【log: <TITLE> One of my father. And his daughter. </TITLE>】 ①
生まれたとき、俺には二人の兄弟と四人の姉妹、それに五人の父親と、三人の母親がいた。
ミイ?
彼女は、父親の一人――所長の娘だった。
兄と姉たちは、わりとすぐ、いなくなった。
弟と妹たちも、べつの部屋に連れて行かれた。
だからというわけではないけれど、俺は、ひとりだった。
いや、あるいはゼロだ。
俺は、バカでかい水槽のなかで、肩までエメラルドグリーンの液体に漬けられ、大量のケーブルやチューブにつながれて、ただそこにいた。
あるいは、どこにもいなかった。
俺は、街の外の、壁の内の、ガラスのなかで生まれた。
そこは――施設と呼ぶのは、思い出として無機質すぎるので、仮にホームと呼称する――実験・研究・開発をおこなっていた。
ホーム・スイート・ホーム。
監視はされているものの、知識の自由、ネットサーフィンの自由はあった。
世界中の写真を見るのが趣味だった。
とくに、空を写したものがお気に入りで、日の出や日の入りは、動画でも見た。
アニメや映画、電子書籍もたしなんだ。
ガラスの外では、常に五人の父親と三人の母親――研究者のだれかが、せわしなく動き回っていた。
ご苦労なことだ、と俺は高みの見物をしている気持ちでいた。
ときどき。
彼女は、きた。
所長の娘。
幼い少女。
彼女は、俺に興味があるような視線を送ってきつつも、周囲の研究者たちに遠慮してか、近づいてはこなかった。
それでいい、と俺も思った。
親近感をおぼえるには、彼女はあまりに人で、人すぎた。
ある日の日常的で唐突なできごと。
実験体〇〇一三――俺の、廃棄処分が決まった。
なにかが、失敗だった。
俺は不要となった。
だから、消される。
理解はできていた。
決めるべき覚悟などなかった。
黙って受け入れるだけだ。
ガラスの外、だれかが駆け寄ってきた。
自分の顔をガラスに押しつけ、俺を見る。
所長の娘だった。
なぜか、ほんとうになぜなのか、彼女は、泣きそうな顔をしていた。
ガラスのむこう、彼女の言葉は、その唇の動きだけで読み取れた。
――パパ、あのこ、ないてる。
泣いてる?
俺が?
俺は笑った。
声が、かすれた。
嗚咽しているみたいに。
おいおい。
もう一度、笑ってやろうとする。
笑い飛ばそうとする。
だが、つっかえる。
まるで、ほんとうに泣いているみたいだと、そう思った。
それは作りものだよ、と所長が簡潔に説明しているのが聞こえた。
だが少女は、なにが悔しいのか、首をブンブンと振る。
まるで自分にまつわることのように、ムキになって訴える。
いったいどうしたのかと、すべての研究員が手を止め、彼女を見る。
――だって、いきたいって、いってる。
刹那、俺は両手を伸ばしていた。
救いを求めるように、無様に。
ガラス越しの少女にむかって。
こちらを見つめてくる、その瞳にむかって。
ガラスが邪魔をした。
ガラスが、邪魔だと思った。
そんなふうに考えたのは、初めてかもしれなかった。
外に出たい、どこまでも広がる青空を見てみたい、と願うなんて。
俺は、廃棄されずに済んだ。
あるいは、延長されただけなのかもしれない。
おそらくは秘密裏に、俺は、いましばらく、存在することを許された。
それからというもの、ガラスのなかにあいもかわらず幽閉されてはいたが、所長の娘が積極的に話しかけてくるようになった。
名前の発音はミイ。
「あなたの、なまえは?」
「〇〇一三」
「むー。なまえっぽくないー」
「……お父さんに言ってくれよ」
「じゃあ、あなたのなまえは、ユウね」
「ゆう?」
「あなた、はエイゴで、ユウっていうんだよ」
「アイ・アム・ユー、か」
彼女は、自分が描いた絵を、ガラスに押しつけ、見せてくれた。
彼女は、よく笑ってくれた。
いろいろな話をしてくれた。
俺にとって彼女の言葉は、インターネットで拾ういかなる知識よりも、価値があった。
「わらうれんしゅうしよう!」
彼女は、思いついた! というように息巻いて言った。
「ユウ、かおがこわすぎ! わらったら、きっと、にあうよ」
彼女の顔を参考に、笑顔を特訓した。
「はい、これ、マネしてみて! ばんじおっけースマイル!」
両腕を伸ばし、肘を曲げ、両手の指で、唇の両端をつり上げる。
「パパにおそわったんだ。かなしいとき、こうやってムリにでもわらえば、きっと、じょうきょうがよくなるって」
「いや、ケーブルつながってるし、せまいしで、腕とか動かせないよ」
彼女の訪れが、楽しみになった。
生きる喜びになった。
俺は単純だ。
初恋とか、そういうものではない。
そんな言葉では、半分も表現しきれない。
ガラスのむこうで輝く彼女は、俺の命、そのもののようだった。




