似たもの同士
「カシワギ、あんたにも改めて礼を言う。この借りは必ず返すぞ」
ディーンはちびちびと米酒を呑んでいたカシワギの手を乱暴に握った。
「礼を言わねばならぬのはこちらだ。知っての通りあの社は我が主を祀ったもの。あのような魔獣に踏み荒らされたままでは顔が立たんのでな」
カシワギはその手を力強く握り返す。
狼人族のサムライはすでに人獣化を解いており、元の人間族の顔貌に戻っている。
「しかし、アカシアは放っておいて大丈夫なのか? 何か大きな仕事を請けたと聞いたが」
「勇者殿とソレルは、とある場所を潜入調査中でな。拙者は連絡役を仰せつかった。今は待機中だ」
「カシワギさん、ずっと気になってたんですけど、カシワギさんって転移者……では、ないですよね? その名前って」
カシワギの頭部の犬耳を観察しながら、リョウが口を挟んだ。
「おお! もしやと思ってはいたが、やはりリョウ殿は我が師と同郷か!? 光のショーグンと闇のニンジャが血で血を洗う戦いを続けているという、あの修羅の国ヒノモトの!?」
「そうだけど、そうじゃないです」
リョウはぷるぷる首を振った。
「ヒノモトの人間は老若男女問わず、恐ろしいタツジンだと聞き及んでおります。子供のうちに一箇所に集められ、戦い、生き残った者だけをさらに崖から突き落とすそうですな!」
「鬼か!! ……あれ? でも現代社会ってわりとそんな感じだった気も」
「拙者は師匠からイッシソーデンの免許皆伝を受けましてな、その折にこの名を賜ったのです」
「カシワギさん、そもそも一子相伝っていうのは……いや、す、凄いですねえ!」
リョウは何かを諦め(めんどくさくなって)適当に相槌を打った。
「修羅の国ヒノモトの剣豪か。会ってみたいものだな、その師匠とやらに」
カシワギの話を聞き、ディーンが全身の筋肉を疼かせ、目を輝かせている。
「ダーム首長国を訪れた折には、是非ドージョーに寄ってくれ。拙者の名を出してくれれば、道場主クスノキも歓迎してくれよう」
「ああ、是非そうさせてもらおう」
「ちょっと待つにゃ、師匠っていったら、ウチの師父だって負けてないにゃ!」
妙な対抗心を燃やしてニャミミが話に割って入ってくる。
「ウチの師父は、山奥で何千年も武術の研鑽に励む僧兵たちのトップ、ダイソージョーなんにゃ!! 燃える炎の上を歩き、毒薬の壺に手を漬け、青龍刀を飲み込み、氣の力を鍛えに鍛えてるんにゃ!!」
「ふん、我が師は飛び回るハエをナイフとフォークで切り分け、目を閉じたまま、3本の刀を使って闘うのだぞ」
「はーん、ウチの師父はお酒を飲めば飲むほど強くなるわ、1インチの距離から拳で象を吹っ飛ばすわ、手をかざすと肩こりが治るわで、そりゃもうムテキだけどにゃ!」
「はっ、我が師なんか揺れる小舟の上から扇を射るし、素手で刀を受け止めるし、遊び人のふりをして汚職大臣に天誅を下したりしちゃうんだが? だが?」
「は〜、いい線行ってるけどにゃ〜、あんまり言うとやらしいけど、まだそこですかって感じだにゃ〜。ウチのは水の上を走っちゃうし、雲に乗っちゃうし、手から氣を出して月割っちゃうからにゃ〜」
「……聞いていれば法螺ばかり吹きおって!! やはり所詮は猫人族、お里が知れるな!!」
「そ、そそそそっちこそあることないこと言いやがってにゃ!! 狼人族は忠義に厚いなんていうけどにゃ、みんな裏では盲信者のカルト野郎って陰口叩いてるからにゃ!!」
「あ、あの……」
「かっ、かかカルト野郎!? よかろう決闘だ、表に出ろマタタビ女め!!」
「じょーとーにゃじょーとーにゃ、躾の悪い犬にはお仕置きにゃ!!」
「あの、すみません」
「済まんが取り込み中だ!! 後にしてくれ!!」
「今、猫の手も借りたいほど忙しいにゃ!!」
獣人ふたりはツンケンしながら声の主をぎろりと睨む。
そこに怯えながら立っていたのは、月の神殿の聖女ファセリアであった。
◇◇◇◇◇◇
「も、申し訳ありません、お取り込み中のところ」
「ファセリアさぁん!!!! 全然!! 全然大丈夫です!! さあこちらへ!!」
リョウが鼻息荒く隣の椅子を引き、その上の埃を払う仕草をした。
「リリーさん、来ちゃいました」
そう言ってファセリアはリリーに駆け寄りハグをする。
「ファセリア! もう、バカね、こんな夜更けに子供がひとりで、危ないでしょう」
「子供じゃありませんよ! もう、リリーさんの意地悪」
……リョウは静かに椅子を戻した。
「それで、どしたの? あたしに会いたくなっちゃった? ん〜、ファーたんいいにおいするぅ〜、ちゅっちゅ」
「ちょっと、飲み過ぎですよ、リリーさん……って、臭っ!! 酒臭っ!!!」
「いやー! 行かないでファーたぁん!」
リリーの魔の手から逃れたファセリアは改めて皆に頭を下げる。
「皆さん、今回は本当に、ご迷惑をおかけしました」
「礼はもう充分聞いた。構わんからお前も飲め……と、酒はまだ飲めんのか?」
ディーンがさり気なく椅子を引き、掛けるよう促す。
「神官様、こちらをどうぞ。葡萄の果汁を炭酸水で割ったものです。甘くて美味しいですよ」
そこにやって来たメディアが、テーブルに陶製のカップを置いた。
「ありがとうございます、頂きます」
「ファセリア、かんぱいにゃ!」
ニャミミがジョッキを掲げると、ファセリアは遠慮がちにカップを持ち上げ、口につけた。
「…………! しゅわしゅわして、美味しい」
「その……何かありましたか、ファセリアさん?」
その様子をしげしげと眺めていたリョウが、恐る恐る口を開いた。
彼女はこの真夜中に馬を走らせ、わざわざここまでやって来たのである。ただ礼を言いに来たわけではなさそうだった。
「ええ……まあ」
ファセリアはぼんやりと答え、手にしたカップをしばし見つめた。
やがて顔を上げると、テーブルを囲んでいる皆と目が合う。
ファセリアは覚悟を決めたように話し始めた。
「あの後、ジーク様にこっぴどく叱られてしまいました」
「よし! やったりますよ、あのオッサン! さあぶっとばしに行きましょう!」
「リョウ、ハウス!」
腕まくりをして立ち上がりかけたリョウをリリーが宥める。その様子を見て、ファセリアの表情が僅かに穏やかになった。
「いえ、当然のことですから。私はあのとき、怒りと恐怖に飲み込まれ、自分を見失い……結果、皆さんを危険に晒してしまいました」
ファセリアは伏し目がちに、まるで自らに言い聞かせるかのように訥々と語った。
「仮にも魂の安寧を教義とする、ラクタリスの信徒がです。私は、思い上がっていたのかもしれません。司祭の代理だ、聖女だなどとおだてられ、身の丈に合わない力を行使してしまいました」
「そんなことないですよ! ファセリアさんは確かに少し、背伸びをしていたのかもしれない。でも、それのどこが悪いっていうんですか。その結果上手くいかなくたって、なんだって言うんですか!」
リョウの表情は真剣そのもので、語気には僅かに怒りさえ含まれていた。
ファセリアは己を真っ直ぐに見据える少年の瞳を見つめたあと、つと視線を逸らした。
「……そうですね。私の性根はおそらく、この先も変わらないと思うのです。己の力の範疇で無理なく生きるということは、私には出来そうにありません。ですから私は——」
ファセリアは一人一人の顔を見ながら、宣言した。
「私は、強くならなければならないのだと思います。経験を積み、修行を重ね、大きな力に耐えうるよう、己を磨かなければならないのだと。ですから、どうかお願いいたします——私を、冒険のお仲間に加えていただけませんか」
ファセリアの声が僅かに震えていた。その両手は真っ白になるほど強く握り締められている。
リリーが、ニャミミが、そしてリョウが、その言葉を受けてディーンに視線を送った。
「2つ、条件がある」
ディーンは腕を組み、鋭い視線をファセリアに向けながらゆっくりと口を開いた。
ファセリアは無言で頷いた。
「ひとつ。俺たちのような稼業の人間の、もっとも大事な原則だ。己の身は己で守ること。お前が生き延びるためにしたどんな選択も俺たちは受け容れる。何をおいても自分が生き残ることを考えるんだ」
「……まるで、神殿の教義とは反対の事をおっしゃるんですね」
「戦いの場は神殿ではないからな。それに、これは善悪の話じゃない。皆がそのつもりで行動すれば、余計な感情に惑わされず、結果的に生存確率が上がるというだけの話だ」
「……わかりました。肝に銘じます」
「それから、もうひとつ。ひとつめの話と早速矛盾して申し訳ないんだが——」
ディーンは苦笑して、言葉を続ける。
「リョウに、労いの言葉をかけてやってくれ。身を挺してお前を守った、この勇敢な男に」
ファセリアは驚いたように目を丸くして、リョウの顔を見る。
不意を突かれた少年は、戸惑ったような、照れているような、なんとも締まりのない顔をしていた。
確かにファセリアはリョウに感謝の言葉を一度も伝えていない。それを言葉にすることに躊躇いがあった。
そうすれば、この少年はまたいずれ、彼女のため同じように命を投げ出してしまうだろうから。
「リョウ様、約束していただけますか。もう二度と、あんなことはなさらないと。私のために、傷付かないと」
「次に同じことがあったら、僕はきっと同じようにしますよ」
「リョウ様!」
「だから、強くなりますよ。鼻唄を歌いながらでもみんなを守れるくらいに。要は僕が怪我しなきゃいいんでしょ?」
「それができれば誰も——」
呑気にはにかむ少年に苛立ちを覚え、ファセリアは反射的に異を唱えようとして、はたと気付いた。
先程彼女が口にした決意は、言葉こそ違えど、つまりはそういうことなのだ。
客観的に見ると自分はこんな無茶を言っていたのかと、なんだか可笑しくなって、ファセリアは気が抜けたように笑った。
「——そうですね。そうなれるようお互いに精進いたしましょう。あんな思いはもう2度としたくありませんから。ですから、私がこんな言葉を言うのも最初で最後にします」
ファセリアは雪のように白い頬を真っ赤に染めながら言った。
「リョウ様、このご恩は一生忘れません」
「ファ、ファセリアさん……」
「一生!? 今一生って言ったよね!?」
「うにゃにゃ!?」
「ほうほう」
「これは、なんともはや」
「リョウ、ここからいけんのか? ワンチャンあんのか!?」
「今にゃ! チューするにゃ!!」
「魔術師殿、宿に部屋を取っておこうか?」
「いやはや、お若いのに隅に置けませんな」
顔を真っ赤にしている少年少女の横で、悪質な観客たちが無責任にヤジを飛ばしている。
「なにはともあれ、だ。歓迎するぞ、ファセリア」
ディーンが上機嫌に笑い、リリーはファセリアに抱きつき、ニャミミはリョウの頭をわしわし撫でる。
「はい! よろしくお願いします!」
ファセリアは初めて、いかにも14の少女らしい屈託のない笑顔を見せた。




