少年と少女
一行は二組に分かれて馬に乗り、廃村へと急いだ。
夕暮れ時の丘陵地帯を、2頭の馬が飛ぶように駆けていく。蹄に巻き上げられた芝が千切れ、風に舞った。
「大丈夫か、魔術師殿」
初めての乗馬で青い顔をしているリョウにディーンが声をかける。
「はい、だいぶ慣れてきました……わっぷ!」
「舌を噛むなよ。今度乗りかたを教えてやろう。男子たるもの馬ぐらいは乗れんとな」
「はあ、でも、王都に住んでると乗り合い馬車もあるんで、そこまで不自由しないんですよねえ。駐車じょ……じゃない、馬小屋とかの維持費も大変ですし」
「魔術師殿、あれを見てみろ」
いかにも気のない返事をする都会っ子に、ディーンは顎で並走するリリーたちを指し示す。
隣には、葦毛の馬の手綱を取る(少なくとも見た目だけは)美しい半妖精と、彼女の細い腕に抱かれるようにしながら毅然と前を見据えている少女の姿があった。
リリーがいたずらっぽい表情を浮かべ、ファセリアの耳元でなにかをささやく。するとファセリアは顔を真っ赤に染め、振り返って抗議するように頬を膨らませる。リリーが目を細めて笑うと、ファセリアも手で口を隠して上品に微笑んだ。
茜色の西日の中、それはまるで一枚の絵画のような尊さであった。
百合百合しい光景にリョウが口を開けてぽかんと見惚れていると、耳元でディーンの声が、天啓のように厳かに響いた。
「馬に乗れれば、あれができるぞ。ファセリアと」
その瞬間身体に電流のごとき衝撃が走り、リョウは魚のようにぱくぱくと口を開け閉めしながらうめき声をあげる。
「アレ……ガ……?」
「そうとも。馬に乗れば遠乗りで逢引きにも行けるぞ」
「ドライ……ブ……デート……」
「遠出をして景勝地で一泊、なんてこともあるかもしれんなぁ」
「ディーン教官!! この、この不詳わたしくめに、乗馬を!! なにとぞ乗馬を教えてくださいませ!! ちなみに明日!! 明日とかどうですか!?」
「うおっ!? お、おう」
鼻息荒く詰め寄るリョウに若干引き気味のディーンであった。
◇◇◇◇◇◇
「あいつら、また妙な相談してるんじゃないでしょうね」
ディーンたちの様子を白い目で見ながら、リリーが低い声でつぶやいた。
「作戦会議ではないでしょうか?」
「んなわけないでしょ。あれは悪だくみしてる顔」
「そうなんですか……ふふっ」
うんざりしたようなリリーの言葉に、ファセリアは微笑した。
「仲がよろしいんですね、羨ましいです」
「どーこーがーよー!? でっかい方は脳天から爪の先まで余すことなく筋肉だし、ちっちゃい方は引きこもりオタクのいんちき野郎だし、ついでに猫娘はにゃーにゃーうるさいし、世話するこっちの身にもなれってのよ、まったく」
「リョウ様、いつも私に皆さんの話をしてくださるんですよ。とても楽しそうに」
「へえー、リョウが? ちょっと意外」
「ディーン様は、リョウ様が子供の頃に憧れていた英雄そのものなんですって。しゅわ……なんとかという、なんだか難しいお名前の方とそっくりなんだそうです」
「アイツ、ファセリアにもそんな話してんのね……はあ」
「それから、リリー様はとてもお優しい方だと仰っていました」
「ふえっ!!??」
「困っている人を見ると放っておけない方で、器量もよく、その魔力は強大で、将来はきっとエルフの女王になられるお方」
「ばばばばばバカ言ってんじゃないわよ、わわわわたわたわた」
リリーはツンデレを遺憾無く発揮し、顔を真っ赤にして、頭のあちこちから湯気を噴出しながら、目をバッテンにして馬上で照れまくっている。
「……と、いうふうに褒めておくと、なんだかんだで悪態をつきながら助けてくれる優しい方だと聞きました」
「ファーセーリーアーちゃーん?」
「あははっ、ちょっと、リリー様、くすぐったいです! 変なところを触らないでください!」
「うるさい、逃げ場ないんだからね、覚悟しろ!」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
身をよじって笑っているファセリアが落馬しないように、リリーは少女の華奢な身体を抱きしめた。
「ファセリア。アンタのこと、少しわかった気がする。嫌いじゃないわ、見栄っ張りな子は」
「……リリー様」
「大丈夫。相手がただの獣じゃなくて魔獣だったら、望みはある。その人はきっと生きてる。奴らはただ人を襲って食べるってことはしないわ」
リリーの声に、ファセリアははっとして目を大きく見開く。黒水晶の瞳が急速に滲み、すぐに涙となってぽろぽろと落ちた。
「……はい、リリー様」
◇◇◇◇◇◇
丘陵地帯を抜けると、青々とした森が広がっていた。
夕暮れの空に木々の影が黒く浮かび、恐ろし気にざわざわと音を立てている。
森の中はすでに暗く、どこからか得体の知れない獣の鳴き声が聞こえてくる。
足元には小川とも呼べないような小さなせせらぎが流れており、その上流に集落があるのだという。流れに沿って神殿の人間が使う、ささやかな小径が伸びている。
『綺羅星の欠片、星の子よ。この手に集いて形を成せ』
リリーの精霊語の呼びかけに応じて、光の粒子が渦を巻きながら集い、翼を持つ小さな妖精が現れる。妖精は赤ん坊のような笑い声をあげながら、ふわふわと浮遊し、まばゆい輝きを放っている。
「道を照らして、星の子ちゃん。騒いじゃ、め! よ」
妖精は不規則に揺れながら森の中へと入っていく。その明かりに導かれ、一行は後に続いた。
「森の事ならまかせて。あたしが先頭を歩く。ただ、今は武器を持ってきてないから、敵が出たら後衛にまわるからね」
心なしか機嫌が良さそうに、弾むような足取りでリリーは歩いている。エルフの血を引く彼女にとって、どれだけ深くても、暗闇の中であっても、森は庭のようなものなのだ。
「戦いになったら、私が前衛に立ちましょう。少しなら武器の心得があります」
「いや、でも、ファセリアさん」
ファセリアは装飾された白い鞘に収まった短剣を帯びている。しかし防具の類は一切身に着けておらず、いかにも危なっかしく思えて、リョウは戸惑いの声を上げた。
「大丈夫だ、魔術師殿。馬に乗るときの姿勢に、歩く姿。見ればわかる、ファセリアは良い剣士だとな」
「護身のために覚えたんです。巡礼の際、獣や野盗に襲われることもありますから」
ディーンのお墨付きに、ファセリアは謙遜して答えた。
「それより自分の心配しなさい、リョウ。魔獣に限らず、ヘビやら毒虫、毒のある植物だってあるんだからね。無闇にあちこち触らないこと」
「へ!? ヘビ!? だだだ大丈夫ですか!? 落ちてきたりしませんよね!?」
リリーがちょっと脅かすと、リョウはとたんに不安気な顔になってきょろきょろと周りを見回した。
「毒消しの奇跡も心得ていますから、ご安心ください、リョウ様」
「いや、噛まれても大丈夫とか、そういう問題でもないんですけど?」
「ヒルにも気をつけろよ。こういう水辺には必ずいる」
「……半裸のアンタが言うと説得力がないんだけど」
リリーが振り向いてすかさず腰布一枚の大男に突っ込んだ。
◇◇◇◇◇◇
「あの社の中にいるわね。姿は見えないけど、精霊力が乱れてるし、匂いがする。間違いない、魔獣よ」
しばらく進むと森が開け、崩れた建物の並ぶ廃墟があった。
偵察に出ていたリリーが戻り、小さな声で告げる。
ディーンは火を起こし、神殿から拝借してきた松明に火を着け、皆に持たせた。
「魔獣とやらが火を恐れるかどうか知らんが、少しでも怯んでくれれば儲け物だ」
「……で、アンタ本当にそれで戦うわけ?」
ディーンは肩に川沿いの漁師から借りてきた投網を担ぎ、魚を突く三又の銛を握っている。
「投網は恐ろしい武器だぞ。俺が剣闘士だった頃、闘技場で一番厄介だったのは元漁師の網使いのゲイルという男だった」
「絵面の問題よ! そんな英雄が絵画になる? 銅像になる? 人気吟遊詩人が歌ってくれる!? 絵物語の表紙になる!?」
「ちょちょちょっとディーンさん!! 剣闘士って!? 闘技場って!? その話詳しく!!」
「お前ら、静かにしろ。魔獣に勘付かれるぞ」
「……はい」
「……すいません」
ディーンに普通に注意されるというまさかの事態に、リリーとリョウは凹み気味に謝罪した。
「よし、作戦会議といくか。ファセリア、あの社の造りを教えてくれ」
ディーンが促すと、ファセリアはひとつ頷き話し始めた。
「はい。といっても本当に小さな建物です。正門を入るとすぐに礼拝堂になっていて、その奥に小さな部屋がふたつと、厨があります。厨からは小さな通用口で、裏手に出ることができます」
「挟み撃ちにできるかもしれない。あたしは裏口からこっそり入るわ」
「ならば俺たちは正面からだな。魔術師殿、魔獣が侍祭殿をかっさらって逃げる可能性がある。足止めの準備をしておいてもらえるか」
「わかりました。相手が魔獣だと通常の武器が効かない可能性があります。今のうちに『攻性魔力付与』をかけておきましょう。剣と、銛と……一応、網にもいっときます? あ、ファセリアさんの小剣にも」
「これは女神様の聖別を賜った武具ですので、不要です」
「えっ……! あ、はい……そうですか……そうですよね……」
申し出をきっぱり断られ、リョウはどんよりと落ち込んだ。
ファセリアはファセリアで、そんなつもりはなかったのにちょっと言い方がキツくなってしまったことを反省して、
「で、では、リョウ様、防護の魔術をかけて頂けますか?」
と慌てて対案を提示する。
リョウは簡単に立ち直り、目を輝かせた。
「は、はい、よろこんで!! ではまず3点セット、『物理防御』に『魔力障壁』、『精神防壁』」
白い光がファセリアを包み、続いて緑色の光が天から降り注ぎ、最後に青く透き通った壁がファセリアを取り囲む。
「まあ! すごいです! ありがとうございます!」
「えへへ、それから『耐火防御』『耐冷防御』」
透き通った赤い炎と青い炎がファセリアの足元から立ち昇る。
「と、とっても頼もしいです、リョウ様!」
「えへへへへ、そうですかあ!? じゃあ対ルーン魔術の『宵の七芒星』と、対呪詛用の『呪い返し』も」
ファセリアの足元に魔法陣が浮かび上がり、紫色の霧が渦を巻く。
「あ、あの、リョウ様、もう大丈夫かな、なんて」
ありとあらゆる支援魔法をかけられて、なんかもうファセリアはド派手にぺかぺか輝きながら困惑している。
「あ、そうだ、サービスで上物の『魔導外殻』もつけちゃいますよ!」
「も、もう充分です! 結構ですから!」
両手を振って拒絶するファセリアと、にじり寄るリョウ。2人を遠巻きに眺めながら、リリーが呆れて口を開く。
「あーあー、なにやってんだか。リョウって踊り子とかに貢ぎまくって破産するタイプよね」
「……ちと、尻尾を振りすぎだな、あれは。しかし、ファセリアも神殿にいた時と随分と様子が違う。いや、あれが年相応か」
ディーンは少し表情を和らげて答える。
「無理してんのよ、あの歳で司祭の代理だの聖女だの祭り上げられて。ああいうのは最初のうちは本人もまんざらでもなかったりするけど、そのうち破綻する。重圧に押し潰されるか、期待に応えようとして自分を壊すか」
ディーンは目玉だけを動かして、リリーの横顔を見て、にやりと笑った。
「随分と実感がこもっているようだが、何か思い当たる節が?」
「ただの一般論よ、バーカ。じゃ、あたしは裏手に回るから、頼んだわよ」
リリーは片方の眉だけ吊り上げ皮肉っぽく笑うと、ディーンの太い二の腕をぽんと叩いて、音も無く駆けて行った。




