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Act 5-5:ユウ

 まずは、あのスウォームを船のコアがある区画に誘いこまねばならない。


 監視カメラでチェックしたスウォームの現在地を思い出し、その動線とミイのいる制御室のあいだに身を置くようにして移動する。


「……妙だな」


 俺は足を止める。

 前方が闇に包まれていた。


 ペンライトを取り出す。

 一部の区画だけ、電力が停止しているわけでもないだろうに、なぜ暗闇なのか。


 五感を研ぎ澄まそうとして、すかさず遮断する。

 悪臭――すさまじい。

 これは、腐敗臭だ。


 足を進める。


「くそ――ちくしょう」


 意図して発した言葉ではなかった。

 ライトの光を、見つけたものに向ける。


 壁にこびりつき、もぞもぞと動く、卵かなにかに見える集まり、つまりは巣のような、かたまり。

 それが周囲を覆って、電灯を隠してしまっている。


 見上げて唖然とする。

 戦慄に、背筋が凍る。


 見覚えのあるものが、とりこまれている。

 それは、ネクサの一部だった。

 ちぎれて引っかかった衣服の残骸から、かろうじてそれがわかる。

 変質し、変色している。


 俺は、iNOIDでありながら、嘔吐感を経験した。


 彼女の肉体は、どろどろに溶けかかっていた。

 もはや養分として以外の価値を失った彼女のからだは、ひたすらに消化されようとしていた。


 このナノマシンどもは、まるで吸血鬼のように血を吸い、鉄分を吸収し、油分も脂質もねこそぎ奪い、ありとあらゆる栄養をしぼりとっている。


 ライトの明かりが踊る。

 持つ手が、動揺で揺れていた。


 俺はさけんだ。


類型(タイプ)鉄槌(ハンマー)


 青黒い群れに、たたきつけた。


 くだける。

 散る。

 悲鳴のように、金属音が鳴る。


 巣の危機に、廊下の向こうから、スウォームがあらわれた。

 薄暗いなか、上半身を突き出したクゥの両目が光るのが見えた。


 俺は即座に背を向け、走りだした。


 追ってこい!


 闇雲に走っているように見せつつ、誘導する。


 広大な吹き抜けの空間に出た。

 天井ははるか高く、底はとてつもなく深い。


 ここが、この船の最大の特徴である転移機能の要だ。

 空間の中央に球体型の巨大なコア部が存在し、それを囲うようにして、らせん状の通路やハシゴが存在している。

 太い柱で宙に固定された球体は、数本の金属の帯に覆われていた。

 帯は、ゆるやかに球体上を回転している。

 磁場を発生させるしかけだろう。

 ここにくるまでのあいだに長い通路を抜けたが、あれは磁場を遮断する隔壁の役割を果たしていたにちがいない。


 コア部に手動でアクセスするには、ハシゴを下り、橋の役目を果たす鉄の格子床に到達して、渡らねばならない。

 が、もちろん、俺はそんな面倒な手段をとる必要はない。


類型(タイプ)触手(テンタクル)


 伸ばした触手でコアの突起をつかみ、飛んだ。

 ターザンにでもなった気分で、振り子移動する。


 コア側の細い通路に降り立ち、制御盤を開く。


「っ!?」


 肩を、細い棒がつらぬいていた。

 ナノマシンの群れで構成されたものだ。

 そのまま、ぐいっと後方に引っぱられる。

 その間にも、ナノマシンは俺を侵食しようとする。

 おのれのナノマシンをぶつけ、侵入しようとする異物をのこらず排除していく。


 スウォームが俺をつかまえた。

 目の前に、クゥの顔があった。


「助けてやる。待ってろ」


 俺が言うと、彼女は、ぎこちなくこちらを見た。

 その瞳からは、ほとんど意思が消えてしまっていた。


「いいんだ、ユウ」


 ハウリングを起こしたような声で彼女は言う。


「アタシはいま、カチュとひとつだ……」

「バカ野郎っ、しっかりしろ!」


 俺はさけんで、彼女のからだを呑みこんでいる接合部を殴りつけた。

 手ごたえがない。

 接触する直前に、ナノマシンが拡散し、俺の攻撃を直で受け止めないようにしている。


 けたたましい笑い声が、クゥののどから漏れる。


 俺は、通路とコアのあいだで宙に浮くスウォームに振り落とされそうになり、両手でクゥのからだにしがみついた。

 下を見ると、奈落の底が口を開いている。


 コアさえ起動させれば――。

 そうすれば、このスウォームを構成するナノマシンのすべてが強磁場にさらされ、活動を停止するはず。


 そして――この俺を構成する、すべても。


 スウォームに解放されたクゥとカチュが落下してしまわないよう、助ける時間が、俺にあるだろうか。

 なるべく床のある場所までスウォームを引きつけ、コアを起動させるしかない。


 クゥの顔をのぞきこむ。


 ――オマエ、なんで泣いてるんだ。


「ミイのこと、たのむよ」


 言って、制御盤に触手を伸ばそうとする。


【Error】


 突如、視界を、文字列が覆った。


【Prime Directive : Update by the developer.】

皆城(ミナシロ)美衣(ミイ)ヲ保護スルコト】


 なんっだ、これ、は――?


 頭が痛む。

 ぐわんぐわんと警報が鳴る。

 赤く染まる。


 右手が制御を失い、握力が消えた。

 左手のみでぶら下がる。


 自身のなかに眠る、なんらかのシステムが、妨害してくる。

 行動を、左右しようとしてくる。

 まだまだ自分のなかに未知の領域がある――そのことに、いらだちがつのる。


 スウォームが、ナノマシンを一点に集中させ、ドリルのかたちを作る。

 俺をねらう。


 ちくしょう、ふざけた殺戮システムめ。

 システム。

 システム、システム、システム。

 くそったれシステムだ。

 そんなものに踊らされて。

 あやつられて。

 争って。

 殺し合って。


「つまらないだろ、そんなの……!」


 俺はわめいた。


「つきあって、られるか!」


 襲いかかってきたドリルを右手で殴りつけた。

 ナノマシン同士がぶつかり合い、はじける。


 【Error】の表示が、ゆがんで、視界から消えていった。

 俺の心は、俺のものだ。


 右手でスウォームにぶら下がり、再度襲いかかってきたドリルを今度は左手でつかむと、手の肉を刻むのもかまわず、全力で引きちぎった。


 その隙に、俺はコアに向かって跳んだ。

 左手で手すりをつかみ、右手の触手を制御盤へと伸ばす。


 ……ミイ。


 彼女は、許してくれるだろうか。

 おそらく許してはくれないだろう。

 それでも、俺はやる。

 彼女を守れるのだから。


(……ユウ兄? ユウ兄なの?)


 ミイ。

 ミイの声がする。

 通信がつながってしまっている。


「なあ、ミイ。ほんとうに聞こえているか、わからないけど」


 背後にスウォームが迫ってきているのがわかる。

 時間がない。


 それでも、最後に、ひとつだけ。


 ――あたしは、なにひとつ、ユウ兄にあげれてないのに。


「そんなことは、なかったよ」


 俺は、すべてを君からもらったんだ。

 ちょっとやそっとで返せるはずもない、たくさんのすべてを、君からもらったんだ。


 君が、命をくれた。

 名前をくれた。

 心をくれた。夢をくれた。

 自由をくれた。指針をくれた。生きがいをくれた。

 生活を、日常を、人生をくれたんだ。


「だから……ありがとう、ミイ」


 俺は、ずっと言いたかった言葉を、告げる。


「お前の半分、うれしかった」


 そのできごとを、君はおぼえていないかもしれないけれど。


 さよなら。

 幸せだった。


 俺は目を閉じる。

 制御盤にアクセスする。


 ここで死にたくない・死にたくない・死にたくないと心がわめきたてる。

 矛盾が、システムの齟齬として、思考をきしませる。


 振動がきて、コアの暴走が始まる。

 全身のナノマシンがふるえだし、麻痺していくのがわかる。


 ミイが助かる。

 善良な人たちとともに。


 これで。

 万事おっけぃだ。


(ユウ兄――)


 風が、吹き抜けたような気がして。


「――そんなの、ぜんっぜん万事おっけぃじゃないよ」


 声がした。

 頭のなかからではない。


「……バカな」


 ふりかえり、目を疑う。


「ユウ兄、単純だもん――わかりやすいもん」


 俺は光につつまれていた。

 時間が静止しているかのような、光の波のなかにいる。


「うぬぼれんなぁっ! ユウ兄のバカっ!」


 光の外から聞こえる声の色が変質し、罵声が飛んだ。


「いつだって、ぜんぶぜんぶぜーんぶ、ひとりで決めちゃうんだからっ! ひとりでやっちゃおうとするんだからっ! お世話型のくせに! ムチャしてっ!」


 それは、魔法だった。

 おそらく。


 ミイが立っていた。

 壁側の通路で、全力で怒ってます、という表情で。


 かざした両手のさき――コア側に立つ俺と周囲のはざまに、巨大な光の壁が発生している。

 俺に襲いかかろうとしていたスウォームの一粒一粒が、壁にぶつかり、火花を散らし、はねかえって、青白い光の放物線となり、落ちていった。

 明滅する光が、そのたび、美しいミイの顔をシャープに照らし出す。

 まるで花火だと、俺は思った。


「あたしがっ、ユウ兄を守るんだっ!」


 聞いたこともないような大声で。


「あたしが近くで見てないと、危なっかしくて!」


 そんな、バカなことを言って。


「だから、あたしがいっしょにいてやるんだ!」


 光の壁の圧力で、スウォームを一挙にはじきかえした。


 俺は、はじける光を見ていた。

 そのむこうに立つ、ミイを見ていた。

 目が離せなかった。


 スウォームが、がくがくと痙攣を始めている。

 コアの暴走により、強磁場が発生し、ナノマシンの機能を乱している。

 バラバラにくずれていこうとしている。

 こびりついていた靴底の泥が、かわいて、ぱらぱらとはがれ落ちていくみたいに。


 分解が始まった。

 クゥとカチュターシャの全身から、ナノマシンの群れが離れていく。

 生き延びようと、ふるえ、もがき、力を失って、風に吹き散らされるように、コアへと引き寄せられていく。


 俺はあわててクゥとカチュターシャ、ふたりの肉体が浮力を失って落下するまえに抱きとめた。

 その間も、光の波が、俺を強磁場から守っている。

 まだわずかにクゥたちのからだにへばりついていたナノマシンが、光の壁にぶつかり、くだけた。

 粒子群は、青黒い霧となって、コアに吸い寄せられていく。


「……おだやかに眠れ」


 俺は、彼らにつぶやく。


「ユウ兄、こっちへ!」


 手をかざしたまま、ミイがさけぶ。


「さっさとする!」

「はいっ」


 あまりの剣幕に、反射的にイエスマンになってしまう。

 俺はぐったりしているふたりをかかえ、ミイの真横まで移動した。


「魔法、いつのまに使えるようになったんだ」

「たったいまだよ」

「え?」

「ユウのピンチに駆けつけまして、えいっ! てやったら、できた。才能開花の音がした」

「できたてかよ!」

「だいじょうぶ、使いこなしてる気がしてしかたない」

「気がするだけ!?」


 俺は、シリアスな気分が吹き飛ぶのを感じていた。

 これこそが、ミイの才能だ。

 天性のシリアス・クラッシャー。

 どんなに絶望的な状況であったとしても、彼女は前向きを捨てない。


「助かったよ……ミイ」

「て、照れる! 照れて集中できないっ」

「コアの暴走で、なにが起きるかわからない。逃げよう。ふたりを外へ連れ出さないと」

「あいあいっ」

「移動しても、だいじょうぶか? 魔法、途切れない?」

「余裕です」

「いこう」


 コアの区画を出て、磁場を遮断している長い廊下に入った。


 体勢をととのえようと、一度、クゥたちのからだを下ろす。


 その瞬間、床がぐらりと揺れた。

 俺は壁に手をつき、もう片方の手でミイを抱きとめる。

 ミイは膝から折れかけたが、手はつっぱったまま、ふんばっている。


 船体が振動していた。

 クゥたちのからだが壁ぎわにすべった。


「どうなってるの、ユウ兄!」


 小刻みな振動に、ときおり強い衝撃が混じった。


 壁が、床が、天井が、ゆがんだり、多重にブレたりして見えた。

 ミイのすがたも同様だ。

 白い光の帯が、通路を走り抜けていく。


「移動する――」

「え?」

「跳ぶぞ、この船は!」


 さけんで、しっかり立とうとするが、ふたたび衝撃が突き上げ、俺は床に投げ出された。

 船がかたむき、そのまま通路をすべっていって、磁場隔壁の通路を抜けた。


 ほかの三人もすべってくる。

 俺は壁に足をついて踏ん張り、自分のからだをクッションにして、彼女たちを受け止めた。


「地球へ、行くのかなっ」


 振動を全身で浴びながら、ミイが、なんとか口にする。


「わからない!」


 さけびかえす。


「衝撃に備えろ!」


 俺は触手状のナノマシンを体外に放出し、壁や床、天井へとクモの巣のように張りめぐらせた。

 そうして、ナノマシンで構成された繭に全員を包みこむ。


「ユウ兄!」


 しがみついてくる彼女のからだを、しっかりと抱き寄せる。


 走馬燈のように、かすかなハミングと、夕陽を浴びて立つ彼女の後ろすがたがフラッシュバックした。

 ガラスに顔をくっつけてこちらを見る彼女の笑顔が脳裏をかすめた。


「いっしょにいるよ、ミイ」


 いや、ちがうな。


「……ミイ。いっしょに、いてくれる?」


 俺の言葉に、おどろいたようにミイが顔を上げた。

 それから、こくこくとうなずいて、俺の胸もとに顔をうずめた。


 放電。

 青白く明滅するスパーク。

 光の洪水に、つつまれていく。

 溶けていく。


 この街を出よう――。

 ミイにそう言って家を出た、ある日を思い出す。

 満天の星のきらめきを連想する。


 轟音と、衝撃。

 立てつづけに襲いかかってきたそれらが、俺の意識を強制的にシャットダウンした。


 抱きしめた彼女のからだが、最後の感覚だった。

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