を斬られた方が負けだぞ」


「……承知しました。いざ、尋常に勝負!」


 どこからともなく剣を抜き、正眼に構えたのであった。



◇◇◇◇◇◇



「ん? 何をやっているんだ、耳長」


 ディーンは足元に突っ伏しているリリーを見下ろしながら、若干非難めいた口調で言った。


「ディーン様、この方々はお仲間の……?」


 同じく足元に転がっているニャミミを不思議そうに眺めながら女性が尋ねる。


「ああ、そうだ。おい、修錬の邪魔だから他で遊んでくれないか」


「えっと、ディーンさん?」


 リリーがむくっと起き上がり、満面の笑みで尋ねた。


「どうした?」


「修練っていうのは、その、どういった?」


「剣の修練に決まっているだろう。彼女はこの町の剣術道場の師範代だ」


 確かに彼女は身の丈ほどもある巨大な剣を携えている。どこにしまっていたのかは知らないが。


「昨夜のニャミミとカシワギの師匠の話で、身体が疼いてしまってな、指南を頼んだのだ。彼女の剣技は見事だぞ。10ヤード離れた所を飛ぶ蝶をバラバラに斬ることができる」


「あっ、チョウチョにゃ!」


 シャキン!

 師範代は目にも止まらぬ速度で剣を抜く。

 かちりと音を立てて剣を鞘に納めると、蝶はぽとりと地面に落ちた。


「ああっ! チョウチョの羽がバラバラにゃ!!」


「でも大丈夫、あの蝶は羽根がなくなってもすぐに生えてくる種類の蝶だから! ほら、もう生えたわ!」


「元気に飛んで行ったにゃ、よかったにゃ」


「お前ら、誰に、何を言っているんだ?」


 怪訝そうなディーンに、リリーは作り笑いを浮かべる。


「念のためよ、全国50万人の愛蝶家の皆さんに怒られそうだから」


「えっと。それじゃあディーン、修行がんばってにゃ!」


「お邪魔しましたーーーー!!!!」


 走って行く2人を、ディーンはぽかんと見送った。



◇◇◇◇◇◇



 ディーンが剣の稽古を終え、冒険者の酒場に戻ると、店内はどこかざわざわと落ち着かない様子であった。


「どうした? 何があった?」


 手近な所にいた中年男に聞くと、


「ああ、筋肉の旦那。今、査察に来てんのさ、本部から」


 眉をひそめ、どこか迷惑そうに店の奥に目をやる。


 カウンターの付近に、メディアと話をしている背の高い金髪碧眼の女がいる。

 身体に密着した濃い灰色の服を着て、踵の高い靴を履いている。髪を後ろでまとめ、背を伸ばし胸を張り、周囲のもの全てを威嚇するような、近付き難い空気を発散している。


 隣には無精髭の冴えない男が付き従い、いかにもやる気のなさそうに欠伸をしていたが、その立ち居振る舞いからは相当の手練れであることが伺えた。

 案の定と言うべきか、いち早くディーンに気付いたその男はすっと目を細め、口を歪ませて微笑を向けてきた。


組合本部長(ギルドマスター)ジェシカ。数年前に現れ、あっという間に西王諸国の冒険者の酒場を束ねちまった女傑だよ」


 中年男の口ぶりからは、彼女に対する敬意と、同等かそれ以上の疎ましさが滲んでいた。

 ディーンも彼女とは関わらない方が得策と判断した。

 目立たぬよう店の隅の席に移動しようとするが、ジェシカの側近の男がこちらを指差しなにやら喋ると、彼女はこちらに気付き、つかつかと歩み寄ってくる。


「バルザーン、魔族、狼と来て、次は怖い女か。まったく災難続きだ」


 ディーンは苦笑いを浮かべた。


「初めまして。組合本部長のジェシカよ。お会いできて光栄だわ、ディーン」


 ディーンの苦笑をどう受け取ったものか、ジェシカが笑みを浮かべて握手を求めてくる。


「ああ、よろしく、ミズ・ジェシカ」


仕事(ビジネス)上での呼び名は下の名前(ファーストネーム)で統一しているの。ジェシカで結構よ」


 手を握ると、存外強い力で握り返される。ディーンはすでに彼女のことがすっかり苦手になっていた。


「こちらは助手のグラブスタン」


「どうも、ディーンさん。ああ、待った、言いたい事はわかる。ご覧の通り、尻に敷かれてるよ」


「グラブスタン」


 軽口を叩いたグラブスタンを強い語気で(たしな)める。冴えない男はにやっと笑って肩をすくめた。


「失礼。こうしてちょくちょく各地の『酒場』を回っているの。特に転移者の方が現れた場合にはね」


 そう言ってジェシカはディーンの姿をじろじろと観察し、露骨に不快そうな顔をした。


「皆それぞれ生まれ故郷の文化というものがあることは理解しているつもりだけれど。王都ルーネリアでその格好(スタイル)は、いただけないわね。女性に対する配慮が欠けている。明らかに前時代的、男性優位の筋肉至上主義(マッチョイズム)残滓(ざんし)だわ」


「ジェシカ、彼はまだここに来て日が浅いんです。その辺りはおいおい……」


 カウンターから飛んできたメディアが慌ててフォローに入る。


「ええ、わかっているわ。魔族の討伐に魔狼ガルム撃退。その成果には一定の評価をしているつもり」


「そいつはどうも。ああ、あんたが女傑と言われている意味が今わかったよ。なるほどたいしたケツだ」


 ディーンはそう言うとジェシカのお尻を、すぱーーーんといい音を立てて叩いた。


「ディっっディディディーーーーンさあぁああん!?」


 額に青筋をビキビキさせながら、メディアがディーンに詰め寄る。


「おっほほほほ、すみませんジェシカ、彼の生まれ故郷ではお尻を叩くのが最上級の敬愛の表現なんですぅぅ!」


「いや、そんなことは」


「そうですよねディーーーーンさん!!」


「いや、た」


「そ う で す よ ね!!!!」


「……実はそうなんだ」


「ねー!? もう、だめですよディーンさんてば、ここではそれやっちゃダメって言ったじゃないですか、このうっかりさん! 次からは懲戒処分しちゃうぞ?」


 ……誤魔化せたかな? 

 メディアは恐る恐るジェシカの顔をチラ見する。

 組合長は顔を真っ赤にして頬を膨らませ、目に涙を浮かべてぷるぷる震えていた。


 やばい。


「いやー、さすがジェシカ、器が大きいですねえ! 都会に不慣れな田舎者の無作法なんてぜーんぜん気にしないですもんね! よっ、真の多様性の体現者! 同じ女性として憧れちゃいます!」


「そ、そうなのよ! 真の平等の実現のためには、持続的な対話の継続が不可欠。ディーン、あなたの行為も今回は不問とします!」


 何とか立ち直って、ジェシカはきりっとした顔を作ってそう言った。


「はて、俺の行為とはなんのことだ?」


「なんのことって、もちろん私のおし……お、おし……メディア!!」


「はいぃ!! メディアでごさいますぅ!」


「彼に適切な指導と教育を! それと、まだまだ組合員の女性比率が低すぎるわ。人材の発掘と職場環境の改善にも引き続き尽力して! 総会までに目標達成よ!」


はい(イエス)職長(ボス)!!」


 メディアはやけくそ気味に敬礼などしている。


「グラブスタン! この後の予定は?」


 グラブスタンは笑いを堪えているのをたいして隠そうともせず、薄らニヤケ顔で答えた。


「はい、今夜は馬車組合のフリオ様と会食のご予定ですねえ」


「まだ少し時間があるわね。訓練場(ジム)鍛錬(ワークアウト)をするわ。鶏胸肉と有機(オーガニック)野菜の擦りおろし(スムージー)を準備しておいて」


「……これから会食ですよ?」


「どうせまた脂っこい宮廷料理でしょう? いらない(ノーサンキュー)。歯が痛いとか適当に言い訳するわ」


「うへぇ、俺に文句言ってくるんだよなぁ、あの人」


 指示を出し終えたジェシカは、ディーンに一歩近付き、手が届くほどの距離でじろっと顔を見上げた。


「それでは今日はこれで。次に会うまでには、都市の人間としての立ち振る舞いというものを身につけておいていただきたいものね、戦士ディーン」


「せいぜい努力するよ。次はあんたに会わないように」


 ジェシカは何かを言いたげに口を開いたが、諦めたようにつんと顔を逸らし、去っていく。

 慌ててその後をついて行くグラブスタンが、ディーンとすれ違いざまに口を開いた。


「あんまりうちの職長をいじめないでくださいよ、ディーンさん」


「お前こそこんな場所で抜く気満々だったろう、ひどい殺気だ」


「そんなことするわけないじゃないですか。あんたがおイタしなけりゃね」


 ニヤリと笑い、片手を上げて去って行く。

 ディーンはやれやれ、とため息をついた。


「ジェシカさんが就任して以来、冒険者の酒場は大きく様変わりしました。古参の冒険者からは、合理性一辺倒のやり方に不満の声がないではないのですが……それでも私達女性の、組合内での立場の改善に尽力して下さったのは事実なんですよ」


 2人が出て行き、酒場の扉が閉じるのを待ってメディアが口を開いた。


「ですからその、あんまり毛嫌いしないであげて下さい」

 

 上目遣いに見るメディアに、ディーンは困ったように笑みを返す。


「……ああ、わかったよ。あんたがそう言うんなら」


「ありがとうございます。それはそれとして、ディーンさん?」


 不意にメディアから放たれる殺気。たじろぐディーン。


「なんで()()()()()しちゃうんです? ジェシカさんの言う通り、これはどうも教育と指導が必要みたいですね?」


「いや、あれはだな、少しでも距離を縮めようと」


「何を性的嫌がらせ(セクハラ)親父みたいなことを言ってるんです! だいたいディーンさんには女性への敬意ってものが足りてません! いいですか、そもそも男女平等とは……」


(怖い女はここにもいたか)


 ディーンは瞑目し天を仰いだ。

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